「これが
「俺達が過ごしてる足下にこんな世界があったなんてな。あらかじめ聞いてなかったら腰抜かすところだ」
そう言って驚きを露わにするアルビオールの座席に腰かけた二大国の長達。
ピオニー陛下の驚くべき行動力によって、グランコクマに到着して半日後には再び私達はバチカルへと飛び立っていた。
「善は急げと言うだろ? それに、面倒な横槍を入れられる前に動かないとな」
とは当のピオニー陛下の言だ。そして道中でユリアシティに寄ってティアと導師イオンを降ろし、バチカルにとんぼ返りした私達は、その早さに驚くインゴベルト王を急かしてアルビオールに乗せると、再びアクゼリュス崩落の跡地からユリアシティがある
「この
「そうです。少しの間ならば問題は無いですが、長く晒されると身体の内部からボロボロになってしまう毒の空気です」
「これに、我が国の民達は、アクゼリュス市民は苦しめられていたのだな……」
ルークの言葉を聞いたインゴベルト王が考え込むように自身の膝に視線を落とす。
「おいジェイド、ユリアシティで会談をするというが、障気は大丈夫なのか? バチカルへの道中で一回寄ったときも特に体調不良も無かったから大丈夫だとは思っちゃいるが」
「ご安心を。ユリアシティとその周辺は障気の影響を受けません。ユリアシティまでの道中程度ならば障気も害を及ぼすほど吸うことはありません」
「なら一安心ってところか。俺はともかくインゴベルト王に何かあっちゃ困る」
ピオニー陛下はそう言って安心したように席に身を沈める。何かあっては困るのはピオニー陛下もそうなのだが、彼はあまり自身には頓着しないところがあるから困る。
そうこうしているうちに
「ユリアシティ、監視者の街ねぇ。こんなところでずっと暮らすってのはぞっとしないな」
旋回しながらユリアシティに近づくアルビオールの窓から外を眺めながら、ピオニー陛下は独り言のようにそう呟いた。
「ローレライ教団にとってここまでするほど大事なもんなのかね、
「大多数がそう思っているからこそ、ユリアシティが存在するのでしょう。それに、この街があったからこそアクゼリュス崩落に巻き込まれたルーク達が再び外殻大地に戻ってこられたのです」
「ま、どんな物にだって功罪はあるわな」
「
「おやおや、随分と危険な発言だな」
ピオニー陛下からの問い掛けに私は思ったままの言葉を返す。それを聞いた陛下は言葉とは裏腹に楽し気な表情で私を見つめ返す。
「食えない奴とは感じていたが、思った以上だったな。お前が大詠師だった頃にはそんなことを考えていたなんておくびにも出していなかった」
「腹芸の一つや二つはこなせませんと大詠師とは名乗れませんからな」
「だったらお前の後任は大詠師失格だな」
くつくつと笑う陛下につられて私も笑みを浮かべる。望外の評価にむず痒さはあるものの、彼のような人間に評価されるというのは正直に言って嬉しいものだ。それが特に私が記憶から離れたところでのものであれば。
「お二人とも、ユリアシティに到着いたしますわよ」
ナタリアの言葉に意識を外に向けると、アルビオールがユリアシティに入港しようとしているところだった。目を凝らしてみれば、港には導師イオンとティア、そしてユリアシティを治めるテオドーロ市長が待っているのも見えた。
「ピオニー陛下、インゴベルト陛下、よく来てくれました。ローレライ教団の導師として、この和平会談の立会をします」
「ユリアシティ市長のテオドーロと申します」
「出迎え感謝する。実りある会談にしたいものだな」
導師イオンとテオドーロが両陛下と挨拶を済ませると、私達は早速場所を会議室へと移して会談をスタートさせた。
キムラスカ陣営はインゴベルト陛下、クリムゾンの二名。マルクト陣営はピオニー陛下とジェイド。両者の仲介としてテオドーロ市長、導師イオン。そして卓から少し離れてルーク達がそれを見守る形で会談は進む。私は今は教団関係者ではないにも拘わらず、何故かテオドーロの左隣に配置されて会談の進行役を務めることになってしまった。教団関係者では無いと主張しても誰も取り合ってくれず、最終的に折れるしかなかった。
「では、これよりキムラスカ、マルクトの和平会談の開催を宣言いたします。進行としてはまず和平にあたって要求事項の折衝と和平条約の締結、その後、二国間の協力に関する話をルーク達からして頂きます。よろしいですか?」
「おう、問題ないぜ」
「こちらも問題ない」
「では、最初にルグニカ平野での戦いにおける両国の捕虜交換について……」
会談は滞りなく進行し、条約調印の段へと進む。これが終われば今回の会談の目的は達成だ。後は両陛下から大陸降下作戦とその後の世界の舵取りに関する合意をもらうだけになる。
「ちょっと待った」
だがそこに待ったをかける声が割って入る。声を発したのはガイ。今まで壁にもたれかかって沈黙を保っていた彼だが、今まさに調印が行われようとしたタイミングで動いた。
「ホド戦争の前にも似たようなことをしていたよな。今度はちゃんと守れるのか?」
「……ホドのときとは状況が異なる。あのときは
「
私の記憶とは異なり、ガイは剣こそ抜くことはなかったものの、拳をテーブルに叩き付けた。インゴベルト王の前に置かれていたコップが跳ね、倒れて中身をテーブル上に撒き散らす。
「
「落ち着け、ガイ。ガルディオス家の遺児。その殺戮を実行したのは他ならぬ私だ。裁きを求めるのなら、後で私の首でも何でも持って行くがいい」
そんなガイに待ったをかけたのはインゴベルト陛下の隣に控えたクリムゾンだった。ガイはクリムゾンの顔を見て目を丸くしている。
「な、気付いて……!?」
「最初は知らなかったとも。どこぞのお節介な大詠師の助言に従って調べた結果だ。ガルディオス家はファブレ家の仇敵だった。そこに嫁いだ親戚筋のユージェニー・セシルがホド侵攻の際に私に情報を流すはずが、彼女はキムラスカを裏切り、情報を流さなかった。侵攻に際して後の禍根とならぬようガルディオス家を滅ぼさんと決めたのは陛下ではなくこの私。お前が恨むべきはこの私だろう」
「……ガルディオス家の宝剣をこれ見よがしに庭先に飾っているのは戦利品自慢ってか?」
「そうではない。あのホド侵攻によってガルディオス家の血は途絶えた。私はガルディオス家を滅ぼした仇敵だ。だが、だからこそガルディオス家があったことを忘れてはならない。この世の誰が忘れたとしても、私だけは語り継がねばならないのだ。ホド戦争で刃を交わしたガルディオス家の強さと誇り、そして己の血塗られた歴史を。そのための戒めだよ、あの宝剣は。もちろんお前が望むならあの宝剣は譲ろう」
視線だけで射殺してしまいそうな鋭さを孕むガイの視線にも、クリムゾンは動じることなく言葉を紡ぐ。それを傍から聞いていたピオニー陛下が組んでいた腕を解き、会話に割って入った。
「ガイラルディア。恨むべきは俺かもしれんぞ?」
「陛下……?」
「ホドを消滅させることを決めたのは先帝、俺の父だ。ホドでは超振動を利用した兵器開発が行われていたからな。キムラスカが侵攻してきたときにホド諸共証拠隠滅をさせたってわけだ。そうだな、ジェイド?」
「そうですね。被験者にはフェンデ家の人間が使われていたと記録が残っています。ガイ、あなたならこの意味が分かるでしょう?」
「フェンデだと!?」
ジェイドが発した言葉にガイがこれまでの発していた怒りを霧散させ、驚きを露わにする。恐らくこの場でガイが何故驚いているかを理解しているのはマルクト側の人間ではピオニー陛下とジェイド、キムラスカ側ではクリムゾン。そしてルーク一行の面々では私とティア、イオンくらいだろうか。
「だから奴は超振動に対する理解があった。そしてルークを利用出来たってことか」
「ガイ……? フェンデって一体」
「ヴァンのことだよ、ルーク。奴の本名はヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。ガルディオス家に代々仕える護衛の家系だよ」
「ま、マジかよ!?」
ガイに説明され、ルークと他の面々も理解が出来たのか、表情を変える。
「……ふむ、横から口を挟んで申し訳ありませんが。話が少し横道に逸れているご様子。今一度皆さま冷静になられてはいかがかな?」
会話が無くなった一瞬の隙に、テオドーロがその場の流れを矯正しようとする。ガイもその言葉にテーブルから手を離し、壁にもたれかかる。
「元から誰にも手を出すつもりはなかったんだがね。すまなかったな、騒がしくしちまって」
「……ふむ、では改めて調印を進めましょうか」
私がそう言った途端、会議室の扉が轟音を立てて揺れた。
「っ!? 何だ?」
会議室の扉は外部からの邪魔が入らないように内側から固く閉ざされている。だが、この轟音の主はその意図を無視して扉を破壊せんばかりの音を立てる。
そして幾度目かの轟音の後、悲鳴のような音を立てて扉の鍵が弾け、内側に拉げる。そこから姿を見せたのは、ある意味予想通りな、しかし予想外の乱入者だった。
「マルクトとキムラスカの王に重鎮、ローレライ教団の導師と元大詠師。なるほどなるほど、揃い踏みの和平会談というところか」
「あなたに招待状を送った覚えは無いのですがね……ラルゴ」
「フッ、固いことを言うなよモース。バチカルのときに付けられなかった決着をつけようじゃないか」
大鎌を構えた漆黒の巨漢は、そう言って会議室を愉快そうに見渡したのだった。