大詠師の記憶   作:TATAL

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いつにも増して短い上に話が進んでない体たらく


妖獣と私

 甲板に出てみれば、そこに居たのは私の予想通りの人物であった。

 

「お久しぶりですね、アリエッタ」

 

 傍らには大人一人を軽々と運んでしまえる鳥型の魔物、フレスベルグを従え、胸元に奇妙な人形を抱えた黒衣の少女、アリエッタは相も変わらず自信なさげに瞳を震わせながら私と対峙していた。

 

「モース様、イオン様を攫ったって、リグレットが。そんなの、嘘、だよね?」

 

 彼女の問いに対してどのように答えるべきか、少しの間考え込んだのち、私は彼女に歩み寄りながら口を開く。

 

「アリエッタ、私はあなたを裏切るつもりなどありません」

 

「じゃあ、どうしてイオン様を……」

 

 彼女に近づくにつれて、彼女の隣に佇むフレスベルグが警戒心を高め、威嚇するように翼を広げるが、それを敢えて無視する。

 

「導師イオンが良からぬ輩に利用されかねなかったからです。ダアトに閉じ込められ、あのままでは導師イオンの体調も考えずに無茶をさせられかねなかった。だからこうしてダアトから連れ出したのです。あなたから導師イオンを奪うことなどしません」

 

 ついに彼女の目の前に立ち、膝をついて彼女と視線を合わせる。記憶の中で彼女がルーク達と対峙することになった原因は今は無いはずだ。ならば彼女をここで完全に味方に引き込んでおきたい。ヴァンにこれ以上利用されない為にも。

 

「ホント、に……?」

 

「ええ、本当です。もし私が嘘をついていると感じたのならば、いつでも私をあなたの兄弟の手にかけて下さっても構いません」

 

 人形を抱きしめる彼女の手に、自分の手を重ねる。自分よりも高い体温を持つその手は、不安で少し震えている。彼女にとっては自身が慕う導師イオンが奪われてしまうところだったのだ。その不安はどれほどだっただろう。リグレットに言われなくとも、彼女ならば私達を追いかけてきていたに違いない。

 

「……モース様が、言うなら、信じる」

 

「ありがとうございます、アリエッタ。私はあなたの信頼に必ず応えます」

 

 私が重ねた手を握り返して、アリエッタはそう言ってくれた。ならば私も、自身が口にしたことを嘘にしないために、出来ることから動かなければいけないだろう。私は彼女の手を握ったまま立ち上がった。

 

「では行きましょうか、アリエッタ」

 

「? 行くって、どこに?」

 

 彼女はキョトンとした顔で立ち上がった私の顔を見上げた。そうか、彼女と約束したのは随分前のことだった。今の今まで時間が取れなかったのは私の至らないところだ。

 

「随分と時間がかかってしまいましたが、導師イオンと二人きりで話せる時間を作ると約束したでしょう?」

 

「あ……うん!」

 

 私の言葉に、目を輝かせて手を握り返してくれるアリエッタ。その姿は彼女が並の兵士をものともしない譜術士であり、魔物までをも操る神託の盾騎士団のトップエースだとはとても思えない、年相応の無邪気さを見せる少女のものだった。まずは混乱させてしまったことの謝罪を船長と乗客にしなくては。

 

 


 

 

 突然の魔物の襲来に怯えて船室に逃れた乗客は、それから一向に騒がしくならないことを不思議に思ったのか、船員を伴って少しずつ甲板に顔を出し始めていた。そんな彼らに申し訳ないとアリエッタと共に頭を下げて回る。

 

 幸い、六神将の一人ということでアリエッタの名前は知られており、教団の密命を受けてのことだと大詠師の私から説明すれば、驚かせたことに対してチクリと刺されたものの、それ以上大ごとになることもなく事態は収束した。

 

「イオン様!」

 

「アリエッタ、あなたへの説明も無く姿を消してしまってすいませんでした」

 

 船室の中で導師イオンと対面を果たしたアリエッタは、表情だけでなく身体全体で喜びを表現しながら導師イオンの周りを跳ねていた。それを見て、私はナタリアと視線を合わせる。その意図に気付いたのか、彼女も黙ってうなずくと、私の後ろに続いて扉へと向かってくれる。

 

「しばらく私とナタリア王女は席を外します。導師イオンとアリエッタ二人でお話しください」

 

「モース……」

 

 私の言葉に、問うように導師イオンが私の名前を呟く。後に続く言葉すらないものの、私には彼が何を言いたいのかが分かった。

 

「導師イオン、私はあなたの選択を尊重することはあれど、強制することはありませんよ。あなたが思うようにされるとよろしい」

 

「……ありがとうございます」

 

 それだけを言い残してナタリアと連れ立って船室を出る。扉を閉め、あまりあちこち歩くわけにもいかないと欄干に手をついて目の前に広がる海を眺める。

 

「今の言葉の意味を聞いてもよろしいですか?」

 

 隣に立つナタリアから投げかけられた疑問は、彼女にとってごく当たり前のものだ。そして彼女に対して隠す意味は無い。今後の為にも、彼女には一足先に事情を知っておいてもらう必要があるだろう。

 

「導師イオンの背中を押しただけですよ。導師イオンも、ルークと同じです。知る人間は限られていますが」

 

「ルークと同じ……まさか!?」

 

「アリエッタは元々導師イオンの守護役でした。導師イオンが体調を崩して長期療養に入り、それが明けると同時に彼女は守護役を解かれ、アニスが代わりに導師守護役となりました。表向きには師団長業務への専念のためとされていますが、本当のところは違います」

 

 レプリカの導師イオンと、オリジナルを知るアリエッタを会わせてしまえば、些細な違和感から導師イオンがレプリカであると看破されてしまう。実務的な理由はそれだが、この人事にはオリジナルの導師イオンの思惑も多分に絡んでいる。アリエッタを大切に想っていた彼は、自身のレプリカがその居場所を奪うことを許容しなかった。彼はアリエッタの唯一であり続けたかった。レプリカで代用されてしまうことを許せなかったのだ。その気持ちは、アッシュならば理解したかもしれない。いや、レプリカに居場所を奪われてしまう気持ちは、当人達にしか理解できないだろう。そこに訳知り顔で踏み込むことは誰にも出来ない。

 

「ローレライ教団は、何故そこまでするのですか……!」

 

「ユリアの預言(スコア)はこれまで一度も外れたことが無い。故にその成就は教団の使命であり、人類を導くことが教団に与えられた至上命題なのですよ」

 

「そのために、人の尊厳を踏み躙っても良いと言うのですか!」

 

「どうなのでしょうね、その先にあると信じている繁栄のためには、その程度の犠牲は許容できるのかもしれません。例えば一万人が死んだとしても一億人がそれによって繁栄を享受できたとするなら。単純な比較で考えるとすれば、ですが」

 

「その考えは傲慢ですわ!」

 

「傲慢でしょうね、ですがその価値観が今の教団上層部の正常なのですよ」

 

「……あなたもそうだったのですか?」

 

「……どうでしょう。ただ今の私は教団の中でも異端なものである、ということは言えるでしょうね」

 

 私はそう言って自嘲するように笑った。よくよく振り返ってみれば、私は何がしたかったのだろうかと思ってしまう。預言(スコア)の行く末を見、そうはならぬようにと思いながらも、表立ってヴァンと対立することを恐れた。それなのに、今このときになって記憶の私から乖離した行動を取り始めた。結局のところ、策士を気取っていても目の前の状況に翻弄される無力な人間でしかないということだ。そのくせ、今になって大詠師という地位を投げ棄てるような真似をしたことに怯えてしまっている。

 

「……大詠師とは、教団の詠師達の中から選ばれます。導師から指名されることもあれば、詠師達が互選することもあります。私は後者の方法で大詠師となりました。それはすなわち当時の教団の中で最も私がローレライ教団にとって有益、世界を預言(スコア)通りに導くと期待されたからでもあります。ですが、私はそうした意味では、大詠師となる資格は無かったのでしょう」

 

 今にして思う。本当に私が大詠師となって良かったのか。もっと他に取れる手段は無かったのか。私以外が大詠師となった方が良かったのではないだろうかと。

 普段は頭の片隅に小さく丸められて意識しない疑問も、今というこの空白の時間になって私の頭の中で大きく膨らんでしまう。私の口は、半ば無意識に言葉を溢していた。

 

「少なくとも、私はモースが大詠師であったお陰で救われましたわ」

 

「そうでしょうか」

 

「ええ、そうですとも。幼い私を支えてくれたのはアッシュとあなたですわ。アッシュは婚約者として私を横から支え、あなたは前に立って私を導いてくれたのですから。一国の王女を導いたのですから、あなたがローレライ教団を率いる器であることは疑いようもないことだと私は思いますわ」

 

 そう言って腰に手を当てて自信満々な様子の彼女に、私はつい笑みを浮かべてしまった。私の方が弱音を吐いて子どもに慰められてしまってどうするというのか。今はこんな益体も無いことを考えている場合ではないし、情けない姿を晒している時間も無いはずだ。

 

「そこまで言って頂けるとは思ってもみませんでしたよ」

 

「あら、色々と黙っていたことを怒っているのは確かですが感謝しているのも本当ですのよ? それに、教団でのモースも決して悪人であったなんて思えませんもの」

 

「おや? 何故そう言い切れるのです?」

 

「簡単な話ですわ。だって先ほどアリエッタと手を繋いで部屋に入ってきたあなたの姿は、まるで父親みたいでしたもの」

 

 そう言って彼女はクスクスと笑った。




大詠師選出関係は完全に妄想です。トリトハイム以外の詠師の影が薄すぎる上に教団の人事関係がフワッとしすぎているので独自設定と割り切ってどんどん妄想で詰めていきます。

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