大詠師の記憶   作:TATAL

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説明回は相変わらず筆が進まないのでその分スキットで好き勝手に遊ぶスタイル


光明と私

 ヴァンと出くわしたことにより、ティアをベルケンドの医者に見せるタイミングを失った私達は、その足でベルケンド知事のもとを訪れていた。

 ベルケンド知事であるビリジアンはファブレ公爵家と縁深く、ルークの顔を見るなり屋敷に迎え入れてくれた。

 

「つい先ほどクリムゾン様から連絡が届きましたよ。ルーク様が来たなら迎え入れてキムラスカ兵には知らせぬようにと」

 

 客間に通された私達に、ビリジアン知事がクリムゾンから聞いたバチカルの現況を掻い摘んで教えてくれた。どうやらあの後アッシュは無事にラルゴとキムラスカ兵を切り抜けて逃亡し、ファブレ公爵家も登城中は監視はつくものの、屋敷内に立ち入ってくることはなく、概ね今までと変わらぬ穏やかな暮らしぶりらしい。国王に向けて刃を向けたにも拘わらず、異例中の異例と言えるほどの軽い沙汰であり、アルバイン辺りは憤慨したが、どうやらインゴベルト陛下が執り成したらしい。彼もクリムゾンの言葉を切って捨てられない程に迷いがあるのだろう。特に近しいファブレ公爵が自らの子どもを守るために王家に剣を向けたということが陛下の心に大きな衝撃を与えたのかもしれない。

 

「父上は俺達がここに来ることを知っていたのか?」

 

「どうでしょう。恐らくは自身の影響が強い人物には粗方指示を出しているように思えますけどね。ファブレ公爵は自身の武勲もさながら、情報工作といった智謀でも長けたキムラスカきっての大将軍でしたからね」

 

 ルークの疑問に答えたのは敵国マルクト軍人のジェイドだった。ホド戦争ではクリムゾンと同じ戦場に立つ機会もあったのかもしれないと思う程度には、彼の言葉には実感がこもっていた。

 

「何はともあれ、警戒を緩めて休める場所というのは貴重です。ティアの体調について調べられなかったのは残念ですがそろそろ日も落ちてくる頃ですし、まずは身体を休めましょう」

 

 ここでこれ以上話しているよりは、まずは身体を休めた方が良いだろう。そう考えて話を打ち切るように私は言葉を発した。特にナタリアは身体だけでなく精神的にも疲弊している。気丈な彼女はあまり表には出さないが、一度整理する時間も必要だ。それに、この機会に話をしておかねばならない人もいる。

 

「使用人に部屋を用意させています。食事の用意が整いましたらお呼びしますので、それまでゆっくりお休みください。ご所望ならばカウンターでお酒なども用意させますので」

 

「そういうことならお言葉に甘えましょうかね。何せナタリアや導師イオンもそうだが、俺達もアルビオールであっちこっち飛び回ってバチカルで大立ち回りしてきた後だ。身体もそうだが、それ以上に精神的に疲れが溜まっちまってるだろうしな。ルーク、部屋に行こうぜ」

 

「お、おいガイ? ちょ、押すなって」

 

「ミュウも行くですの~」

 

 ビリジアンの言葉を聞いたガイがルークの腕を引いて部屋を後にし、ミュウもふよふよとその後を浮いてついて行った。去り際に私とジェイドに意味ありげな視線を向けて。こういったところに気が付くのが彼の美徳なのだろう。

 

「それじゃあ私達も行きますか。イオン様、行きましょ。ほら、ティアとナタリアも。特にティアは体調不良だし、ナタリアも色々あって疲れてるだろうし。ご飯の時間までゆっくりしよーよ」

 

「そうですね、行きましょうか。アニス」

 

「ええ、そうね。それでは、私達もお先に休ませていただきます」

 

「失礼しますわね。ありがとう、ビリジアン知事」

 

「とんでもございません。ゆっくりお休みください、ナタリア殿下」

 

 アニス達もぞろぞろと連れ立って部屋を出ていき、残ったのはビリジアン知事とジェイド、そして私のみとなった。

 

「お二人はどうされますか?」

 

「そうですね、少し彼と話したいことがあるのでこの部屋を使わせていただいても?」

 

「畏まりました。人払いをしておきましょう」

 

 私の言葉に、多くを聞かずに必要なことだけを述べてビリジアン知事も部屋を後にした。彼がクリムゾンからの信頼を受けているのも頷ける有能さだ。ビリジアン知事の足音が遠ざかるのを確認してから、私はジェイドに向き直った。

 

「さて、ここからは悪だくみの時間、ということでしょうか?」

 

「悪だくみ……。ま、そうかもしれませんね。どちらにしろあまり多くの人間に聞かせる話ではありませんし」

 

 少しおどけたように話すジェイドに、私は肩を竦めて返す。口調が軽いとはいえ、お互いこの場が他愛もない話で終わることなど無いとは理解している。

 

「大詠師モース。あなたならばヴァンの外殻大地崩落計画を何とかする手段があると考えてもよろしいのですか?」

 

 そして先ほどまでのふざけた様子からは一変、真剣な表情になったジェイドは私に問いかける。

 

「そうですね、一時凌ぎ程度の案になってしまいますが」

 

 私はそう言って彼に語り始める。それは、私の記憶の中でローレライ教団の禁書を一晩で読破したジェイドが考案した案。崩落する外殻大地は障気に満ちた魔界(クリフォト)を落下していき、液状化した大地に呑み込まれる。それを防ぐためには、大地の液状化を止める必要がある。大地の液状化は地核の振動によってもたらされており、地核の振動はプラネットストームが原因だ。プラネットストームはラジエイトゲートから記憶粒子(セルパーティクル)第七音素(セブンスフォニム)が噴き出し、アブソーブゲートに収束して再び地核に還っていく循環のことだ。各地のパッセージリングはこのプラネットストームの流れを利用して外殻大地を持ち上げるセフィロトツリーを形成している。

 

「つまり、外殻大地を安全に降下させるためには各地のパッセージリングを同期させて一斉に外殻大地を降下させると同時に地核の振動を止めて液状化を何とかする必要がある。そのためにはプラネットストームを停止しなければならない、というわけですね」

 

「そうなります。加えて地核の振動を中和する装置を地核に打ち込む必要も」

 

 私の説明を受けたジェイドは考え込むように顎に手を当てている。眼鏡の奥にあるはずの紅い瞳は、今はレンズの反射に隠れてその輝きを見ることは出来ない。きっと彼の脳内では様々な推測、計算が走っていることだろう。彼ほどの頭脳を持たない私は、今彼が何を考えているのかなどうかがい知ることは出来ない。

 

「疑問なのですが、セフィロトを低出力で維持したまま、液状化した大地の上に浮かべ続ける、ということは出来ないのですか? プラネットストームを停止させれば今の譜業、譜術技術は大きな後退を迫られるでしょう」

 

「その場合パッセージリングの耐用年数が問題になります。古代の超文明の産物とはいえ、所詮は人の手で作り出されたもの、しかもメンテナンス方法なども失伝した譜業です。それが未来永劫働き続けるなどと考えるのは楽観的に過ぎると私は思いますがね」

 

「その通りですね……。障気はディバイディングラインで押し込めてしまうということですか。なるほど、だから一時凌ぎの策というわけですか」

 

 ジェイドは何かに思い至ったように顔を上げ、私と視線を合わせた。私が長い時間かけて出した結論に、彼はこの短時間で辿り着いたのだろう。末恐ろしい頭脳だ。

 

「障気は外殻大地のすぐ下側に位置するディバイディングラインに押し込められますが、いずれは漏れ出してくる可能性が高い。障気そのものを消しているわけではないのだから。それにプラネットストームを停止させるということはセフィロトの力も弱まる。そうなれば必然、セフィロトによって形成されているディバイディングラインも弱まり、障気は漏れ出してくるというわけですね」

 

「その通りです。何より、ディバイディングラインの弱化は既に始まっていると言ってよいでしょう」

 

「……アクゼリュスの障気被害」

 

「それ故に私の案はあくまでただの時間稼ぎ。真に求められるのは」

 

「障気の中和方法を見つけ出すこと」

 

 これは骨の折れる仕事になりそうです。と言って肩を竦めたジェイドに私は苦笑いを返す。この天才の頭の回転は一体どうなっているというのか。譜術も、戦闘術も、頭脳すらも私は彼の足元にも及ばないということを改めて思い知らされてしまう。とはいえ、その程度のことで嫉妬に囚われる程私は自分を過大評価していない。所詮は記憶というズルで得たアドバンテージだ。そんなもの、最初から勘定に入れるべきではない。

 

「とはいえ、泣き言を言っているわけにもいきませんね。あのディスト……サフィールですら、腹の内はどうあれ何とかしようとしているのです。私がこのまま何もしないなど、他ならぬ私が許せそうもない」

 

「ディストはフォミクリーに関する問題にも手を付けています。私は、あなたもそこに協力していただければと思います」

 

「……フォミクリーは私の罪の象徴です」

 

「ですが、ルークも、イオンも生まれてしまいました。ならばやるべきことは臭いものに蓋をすることではないでしょう」

 

「向かい合い、前に進めということですか。相変わらず厳しいことをいうお方ですね」

 

 そう言って儚げに笑うジェイドは、ともすればルークやナタリアと同じ年頃の少年のようにも見えてしまうくらい、不安が色濃く滲んでいた。

 

「何も一人で背負えなどというつもりはありません。私とて清廉潔白と胸を張れる人間ではないのですから。辛ければ誰かと分かち合えば良いのです。あなたが仕える皇帝は、それを受け止めるだけの器を持っているでしょう」

 

 私の口から零れた言葉が、私の耳に虚しく木霊する。分かち合うなどと口にしながら、私は誰かに自らの罪を打ち明けたことがあっただろうか。イオンに私の記憶を伝えはしたが、それだけだ。いずれ明らかになるだろうと、そんな曖昧な未来に逃げ、自分の罪と正面から向かい合うことを避けているのは他ならぬ私自身なのだ。

 

「誰かと分かち合う、ですか……。大詠師様には、そういった人はいるので?」

 

 そうやって問いかけるジェイドの言葉に、私は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。

 






スキット「大詠師はモテモテ?」

「大詠師ともなれば教団の女性から引く手あまたなんじゃないか?」

「いきなりですね、ガイ。生憎とそのようなお話はありませんでしたよ」

「意外ですねぇ。大詠師の地位だけでも惹きつけられる人はいるでしょうに」

「そんな邪な考えの人はアニスちゃんの目が黒いうちは近づけさせません!」

「何でアニスがモースの相手を選ぶ立場なんだよ……」

「そうね、ルーク。私もきちんと目を光らせているわ」

「いや、そうじゃなくて」

「導師として、自分の直接的な補佐をする大詠師の結婚相手はきちんと見定めなくてはなりませんね」

「導師イオンまで……。ある意味モテモテですのね、モース」

「この様子では大詠師様から浮ついた話が聞けるのはかなり先になりそうだな」

「大詠師のお相手となる方も、これだけ目を光らせている子ども達がいたら気後れしてしまうでしょうねぇ」

「……私は彼らの父親になったつもりは特にないのですが」

「そんな寂しいこと言ってやるなよ。微笑ましいじゃないか」

「はぁ、他人事だと思って随分気楽そうですね、ガイ。まぁ私もこの歳になって今更所帯を持つことなど考えていませんがね。仕事ばかりにかまけていて趣味も特に無いつまらない男ですから、私などと結婚する相手の方が可哀想です」

「そんなことないですよぅ!」

「そうです。モース様の良いところを私達はたくさん知っています!」

「自分を卑下しないで下さいといつも言っているじゃないですか」

「き、聞いていたのですね、アニス、ティア、導師イオン」

「……ありゃあまるで」

「男手一つで三人の子どもを育て上げて子ども達に再婚を促されてタジタジになっている父親、というところでしょうかねぇ」

「えらく具体的な例えだな、旦那」

「とても微笑ましくて思わず笑顔になってしまいますねぇ。ハッハッハッ」

「ここぞとばかりに笑ってやがるぜ、ジェイドの奴」

「迂闊に触れるな、ルーク。あのジェイドが中々口で負かせない人間だからな。こういうときにしっかり弄っておきたいんだろうさ」


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