会話劇だけでの表現に限界を感じているため、番外編として独立した章で書くことを検討中
謁見の間にいたのはインゴベルト王を始めとするキムラスカの重鎮とオーレル。その中にクリムゾンの姿もあったことから、彼が王に剣を向けたことはどのような政治的判断があったにせよ表向きは不問となったらしい。
そして対峙するインゴベルト王とナタリア。表向きの立場としてはインゴベルト王の方が上のはずであるのに、使命感に燃えるナタリアと対照的に、彼の目はどこか怯えているようだった。
「ふん、のこのこと罪人共が顔を見せおったか」
傍らに控える詠師、いや今は大詠師となったオーレル。彼の表情にはナタリアに対する侮りがありありと見て取れる。彼にしてみれば、今のナタリアは何の権力も持たない小娘に過ぎないのだろう。だが、そう思っていられるのも今の内だ。
「黙りなさい、オーレル。私達は今マルクトのピオニー陛下から任ぜられたローレライ教団の和平使節団としてここに立っています。ナタリアを侮辱することはすなわち使節団の代表であるこの導師イオンを侮辱することと同義であることを弁えなさい」
「ぬ、ぐぅ……」
オーレルをイオンの鋭い言葉が咎める。教団内の実権はともかくとして、公式の場において導師イオンは教団のトップである。大詠師となった彼と言えど、イオンにそう言われては口を挟めない。
静かになった外野を横目に、ナタリアとルークが揃って一歩を踏み出した。それに対し、インゴベルト王は微かに身を震わせる。
「お父様、いえ、インゴベルト陛下。この世界はもはや
「陛下、私というレプリカの存在で
「……私に一体どうしろと言うのだ」
ナタリアとルークの堂々とした言葉に比べて、喉から絞り出したかのようなインゴベルト王の言葉はともすれば聞き逃してしまいそうなくらいに弱弱しいものだった。
「儂の娘は……ナタリアは生まれたと同時に死んでおった。儂は、十七年前のあの日に、愛する妻と娘の両方を喪っておったのだ……」
疲れ切った彼の口から紡がれる言葉は、どこまでも後ろ向きだ。そしてその様子を見たオーレルの顔が喜色に歪んでいく。インゴベルト王がナタリアの言葉に頷くことが無いと考えたからだろう。そんなインゴベルト王の前に立つ人影が一つ。
「まだそのようなことを仰られているのか、あなたは」
「クリムゾン……?」
私達に背を向けているため、クリムゾンの表情を見ることは出来ない。だが、彼の拳が今にも血が滴り落ちんほどに強く握られていることが、今の彼の内心を何よりも雄弁に物語っていた。
「妻を喪った苦しみを私が理解することは出来ないでしょう。だが、愛する娘を喪ったとはどういうことか。あなたの娘は今この場にいるだろう!」
「だが、だがあ奴は……」
「血の繋がりが無いと言われるか? では十七年間積み上げてきた親子の絆はどうなのだ! 例え血の繋がりが無くとも、これまで培ってきた心の繋がりまでが偽りだなどと、言えるわけが無い、言わせてたまるものか」
「なら……ならば、お主はルークを、レプリカというそこの男を息子として認めることが出来るとでも言うのか」
インゴベルト王の言葉にクリムゾンはゆっくりとこちらに振り返り、その目がルークを捉えた。ルークはそれに身を固くさせてしまうが、クリムゾンの目にはどこまでも優し気な、慈愛の光しか見て取れない。
「ああ、言えるとも。この子は、私の息子だ。例えシュザンヌが腹を痛めて生んだルークでは無かったとしても、そのルークも、今この場にいるルークも私の息子であると言えるに決まっている」
「ち、父上……」
それは恐らくルークが初めて見たクリムゾンの柔らかな笑顔だった。
「ルーク。この愚かな男をまだ父と呼んでくれるか。
「何故、何故そこまで言える……クリムゾン」
迷いなく発されたクリムゾンの言葉に誰よりも衝撃を受けたインゴベルト王は、信じられないとうわ言のように繰り返した。
「レプリカなれどルークは七年間ファブレ家で確かに私の息子として、ルークとして育てられたのだ。何故息子で無いなどと言える。生まれただけで責められる謂れなど無い。責められるべきは七年前のあの日、オリジナルのルークとレプリカのルークを見分けられなかった私だけだ。王よ、十七年の月日はあなたにとって偽物だったのか? そんなはずがない。だからこそ今のあなたは苦しんでおられる」
そこでクリムゾンは言葉を切ると、再度インゴベルト王に向き直り、片膝をついて彼と視線を合わせた。
「その苦しみを無視せよとは言えませぬ。だが、ナタリアの言葉に今一度耳を傾けられよ。いくら否定しようと、彼女が王女として教育を受け、そして真に国を憂いていることは覆しようのない事実。ならばその言には一考の価値があることは自明でしょう」
それを言い終わると、クリムゾンは玉座の前から退き、再び傍らへと控えた。キムラスカの他の重鎮、例えばアルバインなどは何かを言いたげにしていたが、彼もクリムゾンの言葉に思うところがあったのか、渋々と言った表情でそれを呑み込んでいた。
「……」
「伯父上」
「お父様……」
「陛下、惑わされてはなりませぬぞ!」
目を伏せて沈思黙考するインゴベルト王に、オーレルが先ほどまでの余裕の表情を崩して声をかける。それだけに留まらず、玉座に駆け寄ろうとした。
私はすかさず彼に近づき、その腕を取って彼の動きを阻害する。何事かとこちらを見たオーレルの顔が憤怒に歪むのにそう時間はかからなかった。
「貴様、どこまでも私の邪魔を……!」
「この場で邪魔なのはどちらですか。親子の絆を引き裂こうなど、一人の大人として情けないことこの上ない。今はあなたの言は不要。ユリアの
特に鍛えているわけでもないであろうオーレルでは私の腕を振りほどくことは出来ない。しばらくは藻掻いていた彼だが、無駄だと悟ると抵抗を止めた。これで横やりが入ることは防いだ。後は陛下の心次第だが、そこまで心配はしていない。私が見上げた先にある陛下の目は、先ほどまでの弱弱しいものではなくなっていたからだ。
「……国を真に憂いているからこそ、か」
「キムラスカの民がナタリア様を慕っているのは彼女が王家の血を引くからではないでしょう。彼女が民に寄り添い、民のために身を粉にして働いて来たからではないのですか?」
インゴベルト王を後押しするように、ジェイドが言葉を紡ぐ。
「マルクトとしては陛下がナタリア殿下を放逐するというのであれば喜ばしいことこの上ないですねぇ。彼女の才覚は確かですし、ピオニー陛下の結婚相手としても申し分ありませんし」
「可愛い我が娘をマルクトの若造なぞに嫁がせてたまるものか! ナタリアは私の娘、誰が何と言おうと愛すべき我が子だ!」
そして続くジェイドの言葉に、遂にインゴベルト王が立ち上がって言い放つ。少々親馬鹿が過ぎる反応だが、その言葉はつまり彼の中で踏ん切りがついたことを示している。
「お父様……?」
「おお、ナタリア。情けない父を許してくれ。朋友に諭され、敵国の軍人にここまで言われなければ、弱い私はお主を娘と呼ぶことすらできなかった」
「いえ、いえ! お父様、お父様!」
ナタリアは被りを振ってインゴベルト王に駆け寄ると、その胸に縋りついて涙を流した。ようやく、ようやくキムラスカの雄が蘇ったのだ。
「そんな、馬鹿な。陛下! その者は偽者、偽りの姫なのですぞ!」
「黙れ! 我が娘を愚弄するな!」
オーレルの言葉を、それ以上の声量と迫力でもって切って落とすインゴベルト王は、先ほどまでの弱った姿が嘘のように、その身に王として相応しい威厳を纏っていた。
それを見て形勢が悪いと感じたのか、オーレルは苦虫を噛み潰したような表情で引き下がると、足取りも荒く謁見の間を後にした。
「ルーク達も、すまなかったな。情けない姿を見せてしまった」
「いえ、伯父上とナタリアが元通りになって良かったです」
「ありがとう。ではお主達が来た本題を聞こう、と行きたいところだが。少し時間を貰えないか。ナタリアが目元を腫らしてしまっているから少し休ませてやりたいのだ」
「ええ、構いません」
「ありがとう。ではまた後程な」
そう言ってインゴベルト王はナタリアと共に謁見の間を後にした。アルバインやその他の重鎮達も、思うところがあるような顔をしてはいたが、何も口にすることなく同じく部屋を出ていき、謁見の間に残ったのはルーク達とクリムゾンだけとなる。
「……父上」
「ルーク、すまなかったな。お前が今抱いている苦しみは私が背負わせたに等しい。許してくれとは言うまい」
「そんな、そんなこと……。むしろ、俺は、アッシュの、オリジナルの居場所を奪って」
「そう自分を卑下するな。お前が居場所を奪ったのではない。私達大人が弱かったためにお前たちの居場所を作れなかっただけなのだから」
クリムゾンは俯いてしまったルークに歩み寄り、その頭を胸に抱く。所作こそぎこちないものの、そこにあるのは確かな親子の情だった。その光景に、私は目頭が熱くなるのを感じた。ティアやアニスも、顔を伏せて目を押さえている。彼女らは特にルークに心を砕いていた。それ故に今のこの情景に感じ入るものがあったのだろう。
私の記憶とは違い、確かに今のクリムゾンとルークは親子として情を交わすことが出来ている。ルークにとって優しい光景がここに広がっていた。惜しむべきは、ここにアッシュを交えていないことだが、いつかはルークとアッシュが揃ってクリムゾンと屈託なく親子となれることを願うばかりだ。
「モース、感謝するぞ」
と、そこでクリムゾンが私に水を向けてきた。
「私が何かをしたわけではありませんよ」
「何を言う。お前が私に教えてくれたことが無ければ、今でも私はルークを受け入れることは出来ていなかっただろう」
「モースが……?」
「そう持ち上げられても何も出せませんよ。私が何をせずとも、あなた達はきちんと親子になれていたでしょう。私が余計なお節介を焼いただけです」
少し照れ臭くなって視線を逸らした。私のこれは感謝されるためにしているわけではない。ただ私が少しでも優しい世界をと、言うなれば私のエゴに過ぎないもののためにやってきたことだ。それを面と向かって感謝されると面映ゆさに加えて罪悪感も感じてしまう。
「そのお節介が私とルークをこうして結び付けてくれた。お前が受け取らなくとも私が勝手に感謝するだけだ」
「……私のような悪人には些か以上に過ぎた報酬ですね」
「あくにん……?」
私は諦めて肩を竦め、これ以上この場に居てルーク達の邪魔をするわけにもいかないと扉に向かった。背後ではアニスが何かを呟きながら首を傾げていた。