大詠師の記憶   作:TATAL

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黒獅子と私

「陛下たちはこちらに!」

 

 ルークの誘導で貴人たちは会議室の奥へと避難する。唯一の出入り口がラルゴによって塞がれてしまっているため仕方ないのだが、もしラルゴを退けられなかったら一網打尽になってしまう。

 

「あの時吐いた大言、忘れたとは言わせんぞ」

 

「案外根に持っているのですね、ラルゴ。そこまで執着深いとは思っていませんでしたよ」

 

 ラルゴと向かい合ってその一挙手一投足を見逃さないようにしながら口を開く。ローブの下に隠したメイスには既に手をかけている。私単独でラルゴと渡り合えるとは思ってはいないが、ルーク達には陛下の護衛をしてもらわなければならない。

 

「ラルゴ、あなたはそこまでヴァンに義理立てする理由があるのですか」

 

 ルーク達の後ろから、イオンがラルゴへと問う。私は彼が預言(スコア)を憎み、ヴァンのレプリカ計画に加担することになった理由を知っている。しかし、それは本来私が知り得るはずが無い情報であり、今それを明かせばラルゴは余計に頑なになることが予想出来るため、説得材料には出来ない。

 

「フン、人形の分際で一丁前の口をきくようになったな」

 

 ラルゴはそう言ってイオンの言葉を一笑に付す。イオンの説得に耳を貸さないのはまだいい。だが、彼が発した言葉は聞き捨てならない。

 

「今導師イオンのことを人形と呼びましたか、あなたは」

 

「事実だろう。導師も、お坊ちゃんも計画の為に生み出された人形でしかない。それにむやみやたらと肩入れするのは理解出来んな」

 

 ラルゴの顔は、心底からそう思っていることを物語っていた。彼にとってルークも、導師イオンも一人の人間ではない認識のようだ。彼がそう思っている限り、私が彼と歩み寄れる可能性は無いということがハッキリした。成功する目算が低くとも説得という手段も考えてはいたが、たった今その手段を取ることは無くなった。

 

「ルークや導師イオンが人形とは、おかしなことを言うものですね。それを言うならラルゴ、あなたの方がよっぽど人形に相応しい」

 

「……なに?」

 

 挑発として放った言葉にラルゴは安易に激昂することは無かった。だが、大鎌を握る手に力が籠もったの私は見逃さない。

 

「自身の復讐心をヴァンに委ね、ヴァンに言われるがままに動く。あなたの行動にはあなた自身の決定が一つも介在していないではありませんか。それを人形と呼ばずに何と言いますか? 少なくともルークも、導師イオンも自分達で選択した結果この場に立っているのです。それを人形だなどと、無価値だと断じる権利は少なくともあなたにはありませんよ」

 

「……バチカルのときといい今といい、口だけは達者だなモース。お前のそれに乗せられて俺が冷静さを欠くとでも思ったか?」

 

「思っていませんよ。ただ我慢ならないから言ったまでのこと」

 

 そう言いながら私はローブの中からメイスを取り出し、右手で構えて姿勢を低くする。ラルゴもそれに合わせて大鎌を両手で構える。

 

「それに、どうせあなたは陛下やルーク達を害することなど出来ません」

 

「ほう、大層な自信だ。俺と渡り合えると思っているのか」

 

「まさか、ですがあなたをここに足止めするくらいなら問題ありませんよ!」

 

 その言葉と共にメイスの柄尻を床に叩きつけ、ラルゴが反応してこちらに突っ込んでくる前に会話の最中に励起させた音素(フォニム)を解き放つ。

 

「守護氷槍陣!」

 

 床から鋭利に尖った氷の刃が形成され、私とラルゴを取り囲む。本来この技は自身を中心に氷の槍を地面から生やすことで周囲の敵を氷で拘束し、同時に砕いた時の氷の礫で攻撃するという技だ。私はそれを自身とラルゴを中心に発生させ、なおかつ氷槍を維持することで会議室の中でありながら私とラルゴを周囲から隔離した。

 

「な、貴様……!」

 

「あなたならば砕くことは容易いでしょう。ですが、敵に背を向けて悠長に氷を割るほどあなたは危機感が無いわけではないでしょう?」

 

 忌々し気な表情のラルゴに向かって、私はにやりと不敵に微笑んで見せる。もちろんこの氷の牢獄は永遠に続くことはない。そもそも氷槍の維持のために私の音素(フォニム)は常に消費されているし、意識を失ってしまえば容易く崩れ落ちてしまう脆い陣でしかない。ただ、時間を稼ぐことが出来れば私の勝ちだ。

 

「ルーク! 陛下達を連れてアルビオールへ!」

 

「モース! アンタはどうするんだ!」

 

「私よりも陛下達の心配をしなさい! それにラルゴがここに来たということはタルタロスにも敵の手がかかっている可能性があります。早く行きなさい!」

 

 そう、アルビオールでルーク達がユリアシティを脱出してしまえばラルゴにそれを追う手段はない。何より、ここにラルゴが乗り込んできた以上、シェリダンにも敵の手がかかっている可能性が高い。ファブレ公爵家の私兵がシェリダンに派遣されているとはいえ、ヴァンやリグレットが直接乗り込んできたときのことを考えれば心もとない。ならば今の最善手は私がここでラルゴを足止めしてルーク達を急ぎシェリダンに送り込むこと。

 

「行きましょう、ルーク」

 

「ジェイド!?」

 

「彼の言うことも尤もです。ここでじっとしていればいるほど、私達に残された時間が無為に削られてしまう」

 

「行くしかないか。ルーク、ジェイドの旦那の言う通りにインゴベルト陛下を。死ぬんじゃねえぞ、モースの旦那!」

 

 ガイとジェイドが他の面々を素早くまとめ、私とラルゴを躱して会議室の外へと飛び出して行く。それを見届けても、私は展開した陣を解除することはしない。ここに乗り込んできたのがラルゴ一人の保証もない。ならばラルゴを逃がすのはあり得ない。少なくともアルビオールでルーク達が脱出するまではここに留めてみせなければならない。

 

「……まさかここまでするとはな。俺は少しお前を見誤っていたようだ」

 

「今更何を言うのですか、ラルゴ」

 

 目の前に佇むラルゴは、隙を一切見せないながらも、その目には感心したような光を湛えていた。

 

「少なくともお前は守るべきもののために本当に自身を投げ出せる男だったというわけだな」

 

「それが私が自身に課した役目ですから」

 

「……もう少し早く貴様と腹を割って話していればと思うばかりだ、な!」

 

 言うや否やラルゴがその巨体に見合わぬ速度でこちらに吶喊してくる。それを真正面から受けることなど出来る訳が無い。私は真横に飛び込み、ゴロゴロと床を転がって避ける。

 

「その程度ではなぁ!」

 

 だが、ラルゴは強靭な足腰で慣性を無視した急制動をかけると、大鎌を床に転がった私めがけて振り下ろす。大鎌は、その形状から盾以外で真正面から受けることがほぼ不可能だ。ならば出来ることは限られる。

 振り下ろされる鎌の横っ面をメイスで力一杯弾き、その軌道を無理矢理逸らす。大鎌の切っ先が私の顔のすぐ横に突き刺さり、その力に耐えかねて割れた床材が飛び散って私の頬を少しばかり切り裂いた。

 

「正面からやり合って勝てると思うほど私は自惚れてはいませんよ!」

 

 床に突き立った鎌をラルゴが引き抜くそのわずかな隙に立ち上がって体勢を整えると、全身に力を籠めてラルゴの懐に潜り込む。

 

「獅子戦吼!」

 

「ぬぅ!?」

 

 闘気を全身に纏い、獅子の顔と見紛う迫力を以てラルゴに叩き付ける。本来はその勢いで相手を吹き飛ばす奥義だが、私の未熟故かラルゴの能力の高さ故か、身体が僅かに傾いた程度の衝撃しか与えられなかった。しかしそれは織り込み済みだ。ここで終わらせるつもりは元より無い。

 私はラルゴに肉薄した体勢から掌を彼の腹に押し当て、そこに気を集中させる。

 

「烈破掌!」

 

「ぐぉ!」

 

 やはり吹き飛ばすまではいかなかったが、ラルゴがたたらを踏むように二、三歩後退った。

 

「……クックック。驚いたな。まさかここまでやれるとは思わなんだ」

 

 大したダメージを与えられていないことは承知の上だったが、それでもここまで余裕そうな表情をされてしまうと力が抜けてしまいそうになる。とはいえ、最初から勝てるつもりで戦いを挑んでいるわけではない。少しでも足止めを、そしてラルゴにダメージを蓄積させればいい。

 

「お褒めいただき光栄ですね。まだまだ行きますよ!」

 

「やらせるか! 火竜爪!」

 

 距離を詰めようとした私をけん制するようにラルゴが大鎌を横薙ぎに振るう。その軌跡をなぞるように炎が生まれ、私は距離を詰めることを諦めざるをえなくなった。

 

「今度はこちらの番だ。烈火衝閃!」

 

 ラルゴの鎌の一振りと共に、彼の前から放射状に五発の火炎弾が放たれ、私に殺到する。その全てを避け切ることは難しいと判断し、顔や体の中心線に沿った急所への防御に集中する。結果、顔を庇った腕を火球が襲うが、私のローブはこの程度の炎で焼け落ちたりはしない。しかし、火球が直撃した衝撃までを殺すことは出来ない。

 

「足が止まったな?」

 

「しまっ……!」

 

「獅吼爆炎陣!」

 

 その隙をラルゴが見逃すわけが無い。ラルゴの身体から私のそれを遥かに凌駕する闘気が放たれ、獅子の顔を模す。物理的な衝撃を伴って私に襲い掛かったその闘気は、最後には爆発して私の身体を枯れ木のように吹き飛ばす。

 

「かっ、は!」

 

 自身が生み出した氷壁に背中からぶつかり、その衝撃で肺から空気が絞り出される。衝撃と酸欠によって意識がホワイトアウトしそうになるも、奥歯を噛み締めて辛うじて繋ぎ止める。が、身体は私の意に反して床に倒れ伏したまま動いてはくれない。

 

「お前の力は認めよう、モース。確かにそこらの兵士じゃお前には勝てんだろう」

 

 ゆっくりと一歩一歩踏みしめるように、ラルゴがこちらに歩み寄ってくる。

 

「俺とて万全の状態のお前を相手にしていたならもっと苦戦したことだろうよ」

 

 だが、と彼は続ける。

 

「今のお前はこの氷壁の維持に力を割いているせいで全力を出すことが出来ていないだろう。そんな状態では六神将の俺には勝てん」

 

 そして倒れ伏した私の前で立ち止まり、どこか口惜しそうな表情で私を見下ろした。

 

「殺しはせん。お前にはまだ利用価値がある。少し動けなくなってもらうだけだ」

 

 そう言って大鎌を振り上げる。刃が逆側を向いていることから殺すつもりはないという彼の言葉に嘘は無いだろう。私の意識を奪うのが目的の一撃。だが、まだそれを受けてやるわけにはいかない

 

「そうやって、勝ちを確信するのは、早計ですよ!」

 

 大鎌が私の頭を捉える直前。私の身体はまるで重力の働く向きが変わったかのように横に吹き飛んだ。

 

「なんだと!?」

 

「ぐぅぅ! 私が陣の維持に集中して譜術を使えないというのは確かですがね、それはあくまで戦闘に耐えられるレベルの術行使の話。多少の小細工程度なら出来ますとも」

 

 私がしたことは単純だ。私の得意とする譜術、アイシクルレインを()()()()()()()()()()()()。先端を鋭利にしていなければ私の腹を貫通することは無い。とはいえ、鈍器のような氷が私自身にぶつかったのだからダメージは無視できない程に大きいのだが。

 

「さあ、仕切り直しといこうじゃありませんか」

 

「面白い。やはりお前は俺達の仲間に迎えておくべきだった」

 

 足はまだ多少ふらつくものの、先ほどのように動けないわけではない。メイスを構えてラルゴに向かい合う。ラルゴは獰猛な笑みを浮かべると、大鎌を構えて私に吶喊してくる。

 

「地龍吼破!」

 

 大鎌の柄が床に叩きつけられ、鋭利な破片が私に殺到する。

 

「岩斬滅砕陣」

 

 それに対応して私もメイスを床に叩きつけ、破片を飛ばして迎撃を行う。今度はそこで終わらせるつもりはない。ラルゴがこちらに肉薄しきる前に、逆にこちらから距離を詰める。

 

「流影打!」

 

「くっ、甘いわ!」

 

 そしてそのままメイスでの連撃をお見舞いする。ラルゴの右肩、左わき腹、そして右足を狙って繰り出された三連打は、初撃の右肩には入ったものの、残りの二打は有効打とはならず、大鎌の柄に防がれる。

 反撃とばかりにラルゴの大鎌が振り下ろされるが、メイスで弾き返す。だがその隙にラルゴの蹴りがねじ込まれ、私はその勢いを利用して距離を取って再度にらみ合いの体勢となる。

 

「ふぅ、つくづく惜しいなモース。武人の端くれとして、お前が並々ならぬ鍛錬を積んだことが理解できる。だがそれだけに、お前が大詠師などに収まってしまったことが惜しくてたまらん」

 

「……何が言いたいのです」

 

「大詠師などにならず、武を極めていれば俺に勝つことも出来たかもしれんということだ」

 

「随分と余裕ですね。私があなたに勝てないとでも?」

 

 それが事実だとしても、口に出して認めるわけにはいかない。虚勢は張り続けなければ。

 

「それが純然たる事実だからだ。お前では俺には勝てん」

 

「やってみなければ分からないでしょうに!」

 

 私はその言葉と共に再び足を強く踏み込んで間合いを詰める。ラルゴの間合いに入る少し手前で飛び上がり、タタル渓谷でしたように私の全身を氷で覆う。

 

「氷爪襲落!」

 

 そしてラルゴに向かって落下。氷を纏って重さを増した一撃がラルゴに迫るが、彼は避ける素振りすら見せず、私を迎え撃つ構えを見せた。

 

「炎牙爆砕吼!」

 

 そして大鎌を振り上げ、私が纏った氷とぶつける。大鎌と氷の間で爆発が起こり、私はそれに抵抗せずに距離を取って着地する。

 

「その戦い方が、実戦経験の不足がお前の敗因だ!」

 

「しまっ!」

 

 だが、ラルゴは既に私の着地点に先回りしており、次手を繰り出す体勢に入っていた。着地した瞬間の私は、それを認識しながらもどうすることも出来ない。

 

「モース、たった一人で俺とここまで渡り合える奴は稀だ。お前の実力は認めよう。故に、俺の秘奥義で沈める。紅蓮! 旋衝嵐!」

 

 一際強い気迫の籠もった声と共に、炎を纏った鎌の連撃が私を襲う。急所をずらし、致命傷を与えないようにはしているものの、叩き込まれるその衝撃は私から抵抗する力を奪うには十二分に過ぎた。

 

「がっ……はっ……!」

 

「喜べモース。お前は戦術的には負けたが、確かに貴様の戦略目標は果たした」

 

 吹き飛ばされ、宙を舞う私の視線は、会議室の窓から見える魔界(クリフォト)の空に向かった。正確には、障気満ちる大気を裂いて飛ぶアルビオールの姿を。

 

 そうだ、これで、私の勝ちだ。

 

 私はそれを見届けると意識を手放した。


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