気合の連続更新です
「お待たせして申し訳ありませんでしたわ。私はもう逃げません、バチカルへ行き、お父様にもう一度話をしますわ!」
夜が明けて場所はシェリダンの宿屋前。そこに立っていたのは昨日までの気弱な姿が嘘のように、かつての覇気を取り戻したナタリアの姿だった。アッシュが彼女に掛けた言葉は、彼女を十二分に励ますことに成功したようだ。
「全然待ってなんか無かったさ」
「ええ、きっとナタリアなら大丈夫って思ってたもの」
「ミュウも信じてたですの!」
いつもの調子で声を掛けるガイと、常の冷静な表情が僅かに崩れ、柔らかく微笑むティア。そして良くも悪くも変わらないミュウ。言葉は無くとも、それ以外の面々も皆優し気な表情で彼女を見守っていた。
「うし、それじゃあバチカルに行って伯父上ともう一度話をしよう!」
ルークが右手のひらに左の拳を打ち付けて気合を入れると、ジェイドへと視線を向けた。それを受けた彼は眼鏡の位置を指で直しながら、一つ咳ばらいをして他のメンバーの注意を自分へと向けさせる。
「これまでの経緯と我々の計画については昨晩の間にインゴベルト陛下宛の書状にまとめています。ピオニー陛下からこの件に関して私は全権を委任されていますから、この書状はピオニー陛下からの正式な申し入れということになります」
「ならそれを何とか陛下に見せることが出来ればいいわけだ。とはいえ易々と会わせてくれるもんかね」
「それなら大丈夫でしょう。僕がいますから」
ガイの懸念に対してすかさず言葉を返したイオン。周囲のメンバーを見渡しながら、小さく輪の中に一歩踏み出した。
「この話はキムラスカとマルクトの二国に収まる話ではありませんから。ローレライ教団の導師として、全力で協力します」
「それを聞けて安心しましたよ。特に我々の計画は外殻大地を降下させてはい、終わりとはいきませんからね」
「障気の問題があるもんねぇ」
ジェイドの言葉にアニスが悩まし気な声で同調する。声だけでなく、こめかみに両手の人差し指を添えて身体を傾け、全身で悩んでますアピールも忘れない。そうやって敢えておどけてみせるのは深刻な問題を前に気持ちが沈んでしまわないようにという彼女の気遣いか、もしくは生来の気質か。
「障気の問題はベルケンド、シェリダン、ダアト、ユリアシティといった各地の知恵を集結する必要がある問題です。とはいえ、そうした大同盟が出来るためには」
「まずはキムラスカとマルクト、ってわけか」
ジェイドの言葉の先を悟ったルークが固い口調で呟く。彼自身が言い出した事とはいえ、そこに圧し掛かる重圧を改めて感じてしまったのだろう。彼の右手が、左の拳を固く握っていた。
「ま、そこまで気負うことは無いでしょう」
「ん、どういうことだよジェイド?」
「何と言っても我々にはローレライ教団のトップである導師に加えて、元ナンバーツーのモース様がいますからねぇ。集団の統治と組織化について知り尽くしている上に戦力としても申し分ない。もし陛下が渋ったら力づくで押し通すことも出来ますよ?」
ここまで静かに輪から少し離れて立っていた私に大きな飛び火であった。ルークの緊張を見て取ったジェイドなりのジョークなのかもしれないが、彼は常に胡散臭い微笑みを顔に張り付けているため冗談か本気かイマイチ判別がつかない。そして彼はそれを分かっていて利用しているからより始末に負えないのだ。
「ちょ、ジェイド!?」
ほら、ルークがちょっと真に受けてしまったではないか。
「ジェイド、ルークをからかうのは止しなさい。あなたの冗談は分かりにくいんですから」
「じょ、冗談か。そうだよな、流石に」
「おや? あながち冗談でもないんですがねぇ」
なおもそう言ってとぼけるジェイドに付き合いきれないとばかりに手を振って話を止める。こやつは私を一体何だと思っているのか。いや、悪の親玉と言ったのは私だったな。ならあながち間違っていない評価なのか。考えていて少し自分でも悲しくなってきてしまった。
「ジェイドの冗談はともかく。導師イオンが味方に立っていることのメリットはかなり大きいのは確かです。ローレライ教団の権威はインゴベルト陛下も無視は出来ないでしょう。尋ねてもいきなり兵士に連行されると言った事態にはならなくてすみそうですね。懸念が無いわけではありませんが。というか、私もついて行くのですか?」
ふとジェイドの言葉を思い返してみれば、まるで私がルーク達についてバチカルに行くような口ぶりだった。私はシェリダンに残って引き続きイエモン達の護衛を務めるつもりなのだが。
それを伝えると、何故かジェイドだけでなく他の面々からも意外そうな顔をされた。
「ついて来てくれないんですか?」
「いえ、あのですね、導師イオン。ここにも護衛が残る必要が」
「私は、ついて来て頂けると心強いですわ」
「ナタリア殿下……」
「あのとき、モースが私を庇ってラルゴの前に立ってくれたことでどれだけ救われたか。ルーク達だけじゃない、他にも味方がいると頼もしかったものですから」
イオンはともかく、ナタリアに言われると少し困る。断り辛いことこの上ないためだ。もちろん私がルーク達について行くことも考えないでは無かった。私の記憶が確かならば、インゴベルト陛下と和解したナタリア達はそのままユリアシティで和平会談を行い、地核振動停止作戦の大詰めにかかる。この記憶との差異として、今のローレライ教団には新たに大詠師となったオーレルがいる。間違いなくバチカルでマルクト脅威論を煽っていることだろう。私が同行すれば、彼の行動を掣肘することも出来る。
その一方で、私がシェリダンを離れることの不安も大きい。既に私が知る筋書きとは異なる進み方をしているこの世界において、ヴァンによる襲撃が早まる可能性が無いとは言えないからだ。記憶の通りならば、和平会談後に襲撃が発生した。恐らく、和平会談を聞きつけたヴァンがスピノザからのタレコミでシェリダンでの動きを知ったのだろう。だが、今は既にシェリダンに侵入者が度々訪れている。いつ本格的な襲撃があってもおかしくないのだ。私がいれば、タルタロスだけでも逃がすことが可能かもしれない。だが、最悪の場合はイエモン達が死んでしまうだけでなく、タルタロスが破壊されて作戦そのものが頓挫してしまうかもしれない。そのリスクをどうしても私は取れない。
「行ってきたら良いじゃないか、モース」
答えに窮した私の背中を押したのは、ルーク達の声では無かった。
「うおっ!? 一体どこから、っていうか誰だ?」
まるで影のように、路地裏から足音も無く現れ、ルーク達の背後に立つ彼の顔は目深に被ったフードによって見ることは出来ない。ここで顔を見られてルーク達に無用な混乱を招いてしまうのを避けた心遣いか。
「モースに頼まれてシェリダンの技術者を護衛してる者だよ。あんまり気にしなくていい。モースの味方だってことだけ覚えとけば」
「……あなたは」
驚くルークに素っ気なく返すフェム。その声に何か勘付いたのかイオンが意味ありげな視線を向けていたが、フェムはそれに応えることなく私に顔を向けた。
「ここの護衛なら僕に任せておけばいい。数日くらいなら何とでもなるだろうさ」
「しかし……」
「どうせあの樽親父とはいつか白黒つけなきゃいけないんだ。良い機会なんだし、行ってきてよ。じゃなきゃ、フローリアン達も安心して迎えに行けないだろ?」
フェムの言葉はご尤も。私もいつかはオーレルを退けて再び大詠師に戻る必要がある。でなければフローリアン達が利用される可能性が常に残ってしまうからだ。少なくとも私が大詠師でいれば、新たに導師イオンのレプリカを作ることも、フローリアン達を利用して導師の権力を乱用することもしない。
「はい、なら決まり。さっさと行った行った。ほら、ボーっとしてないでモースをアルビオールに押し込むのを手伝ってよ。この筋肉オヤジ重たいんだからさ」
「お、おう!」
「ちょ、あの、何で私を拘束するのです? 私はまだ行くと言ったわけでは……」
「アニスちゃんは何も聞こえませ~ん」
そしてうだうだと悩んでいる私を見かねたのか、フェムとルークに右腕を、アニスとガイに左腕を拘束されてあれよあれよと言う間にアルビオールへと引きずられてしまった。機体が離陸し、シェリダンが小さく離れていったのを目にして遂に私は諦めたのだった。
バチカルは一見すると普段の賑やかさを取り戻しているようだった。ただし、街道を行き交うキムラスカ兵士の姿にそれは間違いであったと悟る。ナタリアの要望で港から王城まで直接行くのではなく、堂々と街の入り口から登城することになったため、人々の耳目は自然とナタリアに集まった。
「ナタリア様だ!」
「帰ってきてくださったんですね!」
「ナタリア様、俺達がついてますから!」
だが、その注目は決してナタリアにとって悪いものでは無い。むしろナタリアを温かく迎え入れるものだ。ナタリアがバチカルを離れても、必ず帰ってくると信じていた市民達。今ナタリアにかけられる言葉を聞くだけでも、彼女と市民達が確かな絆を紡いできたことを感じさせる。彼女は言葉こそ返さないものの、片手を上げて市民の声に応えながら、昇降機に歩を進める。
「俺達だけじゃない、皆、ナタリアのことを信じてるんだ」
昇降機が王城へ向けて上昇する中、ルークは噛み締めるように呟いた。
「ええ、その通りですわ。仮に私がお父様と血の繋がりを持たない娘だとしても、これまで私が為してきたことは無かったことになりませんわ」
昇降機の扉が開いた先は、ナタリアにとって見慣れた景色だ。薔薇と噴水の美しい庭園。傍らにはファブレ公爵邸、正面には威容溢れる王城。穏やかな景色でありながら、流れる空気はどこか張り詰めている。
「ナタリア様、お戻りになられたのですか!?」
城の玄関口を守る兵士は、ナタリアの姿を見ると驚きの声を上げた。
「お父様……。いえ、国王陛下にお話があります。通して頂きますわ」
「ナタリア様、今のあなたではお会いにはなれません。お覚悟は出来ておられるのですか」
ナタリアの言葉をすげなく切り捨てる兵士。その兵士の前にイオンが歩み出る。
「私はローレライ教団の導師イオン。インゴベルト陛下に謁見を申し込みます。ここにいる者は皆この私が身元を保証する者であり、その場に同席させる必要がある者達です」
「導師イオンの申し出を一介の兵士が取り下げることは許されません。そこを通してもらいます!」
「は……はっ!」
イオンと、それに続くアニスの言葉に気圧されたのか、兵士は先ほどまでの態度を一変させ、合図を出すと城への扉を開いた。
「さあ、行きますわよ」
「ああ、伯父上の目を覚ませてやろう!」
駆け足にならないギリギリの速さで歩き、謁見の間に続く階段を上がる。扉の横に立つ兵士の制止も振り切り、ルークは謁見の間の扉を開け放った。
「伯父上! 聞いて頂きたい話があります!」
そして正面、玉座に腰かける人物に向かって声を張り上げた。その声に反応してか、件の人物は目線を上げ、私達の姿を捉えると、僅かに目を見開く。
「ルーク……それに、ナタリア……」
最後に見たときからさほど時は経っていないにも拘わらず、その姿はどこか小さくなってしまったように見える。いや、実際の姿は変わっていないのだろうが、その身に纏う覇気とも言うべきものが萎んでしまっているのだろう。
キムラスカを統べる者、インゴベルト王とナタリアが対峙した。