大詠師の記憶   作:TATAL

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スキットネタが膨らんで会話劇だけでは収まらなくなりそうな今日この頃。

掲示板ネタやWikiネタといったメタネタも出来ればどこかで書き散らしたい。




大人になった者と私

「ルーク達の取ってきたデータでようやく地核振動抑制装置も完成だな」

 

 タルタロスの機関部に組み込まれた装置に地核振動数測定装置のデータを打ち込みながらアストンは高揚を隠せない様子で機関室に鎮座するタルタロスの心臓部を見上げていた。

 

「これで後は実行に移すだけですね」

 

 それを横目に見ながら、私もアストンと同じく巨大な音機関を眺める。ロニール雪山から戻ったルーク達はその足でグランコクマにも足を運んでいたらしい。ピオニー陛下に外殻大地降下作戦について伝え、協力を取り付けていたらしい。今はシェリダンの宿屋で身体を休めており、明日にはバチカルに向かってインゴベルト王と再び対峙することになるのだろう。ナタリアの表情は硬いままだが、私はそれほど心配してはいない。

 

「後はあの子らに任せる、か」

 

「情けない話ですが、彼らにしか出来ませんから」

 

 悔しげに呟くアストンに慰めにもならない言葉を投げかける。他でもない私が最も歯痒く思っているのだ。

 

「調整の方はもう終わりましたか?」

 

 そこに声を掛けてきたのはいつの間に機関室に入ってきていたのか、紅瞳の天才だった。作業の進捗を確認しに来たのだろうか。彼もルーク達と共にセフィロトやグランコクマなどあちこちを飛び回っていて疲れているだろうに、涼し気なその表情からは疲れは読み取れない。

 

「ああ、今終わったところだよ。イエモン達から説明は受けているだろうが、後はお前さん達のタイミングで地核の圧力に耐えるための補助譜術を起動する。作戦開始後の時間的余裕は無いからな、今のうちにしっかり休んでおくんだぞ」

 

「ええ、聞いていますよ。なのでルーク達には今日は宿屋で休むように言ってあります」

 

「あなたも休むべきなのですがね、カーティス大佐」

 

 自分のことは勘定に入っていないかのようなジェイドの物言いに、私はジト目で返す。この男は、少し大人になったかと思えば。

 

「いえ、少し大詠師様にお話したいことがありましてね」

 

「私にですか?」

 

 どうやら私に用があったらしい。一体どうしたというのだろう。

 

「それじゃ俺は先戻ってるからな」

 

「お気遣い感謝します」

 

 自分がいても話がし辛いと察したのか、アストンはひらひらと手を振りながら機関室を後にする。これでこの広い機関室に残っているのは私とジェイドの二人だけだ。

 

「この作戦は上手く行くと思いますか?」

 

 ジェイドの口から出たのは、常に余裕ある表情を崩さない彼にしては珍しい弱音だった。思わず目を見開いて彼の顔をまじまじと眺めてしまった。

 

「……何ですかその表情は」

 

 私の顔を見たジェイドが少し顔を顰める。今のジェイドを見たら誰であろうと驚くだろう。

 

「まさかあなたの口からそのような弱音が出てくるとは思わなかったもので」

 

「一体私がどのように思われていたのかが気になりますねぇ」

 

「才能に溢れ、常に余裕綽々な態度を崩さないのが死霊使いジェイドでは?」

 

「……確かにそのように振る舞ってはいますがね。不安を感じないわけではありません。それにルーク達の前では私は大人でなくてはいけないでしょう?」

 

「それは私への当てつけですか?」

 

「まさか、そうに決まってるじゃありませんか」

 

「相変わらずいい性格をしていますね……!」

 

 かつてバチカルで言った言葉をいつまで根に持っているつもりなのだこの陰険眼鏡は。

 

「そんなに当て擦りせずとも、今のあなたは立派に大人をやっていますよ」

 

「おや、そうですか。大詠師様に認められるとは思いませんでしたねぇ」

 

「そう言うまでずっと引っ張りそうでしたからね、あなた」

 

「いやいやまさか。感謝しているんですよ、これでも」

 

 これまた意外な言葉がジェイドから聞けた。この男が素直に感謝を述べることがあるとは。明日はシェリダンにケテルブルクを超える量の雪が降るのかもしれない。

 

「そんな似合わない言葉が出る程度にはあなたも不安を感じていると言うことですか」

 

「不安、というよりは力不足に対する歯痒さでしょうか。結局のところ、私はあなたやディストのようにルーク達の力になることは出来なかったわけです。あなたのようにイオンやアニスに慕われているわけでもなければ、ディストのようにティアの身体の障気を除去することも出来ませんでした。今回の作戦にしても、もしも失敗してしまったらと考えると情けなくも震えそうになってしまいます」

 

 ぽつりぽつりと静かに溢すジェイド。誰に聞かせるつもりもないような声量のそれは、ジェイドが誰にも漏らせないであろう彼の弱音なのだろう。内容に関してまったく頷くことが出来ないが。

 

「まさかそのような弱音があなたの口から聞けるとは思いもしませんでしたよ、カーティス大佐、いえ、ジェイド。一つ勘違いをしているようなので正しておきましょう」

 

「勘違い、ですか?」

 

「そうですとも。あなたが力不足? ルーク達の力になれていない? 何を言っているのやら私には分かりません。あなたがいなければそもそもこの作戦を思いつきもしなかったでしょう。あなたはその譜術の才と頭脳で十二分にルーク達を助けているではありませんか。あなたで力不足と言うのなら私はどうなるのですか。大詠師という尻で椅子を磨く仕事をするだけのうだつのあがらないおっさんでしかないではないですか。ディストといいあなたといい、普段は自信満々で鬱陶しいくらいなのに偶によく分からないところで凹むのですね?」

 

 ジェイドほどの才覚と頭脳を持った人間で力不足などあるものか。彼と同じ頭を持っていたなら、私はもっと早くヴァンの計画を阻止するために動けていたことか。私の前でそんな弱音を吐くのは最早私に対して何の恨みがあるのかと言いたくなる。私が乏しい才能を足りない頭で何とかやりくりしているというのに。

 

「……あの泣き虫と同列扱いは頂けませんね」

 

「割と似た者同士ですよ、あなたとディストは。ま、ルーク達の前でそのような弱音を吐かなかったのは正解ですね。あなたが不安を出してしまうとあなたを信頼しているルーク達にもいらぬ不安を与えてしまいますから」

 

「ルークが私を信頼してくれている、ですか?」

 

「当たり前でしょう。私もあなたを信用していますよ。あなたが出す結論はおおよそ間違いが無いと」

 

 むしろ創生暦時代の書物を一晩で読破し、地核振動停止作戦を考え出す末恐ろしい天才の言うことが間違っていることがあるだろうか。欠点といえばその天才性故に他者の心を慮ることを苦手とするくらいだが、今の彼はその欠点すらも克服しようとしている。こうなればもう向かうところ敵無しではないだろうか。

 

「あなたが私を信用しているとは思いもしませんでした」

 

 今度はジェイドが目を丸くして私を見る番だった。どうやら私がジェイドを信用していることが中々に意外だったらしい。信用していない人間に教団の禁書を見せるような奴だと思われていたのだろうか、私は。確かに私はジェイドを好ましい人物と考えているかと言われれば素直に頷くことは出来ない。私は彼に対して、その天才性故に自分が認めた一部以外は無意識に見下し、共感性に欠けた人間だという印象を抱いているためだ。だが、だからといってその能力を疑うことはしないし、アクゼリュス崩落から今まで彼が変わったことを実際に目の当たりにもしている。これで意固地に嫌い続けることが出来る訳がない。元より私が他者を評価できるほど出来た人間ではないということもあるが。

 

「信用していなければ貴重な書物を預けたりしないでしょうに」

 

「今日は珍しく優しいのですね。てっきり嫌われているとばかり思っていました」

 

「あなたも私も、互いに周りに弱音を吐けぬ立場です。ならばこういう場くらいは互いに優しくしても罰は当たらないとは思いませんか」

 

「……あなたは不思議な方だ。全てを見通し、掌の上で転がしている黒幕のように見えて、蓋を開けてみれば底抜けのお人好し。一体どちらが本当のモースなんです?」

 

「どちらでしょうね。マルクトの天才ならば是非とも見極めて頂きたい。何せ当の本人すらよく分かっていないのですから」

 

 そう言うと、ジェイドの暗かった表情が幾分か明るくなった。少しは彼の心を軽くすることが出来たらしい。

 

「ま、お互い人には言いにくい後ろ暗いことをたくさん秘めていますからねぇ。一概に言い切ることは出来ない、敢えて言えば悪人でしょうか」

 

「そうですとも。善か悪かで言えば我々は間違いなく悪党でしょうよ。フォミクリーを生み出し、そして封印した異端の天才と生体レプリカの禁忌に再び手を出した愚かな大詠師。物語でいえば典型的な悪党に聞こえますね」

 

「その場合は悪の黒幕はあなたでしょうねぇ。私は研究欲に憑りつかれたマッドサイエンティストといったところでしょうか」

 

「自分よりも頭の良い部下を持つのは御免です。さて、調子も戻ったみたいですし、あなたも宿で休んではいかがですか?」

 

「ええ、そうさせてもらいましょう」

 

 その言葉でジェイドと連れ立って機関室を後にする。ジェイドの心が少しでも軽くなればと思ったが、気が付けば私も楽しくお喋りをしていた。私にとっても、彼との油断ならない、しかし小気味いい会話は良いリフレッシュになったようだ。

 

「宿に戻って寝る前に晩酌でもいかがです?」

 

「おや、まさかマルクトの頭脳と酒を酌み交わす日が来るとは思いもしませんでしたね。一献お付き合いしましょうか」

 

「陛下以外で酒の席を共にするのはもしかするとあなたが初めてかもしれませんね」

 

「それは光栄なことだ。私も私的な場で互いに酒を飲むというのはあなたが初かもしれませんね。何分これまで私の周りには私にはもったいないくらい清貧な方か酒を飲ませられない子ばかりだったものですから」

 

「ハッハッハッ、では作法を気にせず好きに飲ませてもらいましょう」

 

「良い度胸をしてますね。やはり少しくらい凹んでいた方が御しやすくて良いかもしれません」

 

 





スキット「大人の雰囲気……?」

「……(コソコソ)」

「? おいルーク、一体何してんだ?」

「うおっ!? ガイ、ちょ、静かに! あれ見てみろって」

「あれ……? おや、あれはジェイドの旦那とモースの旦那じゃねえか。二人でカウンターに座って、酒でも飲んでるのか」

「あの二人、一体何話してんだろうなって気になってよ。でも割って入るのも良くない雰囲気というか……」

「あー、まあそうだな。あの二人が静かに酒飲んでると余人には入りがたい空気があるというか……」

「というか酒飲む姿が様になり過ぎだろ。特にモースの方は」

「あればっかりは重ねてきた歳によるものだろうな。というかジェイドもモースも何飲んでるんだ。やっぱりウィスキーかね?」

「というかジェイドがちょっと笑ってるぜ……初めて見た」

「あの旦那が屈託なく笑うところが見られるとは……こりゃ明日は大嵐になるかもしれないな」

「一体何を話してんだろうな……」

「う~ん、モースの旦那のことだから、アニスとかイオンのことか?」

「それでジェイドが笑うか?」

「……そもそも旦那があんな笑い方してるのが想像つかなかったからな。何を話してるのか分からん」

「くぉ~、気になる! でも邪魔するのも気が引ける!」

「分かるよルーク」

「アニス!? いつの間に!?」

「ついさっきだよ。仕事の場以外でお酒飲んでるモース様なんて初めて見たよぅ」

「やっぱり普段は飲んでないんだな」

「会食とか出るときはイオン様の代わりに飲むけどプライベートで飲んでるところは見たこと無いなぁ……。うぅん、かなり気になるけどあんまりジロジロ見てて二人に気付かれても気まずいし戻ろっか」

「……そうだな。気になるなら明日旦那に何話してたのか聞けば良いさ、ルーク」

「分かってるよ、流石に邪魔するわけにはいかねえし」






「……気付かれていないとでも思っているのでしょうかねぇ」

「微笑ましいことじゃないですか。いつかはルーク達とも酒が飲みたいものです」

「相変わらず目線が父親ですね」

「今のあなたに言われたくは無いですが。お互い似たようなものでは?」

「あなたよりはマシだと思っていますとも、"お父さん"?」

「やめてください、あなたに言われると背筋に怖気が走ります」

「ひどい言い様ですね」

「歳を考えなさい、歳を」


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