大詠師の記憶   作:TATAL

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公爵家と私

 インゴベルト王がマルクトへの書状を用意するために、私達も一晩バチカルで待機する必要が生じた。

 

 ナタリアはインゴベルト王と共に城で過ごし、それ以外の面々はクリムゾンに招待されてファブレ家の歓待を受けることになった。

 

「前に来た時も思ったけどやっぱり公爵家ってスゴイよね~。いくつ部屋あるのって感じ」

 

 アニスがキョロキョロと落ち着かなさそうに周囲を見渡しながらため息を漏らす。アクゼリュスに向かう前にも彼女はここを訪れていたようだが、何度見ても慣れないらしい。それは私も同感だ。敷地内に兵の訓練も出来る程の広い中庭があり、それを囲むようにルークの部屋に当たる離れ、食堂、屋敷の主人であるクリムゾンとシュザンヌの部屋を備えた母屋、客室と使用人たちの部屋がある棟と、贅沢な空間の使い方をしている屋敷だ。初めて訪れた人間は案内無しでは迷子になること間違いなしだろう。

 

「まずはシュザンヌに顔を見せに行こう。妻も皆と話がしたいと言っていたからな」

 

「お身体の調子はよろしいので?」

 

 クリムゾンの妻であるシュザンヌは身体が弱く、中々ベッドから起き上がることも出来ない人だ。公爵たるファブレ家の跡取りがルーク一人であったのもシュザンヌがこれ以上の出産に耐えることが出来ないと言う理由があるためだった。それ故に七年前のアッシュが誘拐されたとき、そしてルークとティアが超振動によってタタル渓谷に吹き飛ばされたときは心労の余り床に臥せてしまった。それを知っている身としてはあまり大勢で押し掛けるのも良くないと思うのだが。

 

「心配するな。最近は調子も良くなってきている。むしろお前たちと話せない方が辛いだろう。あれも病のために屋敷から中々出られないからな。見慣れた人間以外と話すことが良い刺激になる」

 

「……そういうことでしたら」

 

「ま、お前のお陰で最近はシュザンヌも寂しがることはなくなってきたがな、モース」

 

「? それはどういう……あ、いえ、そういうことですか」

 

 クリムゾンが肩越しにこちらをチラリと見て放った言葉に、私は一瞬何のことか分からなかったが、すぐに事に思い至った。そういえばクリムゾンには今回の件以外にも大きな借りを作っていたのだった。

 

「その節は、というよりも今この時もですが、あなたにはお世話になりっぱなしですね」

 

「気にすることは無い。そのお陰で、私もシュザンヌもルークのことを受け入れ易くなったのだからな」

 

「? 父上もモースも一体何の話を……」

 

 前を歩く私達の話を聞きつけたルークが何の話かと首を傾げている。

 

「ええっと、それはですね……」

 

「ちょっと待て、何か聞こえないか?」

 

 私が振り返って説明しようとすると、ガイがそれを遮った。一体どうしたのかと耳を澄ませてみると、何やらドタドタと足音が迫ってきている。それも一人ではない、複数だ。方向的には中庭の方からだろうか?

 まさかと思いクリムゾンの方を見ると、彼はやれやれといった表情で肩を竦めた。

 

「どうやら先触れをやったときにお前たちが来るという話を聞きつけてしまったようだな」

 

「ちょっと待ってください! 出来ればこんな形ではなくもっときちんとした形で皆さんに説明する場を……」

 

 私の言葉は最後まで紡がれることは無かった。言い終わるよりも先に中庭に繋がる扉がドンッという音と共に勢いよく開き、そこから飛び出してきた影が私に襲い掛かってきたからだ。

 有り得ない仮定であるが、例えばそれが私を狙う暗殺者であったならばそれに対処することは容易だっただろう。いくら戦闘は得意ではないとはいえ、自衛手段ならいくらでもある。しかし、今回私に突っ込んできた相手はそういった手荒な方法を使える相手では無かった。

 結果、私はその塊を全身で受け止める羽目になる。それも一人ではなく、複数人が私にタックルしてきたものだから流石に受け止めきれない。私はあっけなく柔らかな絨毯に押し倒されることとなった。ここがファブレ公爵の屋敷で良かった。もし下が石畳だったなら私の背中が酷いことになっていたに違いない。

 

「な、なんだ……?」

 

「モースの旦那の知り合い……か?」

 

「彼らは……。ここに匿っていたんですね、モース」

 

「ぐぅ……。ええ、そうです導師イオン。クリムゾン様に頼んでここで保護して頂いています。というか、降りなさい。ここは廊下であってベッドではないのです。いつまでも寝転がっていられませんから」

 

 私はそう言って上に圧し掛かっている緑色の塊に手をかける。少し抵抗するようにしばし私の胸元に顔を押し付けていた顔が上がり、翠色の瞳と私の目が合う。

 

「えへへ、久しぶりだね、モース!」

 

「お久しぶりです、フローリアン。それに他の皆さんも」

 

 私がダアトを脱してまだそこまで長い時間が経っていないにも拘わらず、この翠の兄弟達と会うのは随分久しぶりな心地がした。

 

 


 

 

「さて、シュザンヌ様への挨拶もそこそこに皆さんに説明しなければならないことが沢山ありますね……」

 

 フローリアン達を何とか宥めすかし、当初の予定通りシュザンヌへの挨拶を済ませた私達は、食堂に集まっていた。ツヴァイ、フローリアン、フィオが椅子に座った私に引っ付いており、さながら緑色のミノムシのような様相を呈してしまっている。それを目を白黒させてみているのがルークとガイ、ティアにアニス。表情こそ変えていないものの何か言いたげな目をしているジェイド、そして淡く微笑んでいるイオン、最後に隅でそれを見守るクリムゾン。何とも言い難い雰囲気が食堂に漂っていた。

 しかもこの空気はシュザンヌと顔を合わせているときから続いていた。何しろフローリアン達はシュザンヌの私室に我が物顔で入り、部屋の主と仲睦まじく言葉を交わしたかと思ったらベッドに上がりこんだりとやりたい放題だったのだ。そしてそれをまた嬉しそうにシュザンヌが受け入れているものだからルーク達の驚きは推して知るべしである。

 

「あ~、そのモース。この子達は、もしかして……?」

 

「ルーク様の御察しの通り、導師イオンのレプリカ達ですよ」

 

 躊躇いがちに発されたルークの言葉を私は努めて軽い口調で肯定した。深刻な話ではあるのだが、あまりこの子達にそういう負い目を感じさせたくはないからだ。

 

「彼らはそれぞれ導師イオンの2番目、3番目、4番目のレプリカ達です。皆さん、自己紹介を」

 

「ツヴァイ」

「フローリアンだよ!」

「兄弟一のしっかりものと評判のフィオ」

 

「今は不在ですが、5番目のレプリカもいます。名をフェムと言います」

 

 私が促すと三人ともそれぞれの特徴が良く分かる名乗りを上げてくれた。ルーク達も早く彼らの見分けがつくようになって欲しいものだ。

 

「ええっと、じゃあ、イオンは……」

 

「その通りです。僕もレプリカです。導師イオンの、七番目のレプリカ」

 

「末っ子」

「イオンもこっちにおいでよー」

「苦しゅうない、頭を撫でてしんぜよう」

 

「……衝撃の事実のはずなのに緊張感が無いな」

 

 イオンの言葉に三人が揃って茶々を入れるものだからガイが脱力したように肩を落とした。

 

「あの、モース様は彼らをずっと見てきたのですか?」

 

「その通りです、ティア。導師イオンのレプリカの中で第七音素(セブンスフォニム)を扱い、導師としての才があったのは今のイオン様のみでした。それまでに作られた他のレプリカは廃棄される予定でした。最初に生み出されたレプリカを救うことが出来なかった私は、せめて彼らだけでもと思い、秘密裏に教団内で匿っていました」

 

「だから時々どこに行ってもモース様が見つからないことがあったんですね~」

 

 私の言葉にアニスが得心がいったようにうんうんと頷いていた。開示された事実に対して彼女の反応が軽すぎると思ったが、それは彼女なりの気遣いなのだろう。

 

「申し訳ありません、導師イオン。こんな形で事実を明らかにしてしまい」

 

「構いませんよ、モース。何よりナタリアは既に知っていましたし。僕も今日皆さんに告白するつもりでしたから」

 

 頭を下げた私をイオンが手で制した。

 

「それにしても、4人もよく一人で隠して育てることが出来ましたね」

 

「私一人の力ではありませんよ。ディストの力も大きかったです」

 

「ディストが、ですか……。どうやら私は、知らぬ間にあの鼻たれの幼馴染に大きく水をあけられてしまってるようですね」

 

 ジェイドが驚きに目を瞠った後、自嘲するように笑った。彼と行動を共にするようになってから感じたことだが、私の記憶のジェイドよりも、今の彼は自嘲する癖が強いように思える。彼が年長者として周りを慮った言行をしてくれることは喜ばしいことなのだが、だからと言って自信を失ったような彼の姿はどこか痛々しさを感じた。

 

「ジェイド、そう自分を卑下しないでください。あなたはどうやら自分の力を過小評価しているようですね。まったく、いつもの自信は何処に行ったのですか」

 

「……ふっ、誰に似てしまったのでしょうね」

 

 ジェイドはそう言って肩を竦めて笑った。本当に一体誰に似たのだろうか。ルークの心が守られた代わりに、今度はジェイドが自信を見失ってしまったと言うのか。

 

「ま、私のことはさておいて。ダアトで保護されていた彼らがどうしてファブレ公爵家に?」

 

「それについてはアリエッタと、恐らくシンクとディストのお陰です」

 

「アリエッタ?」

 

「ええ、ダアトに捕らわれていたナタリア殿下と導師イオンを救出した際にアリエッタが追いかけてきまして。そのときに彼女にフローリアン達をダアトから連れ出してファブレ公爵家に送るように依頼したのですよ。私がダアトから離れてしまえば遠からずこの子達の存在がオーレルやヴァンに露見する。そうなったときにこの子達が彼らの企みに利用されるわけにはいきませんから」

 

「屋敷に突然この子達を伴って六神将の一角が現れたときは王城の兵を出すかどうかという騒ぎになるところだった。アリエッタがモースからの手紙を持っていたお陰で受け入れることが出来たがな」

 

「その節はお世話を掛けました、クリムゾン様」

 

「……何だか情報量が多すぎて頭が混乱してきたわ」

 

「ティアの言葉も御尤もだ。一旦各々が頭を整理するために休憩時間にしないか?」

 

 こめかみを押さえて目を伏せたティアにガイが同調してこの場は一旦お開きとなった。確かにルーク達にしてみればいきなり明かされた情報が多すぎて消化不良を起こしてしまいそうなのだろう。その気持ちは良く分かる。私も同じ立場だったら驚きの余り卒倒していたかもしれない。

 

「ところでモースの旦那、ずっと気になっていたんだが……」

 

「おや、どうしましたガイ?」

 

 皆が食堂を出ようかとしたところで、思いついたようにガイが私に声をかけてきた。

 

「いや、大したことじゃないんだが。重たくないのか? それ」

 

 そう言って彼が指差したのは私にピッタリと引っ付いて離れない三つの翠色。さっきから静かだと思ったら私の膝の上を占領してすやすやと寝息を立てていた。

 

「……運ぶのを手伝って頂けますか?」

 

「ああ、分かった。大変だな、お父さんってのは」

 

 そう言って私とガイは苦笑いを浮かべた。




スキット「大詠師の隠し子疑惑?(解決編)」

「それにしても、まさかの事実だったなぁ、ルーク」

「イオンがレプリカだったことか? 確かに驚いたけど、でもイオンはイオンだろ、ガイ」

「いや、それもあるんだがな。前にも言ってた大詠師モースには実は隠し子がいたって話、あれが事実だったってことがな」

「そっちかよ!」

「「!?」」

「何でティアもアニスも確かに!? みたいな顔をしてるんだ……」

「あの子達と話しているモース様、確かに私達と話してる時とも違ったもんね」

「そうね。モース様がどこか安心する雰囲気をされているのはそういうことだったのね」

「アニスちゃんも早く皆の見分けがつくようにならないといけないなぁ。イオン様も含めると四つ子? 五つ子? ふみゅぅ~、皆が並ぶと自信無くなるなぁ」

「話したら分かると思うのだけれど、黙って並んでいたら分からなくなるわね……」

「モース様は皆の見分けついてるみたいだし、何かコツとかあるのかなぁ?」

「ずっと見てきたから自然と見分けられるようになったのかもしれないけれど、コツがあるなら聞いてみたいわね」

「おっと、軽い気持ちで振った話が意外と大ごとになるかもしれないぞ」

「俺は知らねーからな、ガイが何とかしろよ……」

「おいおい、冷たいじゃないかルーク」

「だって今のティアとアニスに触れるのはヤバいって勘が言ってるし」

「ハハハ、大袈裟だなルーク」

「ま、アニスちゃんは導師守護役だからイオン様と一緒にこれからもモース様に会う機会があるし、これから追々知っていけば大丈夫かなぁ」

「む……、私もモース様直属の情報部隊所属なのだから、それこそこれから知る機会はたくさんあるわね」

「む……」

「……どうやらルークが正しかったみたいだな」

「ティアとアニスは前からモースが絡むとどっかおかしくなるんだよな」

「優しい親戚のおじさんが自分の子どもにばかり構って放っておかれている子どもみたいですねぇ」

「ちょ、旦那やめろ! 無暗に刺激するな!」

「大丈夫ですよ、モース様が何とかしてくれるでしょう」

「たまにジェイドってモースに対して厳しいときあるよな……」

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