「ヴァン謡将がタタル渓谷に、ですか……」
タタル渓谷で一晩過ごしたのち、アルビオールでシェリダンへと帰った私達。ルーク達が宿に向かったのを見届けた私は、地核振動数測定装置の作成補助の為にイエモン達と共にシェリダンに残っていたジェイドとアッシュに事の次第を伝えていた。場所は街の中央に位置する集会所、という名のイエモンらシェリダンの技術者達の研究所だ。
「ヴァンが何を意図してタタル渓谷のセフィロトを訪れていたかは分かりませんが、警戒するに越したことは無いかと」
「同感だな。お前たちがやろうとしていることは奴も気が付いてるはずだ。まだ地核振動停止作戦まではバレてないとは思うがな」
「幸い、音素研究で名高いベルケンドのい組のヘンケンさんとキャシーさん、譜業研究で右に出る者はいないシェリダンめ組のイエモン、タマラ、アストンと音機関研究では心強い皆さんのお力があったお陰で測定装置は早々に完成しています。今は地核振動中和の為にタルタロスの改造に取り掛かって頂いていますし、進捗としては順調すぎるくらいだと思います」
「創生暦時代の音機関の復元なんて面白そうなテーマ、め組ばかりにさせてられんからな!」
ジェイドの言葉に同調するように元気に言い放ったのは件のヘンケン氏だ。ジェイドから地核振動停止作戦について聞かされたアッシュがベルケンドの研究所からタマラ女史と共に連れ出し、シェリダンへと連れてきた。口髭と耳当てが特徴的で、老齢ながらも降って湧いた興味深いテーマに少年のように溌溂とした雰囲気を漂わせていた。
「タルタロスに関しても心配せんでええ。儂とタマラも手を貸して特急で仕上げてやるからな!」
「それは心強いです。引き続きよろしくお願いします」
「おう、それじゃ渡すもんも渡したことじゃし、早速作業に戻るとするか」
そう言って測定装置をジェイドに預けたアストン氏はそそくさと外に出て行ってしまった。余程タルタロスの改造が気になっていたらしい。ジェイドは手にした装置をひとしきり眺めると、再び私達に向き直った。
「この調子だと予想以上に早く準備は整いそうですね。後は」
「恐れるべきはヴァン達による強襲ですか」
私の言葉にアッシュとジェイドは揃って頷いた。ヴァンの目を逃れてベルケンドでタルタロスを改造するような大規模な工事は不可能だ。だからといってシェリダンでもあんな大規模な陸上戦艦を弄り回して目立たないわけが無い。ヴァンに目論見がばれてしまうのも時間の問題だろう。
それに、私は知っているのだ。このまま何もせずにいた場合、シェリダンにリグレットとヴァンが襲撃を仕掛けることを。そしてその襲撃によってアストン達五人を始めとするシェリダンの技術者達が死んでしまうことを。
「そうは言っても四六時中ここに張り付くわけにはいかねえぞ。俺にもやることがある」
「ルーク達もロニール雪山かザレッホ火山のセフィロトに行って地核振動数を測定しなければいけませんしね。彼らをずっと守り続けることは難しいでしょう」
そう、それが問題なのだ。絶望的に手が足りない。ヴァンが軍隊を率いて襲い掛かってくるのに対し、こちらは一人一人の練度が高いとはいえ精々10人に満たない。機動力では確かに勝っているが、こうした防衛においては単純な数が大きな脅威になり得る。
私の記憶では彼らを救うことが出来なかった。だが、そのような事態を許すわけにはいかない。犠牲を少なくすることはもちろんだが、私の知る筋道から外れ始めている以上、余人を以て代えがたい知識、技術を持つ人間をむざむざと見殺しにする余裕はない。
「取り敢えずは私が残りましょう。頼りない戦力ですが」
「過小評価は戦力配置を誤る可能性があるため感心しませんねぇ、大詠師モース。少なくともあなたが一人残るだけでも私は安心して自分の仕事に専念できる」
「直接見たわけじゃねえがジェイドから聞いてる話じゃまだ動ける方なんだろう。なら戦力として数えさせてもらう」
私の発案にジェイドとアッシュから反対意見は無かった。彼らとしても私を護衛につけることは考えていたはずだ。どちらもここに残っていては出来ないことが多いのだから。
「思った以上の評価を受けているようで恐縮してしまいますね。勿論全力を尽くします。とはいえ私一人では不安が残るのも事実」
「それはそうですね。護衛対象も多い上に一人で常に気を張っていることは出来ません」
「だが追加の戦力を引っ張ってくるなんて出来るのか。……いや、モース。お前の命令ならアリエッタは動くんじゃないのか?」
「それはそうかもしれませんが……彼女は今はイオンの兄弟を守ってくれているでしょうから」
「そっちから戦力を引き抜くわけにもいかない、か」
アッシュはそう言って大きくため息をついた。私としてもアリエッタが力を貸してくれれば心強い。だが、彼女はフローリアン達から離すことは避けたい。フローリアン達がいる場所は安全であるはずだが、万が一危機が迫ったときに無条件で彼らの味方であると確信できるアリエッタが付いていてくれるからこそ私も安心して動ける。
「カンタビレはどうですか?」
「難しいでしょう。今のダアトはヴァンとヴァンに協力するオーレルが支配しています。私に付いていたカンタビレは監視されている可能性が高い」
ジェイドの発案にも私は色よい返事が出来ない。カンタビレと彼女の率いる第六師団は戦力として大きな魅力だが、彼女らが動けば間違いなくヴァンも動く。それも大戦力を以て。それに彼女が自由に動ける状態かどうかも定かではないのだ。接触を図った結果情報を抜かれてしまったということになりかねない。
「となると万事休すですね……」
「モース一人に任せるしかないか。死霊使い、お前たちの内何人かが常に待機しておくのは無理か?」
「それは私が反対します。ルーク達はセフィロトを回らなければならない。そうするとヴァンや六神将と鉢合わせたり、危険な魔物と対峙する可能性が高いでしょう。こちらで戦力を遊ばせておくことは避けるべきです」
そう言ってアッシュの案を退ける。しかし、何か良い案を出さねばアッシュも納得しないだろう。せめて六神将を相手にして時間稼ぎ、撤退戦が出来る程度の能力を持っており、私達、少なくとも私が信用できる人物。そんな人間が都合よく現れるものだろうか。これ以上ディストに頼るのは無理だ。こうした状況は彼の専門ではないし、対価を用意することも出来ない。シンクも完全にこちら側というわけでもないとすれば、彼に頼ることも憚られた。
そこまで考えて、私の脳裏にふと浮かんだ顔があった。
「……もしかすれば、少なくとも一人の戦力は確保出来るかもしれません」
「本当か?」
私が呟いた声に耳ざとく反応したのはアッシュ。怪訝な表情で片眉を上げてこちらに視線を投げかけている。
「ええ、少なくとも私は信用している人物で、戦闘能力に関しても保証できます。生憎と一人だけですが」
「一人いるだけでもありがたいですね。その方はどこにいらっしゃるのです?」
「アッシュならば知っているでしょう」
「……俺が?」
私は不思議そうな表情をしているアッシュに脳裏に浮かんだ人物の名を告げた。
「それでは我々は地核振動測定のためにメジオラ高原のセフィロトに向かいます」
しばしの休息を終えたルーク達が集会所に集まったのを確認して、ジェイドはそう切り出した。
「モースはついて来て頂けるのですか?」
「私はシェリダンに残ります」
「えぇ~! 何でですかぁ!?」
イオンの言葉に私がそう返事をすると、アニスが不満そうに頬を膨らませて抗議してきた。それをどうどうと宥める。
「こちらの動きはヴァンにも勘付かれているでしょう。シェリダンの技術者を護衛する者が必要になるからですよ」
「だったら私も……!」
「いけませんよアニス。あなたは導師守護役でしょう。導師イオンがセフィロトに向かわねばならないのですから、あなたがそれについて行かなくてどうするというのですか」
意気揚々と手を挙げたアニスを少し厳しい口調で咎める。私の記憶にあるアニスとは異なり、今の彼女はともすれば幼く感じられるような振る舞いをすることが目立つ。それは記憶の中の彼女は大人にならざるを得なかったためであり、今はそうした心配が少なくなったお陰でこうした幼さがきちんと残っているのだろう。
彼女が年相応の振る舞いをすることは許されないわけが無いし、それを受け止めるのも大人の役目ではある。だが、そうやって甘やかしてばかりではいけないのだ。彼女には彼女に与えられた役割があるのだから。
「あなたが私を信頼してくれているのはとても嬉しい。ですが、あなたにはあなたの役目があり、それを疎かにしてはいけないでしょう?」
「う……。は~い。せっかくモース様ともっと一緒に旅が出来ると思ったのになぁ」
「そう言ってくれることは嬉しいですがね。私はここで皆さんの帰りを待っていますよ」
口調を緩めてそうフォローすると、少し気落ちした様子のアニスを撫でた。
「さて、話を戻しましょうか。我々が巡るべきセフィロトはメジオラ高原、ザレッホ火山、ロニール雪山の三つです。メジオラ高原で地核振動数を測定し、タルタロスの改造が終了次第地核に突入します」
空気を変えるようにジェイドが眼鏡を押し上げながら話を再開した。
「先にセフィロトを回りきる必要は無いのか?」
「ありませんよ、ルーク。地核への突入自体は先の三つのセフィロト全ての操作が終わる前に行ってしまいたい。後に回せばそれだけヴァン謡将に襲われる可能性が高くなりますからね」
ルークがふと漏らした疑問にもジェイドは丁寧に答える。この作戦の全貌を把握しているのはジェイドと、恐らくは私くらいのものだ。ささいな疑問であってもそれを解消しておく必要がある。
「……それじゃあさ、この作戦を始める前にもう一度ピオニー陛下と伯父上にきちんと話をしておくべきなんじゃないか?」
「……というと?」
俯いて少し自信なさげに言ったルークを、ジェイドが言葉少なに促した。
「いや、だって世界がガラッと変わっちまうことだからさ。俺達だけで勝手に進めて良いのかなって。キムラスカとマルクト両国にきちんと説明して協力してもらうべきなんじゃないかって思うんだ」
「……確かにその通りだが、そのためにはバチカルに戻る必要があるぜ、ルーク」
そう言ってガイは気遣わしげな視線をナタリアへと投げかけた。ルークの言葉は誰もが考えていたことのはずだ。そもそもタルタロスはマルクトの軍艦。ジェイドの指揮下にあるとはいえそれを勝手に改造することなど本来は許されるはずがない。ジェイドがピオニー陛下と個人的に親交があるから黙認されているだけに過ぎないのだ。
それにこうして降下作戦を進めている間にも戦争は続いている。キムラスカとマルクトの間で兵士達の命がすり潰されている。それを見逃すにはこの場にいる人間は二大国の中枢に近い位置に居すぎた。
「ナタリア、勇気を出してバチカルに戻ってみないか? 父上、ファブレ公爵は俺達を守ってくれたし、街の皆に慕われてるのは王家と血の繋がった王女じゃなくてナタリアなんだ。そのことを伯父上に話して分かってもらわないとナタリアも、伯父上も辛いままだと俺は思うんだ」
ナタリアを正面から見据えてルークは言葉を紡ぐ。ルークとナタリアは奇しくも似たような境遇となりながら、対極的だ。ルークもナタリアも国にその身を追われる立場となった。しかし、ルークを信じて仕えるべき主に剣を向けたクリムゾンと、国の繁栄と民の命という重責から娘に剣を向けざるを得なかったインゴベルト王。
そんな二人だからこそ互いに理解出来る部分もあるだろうし、言いたいことがあるだろう。
「……正直に言えば、まだ私は怖いですわ」
ポツリと、ナタリアは零した。
「ですが、向き合わなければいけないのも事実。……少しだけ、時間を頂けませんか?」
「ああ、待ってる。俺も待ってもらったから」
ナタリアの言葉にルークは力強く頷いた。