大詠師の記憶   作:TATAL

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レプリカと私

 導師様とアニスを部屋に軟禁してから数日後、私は教団の地下施設の更に地下。私の他には極数人しか知らない部屋へと来ていた。

 

「ここに来るのも一週間ぶりですか。皆には悪いことをしてしまいましたね」

 

 ここにはいくつかの部屋があり、寝室や談話室、身体を動かせるような訓練室など、物資さえあればこの施設から一歩も外に出ずに過ごせるように生活環境を整えられている。それは全て施設の存在が外部に知られる可能性を少しでも減らすため。ここまでして私がこの施設の存在を隠し通そうとするのはここにいる人に理由があるためだ。

 私は片手に抱えたものを一瞥し、問題が無いか確認してから扉をノックした。

 

「あっ! モースだ!」

 

「ええ、久しぶりですね、フローリアン」

 

 特徴的な若葉色の瞳を輝かせて私を迎えてくれたのは導師イオンの三人目のレプリカ。記憶の中ではアニスによってフローリアンと名付けられていたが、ここでは私が名付け親となった。私ではアニスが名付けた名前以上のものは思いつけなかったのだ。

 

「うん、ずっと来てくれなかったからさみしかったんだよ? 他の兄弟達も待ってたんだから!」

 

「すみません。どうにも仕事が忙しかったもので。その分、今日はゆっくりとお話ししましょう」

 

 無邪気に笑うフローリアンは、私の手を引いて部屋へと導いてくれる。談話室の中には同じ顔をした少年がもう一人座って本を読んでいた。私は彼に近づくと、腰を落とし、顔を上げてくれた彼と目線を合わせた。

 

「久しぶりですね、ツヴァイ」

 

「久し、ぶり」

 

 言葉を区切るように話す彼は二人目のレプリカである。この施設は、廃棄予定だったレプリカイオンを引き取り、生活させるために私が六神将のディストにお願いして作ってもらった施設である。

 

 悲しいことに、一人目のレプリカは他ならぬオリジナルの導師イオンに殺されてしまった。勝手に生み出され、そしてまた身勝手な理由で殺される。一人目の彼は何を思ったのだろうか。また、自分と同じ姿形をした存在を殺してしまった導師イオンにも、消えない傷を残してしまった。私はそれを止められなかった。だからこそ、その罪滅ぼしをするように廃棄予定だった残りのレプリカを引き取ったのである。導師イオンには廃棄したと伝え、ヴァンには予備として利用価値があると無理のある説得を通してでも、彼らをただ死なせるわけにはいかなかった。それでは私が嫌悪する私と変わらない。例え自己満足と謗られようとも、私はこの子達を守らなくてはならないのだ。

 

「どうぞ、新しい本を持ってきましたよ」

 

「あり、がとう。ちょうど、今読んでたのが、終わりそうだった」

 

 私は左腕に抱えた籠の中から一冊の本を取り出すと、ツヴァイへと手渡した。彼はそれを受け取ると、ほんの僅かにではあるが、笑みを浮かべてくれた。たったそれだけのことだが、私にとっては何よりも嬉しいことだ。

 

「あー! ツヴァイばっかりズルい! モース、僕にも!」

 

「ええ、ええ、分かっていますよ。フローリアンにはこれです」

 

 私の後ろで口を尖らせて飛び跳ね、身体全体を使って主張するフローリアンには、町で有名な焼き菓子を籠から取り出して手渡した。

 

「わーい! このお菓子だいすき!」

 

 受け取るや否やフローリアンは談話室の机に走っていき、椅子に座ってお菓子を頬張り始めた。キチンと席について食べるようになってくれて安心だ。当初は受け取ったその場でボロボロと溢しながら食べたものだから、掃除が大変だった。

 

「ところでツヴァイ、他の皆はどこにいますか?」

 

「みんな、まだ寝てる」

 

「そうですか。でしたらゆっくりと料理でもしながら待ちましょうか」

 

 そう言って私はキッチンへと向かう。籠の中にはそれぞれの個性に合わせたプレゼントの他に、食材も入れてきたのだ。男の料理であるため大したものは作れないが、それでも彼らが求めてくれるのでここを訪れるときは毎回食事を手作りするようにしている。今日のメニューはビーフシチューだ。

 

 

 


 

 

 

 ぐつぐつと鍋が煮えてきたころ、部屋の扉が開く音に顔を上げた。

 

「やっぱりここに来てたんだね、モース」

 

「ええ、例え偽善と罵られようが、私にできることはこんなことしかありませんから」

 

 部屋に入ってきたのはシンクだった。彼は他のレプリカには無い運動能力の高さから、ヴァンに見出され、今や六神将として働いている。当初は私がやっていることに嫌悪を露わにし、目も合わせることがなかった。しかし、いつの間にか、彼はこの施設を訪れるようになり、タイミングが合えば食事を共にするようにもなった。

 

「ま、偽善だし、ただの自己満足だよね。こんなことしても何の得もない。僕らなんて生まれてきた意味も無いまますぐ死んじゃう実験動物に過ぎないのにさ」

 

「それでも、ですよ。いつか死ぬのは誰もが同じ。生まれてきた意味を知るものなど、オリジナルであってもそうはいないものです。あなた達は確かに我々のエゴで生み出されてしまったのかもしれない。でもせめて生まれてきて、少しでも良かったと、悪くない思い出もあったのだと思って欲しいのですよ」

 

「相変わらず反吐が出そうな甘ったれた考えだね。それに身勝手で、傲慢だ」

 

「ええ、私はあなた方にいつ殺されても文句は言えません。決して許されないことをしました」

 

 そう、勝手に生み出しておいて、救いたいだなどとどれほど傲慢な考えか。シンクの表情は仮面に覆われて見る術はないが、それでも憤りの表情を浮かべていることは想像できる。あるいは救いようのない馬鹿者に対する呆れの表情か。

 

「ま、あんたが自分の馬鹿さ加減を分かったうえでこんなことやってるって言うなら、僕は何も言わないさ。精々報われない奉仕活動を続けるんだね」

 

「もー、シンクはいつもそうやって悪者みたいなこと言うよね。そんなこと言いながらモースの作ったご飯楽しみにしてるくせに」

 

「バッ、そんなわけないだろ! 馬鹿フローリアン!」

 

 唐突に話に入ってきたフローリアンの言葉に、シンクは先ほどまでの皮肉気な様子は何処へやら、分かりやすく感情を見せて反発する。髪の下から覗く耳が微かに赤くなっているのを見るに、演技ということも無さそうだ。

 私に対してはいつものシンクであっても、フローリアン達の前では少しだけでも素直になれているのだろうか。だとすれば嬉しいことだ。

 

「さ、喧嘩はそこまでにして食事にしましょう。ちょうどお昼ですからね。フローリアン、他の子たちを呼んできてくれますか?」

 

「はーい、シンクも行くよ」

 

「ちょっ、何で僕まで!」

 

 私の言葉に元気よく返事をしてくれたフローリアンは、抵抗するシンクを有無を言わさずに引っ張って兄弟達を呼びに行ってくれた。それを微笑ましく眺めていると、服の裾がくい、と引っ張られる感触を覚えた。

 

「おや、どうしましたか、ツヴァイ」

 

「……モースは、偽善者なんかじゃ、ないよ?」

 

「……ありがとうございます。優しいですね、ツヴァイは」

 

「ん」

 

 呟くような声量だが、その声には確かに私を気遣う温かさを感じた。私は思わずツヴァイの頭に手をやり、柔らかな緑髪を傷めないように梳いた。私の汚れた手では、無垢な彼には失礼だとは分かっていても、この気持ちを行動で示さずにはいられなかった。私はやはり、どこまでも弱い人間なのだ。

 

 

 


 

 

 

 彼らとの食事を終えた私は、執務室に戻って自分の仕事に没頭していた。副官のハイマン君は方々への連絡で今は執務室には私一人だ。こうして没頭していられることで、私は記憶の中の私が曲がりなりにも大詠師としては優秀であったのだと思い知らされた。

 記憶の中の私は精力的にバチカルまで足を運び、預言(スコア)の成就のための根回しを怠ることはなかった。日々の仕事に忙殺されている私からしてみれば、記憶の中の私はどうやってそれほどの時間を捻出していたのだろうかと不思議で仕方がない。まさか副官のハイマン君に仕事を丸投げしていたわけでもあるまいに。

 

「モース様、いらっしゃいますか?」

 

 私が益体のないことを考えながら手を動かしていると、執務室の扉をノックする音共に、ハイマン君の声が聞こえた。

 

「ええ、開いていますよ。どうぞ」

 

「失礼します。マルクトからモース様宛に密書が届いております」

 

「マルクトから、ピオニー陛下ですか」

 

 来るとは思っていたが、予想よりも早いな。

 

「目を通します。こちらに」

 

「はい」

 

 ハイマン君から丸められた羊皮紙を受け取る。巻き紐にはピオニー陛下の封蝋がされており、ここに辿り着くまでに内容を見た者がいないことを示している。ということはやはり、導師イオンの件ですね。

 ハイマン君を下がらせ、封を切って内容を検める。予想通り、和平の使者として導師イオンの派遣を要請する旨と、私がそれを拒否したことに対する説明の要求であった。記憶の中の私はこれに対してどのように返事を返したのか。とはいえ、私がすることは決まっている。

 私は手早く返事を認める(したためる)と、部屋の外に待機しているハイマン君に手渡した。

 

「これをグランコクマのピオニー陛下まで。手紙の内容を説明するために私がお伺いします」

 

「モース様が直接ですか!?」

 

 ハイマン君は驚きに目を瞠って手紙を受け取る。そう、これは私が直接行くことが最も確実なのだ。マルクトには導師イオンとアニスをダアトから連れ出してもらわなくてはならない。だが、それで教団の職員や神託の盾騎士団に被害が出ることは出来るだけ避けねばならない。

 

「それと、これを導師イオン様の部屋まで届けてください。私がいない間の導師様の予定です」

 

「はっ、畏まりました」

 

 もう一通手紙をハイマン君に手渡すと、私は再び執務室へと引っ込んだ。さて、色々と準備をせねばなるまい。導師様にお渡しした手紙は、彼の今後の予定を綴ったものではあるが、もちろんそれだけではない。

 ピオニー陛下から直接手紙が来たということは、近いうちに導師様はジェイド・カーティス率いるマルクト軍に連れられてダアトを脱出する。私は導師様に記憶のことを話してはいるが、アニスには何も伝えていない。いや、伝えたところで信じてもらえるわけがない。今のアニスは事情も分からず、混乱していることだろう。万が一ジェイド達がやってきたときについていくことを拒否してしまっては困る。そのため、彼女にもこの手紙で最低限の事情は伝えておかなくてはいけないのだ。

 

「後は、フローリアン達のことですね」

 

 先ほどまで一緒に食事をとっていた彼らを思う。シンクにも話をしておくが、やはりもう一人彼らを気に掛ける人がいて欲しい。

 

「……あまり頼りたくはなかったですが、仕方ないですね」

 

 記憶の中だけでも強烈なキャラクターを発揮していた彼の顔を思い浮かべて、私はため息をついた。とはいえ、こちらの事情を知り、なおかつヴァン謡将との繋がりもあまり深くない人間などそうはいない。それに、ああ見えて彼は意外に面倒見が良いということはアニスとのあれこれで理解している。

 

「ディスト博士にお願いしてみましょうか。彼に頼んでいる研究のこともあります」

 

 あの趣味の悪い服装と無駄にゴテゴテとした椅子が無ければ彼も普通の人間に見える……かどうかはともかく、もう少しマトモに見えるだろうに。

 手紙を届けて帰ってきてくれたハイマン君にディストを呼んでくるように頼むと、彼も頬を引き攣らせていたので、私とハイマン君の彼に対する印象はあまり変わらないようだ。


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