大詠師の記憶   作:TATAL

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頭の中に書きたいシーンはたくさんあるのに書く時間が取れない地獄


虚栄の城と私

 連絡船が王都バチカルへと接舷する。港地区から見上げるこの街の威容はまさしく圧巻の一言だ。

 

 譜石が落ちた縦穴に築城された王城を中心として栄えるキムラスカ王国の首都。その来歴故にこの国が預言(スコア)を神聖視するのも頷ける。今から私はこの国、ひいてはこの世界(オールドラント)に深く根付いた価値観そのものに喧嘩を売ることになるのだ。

 アリエッタとは洋上で別れることになった。彼女はフローリアン達を保護するために単身ダアトへと戻ったのだ。仮にも六神将の一角である彼女に滅多なことが起こることは無いと頭では理解しているが、それでも私の心には不安が残る。そんな内心を押し隠し、私は船を降りたイオンとナタリアに振り向いた。

 

「ナタリア殿下、導師イオン。行きましょうか」

 

「ええ、お父様の目を覚まさせなければなりませんわ」

「出来る限りのことをしましょう」

 

 私の言葉に力強く頷く二人。そんな彼女らを伴って街の上層階に通じる昇降機へと乗り込む。普段は人でごった返し、乗るのに一苦労するものだが、今このときは閑散としており、同じ連絡船に乗ってダアトから来た客くらいしか同乗者は見かけない。つまりそれはマルクトとの行き来が現在は断絶しており、市民も不穏な空気を感じ取って外に出るのを躊躇っていると言うことだ。

 

「普段よりも活気がありませんわね……」

 

 同じ空気を感じ取ったのか、ナタリアも昇降機の窓から街を眺めながらポツリと呟いた。王女であるからという以上にこの国、この街を愛している彼女にとって、バチカルの現況は喜ばしいものではない。そして、不穏なのは街の住人の雰囲気だけではない。通りを行く兵士の数も普段より多く見えることが、この国が戦争に向かっているのだという事実をより感じさせるのだ。

 街の上層階に行くにつれてその雰囲気はより濃くなり、最上層に到着して見上げた王城は普段よりもその威圧感を増しているように見えた。

 

「ナタリア殿下、登城する前に、一つ野暮用を済ませてもよろしいですか?」

 

「え、ええ、構いませんが。一体何なんですの?」

 

 使命感からか、はたまた緊張感故か、唇を引き結んで城へと歩を進めるナタリアを呼び止め、私は王城の前を通り過ぎる。登城する前に、やっておくべきことがあるのだ。

 

「何、手紙を渡すだけです。大した時間は取らせませんよ」

 

 そう言って私が向かうのはこのバチカルにおいて唯一王族の住まう城と同じ階層に居を構えることを許されるキムラスカの最高位貴族の屋敷。建国から王家と親戚筋としてあり、キムラスカの忠臣として今までこの国を支えてきた重鎮、ファブレ公爵家である。

 屋敷の前に立つ白光騎士団の人間に手を上げて手紙しか手に持っていないことを示しながら近づく。

 

「ローレライ教団、大詠師モースです」

 

「モース様、よくぞお越しくださいました。クリムゾン様にお取次ぎいたしますか?」

 

「それには及びません。クリムゾン様にこの手紙をお渡しください。私はこれから城に向かわねばなりませんので」

 

「承知いたしました。すぐにクリムゾン様にお渡しいたします」

 

「ええ、お願いしますね」

 

 門番に手紙を渡し、それだけ告げると、私は踵を返してナタリアとイオンのもとへと戻った。

 

「モース、あの手紙には何を?」

 

 不思議そうに首を傾げながら尋ねてくるナタリア。一刻を争う今というときに、私がわざわざ渡した手紙だ。彼女が気にするのも当然だろう。とはいえ、中身について大っぴらに話すことは出来ない。

 

「そうですね、悪党同士の秘密のやり取りとでも言っておきましょうか」

 

 ますます首を傾げてしまったナタリアを促し、入城を果たすのだった。

 

 門を守る衛兵達はナタリアの帰還を心から喜び、城へと迎え入れてくれた。どうやら彼らにはまだナタリアの出生に関する秘密は漏らされていないらしい。そのまま謁見の間へと歩を進める。

 

「今はローレライ教団から使者が来ておられます」

 

 だが私たちの歩みは、謁見の間へと通じる扉の前に立つ兵士によって押し止められてしまう。彼らはあくまでも自らの仕事を忠実にこなしているのか、はたまた何かを言い含められているが故の行動か。

 

「私が帰ってきたことを伝えること以上に重要な用件などあるものですか」

 

「ローレライ教団の導師と大詠師が揃って来ているのです。中にいる者はまさか導師イオン以上の教団関係者というわけがありますまい」

 

「は、ハッ、失礼いたしました!」

 

 ナタリアが捲し立て、私がそれに続けば、兵士は気圧されたように扉の前から退けて道を空け、謁見の間へと続く扉を開いた。どうやらここに立つ二人の兵士はあくまでも真面目に仕事をこなしているだけの兵士だったようだ。少し威圧的な言い方になってしまったことを反省すべきか。とはいえ、今はそれどころではない。扉が開くや否や私達はナタリアを先頭に謁見の間に足を踏み入れた。

 

「マルクトの脅威など何するものぞ、我らにはユリアの預言(スコア)の加護があるのです!」

 

 謁見の間では、今まさに一人の男が熱弁を振るっていた。ゆったりとした詠師服の上からでも分かるほどに肉のついた腹を揺らし、顎と頬の肉を震わせながら自身の紡ぐ言葉に酔いしれる様の詠師オーレルがそこにはいた。やはり私が倒れている間に好き勝手に動いてくれていたようだ。その横には六神将の一角、ラルゴとシンク、そしてディストが控えている。どうやらアリエッタが私を追ってきたのは、ディストがバチカルに居たからであるようだ。

 

「お待ちなさい! 預言(スコア)に詠まれたなどと甘言でキムラスカを戦争に引きずり込もうとする奸臣の言葉に耳を傾けてはいけませんわ!」

 

「詠師オーレル。導師である僕だけでなく、直属の上司であるはずのモースにも黙って何をしているのですか」

 

 ナタリアとイオンに続けざまに糾弾され、詠師オーレルの言葉は遮られる。だが、振り返った彼の顔は、自分の話を邪魔された苛立ちの色を浮かべることは無く、むしろどこか歪んだ喜悦を湛えていた。

 その顔を見て、私は倒れていた時に見た夢を思い出す。今の彼が私達を見てこのような表情をする理由は何か。その理由を、この場では恐らく私だけが知っている。

 

「奸臣とは失礼な。私はキムラスカの繁栄を願えばこそ」

 

「徒に戦争を引き起こして何が繁栄の道ですか! お父様、このような男の言葉を信用してはいけませんわ!」

 

 ナタリアはそう言って玉座に座るインゴベルト王に目を向ける。私もそれに釣られて王の方を見れば、その様子は普段の彼と違うことが私にも分かった。

 このオールドラントをマルクトと二分する大国の主として、普段は玉座に腰かけた姿からは王たる威容を感じさせていたインゴベルト王は、今この場にはいなかった。目の下に刻まれた隈、艶を失った髪、そして何よりも生気を感じさせない目。今玉座に座っているのは、疲れ果て、正常な判断力を失ってしまった老人であった。

 

「ナタリア……」

 

「お父様……?」

 

 インゴベルト王は掠れた声でそう呟く。その様子に、ナタリアも疑問を覚えたのか、表情に不安を滲ませて父と目を合わせようとする。

 

「よくも父などと言えたものですなぁ、盗人の身分でありながら」

 

 だが、ナタリアとインゴベルト王が視線を合わせることは無かった。それを遮るように、詠師オーレルの言葉が謁見の間に響き渡ったからだ。

 

「無礼者! 誰に向かって言っているのです!」

 

 そしてナタリアが詠師オーレルの言葉を聞いて黙っていられるわけが無い。彼女は鋭い視線で詠師オーレルを射抜くが、彼の表情から余裕が消えることは無い。

 

「他ならぬあなたに向かって言っているのですよ。ナタリア王女、その名も、地位も、本来は別の者が手にするはずだった。その場所にのうのうと割り込んでいるのがあなただと言っている」

 

「さっきから訳の分からないことをぬけぬけと……」

 

「私は以前よりとある敬虔な教徒の懺悔を耳にしてきました。その者はキムラスカ王家にお仕えする侍女であった。かの者は亡き王妃様の出産に立ち会い、生まれた赤ん坊が死産だったことを知ると自分の娘が生んだ子ども、メリルを王妃様の子と偽った!」

 

「何を、出鱈目なことを!」

 

 朗々と語る詠師オーレルに対しナタリアは食って掛かるが、それを歯牙にもかけずに語り続ける。大袈裟な身振り手振りを交えて話すその姿は、この場を支配しているのは自分だという自信がありありと見て取れた。

 

「出鱈目なものか。ここに立つ乳母こそが証人。何よりも貴様と陛下に血の繋がりがないことはその髪を見れば良く分かる。キムラスカ王家に連なるものは皆燃えるような赤髪が特徴でしたな? だがこの者は金髪。亡き王妃様は美しい黒髪であったとか、その王と王妃からこの者が生まれてくることはありますまい」

 

 詠師オーレルの言葉は的確にナタリアの心を抉った。キムラスカ王家に連なる者にあるはずの特徴が無い。そのことは、幼い頃からナタリアの心を苦しめてきた。それ故に侍女達に陰で心無いことを言われていたこともあるのだ。

 

「そんな、そんなはずありませんわ! お父様、私はお父様の娘ではないのですか!?」

 

「儂とて……信じたくはない。だが、この者が申す場所から赤子の遺骨が見つかったのだ……」

 

 泣きそうな表情のナタリアに対し、インゴベルト王も苦しげに表情を歪めながら言葉を絞り出す。その姿を見るに、彼も突然突き付けられた真実に困惑し、心身共に消耗してしまっているのだろう。今の彼には正常な判断を求めるのは不可能だろう。

 

「さて、王家の名を騙り、アクゼリュスを崩落に導いた者にはそれに相応しい罰を与えなければなりませんな。私めがダアトから連れてきた六神将、黒獅子のラルゴにその役目を任せましょうぞ」

 

「キムラスカは、そなたの死を以てマルクトに正式に宣戦布告をする……」

 

「そういうことか……。悪趣味な男だ」

 

 呟くようなインゴベルト王と対照的に水を得た魚のようにその弁が増々熱を帯びるオーレル。彼に指名されたラルゴは、心底忌々しそうな顔をしながらも、武器を構えた。私はそれからナタリアを庇うように前に出る。どこまで時間が稼げるかは分からないが、ショックで自失状態となっているナタリアが我に返るまでは私が時間を稼がなければなるまい。

 

「待ちなさい。それをあなたが決める権限はないでしょう、詠師オーレル」

 

「おや、大詠師モース。何か言いたいことでもあるのですか? ユリアの預言(スコア)通りに世界は進む。私の邪魔をする必要は無いはずですが」

 

預言(スコア)の通りに世界が進めば、人の心を踏み躙り、命すら気に掛ける必要も無いと言うのですか」

 

「何を馬鹿げたことを。その先には繁栄が約束されているのです。今不幸になる人間より遥かに多くの人間が幸福になる!」

 

「本気で言っているのですか。そのために仲睦まじい親子の絆を裂くことすら厭わぬと」

 

「血の繋がらぬ偽りの子どもだと知らぬ不幸を私が正したまで」

 

「親子の情が、血の繋がりの有無だけではかれるものですか。魔物とすら心を通わせ、親子となれる者もいるのです。何故同じ人同士で血の繋がりが無いだけで親子でないなどと言えますか! 詠師オーレル、あなたの言葉は大詠師として許すことが出来ません」

 

 脳裏に思い浮かぶのはアリエッタとライガクイーンのこと。彼女らは種族の壁すら超えて家族として繋がっている。本来は被捕食者と捕食者の関係であるはずなのにだ。それを思えば、ナタリアとインゴベルト王が親子でないなどとは言えるはずがない。

 

「どうやらあなたは預言(スコア)を遵守することの重みを理解されていないようですな、モース。私がここに来る前にやっておいたことは無駄では無かったようだ」

 

「……いきなり何を言い出すのです」

 

「大詠師モース、いやモース。そなたの大詠師としての地位をただいまを以て剥奪とする。これはダアトにて過半数の詠師の支持を得た決議である。これよりはこの私、オーレルが大詠師となり、ローレライ教団を導く!」

 

 


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