大詠師の記憶   作:TATAL

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シェリダン攻防戦

 ルーク達を乗せたアルビオールは外殻大地に舞い戻った後バチカル港に寄港した。そこでインゴベルト、ピオニーを始めとする重鎮達を降ろすと、休む間もなくシェリダンへと急ぐ。

 

「モース様、大丈夫かな……」

 

 その道すがら、アニスが不安げな表情を隠さないまま呟いた。常に周囲に気を配り、自身の弱みを殆ど見せない彼女にしてみれば珍しい一面だが、それを気にかける余裕はルーク達にも無い。

 

「俺達全員を一人で相手に出来る六神将相手だからな……」

 

「正直、彼が無事でいる可能性は低いでしょう」

 

 ガイとジェイドが目を伏せて告げる。彼らが発した言葉は、その意味を取り違えようが無い。アニスは瞳に溢れる涙が落ちないように堪えるので精一杯になり、それを慰めるはずのティアやナタリアも暗い表情で顔を伏せてしまっている。

 

「なあジェイド、やっぱり今からでも戻って……」

 

「いけませんよ、ルーク」

 

 耐えかねたように話すルークを、ジェイドは意図して冷たい口調で途中で遮った。今は彼とガイしか一行の中で冷静になれる人間がいない。であれば今の彼に出来る最善は一つだった。

 

「今我々が戻ってどうするのです? 会談場所を割られたということはシェリダンのタルタロスの位置もバレてしまっていることでしょう。いくら白光騎士団がいるとはいえ、ヴァンや六神将が乗り込んできてしまえばタルタロスを落とされてしまってもおかしくない。我々が判断を誤ればその時点で外殻大地降下作戦は頓挫してしまうのです。それに、今戻ったところでモースが無事であるとは思えません」

 

「大佐! そんな言い方は」

 

 ナタリアが耐え切れずジェイドに詰め寄るが。彼の冷たく取り繕った仮面が剥がれることは無い。元来他者に対して強く興味を持つことは無い彼にとって、他者が彼に向ける感情など何の意味も持たない。そしてそう取り繕うことが出来る程度には、彼はルーク達よりも年齢を重ねてきているのだ。

 

「モースならば言うでしょう。我々がすべきことをしろ、と」

 

「それ、は……」

 

 その言葉に、ナタリアも勢いを失う。彼女とて理解している。今自分たちがすべきことはタルタロスに向かい、一刻も早く降下作戦を成功させること。だが、現実的な計算だけで感情は割り切ることは出来ない。それをするにはまだ彼女は優しすぎた。そして、モースという人間が与えた影響が些か大きかった。

 

「ナタリア、それに皆も。ジェイドの旦那が言うことは尤もだ。俺達に今できることは出来るだけ早く作戦を成功させて、そんでモースを救出することだ。それに、案外あの旦那なら上手く切り抜けてるかもしれないじゃないか」

 

 場の空気が重くなる一方なところで、ガイが努めて明るい口調でその雰囲気を払拭しようとする。周囲への気遣いを常に忘れない彼は、ジェイドの言葉で自身に求められている役割をすぐに理解した。理と利をジェイドが説き、情はガイがフォローする。旅の途中でもままある連携だったため、ガイはそんな役回りは慣れたものだと心中で独り言ちる。

 

(だが、旦那だって心配してないわけじゃないんだろう?)

 

 ガイはその思いを胸に視線をジェイドに向ける。腰に当てるように後ろに回されたジェイドの左手は、彼の冷徹な表情に似つかわしくないくらいに強く握りしめられていた。手袋越しでなければ爪が皮膚を突き破って血を滲ませていたのではないかと思わせる程に。

 

「心配する気持ちも分かる。だからこそ、早く作戦を成功させちまおう」

 

 そう言ってガイはルークの肩に手を乗せる。少しの間、顔を伏せて逡巡していたルークだが、再び顔を上げた彼の顔は、先ほどまでのような弱弱しいものではなく、決意の籠もった表情に変わっていた。

 

「……ああ! 行こう」

 

 かくしてアルビオールはシェリダンに向かう。常ならぬ速度で空を駆けるそれは、ルーク達の胸中にある焦燥を反映しているようだった。

 

 


 

 

「ノエルはアルビオールで先にシェリダン港へ。アストンさんに言ってアルビオールをタルタロスに載せてもらってくれ!」

 

「了解です!」

 

 シェリダンの外れでアルビオールを降りたルークは、操縦士のノエルにそれだけ伝えると全速力で街へと向かう。その理由は、上空からシェリダンに向かう神託の盾騎士団の姿を目にしたからだ。集会所で彼らを待っているだろうイエモン達の元へ急ぐ。その後ろにティア達も続く。

 

 シェリダンの街中まで侵入している神託の盾兵はまだいない。それを確認すると、半ば蹴破るようにして扉を開き、ルークは集会所へと飛び込んだ。

 

「イエモンさん! タマラさん!」

 

「お、おう!? 一体どうしたんじゃ、そんなに慌てて」

 

 ただならぬ様子のルークに、事態を把握していないイエモンは目を丸くする。とはいえ長く伸びた彼の眉毛で彼の目は覆い隠されてしまっているため、実際の所は分からないが。

 

「この街に神託の盾兵が迫ってるんだ! 早く避難を!」

 

「神託の盾兵が!? ……いや、じゃが儂らは逃げる訳にはいかん」

 

「イエモンさん!?」

 

 ルークの言葉に驚きを露わにするイエモンだが、逃げるつもりはないとばかりに椅子に座り直す。

 

「作戦が開始したらタルタロスが地核の圧力で破壊されないように補助術式を発動する必要がある。そのためには港のアストンに狼煙を上げて合図せにゃならん」

 

「でも……!」

 

「ルーク! 神託の盾兵が来たわ!」

 

 説得しようとするルークのもとに、ティアの声が届く。どうやらシェリダンに神託の盾兵が辿り着いてしまったらしい。

 

「行きなさい、ルーク。私らみたいな老人じゃあなた達について行けない。狼煙は上げておくから、早くシェリダン港に向かいなさい」

 

「ルーク!」

 

 穏やかな顔で告げるタマラと、焦燥感を募らせるティアの声。板挟みになったルークはどうしてよいか分からずに立ち尽くす。イエモンはそんなルークに駆け寄ると、バシン、と音を立ててルークの尻を張り飛ばした。

 

「何ぼさっとしとるんじゃ! 補助術式は長くもたん、早く行かんか!」

 

「ッ! ……ごめん、イエモンさん、タマラさん!」

 

 イエモンに叱咤されたルークは、不安を振り切るようにそれだけ言い残すと集会所を飛び出して行く。それを見送ったイエモンとタマラは互いに顔を見合わせ、困ったように笑い合った。

 

「こういうときはありがとう、だろうに」

 

「まったくね、帰ってきたらちゃんと教えてあげないと」

 

「さ、儂らの仕事をしちまおうか」

 

 集会所を飛び出したルークは、ティア達がリグレット率いる神託の盾兵と向かい合っているのを目の当たりにする。

 

「そこを退け、ティア」

 

「嫌です!」

 

 譜業銃を突きつけるリグレットとメイスを構えて対峙するティア。リグレットの狙いは集会所の中にいるイエモン達であることは明白だった。辺りを見渡せば白光騎士団と神託の盾兵が争っているのも目に入った。ルークはティアの隣に立つと、剣を抜いてリグレットに立ちはだかる。

 

「フン、レプリカも来たか」

 

「アンタに構ってる暇は無いんだ。退いてくれ!」

 

「断る。お前達がしようとしていることは分からんが、閣下の計画の邪魔になるのならば阻止するのみ」

 

 リグレットを出し抜くのは容易ではない。その上、ルーク達が今ここでリグレットを潜り抜けて行けば、彼女は白光騎士団の妨害を物ともせず集会所に押し入り、イエモン達を害してしまう。ルークは集会所の中に居るイエモン達を見捨てることが出来ない。つい先ほどイエモンに叱咤されたというのに、割り切ることが出来ないでいた。

 

「何やってるのさ、まったく」

 

 だが、ここに居るのはルークだけではない。呆れたような声と共にリグレットとルーク達の間に降り立ったのは、フードで顔を隠した小柄な人物だった。唐突な乱入者にリグレットだけでなく、ルーク達も身を固くさせる。彼らに背を向けてリグレットに対峙しているということは味方なのだろうが、生憎とこの乱入者に見覚えはない。

 

「お、お前は……?」

 

「モースが言っていた協力者ですか?」

 

「そういうこと。それだけ分かってれば十分だろ? ほら、ここは任せてさっさと行きな、よ!」

 

 ジェイドの問いを肯定すると、膝を少し沈めてライガを思わせる素早い身のこなしでリグレットに飛び掛かる。それは警戒を強めていたリグレットであっても目を(みは)る速度であり、引鉄を引く間もなくその蹴りを受けざるをえなかった。

 

「チィッ! 小癪な」

 

「ほら、実力に不足は無いだろ? 行った行った」

 

「お、おう、任せたぞ!」

 

 リグレットを押しのけ、自身の実力を示したとばかりに手をひらひらと振る乱入者。ルーク達はそれに促されるようにリグレットの横をすり抜けて走っていく。リグレットはそれを忌々しげに睨みつけるが、追いかけるようなことはしなかった。目の前に居るフードの人物がそれを許さない程度の実力を備えていることは先ほどの一撃で理解出来ていた。

 

「シェリダンに放っていた偵察兵を処理していたのは貴様か。モースの差し金だな」

 

「そういうこと。それで、お互いここで不毛な戦いする? そっちもここでやり合う意味は無いと思うけどね」

 

 そう軽口を叩くものの、腰を低く落として戦闘態勢は崩さない。それに応えてリグレットも譜業銃を構える。

 

「せめて貴様の正体を暴いておかねばな」

 

「ならそれは諦めてもらうしかないね」

 

 それを皮切りに再び二人は交錯する。六神将とそれに匹敵する実力者のぶつかり合いがシェリダンで発生した。

 譜業銃を巧みに操り、引鉄を引くリグレットに対し、フードの乱入者、フェムは拳と蹴りを使って射線を逸らす。少しでも距離を離されればリグレットの間合いになる。譜業銃と譜術を組み合わせた遠距離攻撃手段が豊富な彼女に対し、譜術に適性の無いフェムには肉体戦闘術しかない。だからこそ常にリグレットに張り付いて攻撃を続ける。

 

「中々やる!」

 

「お褒めに与り光栄だね!」

 

 リグレットの右手の銃が顔に向けられれば顔を逸らして避け、身体を狙われれば拳撃で銃そのものを狙って射線を逸らす。だがリグレットの武器は譜業銃だけではない。

 銃口を逸らしたフェムのこめかみに向かってリグレットの回し蹴りが迫る。一撃で意識どころか命を刈り取りかねない威力を持ったそれを、フェムは勢いよく後ろに仰け反ることによって回避する。だが、その拍子に彼が被っていたフードが外れ、彼の顔が白日の下に晒される。仰け反った勢いで距離を取ったフェムの顔を見たリグレットの表情が驚愕に歪んだ。

 

「おっと……」

 

「なるほど……。その顔ならばこれだけの戦闘力を持つことも頷ける。モースめ、まさか導師のレプリカを秘密裏に兵としていたか」

 

「そこまで必死になって隠すつもりもなかったし、視界も良くなって助かったかな。さて、第二ラウンド行っとく?」

 

「フン、貴様に言われるまでも無い」

 

 そう言ってリグレットはニヤリと笑うと、譜業銃をフェムに向ける。応えるように彼も拳を構え、再びリグレットに気合いと共に仕掛けた。


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