大詠師の記憶   作:TATAL

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戦闘シーンってどうしてこうも書くのが難しいのか……




聖なるものと私

 セレニアの花畑での束の間の休息を終えた私達は、セフィロトの探索を再開していた。木々の隙間から差し込む日の光を頼りに渓谷の奥へ、流れる川の源流を目指すように深く分け入っていく。

 いくら記憶があるとはいえ、セフィロトの詳しい位置までは覚えていないため、私もルーク達と同じく周囲の景色に目を凝らしながら歩いていた。

 

「結構奥まで来たはずなんだけどな。イオン、体力は大丈夫か?」

 

「え、ええ、まだ、大丈夫です」

 

 先頭を行くルークがそう言って振り返る。少し遅れて、私の前を歩くイオンがそれに答えるが、後ろ姿を見るだけでも肩で息をする彼の消耗は見て取れた。恐らく前から見ているルークはより顕著に感じ取れたことだろう。

 

「無理すんなって。もうちょっと先に少し開けた場所がありそうだし、そこまで行ったら一旦休憩にしよう」

 

「す、すみません……」

 

「気にすんなって。むしろ俺達もザオ遺跡の時みたいに戦闘があったときに備えて体力を回復しとかなきゃいけねーしな」

 

 申し訳なさそうなイオンに屈託なく笑いかけるルーク。意地っ張りの仮面を外した彼は、元々内に秘めていた優しさを素直に表に出すことに随分と慣れた様子だった。ティアやガイ、アニスもルークのそんな態度に自然と表情を綻ばせている。かく言う私もだが。

 

「な、なんだよ、何で急に皆ニヤニヤしてんだよ」

 

「いやいや、何でもないぞルーク。ただ俺は嬉しくってなぁ。あのルークがこんなに素直な好青年になっちまってよ」

 

「ガ~イ~! あんまりからかうなって言ったろ!」

 

 引き気味なルークに笑みを浮かべたまま肩を組むガイ。ルークはガイの言葉に照れくさそうに頭を掻くと、そっぽを向きながら足早に進んでいってしまった。それを追って私達も木立を抜け、崖際の開けた空間に出た。

 崖沿いに細い道が続くその場所は、少し離れたところに流れ落ちる滝が見えて休憩にもってこいの場所だった。セフィロト探索が終わって日が沈んでしまっていたら無理に渓谷を抜けずともここで野営をすることを考えても良いかもしれない。

 

「ん~、良い景色!」

 

「アニス、危ないですからあまり崖際に行ってはいけませんよ」

 

「は~い、大丈夫ですよー!」

 

 アニスが凝り固まった身体をほぐすように背伸びをする。それに釣られて他の面々も張り詰めさせていた神経を緩め、思い思いに身体と精神を休めようとした。私はといえば、はしゃぐアニスに注意を促しながら、私は周囲に魔物が徘徊していないか、危険はないかを警戒する。幸い、魔物の気配もなく、更にここにはアニスの強く気を惹くものは無さそうだ。コレクターの間で超高値で取引されている蝶などが飛んでいることもなく、彼女が崖から落下しかねないような事態は起こりそうにない。それを確認できたため、私もしばしの時間、心と体を落ち着かせることが出来た。

 

 そうしてルークの発案で取られた休憩時間のおかげで、疲労の色を滲ませていたイオンの様子も落ち着き、そろそろ探索を再開してもよいかと考え始めた頃、私は身体が意志に反して揺れたのを感じた。そしてそう感じた次の瞬間には、立っていられず、思わず膝をついてしまうほどの激しい揺れが私達を襲った。

 

「皆、伏せて頭を庇いなさい!」

 

 傍らにいるイオンを庇いながらルーク達に指示を飛ばす。彼らは私の言葉に素早く反応し、地面に伏せて両手で頭を庇う。幸いにして揺れはほどなくして収まり、余震の気配も消えてから、私は立ち上がる。

 

「モース、今の揺れは……」

 

「恐らくは導師イオンの想像通りかと。セフィロトの出力が不安定になっているため起こっているのでしょう」

 

 そもそもセフィロトの力で浮上している外殻大地は地揺れとは縁遠い。精々が大雨による土砂崩れやザレッホ火山の噴火に伴う揺れ程度だろうか。だからこそこんなときは皆パニックを起こすものだと思っていたのだが、ルーク達は流石というべきか、あまり動揺した様子は見られない。

 

「ぐずぐずしてられないな。早くセフィロトに行こう」

 

 私の言葉を聞いたルークはそう言って立ち上がると、崖際の道を下りはじめ、私達もその後に続く。

 

 そうして暫く道を下っていくと、滝のすぐそばに、岩壁にステンドグラスをはめ込んだかのような一角が目に飛び込んできた。私達の目指すセフィロトへの入り口だ。ルークもそれを見つけたのか、小走りに先に進み、目を凝らす。そして嬉しそうな顔でこちらに振り向いた。

 

「皆、あそこ……」

 

「危ない!」

 

 だが、ルークがセフィロトへの入り口を指差そうとしたのを私は途中で遮り、彼の身体を抱きかかえるようにして横に飛ぶ。彼がこちらを振り返る直前、彼の後ろにチラリと見えていた影が驚くべき速度で迫っていたからだ。

 

 その影はルークを捉え損ねると勢いのままに私達から距離を取り、ゆっくりと旋回して対面する。

 

 ぱっと見は身体全体を薄っすらとエメラルド色の体毛が覆う美しい毛並みの馬。だが、大人一人をあっさりと刺し貫くことが出来るだろう額から生えた角、後頭部から首にかけて碧い鬣がたなびき、更に頭部と首のあたりから鳥の翼のようなものが生えている。見る者を魅了する美しさと神々しさが同居するその威容は、今は私達に向けられる敵意と相まって威圧感の源となっていた。

 

「あれは、ユニセロス!?」

 

「穏やかな気質で滅多に人を襲わないというあのユニセロスが、何故……」

 

「今は問答をしている暇はありません、下がりなさい。アニス、導師イオン」

 

 アニスとイオンが驚いて固まっているため、私はすぐさま身体を起こすと、ユニセロスから彼女らを隠すように前に立ってメイスを構える。この対面は私にとっても予想外なことだった。私の記憶では、ユニセロスはティアの身体に蓄積した障気に苛立って襲い掛かってきた。ティアの体内にある残った障気はここに来る前にディストの腕輪によって取り除いたのだ。今この場においてユニセロスがこちらを攻撃してくる理由が分からない。

 とはいえ、分からないからと言って大人しくやられるわけにはいかない。あの獣の突進は並の鎧では紙のように容易く貫かれてしまうことだろう。今は戦う他なさそうだ。

 

「一旦落ち着かせるしかないみたいだな」

 

「くそっ、こんなことしてる場合じゃねーってのに!」

 

「ですが逃げられそうもありませんわ!」

 

 ガイとルークも各々武器を構えて前に出る。その後ろでナタリアが弓を構え、ティアもメイスと投げナイフを手に戦闘態勢に入った。

 

 そこにユニセロスが甲高い嘶きと共に再び突進してくる。狙いは先ほど仕留め損ねた私。なるほど、ルークとガイの守りを抜いてティアやナタリアを叩くのは難しい。それに比べれば、アニスとイオンを後ろに庇う私に向かってくるのは理に適っている。

 

「だが、その選択は間違いでしたよ!」

 

 後ろにアニスとイオンがいる以上、躱すという選択肢は存在しない。そうすればユニセロスはその勢いのままにアニスかイオンのどちらかに吶喊することは目に見えている。ならばやることは一つ。あの魔物を正面から受け止める。私の頭の中には、ユニセロスがこっちに向かって来てくれたことでこの戦闘を最速で終わらせる道筋が生まれていた。

 

 励起された音素が手に持ったメイスに流れ込み、素早く譜術を起動する。発動するのは私が最も扱いに手慣れている術、氷の刃を生み出すアイシクルレインである。だが、氷の刃をそのままユニセロスに放ったところであの突進を止めること等出来ない。それに、この譜術は何も氷の刃を生み出すだけの術ではない。

 発動した譜術は強い冷気でメイスとそれを握る私の手を分厚い氷で覆う。更に足下にも氷が発生し、私を大地に縫い留める枷となる。そもそも私とあの魔物では体躯も、重量にも大きな差がある。正面からぶつかれば私が負けるのは火を見るより明らかだ。ならばどうあっても私の後ろにユニセロスが行かないようにこの身を地に縫い付けてしまえば良い。

 

「更に、スプラッシュ!」

 

 そして、仕上げとばかりにユニセロスに向かって濁流を放つ。宝玉に籠められたアイシクルレインの発動と、同時に口頭詠唱することでほぼタイムラグ無しに二つの譜術を発動させる。身体にかかる負担は単純に二つの譜術を連続で発動させることを遥かに上回るため、多用できないものの、こうした切羽詰まった状況においてはそのリスクを甘受するだけのメリットが生まれる。

 私の眼前に展開された譜陣から濁流がユニセロスに殺到し、その突進の勢いを僅かではあるが落とす。それでも驚異的な速度だが、私が反応する時間が生まれただけで十分だ。

 

 私の右腕はメイスごと肘まで氷で固められているため大雑把な動きしかできない。それでもユニセロスの必殺の角を掻い潜ることは出来る。

 

 私の氷で固められたメイスと右腕が、ユニセロスの顔面と交錯した。

 

「っっ!!?」

 

「モース!?」

「モース様!!」

 

 後ろにいるイオンとアニスが私の名前を呼ぶが、それに答える余裕は無かった。交錯の瞬間、私に襲い掛かったのは身体をバラバラに吹き飛ばされたと錯覚するほどの衝撃。最早満足に呻き声も上げられない程だ。足を氷で固めていなければ容易く吹き飛ばされていただろうし、氷で固めていたからこそ満足に衝撃を逃がすことが出来なかった。右腕とメイスを覆う氷は呆気なく粉々になり、右腕はユニセロスの頭と私の身体に挟まれて嫌な音を響かせた。幸いというべきか、私の身体は戦闘の興奮によって痛覚を麻痺させており、今頭を占めているのは右腕の痛みではなく、右腕が使い物にならなくなってしまったという冷静な計算だった。すかさず私はまだ動く左腕でユニセロスの頭を抱え込むと、ヘッドロックの形に持ち込む。そして身体の消耗を度外視して体内のフォンスロットを開き、再びメイスに音素を流し込む。私の下半身を固めていた氷の勢いが増し、私の左半身と抱え込まれたユニセロスの頭まで固め始める。

 

「ティ、ティア、譜歌を!」

 

「は、はい!」

 

 そしてティアに半ば叫ぶように指示を飛ばす。今は単語以外の言葉を発する余裕が無い。

 

「る、ルーク! 俺達も行くぞ!」

 

「お、おう!」

 

「援護いたしますわ!」

 

 ルークとガイも、最初は呆けていたが、私とユニセロスを氷が覆い始めたのを見て意図を察したのか、彼らもユニセロスの身体に駆け寄る。それを敏感に察知したユニセロスはその場から動けないものの翼をめちゃくちゃに動かしてルークとガイの接近を妨げようとする。

 

「させませんわ! シュトルムエッジ!」

 

 その声と共にナタリアは目にも止まらぬ速射で3連の矢を放ち、ルークとガイに向かう翼を弾くことでユニセロスの抵抗を封じた。その隙を衝いてルークとガイがユニセロスの身体に取り付き、その動きを抑える。

 これで、ユニセロスは嘶きを上げながら振り払おうとするが、頭を私に、足をガイとルークに抑えられて上手く動くことが出来ない状態となった。

 

「こんの、よくもモース様を!」

 

 そして私の後ろからはトクナガに跨ったアニスが躍り出てユニセロスの胴体に譜業人形の重たい拳撃を浴びせる。

 

「聖なるユニセロスだか何だか知んないけど……! ヤローてめぇぶっ殺ーす! 殺劇舞荒拳!」

 

 常の飄々とした様子からは想像もつかない気迫のアニスによる拳撃の嵐。

 

「トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ」

 

 ティアの口から紡がれるユリアの譜歌。その第一節。

 

 アニスの拳によって大きくダメージを受けたユニセロスは、ティアの譜歌によってあっさりと意識を手放し、その身体から力を抜いたのだった。


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