大詠師の記憶   作:TATAL

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踏み出す勇気と私

 しばらくの時間を置き、再び謁見の間に集められた一同は、王に相応しい威容を纏ったインゴベルトの言葉を待っていた。

 

死霊使い(ネクロマンサー)殿から頂いた書状、確かに目を通した。我がキムラスカはマルクトと停戦、協力して外殻大地降下作戦に全面協力をする」

 

「お父様!」

 

 彼の言葉に、隣に控えるナタリアの表情が明るくなる。彼女と王の距離はこれまでに増して近づいたようで、インゴベルト王も柔らかな笑みを浮かべてナタリアを見つめ返している。

 

「差し当たっては和平会談を執り行わねばなるまいな」

 

「ピオニー陛下には我々から日時と場所をお伝えしましょう。今は一刻も早く戦争を止め、崩落の危険がある場所から兵を退かせなければいけません」

 

 インゴベルト王の言葉に同調してジェイドが続ける。ジェイドはピオニー陛下から白紙の委任状を貰っている状態だ。彼が同意すれば、後はマルクトの首都、グランコクマに戻って結果を陛下に奏上するだけで段取りが付く状態になっている。ピオニー陛下はそこまで考えていたのか、あるいはジェイドへの全幅の信頼がなせる業か。この場合は両方なのだろう。

 

「会談場所はどうする」

 

「両国のどちらにも属さぬ土地が良いでしょう。ダアト、と言いたいところですが、私はユリアシティを挙げさせて頂きます。ティア、テオドーロ市長に協力依頼をお願いできますか?」

 

「え、ええ。問題ありません。でもどうしてユリアシティなんでしょう、大佐?」

 

「今のダアトはまだオーレル、ひいてはヴァンの勢力圏内にあるためですね。それに両陛下に一度魔界(クリフォト)を実際に目の当たりにして問題意識を強く持っていただくためでもあります」

 

 ジェイドの言葉にルーク達は得心がいった表情で頷く。私も、この男がこういった場においてどれほど有用な人物であるかを改めて感じていた。魔界(クリフォト)という地獄、人々を蝕む障気がこの大地のすぐ下に埋まっていることを伝聞でしか知らないのと実際に目の当たりにするのでは、その後の取り組みに大きな差が出ることは明白だ。

 障気の問題は特にキムラスカとマルクト、そしてダアトの全ての勢力が一丸となって取り組むべき問題。会談場所をユリアシティに指定することで両国の和平意識を強め、同時に障気の脅威を伝えることも出来る。元々考えていたことかもしれないが、彼の頭脳は軍人に留まらない優秀さを如才なく発揮していた。

 

「そういうことならユリアシティがピッタリだな」

 

「行き来もアルビオールを使えば速くて安全ですわね」

 

 ルークとナタリアがジェイドの言葉に同意し、それを見たインゴベルト王も納得したように頷いた。

 

「うむ。寡聞にしてユリアシティという都市に聞き覚えが無いが、お主達がそう言うなら必要な事であろう。会談場所はユリアシティとしよう。して、日時は如何する?」

 

「今すぐにでも、と言いたいところですが懸念事項が一つ」

 

「? 何か心配事か、旦那」

 

 言い淀んだジェイドにガイが言葉を投げかける。他の面々もジェイドが言葉に詰まった理由については考えあぐねている様子だが、私はぼんやりとその理由に思い当っていた。

 

「シェリダンにあるタルタロスですね」

 

「その通りです」

 

「ふむ、確か地核振動停止の要となるものだったか。お主の懸念も理解できる」

 

 私の言葉にジェイドが頷き、インゴベルト王も少し首を傾げたものの直ぐに理由に見当がついたようだ。

 

「御三方だけで納得してないで説明して頂けませんか?」

 

「簡単なことだ、ガイよ。戦争において重要なのは戦略目標の達成。そのためには戦術の要を疎かにするわけにはいかんだろう。寡兵は機動力こそ勝るがこと防衛においては頼りない」

 

 他のメンバーを代表して疑問を呈したガイに答えたのはクリムゾンだった。

 

「ルーク達の作戦にはタルタロスが必要不可欠だ。だがそれは既にヴァンも知るところであろう。タルタロスを破壊してしまえばこの作戦の前提が崩壊してしまう。タルタロスとは我々の切り札であると同時にアキレス腱なのだ。それも易々と動かすことも、隠すことも出来ない防衛対象だ」

 

「ああ、そういうことか。のんびり和平会談なんかしている間に」

 

「ヴァン師匠がシェリダンを落とすってことか」

 

「それだけではない。それを危惧してタルタロスに護衛を割けば今度は直接会談の場に乗り込んで両陛下の命を狙うことも考えられるのだ。守るべき対象は既に最低2箇所。常に敵は我々の機先を制することが出来るのだから戦力の配分は慎重にする必要があるだろう」

 

 クリムゾンの言葉は、和平という希望に輝いていた子ども達の表情を硬くするのに十分だった。彼の戦略家としての目は正確にヴァンの狙いを看破していたし、語られる脅威は現実味を帯びている。

 

「幸運なのはユリアシティとやらは大軍を送り込むのには不向きなことか。それに確率が高いとは言えヴァンにとって会談場所は不明確。であれば隠しようがなく、逃げようがないシェリダンに軍勢を差し向ける可能性が高いだろうな」

 

「地核振動停止作戦にはタルタロスだけじゃなく俺達の脱出用にアルビオールも不可欠だ。作戦を優先すれば会談を先延ばしにせざるを得ない。そうすれば前線の緊張感が高まって暴発の危険性が高まる」

 

「かといって会談を優先すればヴァンが動く時間を多く与えることになってしまいます。会談場所を抑えられてしまえば、それこそ戦争を止める術が無くなってしまいます」

 

 クリムゾンの言葉をガイとイオンが引き継ぐ。先ほどまでの明るいムードは一変して重苦しい沈黙が謁見の間に広がった。これについては私にもどうすることも出来ない。ユリアロードを使おうにも魔物蔓延るアラミス湧水洞に両陛下をお連れするわけにもいかないし、ダアトのユリアロードなどそれこそ論外だ。機動力こそあるものの、手が絶望的に足りない。シェリダンで一度悩んだ問題が更に規模を増して頭痛の種になってしまった。

 

「ひとまずはシェリダンにキムラスカ軍を駐留させ、警戒を厳とするのが現実的な策か」

 

「そうですね、陛下。ですが大規模な動員は足が遅くなる。私にお任せを」

 

 クリムゾンはそう言ってインゴベルト王一瞬視線を交わすと、それ以上言葉を交わすことなく慌ただしい足取りで謁見の間を出て行った。

 

「……いやはや、戦場を思い起こさせる気迫でしたねぇ。深い洞察と稲妻の如き速さの用兵。これが我が国を相手取ったものでないことに安心してしまいますね」

 

 それを見送ったジェイドの言葉は字面だけ見れば些か緊張感に欠けるように思えるが、そこに籠められた感情はかのマルクトの俊英にしては真に迫ったものだった。

 

「しかし、お陰でシェリダンの防衛については余裕が出来ました。であれば可能な限り早く会談を行う必要があるでしょう。日時については固定するのではなく、ピオニー陛下とユリアシティに協力を取り付け、バチカルに戻り次第速やかにインゴベルト陛下にもお越し頂くという形は如何でしょう?」

 

「儂は問題ない。これ以上に重要なこと、今は無いのだからな」

 

「ユリアシティには僕とティアが残って依頼に当たりましょう。こういうときのために導師の権力は存在しますから」

 

「ならユリアシティに寄ってイオンとティアを降ろしてから、グランコクマに行ってピオニー陛下に事情を説明」

 

「その足でバチカルにインゴベルト陛下を迎えに行くってことだね!」

 

 ルークの言葉を継いだアニスが締めくくる。これで大筋は決まった。後は動き出すだけだ。それも可能な限り早く、ヴァンに動く暇を与えないように。

 

「フフ……」

 

「おや、どうかされましたかな、インゴベルト陛下」

 

 インゴベルト王が小さく笑いを零したことに気が付いた私は、思わず今までの沈黙を破って彼に声をかけてしまった。

 

「いや何、世界はこうして未曽有の危機に直面している。だがな、儂は今、初めて王として相応しい仕事をしているように思えてしまったのだよ。預言(スコア)に言われるがままではなく、自ら決めた道を歩む。この歳で情けないことに、それが少々恐ろしい」

 

「陛下……」

 

 インゴベルト王が溢した言葉に、私は改めてこの世界における預言(スコア)の重みを思い知った心地がした。そう、これまでの人は迷う必要が無かった。預言(スコア)が迷う前に道筋を示してくれるから。それは人によっては途轍もなく残酷なことだが、一方で多くの救いをも生んできたことは確かなのだ。預言(スコア)があるからこそ耐え難い苦痛に耐えられた人間もいる。苦痛の先が見えていたから。だからと言って預言(スコア)が全て肯定されるわけではないが、確かに人々の寄る辺となっていたのだ。

 それを私は奪い去ろうとしている。一人の青年を救いたいと、自身の手の届く人だけでも幸福を享受できるようにと、目の届かない大多数の救いを無くそうとしている。インゴベルト王は預言(スコア)からの脱却を恐れながらも決意した。それがどれだけ勇気のいることだろうか。今まで当たり前のように見えていた視界を突然奪われて平静を保てる人間はどれだけいることか。

 

「大詠師モースよ。これまでキムラスカのためにお前はこの上ない献身をした。それをこのような形で裏切ることになる」

 

 彼は私にそう言って申し訳なさそうな顔を向けた。確かに陛下にしてみれば、私はこれまで預言(スコア)の成就に奔走してきたローレライ教団の人間だ。そう思うのも分からないではないが、彼は今自らも未知への恐怖を感じている。だというのにそれを抑えて私に気遣いまでしてくれているのだ。一度は心が弱ったとはいえ、確かに彼は王の器と呼んで差し支えない人物なのだ。私は表情を緩め、玉座へと腰を折って言葉を投げかける。

 

「より良い未来が預言(スコア)から外れた先にあるのなら、それを目指すことに否やはありませんとも。卑小の身ですが、陛下の勇気ある決断を心より尊敬いたします」

 

「……まさかお主がそのような考えを持っていたとはの。ローレライ教団の指導者としてはおかしなものだ」

 

 インゴベルト王は目を伏せ、笑った。私もそれに笑みを返しながら、一つ彼の勘違いを訂正するために人差し指を立てた。

 

「ふむ、どうやら陛下は一つ勘違いをされていらっしゃる」

 

「勘違いとな?」

 

「ええ。私の個人的な解釈を申し上げれば、預言(スコア)とは始祖ユリアが後世に残した祈り。道に迷ったときに、目の前の暗闇を僅かに照らす灯りに過ぎぬもの。それに従うかは今を生きる我々に委ねられているはずです。そして何より、今の私は残念ながら大詠師を首になっています故」

 

 預言(スコア)などどうでもよろしい。

 

 そう言った直後、謁見の間には珍しく笑い声が響き渡ったのだった。

 





スキット「冗談? 本気?」

「時にモースよ、大詠師職を辞していると言うのは真だな?」

「は? ええ、まあ本当ですが。一体どうしたのですか、クリムゾン様」

「なるほど。であれば和平会談が終わった暁にはインゴベルト陛下にお伝えしておかねばならんな。優秀な内政官の当てがあると」

「いや、待って下さい。何を言っているのですか、まさか私をキムラスカに迎え入れようとでも?」

「何か不満があるか?」

「不満も何も」

「これまでの貢献を考えればそれくらいの報酬を与えても良いくらいだろう。ナタリア殿下の政策に助言を与えていたことも耳に入っている」

「一体どこからそのような情報を仕入れてくるのですか……。それに私は国政を執り行える器ではありませんよ」

「器……身分のことならば心配するな。貴族位、子爵くらいならば与えてやれるとも」

「そういう意味ではありません。分かってて言っているでしょう!」

「何故そこまで固辞するのだ。大詠師からは多少格落ちとはいえキムラスカの子爵位は大きな看板だぞ?」

「そういったものを頂いても私は腐らせてしまうばかりですよ。何より権力など、最も私に与えてはならないものです」

「ふむ。私の持論だがな、真に権力の座につく者はいつだってそこから最も自身を遠ざけようとしている者だという。そういった意味でもお前はキムラスカに引き入れておきたいのだが」

「ファブレ公爵、何やら面白い話をしていらっしゃいますね」

「おや、導師イオン。聞いておられたのですね」

「ええ、聞いていました。モースは近々大詠師として復職します。ですので後のことをご配慮いただく必要はありませんよ」

「ハハハ、大詠師だからと言ってキムラスカ貴族であってはならないわけではないでしょう」

「いやいや、いけませんからね。仮にも自治区の権力者になるのですから……。冗談はやめていただけませんか、クリムゾン様。導師イオンも、クリムゾン様の冗談に乗せられるのはお止しなさい」

「冗談、そうですよね。冗談ですよね?」

「……ハッハッハッ、ええそうですとも! 冗談に決まっております。導師イオンの覚えめでたいモースを取り込もうなどと、本気で言うわけがないではありませんか」

「ハァ、少し焦ってしまいましたよ。冗談も程々にしてくださいね? ファブレ公爵」

「…………今は、ですがね」

「クリムゾン様、何か最後に不穏なことを言いませんでしたか? あの、目を逸らさないで頂けませんか? 導師イオンも何で黙っているんです? 何だか目が怖いのですが……」


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