大詠師の記憶   作:TATAL

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2021年最終投稿です。良いお年を




懺悔と私

 メジオラ高原のセフィロトへと向かうルーク達を見送った私は、シェリダン港で作業するヘンケン達技術者の元を訪れていた。見上げる程の威容を誇るタルタロスは現在、シェリダン港のドックに入港しており、外装や内部などのあちこちにシェリダンが誇る技術者達が取り付いて各々作業に取り掛かっていた。

 私はタルタロスに乗り込むと甲板へと向かう。さしものタルタロスと言えども、地核の圧力に耐えられる程の強度を誇っているわけではない。そのため、タルタロスの甲板に圧力中和のための譜陣を描くのだ。その施工については音機関を専攻するシェリダンの技術者よりも音素研究を専門とするベルケンドの研究者の方が得意だ。

 甲板に出てみれば、私の予想通り、甲板を走り回る若い男たちに喧噪に負けない大声で指示を飛ばすヘンケンの姿があった。

 

「おっと、モース様じゃないか。てっきりルーク達と行ったものかと思っておったが」

 

 私の姿を認めたヘンケンが作業の手を止めて私に向き直った。周りの作業員達も手を止めてこちらに視線を向けているが、手を振って気にしなくても良いと伝える。それを見て彼らも再び各々の作業へと戻っていった。

 

「作業の邪魔をするつもりは無かったのですが、手を止めさせてしまって申し訳ありません」

 

「構わんよ。粗方指示は終わったからな。後はきちんと出来るか見届けるだけといったところだわい。それで、モース様は俺に何か話でも?」

 

「ええ、スピノザについて」

 

 私がその名前を口にした途端、ヘンケンの表情が変わった。暫し強張った表情のまま私を見つめ、ふぅ、と息を吐いて方から力を抜く。

 

「……あ奴が何をしているのか、モース様は知ってるのか?」

 

「ええ、知っています。彼とあなた方の間に生まれてしまった溝についても」

 

 スピノザについて私が直接干渉したことは全く無い。私がディストに依頼した仕事のいくらかがスピノザに回されていることは知っていたが、だからといって私が彼に直接会いに行くことは無かった。

 

「スピノザは、あの男は神託の盾騎士団のヴァンとディストの言うことに従って手を出してはならんものに手を出しおった」

 

「フォミクリーですね」

 

「っ! 知っておったのか!?」

 

 私の口からフォミクリーの名が出るとは思わなかったのか、ヘンケンが普段は眠たげに細められている目を見開いた。

 

「そのことについて私はあなた方に謝罪をしなければならないのですよ」

 

「謝罪……? そいつは一体……?」

 

 私の言葉に何を言っているのか分からないと言いたげな表情のヘンケン。

 

「本来ならばこれはい組とめ組両方の皆さんに伝えなくてはならないことなのでしょうが。私はまず真っ先にあなたに謝罪するべきだと考えました。スピノザがフォミクリーに手を出したのは、ディストを通じて私から指示があったためです」

 

 その言葉を発した瞬間のヘンケンの表情を私は二度と忘れることは無いだろう。束の間の驚愕、そしてそのすぐ後に訪れた怒り。彼が私の胸倉を掴み、その老体に見合わぬ剛力で私を引っ張り上げた。

 

「お前か! お前がスピノザを!」

 

「私とヴァンの計画でした。フォミクリーは計画に必要な技術。天才と言えどディストだけでは研究が滞る。彼の知識への貪欲さと、臆病さは我々にとって有益だったのです」

 

「あれのせいで俺とキャシーはスピノザと袂を分かつことになった! 最早い組の三人に戻れなくなるほどに!」

 

 彼の余りの剣幕に、作業員達も何事かと手を止めてこちらを見つめている。先ほどまでの喧騒が嘘のように、タルタロスの甲板は今静まり返っていた。

 

「何を言われようと私には何も言い訳が出来ません。ただ謝罪をすることしか」

 

「謝罪などどうでもいい! お前が指示したというなら、お前の指示で止めさせるんじゃ!」

 

 ヘンケンの言葉はまさしくその通りだ。だが、それをすることは出来ない。私は今やローレライ教団の大詠師という権力を失ってしまっているし、何より大詠師だったときもヴァンがそんなことを許すわけが無い。一度でも知識に憑りつかれたスピノザが私の言葉で研究を止めることも無いだろう。そして何より、既にフォミクリーによって生まれてしまった命がある。今研究を中途半端に止めてしまえば、ルークやイオン、フローリアン達、アッシュに迫る問題を解決する道が閉ざされてしまう。それは私にとって許容出来ない。

 私がフォミクリーを理解できる研究者であればどれほど良かったことだろう。私が一人で研究を進められれば、こうしてスピノザを誘惑することもなく、ベルケンドのい組が仲違いをすることも無かった。全てを私一人が背負ってしまえた。

 

「……それは出来ません。既に私にはその力が無い。それに、今研究を止めればもっと悪いことが起こるかもしれません」

 

「何を!」

 

「そこまでにしてあげたら良いじゃないの、ヘンケン」

 

 激昂するヘンケンを止めたのは、彼と同じい組、キャシーだった。

 

「キャシー! だが、だがコイツは!」

 

「そうね。確かに指示を出したモース様が悪いって思うかもしれない。でもね、そうやって怒る前に、きちんと互いのことを話し合わなくちゃいけないじゃないの」

 

 そう穏やかに諭す彼女に、ヘンケンは手に籠めた力を次第に抜いていった。彼の手から解放された私は、乱れた首元を正すと、キャシーへと顔を向けた。

 

「キャシー女史。私はいくら罵られようと何も言い返せないことをしてしまったのですよ?」

 

「あら、でも謝りたいって言ってたじゃない。ならちゃんとスピノザと私達を仲直りさせてくれるって信じてもいいんでしょう?」

 

 私の言葉に、穏やかに笑って返すキャシー。彼女の中にも、ヘンケンにあったものと同じくらいの怒りはあるはずだ。だというのに、彼女はそれを抑えて私と話をしてくれている。

 

「ええ、必ずや。あなた方とスピノザが再びベルケンドのい組として共に働けるように全力を尽くします。今は何も力が無いですが、いつか必ず」

 

 それこそ私の命に代えてでも。ヘンケン、キャシー、イエモン、アストン、タマラ。彼らがタルタロスの改造を終えた直後にヴァン達に殺害されることなどあってはならない。

 

「……フン。その言葉、覚えたからな」

 

「ほらほら、ヘンケンもいつまでも怒ってないの。作業もひと段落したことだし、お茶にしましょう?」

 

 鼻息荒く去っていくヘンケンとその後ろを変わらず柔らかな笑みを浮かべてついて行くキャシー。彼らの後に続きながら、私は自身の肩に圧し掛かっている命の重さを改めて感じた。

 

 


 

 

「お前の言っていた協力者を連れてきてやったぞ」

 

 昼下がりの集会所、アルビオール三号機の操縦士であるギンジを引っ張って飛び回っていたアッシュがシェリダンに帰還した。彼は私が告げた協力者の名前を聞くとルーク達が戻ってくるのを待たずに飛び出していったのだ。

 

「ありがとうございますアッシュ。早速助かります」

 

「そろそろ手が足りなくなる頃だと思ってた。フローリアン達の説得に苦労したよ」

 

 アッシュに続いて入ってきたのはフードを目深に被った小柄な体躯の人物。顔は隠しているものの、その声と僅かに覗く深緑の髪で彼が誰かは分かる。

 

「すみません。出来ればあなたの手を借りずに済ませたかったのですが」

 

「そうやって蚊帳の外に置き続けられたら何のために力を付けたのかが分からなくなるじゃないか。僕はこうやって呼ばれることを待ってたんだよ、モース」

 

「心強いですね、フェム」

 

 フードの下から顔を覗かせたのはイオンの五番目のレプリカ。譜術の才を受け継ぐことは無かったものの、シンクにも引けを取らない近接戦闘能力を身に付けた兄弟の一人だ。アリエッタと共にフローリアン達の護衛として動いてくれていた彼だが、今回のために隠れ家からアッシュに連れ出してきてもらった。

 

「導師のレプリカか、よく躾けてるんだな、大詠師モース」

 

「その言い方は出来れば止めてください。私は彼のことをフェムと名付けました。導師のレプリカではなく、一人の人間として扱いたい」

 

「そういうことだから、よろしくね、鮮血のアッシュさん?」

 

「……シンクがもう一人増えたみたいでやりにくいことこの上ないな、クソッ」

 

 そう忌々しげに吐き捨てると、アッシュは開け放たれたままの扉を顎で示す。

 

「ほら、お前はさっさと技術者共の護衛に行ってこい」

 

「君はどうするつもりさ、アッシュ」

 

「俺はこの男に聞きたいことが山ほどあるんでな」

 

 アッシュの言葉に、フェムは警戒心を隠そうともせず私とアッシュの間に立った。

 

「それを僕が許すとでも思ったわけ? そんな剣呑な雰囲気垂れ流してる奴とモースを二人きりにするわけないだろ」

 

「お前の許しなど必要無い。お前を連れてきたのは技術者の護衛のためだ。モースを守らせるためじゃねえ」

 

 売り言葉に買い言葉。まさにそんな言葉がぴったりな応酬である。アッシュは腰に佩いた剣の柄に手をかけ、フェムも半身になって拳を握ったり開いたり繰り返して戦闘態勢に入ろうとしている。

 

「二人とも、今は争っている場合ではないことは分かっていますね? フェム、私は大丈夫なので暫くの間皆さんの護衛をお願いします。何かあれば合図を出して下さい」

 

 二人の間に流れる緊張感が高まり切ってしまう前に間に割り入ってその空気を霧散させる。六神将二人がまともにぶつかり合うような戦闘をここで繰り広げてみろ、ただでさえ騒がしいのに余計騒ぎが大きくなる可能性がある。

 

「俺だって馬鹿じゃねえ。ここで騒ぎを起こすつもりは無い」

 

「……ま、モースがそう言うなら」

 

 私の言葉に、渋々と言った様相を隠しもしないまま彼は集会所の扉から外に出て行った。アッシュはそれを見届けると素早く扉を閉め鍵までかけた。更に窓にまで覆いをかける徹底ぶりである。そこまでして満足したのか、私の前まで二脚椅子を引っ張ってくると、一方に座り、私にも座れと手で示す。

 

「さて、ようやく邪魔も入らず話が出来るようになったわけだ、モース」

 

「そうですね。あなたは特に私に聞きたいことだらけでしょう」

 

「その通りだ。今まで散々待たされた分、きっちり全て聞かせてもらうからな」

 

 もしも視線が物理的な干渉力を持っていたとするならば、今のアッシュの視線は私を容易く射抜いてしまうのではないだろうかと思うほどに彼の視線は鋭く、力が籠もっていた。私にその視線を避ける資格があるわけもなく、正面から受け止める。

 

「何から話すべきでしょうか……」

 

「俺が質問する。嘘偽り無く答えろ。お前はヴァンと手を組んで俺のレプリカ造りに協力した、間違いないな?」

 

「ええ、間違いありません」

 

「っ! 次だ。何故ヴァンと敵対した?」

 

「ヴァンの目的と私の目的は似ているようで、違います。むしろ、私の到達点はヴァンのそれとは対極に位置するものでした。あなたがヴァンの目論見を阻止したいように、私も奴の野望を阻みたいと考えていたからです」

 

「ヴァンの目的はそもそも何だ。何故外殻大地の崩落なんて大それたことを画策してる」

 

「……預言(スコア)からの解放ですよ。今の人類を外殻大地崩落によって皆殺しにし、レプリカだけで満たされた世界にする。ユリアの預言(スコア)にはレプリカのことは詠まれていません。この大地そのものすらレプリカとすることで、彼はこの世界から預言(スコア)を消し去ろうとしているのです」

 

 アッシュが驚愕からか目を見開き、次いで音が出る程に歯を噛み締めた。ヴァンの野望は、彼が愛する国と、何よりも大切に想う人を破滅させるもの。彼にとっては許せるはずも無い。

 

「……そんな馬鹿なことを、本気でやろうとしてるってのか、あの男は!」

 

「ユリアの血族であるあの男ならばそれが可能ですからね。なまじ実現可能な力を持っているだけに質が悪い」

 

「チッ、まあいい。お前は少なくともヴァンと敵対している。なら俺はそれを利用するだけのことだ。だが、その前にはまだ聞いとかなくちゃならないことがある。お前は、お前の犯した罪を償う気持ちはあるのか」

 

 アッシュの言葉に、私はしばし口を閉ざして逡巡する。そんなもの答えるまでも無い。当然のことだ。私は一時的とはいえヴァンと協力し、アッシュの人生を狂わせ、他にも多くの人間を弄んできた。そんな人間が裁かれなくて良いはずが無い。だが、それをアッシュに言葉で伝えてどれだけ信じてもらえるものか。

 

「……どうした。言えないことなのか」

 

「私の罪は、恐らくあなたが思う以上に数多くあります。何度謝罪してもし足りない程でしょう。何をすれば償いになるかは分かりませんが、私に出来ることであれば何だってします。その為に今ここにこうしているのですから」

 

「……」

 

 そう言って正面からアッシュの瞳を見つめ返す私を、彼は値踏みするように睨みつけていた。彼の右手は剣の柄にかかったままであり、何かあれば私を斬り捨てることなど容易だ。だがそれに対して私が警戒することも、万が一斬りかかられても抵抗する気は無い。その覚悟が無ければこうして彼と二人きりで話すことなど出来ないからだ。

 

「……少なくとも嘘は言っていない、そうだな?」

 

「ええ、始祖ユリアに誓って」

 

「俺からしてみればお前はこの手で斬り捨ててやりたい人間の一人だ。だが、今はそんなことで自分から味方を減らすつもりも無い。お前がもし償いたいと思っているのなら、行動で示してみせろ。俺は常にお前を見ているぞ」

 

 そう言って音を立てて椅子から立ち上がった彼は、集会所の扉を押し開けて出て行った。彼の姿が視界から完全に消えてしまってからようやく私は身体の力を抜き、背中が汗でびっしょり濡れていることに気が付いたのだった。

 

 





スキット「ジェイドの譜術教室」

「なあジェイド。一つ聞いても良いか?」

「おや、どうかしましたか、ルーク?」

「いや、前にモースから譜術の詠唱を身体の動作で代替するって話を聞いたんだけどさ、ジェイドもやっぱりそういうことが出来るのかなって思って」

「……ルーク、今何と?」

「へ?」

「詠唱の代わりに身体動作でフォンスロットの開放、活性化を行うですか。またあの大詠師様はトンチキなことを考えたものですね」

「と、トンチキ? そんなに難しいことなのか?」

「そうですね。上手い例えが見つかりませんが、あえて言うなら全力疾走しながら専門書を暗記して技術者と討論をするようなものでしょうか? そんなことをする人は普通いませんよね?」

「お、おう……よく分からねえけど誰もやらないようなことだっていうのは分かった」

「身体の動作と詠唱をリンクさせるなんて無謀なことなんですよ。きちんと発動させるためには常に寸分違わぬ動作をしなければならないですし、目の前に敵がいて接近戦を仕掛けている状態で譜術に意識を割くなんて普通は自殺行為です。目の前の敵から目を逸らすような兵士はいないでしょう?」

「あら、ですが私と導師イオンを助けに来られたときはそれはもう見事に神託の盾兵を圧倒していましたが……」

「だったら単純に頭がおかしい訓練を積んだとしか言えませんね。僅かなずれで不発になるどころか、下手すれば暴発です。少なくとも、私ならそのようなリスクは取らずに距離を取って素早く詠唱する訓練をするでしょうね」

「そのような危険な技術でしたのね……」

「成功しても普通に詠唱するより威力も規模も小さくなることが予想出来ますからね。デメリットは数あれど、メリットは敵の虚を衝いて譜術を発生させられるくらいです。それに人が相手であれば下手すれば次の一手を読まれやすくなるリスクもある。あの大詠師様はどんな敵と戦うことを想定してそのような技術を身に付けたのやら」

「おお、旦那にそこまで言わせるとはな」

「ま、こうしたリスクがあっても大詠師様が戦闘でもそれらを十全に使いこなしているとするならば……」

「するならば、何なんだよジェイド?」

「かの大詠師様の再就職先にマルクト軍が追加されることになるでしょうね」

「つまり喉から手が出る程欲しい技術、というわけだな」

「ええ、そうなりますね。増々あの陛下の興味を惹くことでしょう」

「モースが後三人くらい欲しくなりますわね」

「……大詠師で良かったかもしれないな、モースの旦那。もしキムラスカかマルクトに生まれてたら今頃過労死してたかもしれないぞ」


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