大詠師の記憶   作:TATAL

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空の上の一幕と私

 城を脱出し、昇降機を使って街の出入り口がある下層へと辿り着いた私とルーク一行。だが腐っても大国の兵士か、キムラスカ兵は既に下層に展開しており、出口を前にして睨み合うこととなってしまう。

 

「逃がさんぞ、王女の名を騙る大罪人め!」

 

 先頭に立ってそう怒鳴るのはゴールドバーグ将軍。彼もまた忠実なキムラスカの臣のはずなのだが。

 

「直に昇降機も降りてきます。そうすると囲まれてしまいますよ」

 

 ナタリアを庇うようにゴールドバーグらと対峙しながら、ジェイドが横目で私に問う。とはいえ、私に切れる札はもう殆ど無い。記憶の中では、ラルゴを上手くあしらったのかアッシュが駆けつけてくれたが、今の敵味方入り乱れている謁見の間から抜け出してくるのは難しいだろう。ということはどうにかして自力でここから脱出する必要がある。であれば、取る手段は限られる。

 

「アニス、イオン様から離れないように。ティア、ルーク様とナタリア殿下のお傍に。カーティス大佐、非才の身ですが、援護をお願いしますよ」

 

「は、一体何を……!?」

 

 アニスとティアに指示を飛ばし、ジェイドに一言告げると、彼らの返事を待たずに眼前のキムラスカ兵に向かってメイスを構えながら吶喊する。ジェイドの口から、常ならば聞けないような素っ頓狂な声が漏れたような気がするが、そちらに目を向ける暇は無い。彼が驚いた表情をするというのも珍しいので是非ともこの目に焼き付けておきたかったが仕方ない。

 キムラスカ兵もゴールドバーグも、まさか私自ら突っ込んでくるとは考えもしていなかったのだろう。驚愕したことで一時的に身体が硬直し、私の行動への反応が一拍遅れた。その貴重な時間を見逃すわけもなく、私はゴールドバーグの隣に控えていたキムラスカ兵一人の懐に潜り込むと、横なぎにメイスを振って剣の鍔を強かに打ち付ける。突然手元に加わった衝撃にたまらず剣を弾き飛ばされたキムラスカ兵の背に回り込み、他の兵士達からの攻撃の盾にしながら、一連の動作の中で励起させた音素によってメイスの宝玉に待機状態となっている譜陣を起動する。狙いは兵たちのやや後ろに控える譜術士だ。背中を見せて逃げるときに後ろから譜術を打ち込まれては堪らない。

 

「言い遅れましたが、骨の一、二本は覚悟して頂きますよ。セイントバブル!」

 

 その言葉と共にキムラスカ軍の譜術士の足元に俄かに水球が生まれ、彼らの視界を塞ぐように浮き上がる。そして、勢いよく弾けて圧縮された水を譜術士とその周囲の兵士達に浴びせる。その衝撃によって兵士達の塊が割れ、か細いが抜け道が生まれた。

 

「カーティス大佐!」

 

「ええい、いきなり何をするかと思えば無茶をなさる! 道を開けなさい、ロックブレイク」

 

 私の声に我に返ったジェイドが、私の意図を素早く見抜いて狙い通りの譜術を使う。地面からせり上がった二列の岩壁が、途上のキムラスカ兵を弾き飛ばし、同時に横からの侵入を防ぐ即席の塀として機能する。これで街の出入り口に通じる仮設通路が完成した。横からの攻撃さえ防ぐことが出来れば、後ろを私が守ればルーク達に攻撃が届くことは無い。

 

「皆さん、今です!」

 

 ジェイドの指示でルーク達も動き出し、今しがた作られた道を駆けだしていく。彼らが皆道に足を踏み入れたことを確認してから、私もその後に続いた。背後ではゴールドバーグが何やら怒号を飛ばしているが、それに構う暇など無い。

 

「簡単に追ってこられても困りますので、アイシクルレイン」

 

 そしてダメ押しとばかりに背後に向かって譜術を使用。氷の刃が中空に描かれた譜陣から降り注ぐ。その先は兵士達ではなく、ジェイドの譜術で生み出された即席逃走経路の入り口だ。絶え間なく降る氷の刃が積み重なり、後続の兵たちが追いかける障害となる。もちろん大した時間が稼げるわけではないが、街を出られるまでの時間が生み出せれば十分だ。街を出れば捜索範囲が広くなり、易々と追い付くことは出来ない。

 

 しかし、言葉も無いまま私の意図を瞬時に見抜き、最適な行動を判断できる頭脳とそうやって考えたことを可能にする譜術、戦闘に関する才能。どれを取っても天才に相応しい人間だ。もし私が彼ほどの能力を持っていたならば。 前を走るジェイドの背中を見ながら益体も無いことを考えてしまった。

 

 


 

 

 バチカルを出た私達を迎えたのは、世界でも二機しかない貴重な飛行艇アルビオールだった。本来はイオンを奪還するためにルーク達がダアトを訪れ、そのときに操縦士であるノエルが捕らえられてしまったためにここではアルビオールを使うことが出来なかったのだが、どうやらノエルがディストの手に墜ちることは無かったようだ。彼はオーレルに連れられてバチカルを訪れていたのだから当然なのだが。

 

 アルビオールに乗り込んで空に逃れた私たちは、思ったよりも広くて快適な操縦席でようやく落ち着くことができた。

 

「まさかローレライ教団の大詠師がここまで戦えるとは思いもしませんでしたよ」

 

「マルクト軍人であるあなたからすれば児戯でしょうがね。最低限の護身術として身に付けたものに過ぎません」

 

「あれで最低限だったら神託の盾騎士団の殆どが護身術すら身に付けてないことになっちゃいますよぅ」

 

 ジェイドへの返答に、アニスが苦笑いしながら口を挟む。護身術は流石に謙遜し過ぎではあるが、それでもルーク達や六神将とまともにやり合って勝てるような実力ではないのだ。そんな私が大きな顔をすることなど出来るわけが無い。それに最初からいつかはヴァン達に敵対し、そのときに備えていたなどと言って信じてもらえるとも思えない。

 

「ま、何故大詠師ともあろうあなたがそこまでの強さを持っているのかについては疑問が尽きませんが、今は置いておきましょう。それよりも、お互いに何があったかを報告する必要がありそうですね」

 

「そうしましょう。特にそちらは私に聞きたいことがたくさんあるでしょうからね」

 

 納得したわけではなさそうだが、ジェイドはそう言って話題を切り替え、私もそれに便乗する。

 

「まずは我々の方から話しましょうか。アクゼリュスが崩落してからのことですが……」

 

 そう切り出したジェイドから語られた話は私が知る記憶の旅と大筋は変わらなかった。とはいえ、カンタビレの働きによってアクゼリュスの人的被害は最小限に抑えられ、アクゼリュスからの避難民は無事にダアトかグランコクマで保護されたらしい。この事態が起こる前からダアトには少なからず他の都市から人が集まってきていた。アクゼリュスの民が来たとしてもまだ何とかなるはずだ。

 そしてシェリダンでアルビオールを手に入れ、崩落の危機にあったセントビナーから市民を逃がすことに成功したらしい。

 

「アニスに言われてダアトに向かってみたら既にイオンもナタリアもいないってカンタビレに追い返されちまったからな、最初はカンタビレまで敵に回ったかって慌てたもんだ」

 

 そう言って肩を竦めるガイ。長い話だったが、既知の内容が多かったためか、はたまたガイがこうした役回りに慣れているのか、要点を押さえた彼の説明はすんなりと私の頭に入ってきた。そしてそのことによって私の頭の中に巣食う懸念の一つが鎌首をもたげたのを感じた。

 

「それで、セントビナーの皆を避難させて、ザオ遺跡でセフィロトを操作してと結構大変だったんだぜ?」

 

「そのようですな。して、そこでティアが倒れたというのは本当ですか?」

 

 セフィロトはユリアの血族であるヴァンとティアに反応する。そしてセフィロトを操作するたびに、地殻からパッセージリングを通じてティアに、障気によって汚染された大量の第七音素(セブンスフォニム)が流れ込むのだ。ザオ遺跡でティアが倒れた原因は、恐らく一度に大量の障気を取りこんだことによるものだ。

 

「体調管理も出来ず、お恥ずかしい限りです……」

 

「いえ、責めているわけではありません。その原因について、私は大体の見当をつけていますから」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 申し訳なさそうに肩を縮めているティアを手で制して返した言葉に、ティア本人よりもルークが大きな反応を見せた。背中のまで伸びていた赤毛は肩までの短さになっており、ここでも彼は自身へのけじめとして断髪を行ったことが窺える。その理由がどうか自罰に過ぎるものでないことを祈るのみだ。

 

「ええ、セフィロトは地核から記憶粒子(セルパーティクル)が吹き上げてくる場所。同時に第七音素(セブンスフォニム)もです。パッセージリングはユリアの血族であるヴァンとティアに対して反応したのならば、何らかの繋がりを通じて第七音素(セブンスフォニム)がティアに流れ込んだのでしょう。地核から魔界(クリフォト)を通って障気に汚染された第七音素(セブンスフォニム)が」

 

 本当は地核から噴き出す音素そのものが汚染されているのだが、今の私がそこまで情報を持っているのもおかしい話だ。パッセージリングの話については教団の禁書を読み解けば分かることなので公開することに躊躇いはない。

 

「ということは、彼女の病状は……」

 

「詳しいことはベルケンドの医者に見せなければ分からないでしょうが。これからも各地のパッセージリングを操作するのであれば、良化することは無いでしょう」

 

「そんな……!」

 

 確認するような口調のジェイドに私は淡々と返す。今ここで大人が冷静さを失ってはいけない。ルークは納得できないと言い募ろうとするが、それを手で制したのは他ならぬティアだった。

 

「いいの、ルーク。モース様、もし私がこれで死んでしまうのだとしても、この役目から逃げるつもりはありません」

 

「ティア! どうにかならないんですか、モース様!」

 

 自己犠牲を厭わないティアの言葉に、アニスが悲痛な声を上げて私に縋るような目を向ける。

 

「ティア。あなたのその高潔な精神は素晴らしい。ですが、あなたはまだまだ大人に頼っても良いはずです。あなたしか出来ないことなのかもしれませんが、それを手をこまねいて見ているだけだなんて私がすると思いますか?」

 

 私はそう言って懐に手を差し入れる。取り出したのはアクセサリーにするには重厚なブレスレットだ。黒い鋼板に覆われ、青と赤のボタンが付いているだけの物々しい見た目とブレスレットにするには大きすぎるそのサイズは、ブレスレットというよりは籠手といった方が適切かもしれない。

 

「モース様、これは……?」

 

 それを見たティアが首を傾げながら問うてくる。まぁこの見た目だけでは何をするものなのかは想像がつかないだろう。私だって初見では何が何だか分からない。

 

「もしかしたら今のあなたの問題を解決してくれるかもしれないものですよ。謁見の間でディストがこっそりと私の懐に忍ばせていました」

 

 あの男が私と肩を組むというらしくもないことをしたのは、私の懸念について言葉をくれるだけでなく、成果物を秘密裏に渡す目的もあったということだ。しかもご丁寧に使い方のメモまで付けてくれている。彼にはいよいよ頭が上がらなくなりそうだ。どこかで高い利子をつけて借りを返さねばなるまい。

 

「さて、メモによりますと。このブレスレット、というには大きすぎる腕輪は着用者の第七音素(セブンスフォニム)を無制限に吸収する機能を持っています。青のボタンを押せば腕輪を通じてフォンスロットが強制的に開かれ、第七音素(セブンスフォニム)を吸い出し始めます。赤いボタンを押せば停止する。なるほど、障気に汚染された第七音素(セブンスフォニム)をそれごと取り出してしまえという発想ですね」

 

 流石の彼の頭脳を以てしても第七音素(セブンスフォニム)自体に結び付いた障気を乖離させることは出来なかったのだろう。添えられていたメモにも、あくまでこれは試験機であり、完成品ではもっとエレガントでスマートかつ高機能なものになるということが長々と書かれている。もはや機械そのものの説明よりもそっちの方が長いくらいだ。

 

「この装置の安全装置など怖いところは多々ありますが、少なくともこれで障気混じりの第七音素(セブンスフォニム)が大量にティアの身体に取り込まれている問題はマシになりますかね。どうですか、ティア。あなたの上司はいっそ恐ろしいくらいに抜け目ない男でしょう?」

 

「っ……、はい。本当に、ありがとうございます……!」

 

 その言葉に張り詰めていた緊張の糸が途切れたのか、ティアは微笑みながらも目からとめどなく涙を流したのだった。




スキット「大詠師は肉体派」

「それにしても、まさか大詠師様があそこまで戦えるとは思いもしませんでしたよ」

「あなたに言われると面映ゆいですな、カーティス大佐。所詮は護身術程度のものですよ」

「護身術であれだけの精度と速度で譜術を出せるなんて恐ろしい組織なんだな……ローレライ教団は」

「あれはモース様が鍛えすぎてるだけだよ、ガイ。あれ見たらアニスちゃんもモース様に勝てるって断言できないしぃ……」

「六神将もヴァン師匠も強かったし、やっぱり大詠師も戦えないといけないんだな」

「上に立つ者が先頭に立って戦う、素晴らしいですわ」

「いえ、ですから大したものでは無いと」

「良いじゃありませんかモース。褒められて悪いことでは無いでしょう? 僕だってあなたが褒められれば嬉しいです。それにダアトでは一人で神託の盾兵を圧倒していたじゃないですか、格好良かったですよ」

「それ私も見たかったですよ~、イオン様ぁ!」

「私が戦うところなど見てどうするというのですか……。あくまで大詠師の仕事の合間に鍛えていただけのこと。私の戦闘術など大したものではありません」

「ジェイドの旦那もそうだが、モースも大詠師としての仕事の合間に訓練だなんてよく出来るな」

「私は譜術がメインですからねえ。メイスで近接戦闘もバリバリこなす大詠師様ほどではありませんよ」

「私にはカーティス大佐のような譜術の才はありませんからな。近接戦闘も譜術も中途半端なのだから、組み合わせるしかなかっただけのこと」

「中途半端……。大佐よりも譜術が使えなくてモース様よりもメイス捌きが上手くない私って……」

「あの、ティア? 何故凹んでいるのですか?」

「大詠師って戦いも出来ないといけないんだな。ローレライ教団って皆そうなのか、アニス?」

「あれはモース様が過度に肉体派なだけだよ、ルーク」

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