大詠師の記憶   作:TATAL

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目覚めと私

 これは夢だと理解しながら夢を見ることが偶にある。

 

 今回のこれも、私にとっては夢だと理解出来る光景であった。

 

「お前は亡き王妃様に仕えていた使用人、シルヴィアの娘メリル」

 

 見慣れたとまで言えるバチカルの謁見の間。そこで私は金色の王女と相対し、意に反して動く口から残酷な言葉を吐き出していた。

 

「お前はアクゼリュスへ向かう途中、自分が本当の王女では無いことを知り、実の両親と引き裂かれた恨みからアクゼリュス消滅に加担した!」

 

 心の内で私は違うと叫び続けるが、その叫びが夢の中の私に届くことも無く、この悪趣味な演劇は続く。

 

「偽りの王女の発言に何の価値があろうか? あまつさえアクゼリュス消滅に加担したその罪はキムラスカの国益を損するのみ。その命を以て償うしかありますまい」

 

 ナタリアの少し後ろに控えるルークがこちらに向かって何かを言っているが、厚いガラス越しになったようなそれは私の耳には意味のある言葉として入ってこない。

 私の目は、青褪めた表情のナタリアを見て己の企みが上手くいくことの喜悦に歪み、その口からは子ども達の心を切り裂く言葉ばかりが紡がれていた。

 

 やめろ。

 

 やめてくれ。

 

 誰か、この私を殺してくれ。

 

 私の口から飛び出す言葉の刃は、その鋭さをそのままに翻って私をも斬り付けた。目を閉じ、口を塞ぎたいと思っても身体の自由は効かず、私に罪を突き付けるように場面は流れる。

 

 視界がぐるりと回り、次に私の前に現れたのは衰弱しきった導師イオンだった。傍らに寄り添うルークとティアの姿も確認できる。導師イオンの真っ白になった顔には大粒の汗が浮かび、周囲の岸壁の様子を見るにこの場はザレッホ火山であると推察できた。ただその状況だけで、私は次に起こることが分かってしまう。

 

 ダメだ。

 

「ティア、僕の第七音素(セブンスフォニム)の乖離に合わせて、あなたの汚染された第七音素(セブンスフォニム)をもらっていきますよ……」

 

 やめてくれ。

 

「もう……僕を監視しなくていいんですよ……アニス……」

 

「ごめんなさい、イオン様! 私……私……」

 

 光の粒となって掻き消えていく導師イオン。それを悲痛に歪んだ顔で見送るルーク達。彼の、彼女のこんな顔を見なくて済むように私は。

 

「く……。一番出来の良いレプリカだったが、やはり正しい預言(スコア)は詠めなかったか……」

 

 再び私の口から紡がれる醜悪な言葉。何故、これを目の当たりにして出てくる言葉がそれなのだ。

 

「人類が存続するためには預言(スコア)が必要なのだ!」

 

 違う。預言(スコア)が無くとも人は生きていける。迷ったときの、選択肢の内の一つに過ぎないはずだ。

 

預言(スコア)の通りに生きれば、繁栄が約束されているのだ! それを無視する必要があるのか!」

 

 約束された繁栄の先にあるのは導師イオンが詠んだ滅亡だけだ。彼が詠んだスコアに間違いは無かった。そもそも正しいユリアの預言(スコア)など、それを確認する術が無い私に分かるはずも無いのだ。

 

「私は監視者だ! 人類を守り導く義務があるのだ!」

 

 誰もそんな義務を課してなどいない。私が勝手に自らに課しただけに過ぎない。自分の手で人類を導いている、そんな全能感に酔いしれて、ヴァンに利用された。

 

「私はこのレプリカ共を使って、ユリアの預言(スコア)通り、必ず戦争を引き起こしてみせる」

 

 人類を守る義務と嘯いた次の瞬間には、戦争によって更なる災禍を引き起こそうとしている。既に私は狂ってしまっているのだ。

 

 私の意識ははっきりとしているのに、夢の中の私は私の中の悍ましい記憶をなぞり、私に自らの罪を淡々と見せつける。私の心は軋み、だが同時に奇妙な安堵も覚えていた。

 

 夢とは、無意識の願望の顕れであるという話を、どこかで耳に挟んだことがある。

 

 であれば、目の前で繰り広げられている光景は、私の心が望んでいることなのだ。安穏としていることを許さないように、己の罪科を突き付け、片時も気を緩めることのないように私が無意識に考えていたから、私の記憶が夢と言う形で顕現したのだろう。

 

 だからこそ、私は改めて誓わねばならない。この光景を現実にしてはならないと。何があろうと、子ども達が犠牲を強いられる世界にしてはならないと。少しでも多くが救われる世界であって欲しいと。

 

 

 例えその先に、私の居場所が無かったとしても。

 

 

 


 

 

 

 意識が浮上していく。自分が呼吸していること、確かにこの世界に息づいていることを認識する。

 

 同時に、身体が何かに包まれていることも認識した。包まれているというよりも、拘束されている……?

 目を閉じたまま身体を捩ろうとしても、何かが巻き付いた私の身体はびくともしない。覚醒に近づくにつれて、それが温かいものであることを理解し、そして自分が横になっていることも判明した。

 

 そして徐に私は目を開けた。

 

「……緑色?」

 

 目覚めの第一声は、私の視界に広がった色の呟きだった。若葉色が視界一面に広がっている。それを見て、私は自身の中にあった警戒心が萎んでいくのを感じた。その色は私にとってとても見慣れたものであったからだ。

 

「起きた?」

 

「おや、ツヴァイですか……。ということはここはあなた達の部屋ですか?」

 

 枕元から聞こえた声に視線を向ければ、顔の下半分を本に隠したツヴァイと目があった。

 

「モース、倒れたって、フェムが連れてきた。フローリアンが騒いで、大変だった」

 

「それでこのような状態になったというわけですか……」

 

 執務室に入ってから倒れてしまったところまでの記憶はある。ダアトに入ってから別れたフェムが見つけてくれたのは幸運だった。他の人間に見られていたらもっと騒ぎになってしまっていたかもしれない。彼にはこの短い間に一度ならず二度までも助けてもらった。これは今度会った時には腕によりをかけねばならないだろう。

 私は、そのまま私の身体に巻き付いて眠るフローリアンの頭に手を置いた。少し体温の高い彼から伝わる熱が、悪夢で凍えた私の心を優しく溶かしてくれるような気がした。

 

「フィオが、今ご飯作ってる」

 

「そうですか。それは楽しみですね」

 

 ツヴァイの言葉に、身体が思い出したかのように空腹を訴え始めた。そこで、私の中にふとした疑問が生じた。

 

「……ツヴァイ、つかぬ事を聞きますが、私はどれくらいの間眠っていたのですか?」

 

「三日、くらい」

 

「三日?!」

 

 彼の口から出た言葉に思わず声が大きくなってしまい、慌てて手元に目線を下ろすが、フローリアンは少しむずがるのみで、再び安らかに寝息を立て始めた。それを見てほっと胸を撫で下ろしてから、ツヴァイへと視線を戻す。

 

「まさかそんなに長い間眠ってしまっていたとは」

 

「だから、フローリアンはずっと、ここで寝起きしてた。フェムは、誰かが、毒を盛ったのかも、って。フィオも、僕も、心配してた」

 

 そう言ってツヴァイは本を閉じると、椅子から降りてベッドに腰かけた。眉尻が下がり、先ほどまで本で隠されていた彼の口は堅く引き結ばれていた。普段から表情の変化が乏しい彼が、ここまで感情を露わにすることは珍しい。それほど心配をかけてしまったということだろう。申し訳ない。

 

「すみませんでした。心配をおかけして」

 

「本当、起きて良かった」

 

 自由が利く左手を彼の頭に伸ばし、フローリアンと同じ色をした頭を撫でる。俯いた彼の目には、零れすらしなかったものの、涙が浮かんでいるのが見える。私は彼らにとって今のところ唯一の保護者なのだ。彼らが人目を気にすることなく、自由に暮らせるようになるまで、彼らの目の前から消えることは許されない。だというのに、とんだ無様を晒し、彼らに心配をかけてしまった。

 

「教団の方にも、迷惑をかけてしまいました」

 

「起きていきなり、仕事の話、良くない」

 

「おっと、すいません。どうにも仕事をしていないと落ち着かない性分で、三日も眠っていたと聞くと一層、ね」

 

「シンクが、モースの付き人? にも言ったって。モース、疲れたから、しばらく休むって」

 

「付き人……ハイマン君ですかね。彼に言ってくれていたなら大丈夫ですかね。それにしても、シンクもですか。私はあなた達に助けられてばかりですね」

 

 ハイマン君に言づけてくれるところまでやってくれているとは。彼に言っておけば私の裁量が必須のもの以外は彼がどうとでもしてくれるだろう。それだけハイマン君は私と一緒に仕事をしている。ダアトを離れてバチカルに行っていたときと同じように、戻ればまた私宛の仕事が多少は溜まっているだろうが、すぐに教団が実務面で機能不全に陥ることは無い。それにしても、フェムだけでなくシンクも助けてくれていたということに、私は顔には出さなかったものの、内心驚いていた。

 

「モースを連れてきたの、フェムとシンク、だから。フェムだけじゃ、運ぶの大変」

 

「確かにそうですね。彼には私は少し重いでしょうし」

 

 私の身体は記憶の中のものとは違って肥え太りはしていないものの、訓練の結果身に付いた筋肉によってそれなりの重さになってしまっている。流石に六神将のラルゴ程ではないが、それでもまだ少年の体躯をしたフェムとシンクの二人で運ぶのは大変だったことだろう。フェムにもそうだが、シンクにも改めてお礼を言っておかなくては。

 

「ん……むぇ……」

 

 と、話し声のせいか、私が手を置いているせいか、私に巻き付いて眠るフローリアンが起きてしまったようだ。目をこすりながら上を向き、私と視線を合わせる。

 

「……モース?」

 

「起こしてしまいましたか、フローリアン。おはようございます」

 

 しまらない格好での挨拶に苦笑していると、状況を認識したフローリアンの目がどんどんと見開かれ、見る見るうちにその目から涙が溢れ出してきた。

 

「モースが起きたーーー!!」

 

「ぐおっ!? ふ、フローリアン、く、苦しい……!」

 

 そしてどこにそんな力を隠し持っていたのだと言いたくなる万力の様な力で私に巻き付く力を強めたものだから堪らない。私は肺から空気が絞り出されてしまう前にツヴァイに助けを求めたのだった。


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