大詠師の記憶   作:TATAL

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王女と支える者

 ジェイドとの一席を終え、少しの時間眠った私は、どうにも寝付けずにまだ夜も明けきらない時間に目を覚ましてしまった。妙に目は冴えており、このままベッドで寝転がっていても再び寝付くことは出来ないと感じたため、夜明け前の散歩と洒落こもうかと宿屋を出てまだ眠りの中にあるシェリダンの街並みを練り歩く。

 海に面した高台には展望台があり、水平線まで見渡すことが出来る。まだその姿は見えないが、もう少しすれば水平線の先から太陽が現れるだろう。私は暫くの間、薄明かりに揺れる海を眺めていた。

 

 ジェイドと酒を酌み交わす日が来るとはまさか思いもしなかった。昨晩の体験は恐らく生涯忘れることは出来ないだろう。彼と私が互いに穏やかに談笑することが出来たのだから。

 

「叶うことならば、ジェイドだけでなく他の皆さんともこうして穏やかに過ごせる日が来れば良いんですがね……」

 

「何黄昏れてやがんだ、モース」

 

「聞かれていましたか。おはようございます、アッシュ」

 

 いつの間にシェリダンに戻ってきていたのか、私の後ろから声を掛けてきたアッシュへと振り返る。

 

「その挨拶をするには早すぎる時間だがな。タルタロスの改造は終わったのか?」

 

「ええ、後はルークの発案で改めてキムラスカとマルクトの和平を実現し、二国の協力を取り付けるだけです」

 

「ふん、あのお坊ちゃんにしてはマシなことを考えたもんだな」

 

 私の隣に立つアッシュは、腕を組んで鼻を鳴らす。こうして憎まれ口を叩いてはいるが、彼自身、ルークのことを認めていないわけではないのだろう。認めていなければ彼はルークを殺すことを諦めない。

 

「ルークはあなたのレプリカとして生まれこそしましたが、あなたの代わりではなく、他でもない()()()として生きようとしています。思うところはあるでしょう、ですがそれだけは認めてあげて欲しいものです」

 

「俺のいる場所を奪ったんだ。それくらいして初めてスタートラインだ」

 

「厳しいですね」

 

「お前が甘すぎるんだよ、モース。どうしてそこまで奴に肩入れする?」

 

「あなたが理不尽に居場所を奪われたと同時に彼の居場所が理不尽そのものになってしまったから、でしょうかね」

 

「……甘すぎるだけじゃなく、抱えすぎる欠点もあるわけだな、お前は」

 

 アッシュの言葉は、私の言葉を正しく理解したからこそ発されたものだった。事実、私は抱え込み過ぎているのかもしれない。この身に余ることを為そうとしているのかもしれない。だけど止まれないのだ。止まることを自身が許さない。

 

「その言葉はもう耳にタコが出来るくらい聞きましたよ」

 

「だったらちゃんと直す努力をするんだな」

 

「耳が痛い言葉です。それで、どうしますか?」

 

「何のことだ?」

 

 私の言葉に何を言っているのか分からないと言わんばかりに首を傾げるアッシュ。おや、ということは彼がここに戻ってきたのは偶然だったのだろうか。てっきりナタリアを励ますためにこっちに足を運んだのだとばかり思っていたが。

 

「ナタリアは再びバチカルに戻ります。気丈に振る舞ってはいますが、不安が無いわけでは無いでしょう。あなたから励ましてあげてはいかがです?」

 

「……俺は、ナタリアの婚約者である()()()じゃない」

 

 そう言ってアッシュは視線を足下に落とした。彼は、居場所(ルーク)を奪われてしまったときに同時にナタリアの婚約者であることを捨てた。彼女を心から想いながらも、その隣に立つことは出来ないと。しかし、彼は頑なにナタリアの想いを否定する一方で、記憶の中では度々ナタリアを気遣い、励ますなど彼のナタリアへの想いを窺わせる行動を取っている。

 

「そうやってうじうじと悩むところはあなたもルークも変わらないのですね」

 

「俺があんなお坊ちゃんと似ているだと!」

 

「似た者同士ですよ。自信があるように振る舞うけれど、内心では怯えている。あなたがナタリアの隣に立つために必要なのは肩書き(ルーク)ではないと思うのですが、違いますか?」

 

「ナタリアはキムラスカの王女だ! 貴族でも何でもない俺がどうしてアイツの隣に立てる!」

 

 私の言葉に苛立ちを隠せない様子で言い募るアッシュ。彼が怒りを顕にしたことが、私の言ったことが的を射ている証左になっている。

 

「そうですね。もちろん私も愛する気持ちさえあれば何もいらないなどと言うつもりはありません。王女に釣り合うだけの身分は必要でしょう」

 

「だったら……!」

 

「何事にもやりようはありますよ。一つ言えるとすれば、あなたはその気持ちを抑える必要は無い。ただ、あなたが思うままにすれば良いと思いますよ」

 

「……簡単に言ってくれるな。だったらそのやりようというやつ、見せてくれるんだろうな?」

 

「ええ、お見せしますとも。何せ私は悪の黒幕ですからね。それくらいの計略はしてみせましょう」

 

 


 

 

 アッシュは早々に私との話を切り上げて宿屋へと向かって行ってしまった。ちょうど宿屋を出たナタリアと顔を合わせるだろう。高台にいる私からは、ナタリアとアッシュが朝日に向かって肩を並べている姿も、ナタリアを心配して後を追いかけてきたものの、アッシュの姿を見て出るタイミングを見失い、建物の陰でその様子を窺うルークの姿も見える。とはいえ会話は聞こえないし、姿も小さくしか見えないが。

 

「こうやってアッシュが来ることもアンタの計算の内なのかい、モース様?」

 

「今度はガイですか、皆さん早起きなのですね」

 

 次に高台に姿を現したのは金髪の青年だった。屈託のない笑みを浮かべ、眼下の光景を私と並んで眺める。

 

「アッシュを焚きつけてナタリアを元気づけようってか?」

 

「私が焚きつけるまでもなく、彼ならば今のナタリアを放っておくことはしませんよ」

 

 実際、私の記憶の中ではアッシュは誰に言われるまでも無くナタリアのもとを訪れ、励ましている。あくまでも私の言葉は少し彼の背を後押ししただけに過ぎない。

 

「それで、アッシュにあんなこと言って大丈夫なのか? 実際、アイツの想いが叶う望みは薄いぜ? いくらあんたが悪の黒幕でもな」

 

 ガイはどうやら私とアッシュの会話をしっかりと聞いていたらしい。からかうような口調で、しかし目に宿った光は真剣そのものに、私に鋭く向けられている。そこにはただの気休めの言葉にすることを許さない気持ちが籠っていた。ガイの主人はルークだが、かといってアッシュを蔑ろに思っているわけではないということらしい。

 

「もちろん、口だけで終わらせるつもりはありませんよ。言ったからには策を講じます。話は変わるのですが、教団の詠師職というのは意外と重職でしてね。大詠師ともなれば一国の王への謁見がある程度簡単に叶うわけです。まあ他国の王族との婚姻となればもう一方の国からは快く思われないでしょうが、神託の盾騎士団の要職に就いた人間ならばそうした非難も無いでしょう。それに孤独に戦い世界を守ろうとした人間と王女の恋物語、民衆受けもばっちりだとは思いませんか?」

 

 つらつらと語る私に対し、最初こそは首を傾げていたガイだが何に思い至ったのか、顔を青くして信じられないものを見るような目で私を見つめてきた。

 

「……おい、あんたまさか!」

 

「いえ、誰のこととは言っていませんよ? それに王女の父親も、多少は負い目もあることでしょうし、話を通すこと自体は出来ると思うのですよ。教団との縁を更に深くする機会にもなるわけですからね。王族の血が薄れる

? おや、都合がよいことにその人間は王家の血を引く者の特徴を持っているらしいですね」

 

「おいおいマジかよ……。なるほどな、悪の黒幕だなんて言うのも頷けるぜ。あんた、ヴァンなんかよりよっぽど悪役が似合ってるよ」

 

 ガイはそう言って肩を竦めて笑った。悪役と言われた私もそれに相応しくあくどい笑みを浮かべてみせた。

 

「ローレライ教団の大詠師をしてたのは伊達じゃないってわけだな」

 

「そういうことですよ。ですからこうした後ろ暗い勘定は私のような悪人に任せておいて子ども達は自分の心を押し殺さずにいてほしいと思ってしまうのですよ」

 

 その言葉と共に私は再び眼下に目を向ける。ナタリアとアッシュの様子を見ることを止めたルークが、宿屋の前でティアと話しているのが見えた。

 アッシュとナタリアだけではない。ルーク、ティア、アニスやイオンも、皆が自分の心を殺すことなく、自分を犠牲にすることなくいられるのならば、私はそれこそ悪人にでも怪物にでもなってやろう。

 

「ところでガイはそう言った話は無いのですか?」

 

「おいおい、女性恐怖症の人間にそんな浮いた話があるわけないだろう?」

 

「そうは言ってももう原因を思い出したのでしょう? だったら改善していくでしょうし。それにガルディオス家の遺児なのですから、これからは縁談も舞い込んでくるでしょう」

 

「やめてくれよ……。俺はまだそういうことを考えてないってのに。俺よりもジェイドの旦那や、それこそあんたじゃないか?」

 

「ハッハッハ、ジェイドは私が言っても無駄でしょうし、私もそういったことを考えるような歳はもう過ぎてしまいましたよ。第一、私のような人間と一緒になろうという奇特な女性がいるとでも思いますか?」

 

 ガイの言葉に私は笑ってそう返す。私のような歳になると、最早自分のことより人のそういった話を聞いたり世話する方がよっぽど楽しく感じるのだ。そもそも私が家族を養う甲斐性があるとも思えない。

 

「……ま、何も言うまい。それにこんな気楽なことが言えるのも、まずはヴァンをどうにかしてからだな」

 

「ええ、その通りです。それまではこの胡散臭い男を精々利用してやって下さい」

 

 


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