メロスには政治は分からぬ。だが、年末進行の唐突なおかわり残業には人一倍敏感であった。
ということで初投稿です。
「どうしてあんな無茶をしたんですか!!」
「モース様のバカッ! 向こう見ず! アンポンタン!」
「万が一があったらどうするつもりだったのですか」
ティア、アニス、そしてイオン。譜歌によって意識を失ったユニセロスを横目に、私はこの三人に凄まじい剣幕で詰め寄られていた。
「私とティアが治癒術を修めていてこれほど良かったと思うことはありませんわ」
ナタリアが呆れたように言いながら、ティアに続いて私に治癒術をかけてくれている。それに何も言い返すことが出来ない。というよりそちらに視線を向けようものなら剣呑な表情の三人が目を逸らすなと言わんばかりに私の顔を掴んで強引に彼女らの方を向かせるのである。
「いえ、その、落ち着いて下さい三人とも。あそこではアニスとイオンが後ろに居たのですから、私が避けることが出来るわけが無いでしょう」
「私のトクナガだったら受け止めることも出来ました!」
「それであなたが大怪我を負ってどうするのですか!」
アニスはともかく、常に冷静なイオンが初めて見るくらいの剣幕で言い募る。物言いこそ静かではあるが、言い知れぬ迫力に私はこれ以上下手な言い訳をするべきでは無いと悟った。
「……心配をかけてしまったことは謝ります。ですが、私の職務としても、何より一人の大人として、身体を張ってでも皆を守らねばならないのです。ティアも、泣かないでください」
「泣いてません!」
今にも目尻から溢れんばかりに涙を溜めているにも拘わらず、ティアはそう言って私を鋭く睨みつけた。アニスやイオン、アリエッタはともかく、ティアくらいの年頃の娘を泣かせてしまうと居心地が悪いことこの上ない。そうやって怒っていても私の治療を続けてくれていることには感謝しかないのだが。彼女たちが自分に信頼を寄せてくれていることは分かってはいたが、まさか泣かれてしまうとは思わなかった。
「モース様はご自身のことを省みなさすぎです! これからもこんなことを続けていたらいつか本当に死んでしまうかもしれないじゃないですか」
「そうは言いますがねティア。私の身一つでどうにかなるのなら、それはそれで良いことだと思いませんか」
「良くなーい!」
「ちょ、アニス!?」
ティアを宥めていたらアニスが突然私に飛びついてきた。
「モース様は私達の気持ちが何にも分かってないです!」
「そ、そうでしょうか。確かに年齢が離れすぎていますから色々ついて行けてないとは思いますが……」
「そういうことじゃありません! モース様が私達を助けたいって思うのと同じくらいにティアも、イオン様も私もモース様を助けたいんです! 助けてもらった分以上にお返ししたいって思うんです!」
「そんな、私を助けるなど。大人が子どもを守るのは当たり前の話ではありませんか」
私はやんわりとアニスを宥める。アニス達が私を助けようと考えてくれることはとても嬉しい。だが、その優しさは私などに向ける必要はない。私は当たり前のことをしたのであり、子どもはそれを享受することが仕事のようなものだ。そう言えば子ども子どもと言いながら彼女達は教団で役職を持ってしっかりと働いていたのだったか、とはいえ私が庇護すべき存在だということは揺るがないのだが。
「モースはいつも言っていましたよね。人は助け合いが大事だって。なら僕達が助けられた分モースを助けることは間違ったことですか?」
「ぬ……。いえ、そういうわけでは」
「そうですそうです! だからモース様はもっとアニスちゃん達に頼るべきなんです!」
言葉に詰まった私にアニスが畳みかける。ティアも治癒術をかけながら同意するように頻りに頷いていた。私は助けを求めるように輪から離れたところに立っているガイとルークの方へと視線を向ける。私の視線に気づいたガイとルークは、少しの間互いに顔を見合わせると、仲良く同時に肩を竦めて私に苦笑いを返してきた。
「諦めな、モースさま。あんたの負けだ」
「そうそう。それに今のティア達に俺達から何か言っても無駄だと思うぜ」
「子どもを守るのが大人の役割なのは尤もですが。子どもの意向を尊重するのも大人の役割なのではなくて?」
ガイとルーク、加えてナタリアの言葉に私はこの場に味方がいないことを悟った。シェリダンで解読した古文書を元にイエモン達と頑張ってくれているジェイドがいればまた違ったのだろうか。いや、奴のことだからどうせどちらに肩入れもせず安全圏からニヤニヤと私を眺めて笑っていたことだろう。
「……そうですね。ここまで言われてしまってはこれ以上頑なになるのもおかしな話です。既に色々と頼りにはしているのですけれども、これからはもう少し頼らせてもらうことにしますね」
私の言葉に、ティア達はようやく満足したかのように怒りを収めてくれた。とはいえこれ以上どう頼れば良いものだろうか。
私の腕の治療が終わり、戦闘の疲れも癒したところで私達はユニセロスを囲んでどうすべきかと議論を交わしていた。
「もうこのまま寝かしておいてもいいんじゃねえの? 起こしてまた襲ってきたら面倒だろ」
「そうは言うがな、これでセフィロトを操作して出てきたときにさっきみたいに不意打ちなんかされたらたまったもんじゃないぜ」
「そもそもユニセロスはあまり人を襲うことはないと聞いていたのですが。どうして先ほどは襲ってきたのでしょう」
「あまりにもユニセロスの縄張りに深く踏み入ってしまったのか、他に理由があったのか、もしくは人を襲うことはないという噂そのものが間違っていたかですかね」
ユニセロスが襲い掛かってきた理由が検討もつかないことが、このままユニセロスを起こしても良いものかを悩ませる原因だった。治療して起き上がった途端に暴れだされてはたまったものではない。私とて好き好んで怪我をしたいわけではない。怪我をせずに済むならばそれに越したことは無い。それに、安全が確信できていない状態でユニセロスを起こすことで私はともかくルーク達が怪我をしてしまったらどうするのか。
「とはいえこのまま寝かせていて他の魔物に襲われてしまうのも忍びないですわ」
「この辺りでユニセロスより強い魔物は早々いないけど、それでも寝てるときって無防備だもんね……」
ナタリアとアニスがそう言って心配そうにユニセロスを見つめる。そんな顔をされては私が言えることは一つしか無くなってしまう。
「……ユニセロスを起こしましょうか。ミュウ、説得をお願いできますか?」
「みゅ、了解ですの!」
「お、おい良いのかよモース?」
ユニセロスの前に進み出た私を止めるようにルークが声をかけるが、私はそれを手で制した。
「ガイの懸念も尤もなのです。それに先ほどのように不意打ちを受けるのではなく今度はこちらが万全の態勢で迎え撃つことが可能です。万が一暴れだしても先ほどよりも被害を抑えて鎮圧出来るでしょう。そのときはもう寝かしたまま手早くセフィロトを操作してシェリダンに戻りましょう。ティア、続けざまで申し訳ないですが治療をお願いできますか?」
「はい。……くれぐれも気をつけて下さいね」
ティアは先ほどのことを思い出したのか、そう言って私にジト目を向けてくるため、私は苦笑いで返す。もちろん無理をするつもりはない。必要とあらば多少の怪我を許容するだけのことだ。
ティアがユニセロスに手を翳すと、その手から柔らかな光が溢れてユニセロスに降り注ぐ。私達によって身体に刻まれた傷が見る見るうちに消えていき、程なくしてユニセロスが瞼を上げてエメラルド色の瞳を覗かせた。
「みゅみゅ、みゅみゅう。みゅう」
そしてすかさずミュウがユニセロスの前に飛び出してコミュニケーションを試みる。ミュウの言葉が届いたのか、最初は暴れようと身体を緊張させたユニセロスも、すぐにその力を抜いた。それを見て完全にではないが、私達も戦闘態勢を解除することが出来た。
「ユニセロスさんがケガをなおしてくれてありがとうって言ってるですの!」
「ええ、どういたしまして。それで、どうして私達を襲ったのかは分かる?」
「はいですの! ユニセロスさんもホントはあんまり襲いたくなかったらしいですの。でも、前にここに来た人間に住んでたところを追い出されて、それで気が立ってたらしいですの!」
「前にここに来た人間……?」
ミュウの言葉に私は首を傾げた。このセフィロトは長らく人の手が入っていないはずだ。私達以外の誰が訪れるというのか。
「剣を持った人に追い回されたって言ってるですの。ティアさんからその人と似た匂いがしたからまた来たのかと思って襲ってきたらしいですの」
「ティアと似た匂い。なるほど、そういうことでしたか」
ミュウが続けて発した言葉に、私の疑問は氷解した。ヴァンがここに来たのか。
「ティアと似たってことは総長がここに来たってこと? もしかして先回りされた!?」
「そうですね、アニス。ヴァンが恐らく先んじてここのセフィロトを訪れていたのでしょう」
だとすれば、記憶の通りに起こったあの揺れについてももしかすると原因はヴァンが何か細工したことによるものなのかもしれない。私の記憶では確かタタル渓谷のセフィロトにルーク達より先にヴァンが訪れることは無かったはずだが、私が動いたことで記憶の筋書と乖離が出始めているのかもしれない。とすれば、ヴァンがタタル渓谷のセフィロトに細工をして外殻崩落を早めようとしている可能性が否定できなくなってきた。
「じゃあ何かセフィロトに細工されてるかもしれないってことか。その情報は大きいな」
「ユニセロスはもう私達を襲うつもりはありませんの?」
「はいですの! 怪我を治してくれたから悪い人じゃないって分かってくれたですの!」
ナタリアの言葉にミュウはぶんぶんと首を縦に振りながら答えた。その答えを裏付けるようにユニセロスはゆるりと立ち上がると、礼を言うようにティアを鼻先で撫でてゆっくりと立ち去って行ったのだった。
「元々気性が穏やかだという話は確かだったようですね。それにしても、ヴァンが何かしたということは急がなくてはいけません」
「そうだな。グズグズして手遅れにならないうちに進んじまおう」
私の言葉に同意したルークがずんずんと歩を進める。他の面々もそれに続き、私は彼らの最後尾について歩きながら頭の中でミュウの言葉を反芻していた。
私達に先んじてタタル渓谷のセフィロトを訪れたヴァン。これが一体何を意味するのか。単純にセフィロトを回る順番が前後したというだけかもしれないし、それ以上の意味が込められていることも考えられる。あるいはそうやって私達に疑念を植え付けるためのブラフという線も有り得る。
「やはり厄介な男ですね、ヴァン」
「? 何か言いましたか、モース」
「いいえ、何も言っていませんよ、導師イオン」
言い知れぬ不安が頭の中に膨らんでいくのを感じながら、私はそれを表に出さぬように努めてイオンに言葉を返すのだった。