「まったく、崇高なる私の研究を邪魔してまで呼び出すなど、よほど重要な案件なのでしょうね?」
ハイマン君に連れられてやってきた彼は相変わらずの皮肉屋であった。いつもと変わらぬ花弁のような長い襟、ゴテゴテとした椅子に針金のように細い手足の彼が腰かけ、腕を組んでいる姿はカマキリを彷彿とさせる。いや、人の趣味をとやかく言うのは良くないことだが、そのセンスはどうかと思うのだ、ディスト。
「急にお呼び立てして申し訳ありません。どうしてもあなたにお願いせねばならないことがあったものですから」
「……あなたがそう言う案件といえば、導師のレプリカ達のことですね?」
私が切り出す前に彼はその意を得たりとばかりにニヤリと笑った。彼は確かに天才なのだ。その嗜好はともかくとして。
「その通りです。数日ほど留守にしますので。その間彼らの面倒を見てあげて欲しいのですよ」
「やれやれ、確かにあの施設を知っている人間は限られていますがね、だからといって私を便利に使いす……」
「私の権限であなたの研究に予算を回しますの「お任せなさい!」」
交換条件を言い終わる前に輝かんばかりの笑顔で了承を告げられた。私がやむを得ない仕事でダアトを離れることがある度にこのやり取りは繰り返されてきた。どうせ減らされる予算は私の公務に充てられる予算だ。キムラスカやマルクトの都市を訪れる船賃や馬車賃、宿代はこの予算から捻出されるらしい。普段使うあても暇もない給金が余っている私はそれを使ったことが無いが。
「ええ、ではよろしくお願いしますね。それと、私がお願いした研究についてもこの機会に進行状況を教えてください」
「はぁ~? そんな簡単に成果が出るわけがないでしょうが。まだ研究開始して一年半程度ですよ? 前例も無い手探り状態なのですから、まだまだ分からないことだらけに決まっているでしょう」
私の言葉にディストは呆れを隠す気もなく大きなため息をついた。そんなものなのだろうか。しかし、彼らに残された時間は多くないのだ。
「すいません。気が急いていました」
「……ま、気持ちは分かりますがね。レプリカの寿命問題の解決なんて片手間にやるにしては難解すぎるんですよ。スピノザも頑張ってはいますが、私と比べれば素人ですからね。やはりジェイド、ジェイドが必要です。ネビリム先生を安定化させて復活させるためにも」
気落ちしたことが声だけでなく表情にも出ていたのか、ディストにしては珍しく私を慮るような言葉をかけてくれた。とはいえ、ジェイド・カーティスですか。確かにディストの言う通り、フォミクリーの生みの親である彼の知見があれば研究の進みは飛躍的に早まるだろう。しかし、彼自らがフォミクリーを禁忌として封じたのだ。そんな彼に協力を願い出たところで拒否される未来しか見えない。
「彼に協力を依頼するのは難しいでしょう。彼自身がフォミクリーを忌むべき技術として封印してしまったのですから」
「そうは言いますがね、正直今の状況ではあなたの求める成果は得られませんよ。サンプルがあまりにも少なすぎます。レプリカイオンを実験に使うのはあなたの本意ではないのでしょう?」
「当たり前です」
「甘いですねぇ。技術の進歩には膨大なサンプルが必要なのですよ。なのにその貴重なサンプルを使うことを許さないと言うのですから」
どこか嗜虐的な光を秘めたディストの目が私を射抜いた。つい先ほどまでジェイドジェイドと悔し気な表情をしていたというのに。しかし、その目から逃げることは許されない。確かに彼の言う通りこれは私のエゴでしかないのだから。
「私の甘さ、エゴについては言われるまでも無く自覚していますよ。それでも、果たすべき役割というものがあるのですよ」
「……はいはい、やってあげますよ。レプリカ達の面倒も任せなさい。柄じゃありませんが、報酬分くらいは働くことにしましょう」
「ありがとうごさいます、手間をかけさせて申し訳ありません」
礼などいらないとばかりに手をひらひらと振りながらディストは踵を返して部屋を出ようとする、直前で止まり、顔だけをこちらに向けた。私を見るその目はどこか無機質だ。
「あなたの果たすべき役割、それはあなた方の奉ずる
「……いえ、これは私がそう在るべきと私に課したものですよ。
「そうですか……」
ディストは満足気な表情を浮かべると今度こそ部屋を後にした。
「――――では、私が留守の間は任せましたよ、詠師トリトハイム」
「ええ、確かに承りました」
ディストと話した後、私は引き継ぎも兼ねて詠師トリトハイムのもとを訪れていた。彼は私が不在の間、私に代わって教団を取り仕切る立場にある。他にも詠師はいるが、彼がそれを任されるのは偏に彼の人柄によるものだろう。実務能力は当然のことながら、導師派と大詠師派が水面下で火花を散らす中、中立派をまとめあげ、巧みな調整能力と敵を作らない柔らかな物腰で衝突が表面化することを防いでいる。
「しかし、モース様もお忙しいですな。グランコクマまで赴くことになるとは」
「仕方ありません、難民の受け入れに関しても説明をする必要はありました。皇帝陛下にお会いするのに他の者に任せるわけにもいきますまい」
「ハハハ、確かにその通りかもしれませんな」
彼と話しているときは私も普段より穏やかな気持ちで話せている気がする。彼が醸しだす雰囲気がそうさせるのだろうか。その人の好さ、能力に頼って私も彼に多くの仕事を任せている自覚はある。
「詠師トリトハイムにはいつも仕事を任せてしまって申し訳ない。きちんと休めていますか? 仕事を任せてしまっている私が言うのも何ですが、身体を休めることも大事なことですから」
「それを言うならモース様こそあまり休んでおられないでしょうに。教団の実務取り仕切りに加えて大詠師派の舵取り、導師様のご公務まで管理されているのですから、忙しさは私の比ではないでしょう」
「私は良いのですよ。相応の地位に就いてしまったからには相応の仕事があるものです」
「では、私も相応の地位に相応しく仕事をしているのですから大丈夫ですよ」
「ぬぐ……」
トリトハイムはしてやったりといった顔で言葉に詰まった私を見た。流石の口の巧さである。彼が本気になったらとてもではないが口論で勝てる気がしない。
「繰り言になってしまいますが、モース様もキチンと休みをとるべきです。ハイマンが言っていましたよ。いつ休んでいるのか分からないと。たまには一人のダアト市民として過ごすことも、必要なことです」
「……そうですね。グランコクマから帰ったら、休みをとってみましょうか」
それが叶わないと私は知っているが、口にする。私がグランコクマから帰れば、ジェイドの手によって導師イオンはダアトから抜け出し、私はヴァンに命じてそれを追わせる。そして私の下についたヴァンの妹に第七譜石の探索を命じ、救世の旅が始まるのだ。
「では引き継ぎに関してはハイマン君からもお願いしておきますので。私は執務室に戻ります」
「ええ、今日はもう仕事を早く終わらせてゆっくりお休みください」
詠師トリトハイムへの引き継ぎを終わらせ、彼の部屋を後にする。自分の部屋へと向かう道すがら、私は自らの思考に没頭していた。
旅が始まってからの私がどのように動いていたのか、私には分からない。記憶の映像は常にあの
ならば私もそうするべきだろうか。出来る限り犠牲は少なくしたい。だが、ローレライが地殻から解放され、人々が
記憶の通りの悲劇を起こさないために私がしなければならないことはそれこそ山のようにある。
レプリカの寿命問題、コンタミネーション現象の解決。アクゼリュス崩落に伴う犠牲の軽減。アッシュとルークの確執の解消。シンク、導師イオンの生存、キムラスカとマルクトの開戦回避もしくは開戦までの時間稼ぎ、パッセージリングの操作に伴うティアの体内への障気蓄積への対応もしなければ。そしてこれらのほぼ全てにおいてあのディストの協力が不可欠なのだ。とはいえ彼の能力、時間にも限度はある。
「私は第七音素を取り入れて死ぬ前に忙しさで死んでしまうのかもしれないな」
あるいは異形と化さずともルーク達一行に討たれてしまうのかもしれないが。ナタリア王女とインゴベルト六世陛下がより強固な絆で結ばれ、キムラスカを
「報いを受けるとしても、出来れば苦しまずに死にたいものです」
この罪深い身が裁かれることに否やは無い。だが、耐えきれぬ苦痛の中で死にたくないという我が儘くらいは叶えてもらいたいものである。