大詠師の記憶   作:TATAL

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2022年初投稿です

今回も捏造設定タグが大活躍しております。
あくまでも個人の解釈であって公式設定ではないのであしからず。


暗闘と私

 シェリダンで過ごす日々は穏やかなものだった。あくまでも表面上は、という但し書きがつくのだが。

 

 タルタロス改造に勤しむアストンやイエモンら技術者との話は刺激に富んでいた。彼らはそれぞれのアプローチで譜業と譜術の更なる発展を目指しており、そんな研究者達にとって創世暦時代の音機関を再現し、現代の最先端音機関たるタルタロスに組み込むという仕事は大層知的好奇心を刺激するものだったようだ。

 アストンを始めとするスピノザのかつての友人達に頭を下げたその日こそ多少はぎこちなかったが、次の日には目を爛々と輝かせた彼らと卓を囲み、彼らの音機関と音素への深い造詣に唸らされていた。

 

「なるほどなぁ、障気と結合してしまった第七音素から障気のみを取り除く技術か」

 

「ええ。そもそも障気と第七音素が何故結びついてしまうのか、その変化がそもそも可逆的なものなのかどうかすら分かっていないのでまだ手も足も出ていない状態ですがね」

 

 私の言葉にぐむぅ、と唸り声を漏らして思考の海に沈んでいくヘンケン。椅子に座って視線をテーブルに落としているが、今の彼は自分がどこにいて、何を見ているかが思考の端に上ることすらない。

 

「そもそも第七音素自体が他の音素と異なる性質を持っていてまだまだ研究も途上ですものねぇ」

 

 困ったように首を傾げるキャシー。ベルケンドが誇る音素研究の第一人者であっても、障気と第七音素の結合は不可解な現象らしい。とはいえ、それも当然の話だ。外殻大地の住人である彼らが障気のことを知ったのはそもそもアクゼリュスの障気被害が最初だ。そして障気と第七音素が結合してしまうという情報に至っては今私から告げられたばかりなのだから。

 

「いやしかし、これは面白いテーマかもしれんな」

 

「そうね、これで第七音素自体の研究も進みそうよ」

 

「おや、私は門外漢故にさっぱりなのですが、そうなのですか?」

 

 ヘンケンとキャシーの放った言葉に首を傾げる。それを見た彼らは、理解の及ばない私に少しも苛立ちを見せることなくかみ砕いた説明を始めてくれた。

 

「そもそも、現代の治癒譜術は第七音素士(セブンスフォニマー)の特権だろう? 第七音素には生体に干渉する性質が存在するわけだ。一方で障気とやらは長期間被曝することで重篤な障害を引き起こす。これも生体に干渉しているわけだな。つまり方向性の違いこそあれど第七音素と障気は似通った性質を持っていて、それらが結びついているのはその似通った性質に拠るものかもしれん。だとすれば障気と第七音素の関係を研究することそのものが第七音素の研究に繋がるということだな」

 

 ヘンケンの言葉に確かにその通りかと頷く。今まで当たり前のように受け入れてきたが、そもそもどうして第七音素だけは他の音素とここまで異なる性質を持っているというのか。

 

 預言(スコア)の形で未来を見通し

 

 生物の傷を癒し

 

 超振動によってあらゆる物体を消し去ってしまう

 

 こうしてふと思いつくものを列挙するだけでこれほど特異性が顕になる。他の音素でこうした事象が確認された例はない。生体への干渉については、他の音素が人間に親しみやすい火や水、風といった属性を持つのと同様に、第七音素に生体という属性が付与されていることによるものなのかもしれないが、それでも特異な事には変わりない。

 

「創生暦時代の優れた科学者達ですらついに障気を真に解明することは出来なんだ。今俺達が立ってる外殻大地とやらで障気が湧いてこないように蓋をするしかないようにな。ということは俺達がその謎を解明できれば創生暦時代をようやく超えることが出来たとも言えるわけだな」

 

 そう言ってヘンケンはまるで少年のように目を輝かせていた。なるほど、こうした好奇心、そして未知への挑戦心があるからこそ、彼らは優れた科学者なのだろう。

 

「逞しいですね。創生暦時代を超える、ですか」

 

「研究者って皆夢追い人みたいなものよ」

 

 そう言ってキャシーも笑う。彼らは分からないもの、先人が諦めたものを前にしても恐れることは無い。そこはまだ誰も踏み入れたことが無い宝の山だと信じて疑わず、突き進んでいくのだ。

 

「それで話を戻すが障気と第七音素なぁ。実物を観測したわけじゃないから何とも言えんが、結びつくってのはどういうことなんだか」

 

「第七音素の元である記憶粒子(セルパーティクル)と同様に地核から湧きだす汚染物質。案外、第七音素と障気は同じものなのかもしれませんね」

 

 私はふと思いついたことを口にした。記憶粒子(セルパーティクル)も障気も地核から発生している。一方は第七音素となり人に利益をもたらすが、もう一方は人を害する。鏡合わせの存在なそれらは、私にはどうにも似たようなものだと思えてしまったのだ。例えば地核で何らかの形で変性してしまった記憶粒子(セルパーティクル)が障気となっている、ということは無いだろうか。元々が同じ出自であるために、第七音素とも親和性が高く、結びついてしまう。そして人体に取り込まれると、第七音素と似ているが僅かに異なる故に体内で悪さをしてしまう、というより人体がその違いを認識できない為に本来音素が入るべき場所に障気が入り込んで機能不全を起こしてしまう、というべきか。

 第七音素の特別性にしてもそうだ。他の音素と異なり、唯一生体に直接干渉することが出来る音素。突飛な考えではあるが、この大地に生きるあらゆる生体に干渉する第七音素には膨大な情報が含まれており、ユリアの預言(スコア)とはその情報を読み取った結果なのかもしれない。第七音素の集合意識体であるローレライはすなわちこの世界の生き物たちの情報そのものだ。ローレライはその膨大な情報から最も確からしい未来を導き出し、ユリアがそれを伝えた、とは考えられないのだろうか。

 そこまで考えたところで、ヘンケンとキャシーが興味深そうな目をこちらに向けているのに気が付いた。まさか今考えていたことが口に出ていたのだろうか。素人考えを専門家に聞かせてしまうとは、恥ずかしい。

 

「お二人とも、どうかしましたか?」

 

「……いや、ローレライ教団の大詠師だなんて頭の固い人間しかおらんと思ってたんだがな。案外研究者に向いてるかもしれんぞ、モースさん」

 

「そうねぇ、今の説は中々面白そうだわ。きちんとデータが取れれば論文にも出来るかもしれないわね」

 

「素人の与太話ですよ……」

 

「案外その与太話が本質を突いていることがあるのが研究の面白いところさ。なあモースさん。あんた今ローレライ教団を首になってるんだろ? この仕事が終わったらベルケンドに来て研究やってみんか?」

 

「音素研究の第一人者であるあなたに勧誘されることは光栄ですが、やめておきますよ。私にそのような才があるとは思えません」

 

「いーや、俺の目に狂いは無いね。何なら兼業でも構わんぞ!」

 

 まさかのスカウトである。それも割と熱心な。面白そうだと思いはするものの、頷くわけにはいかないので丁重にお断りしておいた。

 

 その後もあの手この手で勧誘を仕掛けてくるヘンケンを躱していると、それを見かけたイエモン達シェリダンの技術者組が何故か対抗心を燃やして私にスカウトを仕掛けてくるという珍事に発展し、大の大人が更に年上の大人に引っ張り合われるという目も当てられないことになり、フェムが呆れたようにため息を漏らしていた。

 

 


 

 

 昼間はこうして技術者達と賑やかな時間を過ごすことが多かったが、一転して夜は静かになる。技術者達、特にヘンケンやイエモン達を護衛するために昼間は彼らの近くにいることが多いため騒がしいが、夜になれば彼らは眠り、私は一人宿舎の外に神経を尖らせているためだ。

 

 そしてどうやら今日も客がいるらしい。タルタロスの格納庫に複数人、怪しげな人物が近づいていることがフェムから知らされた。人目を避け、足音を殺すと努力しているようだが、六神将に引けを取らない身体能力を駆使し、尚且つ小柄で隠密に長けたフェムの追跡を撒くことは出来ない。

 

 私はヘンケン達が起きないように静かに宿舎を後にすると、建物の影から影を渡る人物達の先回りをし、物陰から彼らの様子を窺う。周囲の人目を避けるように裏通りを進む侵入者の数は4人。暗い色の外套を身にまとっているため一見その所属を知ることは出来ないが、ちらりと覗く服は神託の盾騎士団の制服。ということは早速誰かが探りを入れてきたということになる。ヴァンか、オーレルか、どちらにせよ私と対立しているのは変わりないため、彼らにみすみす情報を与えてしまうことは避けねばならない。

 

「どうする、モース? 奴らにタルタロスを見られるわけにはいかないだろう」

 

 いつの間に来たのか、私の傍らにはフェムが控え、耳打ちをしてくる。

 

「我々の顔を知られるわけにもいきません」

 

「顔を見られず、尚且つタルタロスの情報を渡すことなく奴らを退散させる。難しいことを言うね」

 

 でも、モースがそれを望むなら努力するよ。

 

 そう言い残してフェムはそっと闇の中に姿を消す。イオンの兄弟の中で、最も感情の色が見えない彼だが、こうした場では平素から変わらないその声色が頼もしい。

 彼が姿を消してからしばらく、侵入者たちの頭上から一つの影が襲い掛かり、着地点にいた一人が強かに頭を打ち抜かれて倒れ伏す。

 

「!? 何が……!」

 

 声を上げようとしたもう一人に素早く肉薄し、腹に深々と拳を突き刺してそれ以上の言葉を紡げないように黙らせる。事態をようやく飲み込めたのか、各々が隠し持った武器に手を伸ばす。私はその二人に向かって使い慣れた譜術を発生させる。彼らの頭上から鉄砲水が降り注ぎ、その質量を以て地面に引き倒す。そして最後はフェムがそれぞれの意識を奪えば終わりだ。

 こうして存外にあっけなく、幾度目かの侵入者の迎撃は完了した。あっけなく、とは言ってもフェムがいてくれたからこそではあるが。

 

「さて、モース。こいつらはどうする?」

 

「そうですね、街の外に放り出しておきましょう。街の入り口近くなら魔物にも襲われないでしょうし」

 

「甘いね。せっかく顔を見られずに倒せたのに、そんなことだから奴らも飽きもせずこうして刺客を送り込んでくるんじゃないの?」

 

「今更ですよ。どうせここに送り込んできた以上目星がついているということです。彼らが帰らなければそれはそれで相手に情報を与えます。何かをしている、だが何をしているかまでは分からないという状態が現状の最良でしょうし、ならば敢えてこちらが手を汚す必要はありませんよ。こうして刺客を送り込んでくるだけで済んでいるのは相手も情報を掴みあぐねているからでしょうしね」

 

 しょうがないね、と言って肩を竦めるフェムと共に侵入者を街の外に放り出すと、私達は再び宿舎へと戻る。とはいえ、そろそろ大規模な襲撃が起こってもおかしくはない。この街がヴァンによって争いの火に呑まれてしまうというなら、その火が人々を喰らい尽くさないように全力を尽くすことが私の今の役割だ。

 


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