大詠師の記憶   作:TATAL

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記憶からの脱却と私

 その部屋は教団施設の中でも奥まったところに位置している。一応最低限人が過ごすことを考えた調度品が置かれているものの、そこが使われることは殆ど無い。神託の盾騎士団の訓練施設に程近く、一般の教団関係者が近づくことが無い上に、教団施設でもあるので普段から神託の盾騎士団員がうろついていることも無い。ローレライ教団と神託の盾騎士団の狭間に生まれた空隙、そんな場所だからこそ、記憶の私は導師イオンとナタリア殿下を閉じ込めるのにそこを使用したのだろう。そして同じことを詠師オーレルも考えたに違いない。

 

「騎士団員が扉の前に二人、やはり当たりだったということですか」

 

 目的地である部屋の前には、剣を佩いた騎士団員が二人立ちはだかっており、更に前の廊下を一人が定期的に巡回していた。普段ならば見ない光景だ。訓練終わりの騎士団員が歩いていることはあれど、見張りのように立っていることなどない。物陰から様子を窺っていたが、彼らが動く気配が無いことからこのまま機を待っていても無駄と考え、堂々と正面から入ることにした。

 

「! モース様、お疲れ様です。こんなところまでどうされましたか?」

 

 私の姿に気付いた見張りが、敬礼と共に声を投げかけてくる。

 

「お疲れ様です。この部屋に導師イオンがいらっしゃるとお聞きしましてね。ご挨拶に伺ったまで。通して頂けますか?」

 

「申し訳ありません。誰も通すなとの命令を受けております」

 

 気負いも無く彼らの間を通ろうとするが、見張りの二人が立ちはだかって扉に触れることを邪魔する。やはり易々と通してはくれないようだ。

 

「その命令は誰からの命令ですかな?」

 

「詠師オーレルから、主席総長を通して命令されております」

 

「私は大詠師です。私の命令権限は詠師オーレルのそれを上回るでしょう」

 

「我々は主席総長より直接命令を受けております。神託の盾騎士団では主席総長の命令が優越いたします。主席総長を通してご命令下さい」

 

 彼らの言葉で詠師オーレルとヴァンの繋がりがはっきりとした。どうやらヴァンは私ではなく詠師オーレルを駒として利用することにしたようだ。予想はしていたが、ここで確証を得られたことは重要だ。恐らく彼は記憶の私をなぞるように預言(スコア)の成就を目指すだろう。私はヴァンにとって目障りな存在となり、遅かれ早かれ排除されてしまう可能性が高くなった。

 

「私の命令が聞けない、ということですか? あなた方は神託の盾騎士団所属かもしれませんが導師イオンはローレライ教団の所属、その導師イオンに会うために大詠師の私があなた方の許可を取らねばならない理由があるというのですか」

 

「神託の盾騎士団はローレライ教団の剣であり、盾ですが直接命令権は主席総長にあります」

 

「では、これ以上ここで話していても埒が明かないということですね……」

 

 尚も食い下がろうとするも、頑として彼らが聞き入れることは無い。廊下を見回っていたもう一人もこちらに近づいてきており、このままでは力づくでこの場から排除されてしまうだろう。

 やはり私の覚悟が試されるのはここなのだろう。今ここで動けば決定的に私の知る道筋から外れてしまう。私が今後どうなるかは分からなくなる。だが、ここで動くことで極度の緊張状態にあるキムラスカとマルクトを多少なりとも押し留めることが出来るかもしれない。

 

 私が諦めたように肩を落としたのを見て、見張りの二人と、こちらに歩み寄ってきていたもう一人の緊張が緩んだのが見て取れた。まさか彼らも私が今この場で実力行使に出るなどあり得ないと思っているのだろう。それは正解だ。少なくとも今までならば。

 

「仕方ありません……、押し通るまで」

 

「は? 何か仰いまし……」

 

 私がぼそりと呟いた言葉に反応した一人が言い終わる前に、ローブの内に隠し持ったメイスを引き抜くと、勢いをそのままに見張りの側頭部へと叩き付けた。

 ガインッ、という耳障りな金属音が響き、神託の盾兵の身体が床に沈む。殺すつもりで振るってはいないし、床に倒れた彼の手足が震えていることからまだ生きてはいる。第七譜術士(セブンスフォニマー)の処置があれば問題なく復帰できるはずだ。

 

「モース様、何を?!」

 

「スプラッシュ!」

 

 それに動揺しながらも剣を構えようとしたもう一人の見張りをこちらに駆け寄って来ようとしていた兵士諸共譜術によって生み出した濁流で押し流す。話の途中から音素(フォニム)を練り上げ、メイスの宝玉に術式を待機させておき、音素(フォニム)を通すことですぐに術を展開出来るようにしていたため、詠唱を省略して中級譜術を使用することが出来るようにする技術である。私が日々の鍛錬の中で、ヴァンを仮想敵にしながら編み出した奥の手だが、流石に杖術だけでは制圧に時間がかかる。使える手段は全て使って事を進めなければ。

 

 人目に付かない場所であることが有利に働いたのか、騒ぎに気付かれた様子も無く、見張り達三人の神託の盾兵が皆すぐには動ける状況に無いことを確認してから、私は扉を押し開けた。

 

「導師イオン、ナタリア殿下、御無事ですか?」

 

「モース! 来てくれたんですね!」

 

 部屋の外の騒ぎに、ナタリアに庇われながら壁際へと避難していた様子の導師イオンは、私の顔を見ると安心したように表情を緩ませて駆け寄ってきた。

 

「大詠師モース、先ほどの騒ぎは一体?」

 

「見張りが通してくれなかったものですから、少々強引な手を使ってしまいました。ここで悠長に話している時間はありません。ナタリア殿下も聞きたいこと、言いたいこともあるでしょうが、今はここから早く出なければ」

 

「え、ええ……」

 

 物問いたげなナタリアを制し、私は導師イオンの手を引いて、部屋を出る。まだ勘付かれてはいないが、気付かれるのも時間の問題だ。追手がかかれば導師イオンを守りながらでは厳しい。そうなる前にダアト港に連れて行って脱出してもらう必要がある。彼女は私に罵詈雑言を浴びせる権利があるが、もう少しだけ我慢してもらわなければ。

 

「モース、ここを出てからどうするのです?」

 

「キムラスカはマルクトに対して今にも進軍しかねない状態となっています。ナタリア殿下には急ぎバチカルに戻ってインゴベルト陛下に開戦を止める、悪くとも延期するように説得して頂かねば」

 

「ですが、私達だけでなくルーク達も……」

 

「彼らを待っている時間は無いと判断しました。まずは動ける人間だけでも動かねば。導師イオン、アニスは?」

 

「僕がルーク達への伝言役に出しました。恐らくアラミス湧水洞で彼らと合流しているかと」

 

 廊下を足早に進みながら言葉を交わす。教団施設内は複雑に入り組んでおり、人目に付かないような経路を選んではいるがそれでも完全に隠れて移動することは出来ない。徐々に騒がしくなってきた。恐らく、導師イオンとナタリアが逃げ出したことは詠師オーレルの耳にも入ってしまっていることだろう。

 

「入れ違いになるのは避けねばなりませんね。導師イオンとナタリア殿下はダアト港からバチカル行きの船に乗ってもらいます」

 

「モースはどうするのですか?」

 

「ルーク達にお二人の無事をお知らせする人間が必要でしょう」

 

「いけませんわ! 一人で残ったりなどすれば追手の者に……」

 

「ですが誰かが残って伝えねば」

 

「大詠師モース! 一体何をしておられるか!」

 

 隣を行くナタリアを説得しようとしていたところで、背中にかかる怒号。肩越しに見て見れば、神託の盾兵を連れた六神将の一人、リグレットが怒りで顔を真っ赤に染めてこちらを睨みつけていた。このまま施設内で捕まってしまっては何の意味も無い。

 

「お二人とも、走りますよ! 導師イオン、申し訳ありませんがしばらくのご辛抱を」

 

「え? うわわっ!?」

 

 戸惑う導師イオンを横抱きにし、その言葉と共に私は駆けだした。ナタリア殿下は良く心得たもので、私のペースに遅れることなくついて来てくれる。導師イオンの体力で走り続けるのは難しいため、苦肉の策である。衆目を集めてしまうが、致し方ないものとして我慢して頂こう。

 リグレットとその一派が追い付かないうちに教会を飛び出し、街中を駆けていく。道行くダアト市民が何だ何だと目を丸くさせているが、それに構っている暇は残念ながら無い。

 

「大詠師モース! 流石にこのペースでダアト港に行くのは無理ですわ、追い付かれます!」

 

「ご安心を、追い付かれそうになったら私が足止めをします」

 

「一人では無茶ですわ!」

 

 追いかけてきている神託の盾兵は五人程度。これくらいならばまだ立ち回り次第で何とかなるはずだ。流石に街中で譜術を使うわけにはいかないが、向こうも遠慮なく長物を振り回せるとは思えない。

 

「モース! 前です!」

 

 と、後ろにばかり気を回していたが、胸元から聞こえた導師イオンの声に視線を再び前に向けてみると、街の入り口に神託の盾兵が三人佇んでいるのが見えた。まさか挟まれてしまったか。流石に八人相手では分が悪い。

 走るペースを落とすことなく目の前に佇む三人の神託の盾兵へと向かう。だが、追手にしては様子がおかしい。まさか、

 

「モース様、お早く。ここは第六師団が引き受けました」

 

 彼らの一人がこちらに投げかけた言葉に、私はそういうことかと合点がいった。

 

「お二人とも、大丈夫です。彼らはカンタビレの部下、こちらの味方です」

 

 恐らくダアトから抜け出すときに追手が掛かると見越して彼女が街の入り口を抑えておいてくれたのだろう。彼女には増々頭が上がらなくなってしまった。

 

「師団長より伝言です。ダアト港にてバチカル行きの船を取ってある、皆様が乗ってから出発するとのことです。それと詠師オーレルは既にダアトを発ってバチカルへ向かっているとのこと」

 

「ありがとうございます。ではこちらからもカンタビレに伝言をお願いします。ルーク達が訪ねてきたら我々は既にバチカルへ向かった。そちらはそちらの為すべきことを為せ、と。ここは任せましたが、皆さんあまり無茶をされないように。こんなところで死ぬことは許しませんよ」

 

「了解しました。実力が最も重視される第六師団の力、教団本部でぬくぬくとしている奴らに見せつけてやりますとも」

 

「それに、リグレットは私が引き受けるからな」

 

「カンタビレ!」

 

 剣を構えた彼らの頼もしい言葉に続くように、細身の剣を携えたカンタビレが傍らに現れる。

 

「まさかこっちが追い付く前に導師イオンを連れ出していたとはね。先回りさせておいて正解だったよ」

 

「助けられっぱなしですね、カンタビレ。ここはお任せしても?」

 

「愚問だね、むしろこの方が性に合ってる。だがダアト港にも追手が掛かってるかもしれないからね、気を付けな」

 

 私の問いに、剣を抜き放ったカンタビレが好戦的な笑みを浮かべて答える。

 

「はい、肝に銘じておきます。ここは頼みました。行きますよ、ナタリア殿下」

 

「え、ええ!」

 

 彼女が来てくれたならここは任せても安心だろう。私はナタリアを促してダアトを脱した。

 

 

 ダアト港は一見すると普段通りの様相を呈していたが、通りを歩く神託の盾兵が普段より多い上、ダアト港の入り口を見張る神託の盾兵が常は鞘に納めている剣を今は晒していることから、既に導師イオンが奪還された報せはダアト港まで届いているとみて良いだろう。門の死角になる位置に導師イオンとナタリアと共に隠れて様子を窺いながら、私はどうしたものかと頭を巡らせる。

 

「さて、港ももう敵の手が回っているとなると……」

 

「どうしますの?」

 

「取り敢えず導師イオンとナタリア殿下はここに居てください。お二人に万が一があってはいけませんから」

 

「まさかモース、あなた……」

 

 導師イオンが何かを察したように私に手を伸ばそうとするが、一歩届かず、その手が私のローブの裾を捉える前に私は見張り達の前に躍り出ていた。

 

「大詠師モース! ここは通さん!」

 

「初めから簡単に通れるなどと考えていませんよ!」

 

 私に気付いた神託の盾兵二人が剣を片手に向かってくるが、それに怯むことは無い。私の記憶の中にあるヴァンの動きに比べれば、彼らの動きは遅い上に読みやすい。

 

 右手に携えたメイスで振り下ろされた剣の横面を叩き、軌道を強引にずらす。振り下ろす勢いをそのままに私の身体を切り裂くこと無く地面へとめり込む。それを足で押さえつけ、体勢を崩したところにメイスを叩き付ける。身体同士が接触するほどの近距離においては、剣よりも更に間合いの短いメイスが有効な打撲武器となる。更にメイスの柄尻は、丸く膨らんでおり、打撃の衝撃を余すことなく鎧の中へと伝えられる。背中をメイスで殴打された神託の盾兵は、肺から空気を叩き出され、地面に沈む。

 

「なっ!?」

 

預言(スコア)にかまけた大詠師だから、戦闘が出来ないと思いましたか?」

 

 まさか教団の文官職が太刀打ち出来るなどと考えていなかったのか、もう一人の神託の盾兵の動きが驚愕と共に固まる。そしてその隙を見逃してやるほど今のこちらに余裕はない。

 

「すみませんが、骨の二、三本は覚悟していただきます」

 

 神託の盾兵が動揺から立ち直る前に懐に潜り込み、その腹に全体重を籠めたメイスをめり込ませる。鎧があるために本来の威力が出ることはないだろうが、この場合は死なせることが無いため全力を出せてむしろ好都合だ。

 打撃の勢いで地面に倒れた神託の盾兵を足で押さえつけながら、音素(フォニム)を励起させる。

 

「氷の刃よ、降り注げ、アイシクルレイン」

 

 音素(フォニム)によって形成された氷刃が神託の盾兵の服を地面に縫い付け、手足を拘束して地面に大の字に磔にする。

 

「氷が溶けるまで大人しくしておくことをオススメします。氷とはいえ鋭利な刃ですから、あなたも自分の手足を犠牲にしてまで上司に従う気は無いでしょう?」

 

 私の言葉に、神託の盾兵は諦めたように脱力した。それを確認してから物陰に隠れていた導師イオンとナタリアに手招きをして呼び寄せる。

 

「お待たせしました。騒ぎになる前に手早く行きましょう。人ごみに紛れてしまえば神託の盾兵も軽々に手を出すことは出来ないはずです」

 

「分かりました。もしもの時はまたお願いします」

 

「ええ、お任せください」

 

「……あの」

 

「どうかしましたか、ナタリア殿下」

 

「いえ、まさかここまでの実力を持っているとは思ってなかったものですから」

 

「大詠師だからといって武芸を疎かにして良い理由にはなりませんからね。権力には危険が付き物です。自衛手段が多いに越したことはありません」

 

 それに、こうして役に立ったでしょう? と少しおどけて見せると、躊躇いがちだった彼女の顔に僅かに笑みが戻ったのだった。




本格的にモース様が原作介入を開始するようです

原作を改めてプレイし直して改めて感じる詰みっぷり。世界がルークとアッシュを殺しにかかっている……
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