大詠師の記憶   作:TATAL

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今回も捏造設定回です(土下座)



フェンデの末裔と私

 闇の底に沈んでいた意識がゆっくりと浮上し始める。ぼんやりとした意識のまま、自分と周囲の状況を把握するために視線を辺りに向けた。

 窓の無い部屋で、灯りは天井に取り付けられた弱弱しい照明のみ。手足が動かないことから紐か何かで椅子に縛り付けられているようだ。そのまま視線を動かすと、自身の前に誰かが立っているのが見えた。未だぼやけた視界ではそれが誰かまでは分からない。

 

「ようやく目を覚ましたか」

 

 だが耳に届いたその声に私の意識は覚醒を余儀なくされた。そうだ、私はユリアシティでラルゴに負け、意識を失ったのだった。ということはここはダアトの教団本部の一室か、窓が無いから神託の盾騎士団の懲罰房か、あるいは私の把握していない秘密の区画か。

 

「ヴァン……」

 

 ヴァンは机を挟んで私の前に座る。その口元は楽し気に歪められている。

 

「こうしてお前と話してみたかった。お前の中にある秘密を明らかにしなければならないと、ずっと考えていた」

 

「私はあまり話したいとは思っていませんでしたがね。……っ」

 

 身体はまだあちこちが痛むが、それでもラルゴとの戦いの後だと思えば身体に残ったダメージは少なく感じる。恐らく最低限の治療はされたのだろう。私の尋問をスムーズに進めるためのものであり、まだ身体に痛みが残っているということは私が逃げ出さないように意識を回復させる程度に留めたといったところか。目の前の男の用心深さ、悪辣さに思わず笑いが漏れる。

 

「私はお前と敵対する必要などないと思っているのだがな」

 

 その口調は酷く優しく、警戒してるはずの私の心にもするりと入り込んでくるような心地だった。油断してはならないと分かっているのに、安心感を覚えてしまいそうになる。

 

「何をふざけたことを……。私とあなたは相容れないことなど火を見るよりも明らかでしょうに」

 

「そうか? 私もお前も、今や世界を預言(スコア)から解き放とうとする数少ない同志だろう?」

 

「その方法に私が賛同できない以上、話にもならない」

 

「……やはりお前は私の計画を知っているのだな」

 

 私はそこで口を滑らせたことを悟った。そうだ、ヴァンは私に計画の詳細を伝えてはいなかった。記憶の中にあるヴァンの計画を阻止するために動いていた。それをヴァンは敏感に察知していたのだろう。そして今確信に至った。

 

第七音素(セブンスフォニム)の集合体であるローレライを消し去らねば、この世界から預言(スコア)を無くすことは出来ない。愚かな人類が預言(スコア)から逃れることなど出来ない。だからこそ私がやらねばならない」

 

 ヴァンはどこか遠くを見ながら語り始める。それは私というたった一人の聴衆に向けたヴァンの演説だった。

 

「大量の、それこそこのオールドラントの全てをレプリカに置き換える。それには莫大な第七音素(セブンスフォニム)が必要だろう。それこそ、地核から湧き上がる記憶粒子(セルパーティクル)全てを消費してしまうほどに」

 

 私が知る筋道では、後にヴァンはホドを模したレプリカ大地、エルドラントを創り上げた。レプリカ作成技術を搭載した空飛ぶ要塞でもあったエルドラントは、大地のレプリカ情報を抜き取り、その領土を広げていた。ルーク達が阻止しなければ、大地はヴァンの目論見通りにそっくりレプリカに置き換わってしまっていただろう。そしてその作成と維持には第七音素(セブンスフォニム)が必要不可欠。ヴァンが考えていたのはこの世界をそっくりそのままレプリカに置き換えることで預言(スコア)から解放された世界を実現するといったものだった。

 

「ローレライは第七音素(セブンスフォニム)の集合体。レプリカを創り出す過程で消費された後の第七音素(セブンスフォニム)では、ローレライの存在を賄いきれまい」

 

 ヴァンの口から語られるのは、その先に見据えていた世界。レプリカ作成と維持によって意識体としての存在を保てなくなるほど第七音素(セブンスフォニム)が枯渇してしまえば、この世界から預言(スコア)を与える存在は消え去る。それによって世界は真にローレライから解放されるとヴァンは言う。

 

「この世界を支配しているのはローレライだ。奴の預言(スコア)から世界は逃れられん。例え、レプリカによって歯車が多少ずれたとしてもそれすら包含してしまうのが預言(スコア)だ」

 

 そう。私はだからこそ疑問だった。ヴァン自身が私の記憶の世界で語っていたのだ。例え預言(スコア)にないレプリカで一時的に世界が筋書きから外れたとしても、その結末は変わらないと。だとすればヴァンの計画はそもそも矛盾している。例えレプリカで世界を満たしたとしても、それはいずれ世界の修正力とでも言うべきものによって元のレールに戻されてしまうだろう。それをこの男が気が付かないはずが無い。ならばヴァンの動機は何だったのか。単純な世界への復讐か、あるいは何か別の、誰にも打ち明けなかった彼だけの動機があったのか。今、彼はその内心を私に語っている。その狙いはどこにあるか分からないが、

 

「レプリカで満たされる限り、この世界にローレライが存在することは出来ない。真に預言(スコア)から世界は解放される」

 

「例えその世界にあなたがいなくとも構わないと?」

 

「愚問だな。そもそもこれはただの復讐に過ぎない。私の命一つをチップに、ローレライの命を賭けた博打だ」

 

「そのために、あなたはあなたを信頼する部下を使い捨てようとするのですか」

 

「あれらは皆私の想いに同調している。そして最終的にあれらの本懐も遂げられる。私は最初からあれらを裏切ってはいない。お前と違ってな」

 

 嘘だ。ヴァンの言葉には嘘しかない。そもそもヴァンは彼らを、リグレットやラルゴ、そしてヴァンに付き従う神託の盾兵を誰一人として人間として見ていない。彼にとっては全てコマに過ぎないのだ。オールドラントというテーブルに載せられたチップ。だからこそヴァンにとって裏切りという概念は無い。そもそも人間扱いしていないのだから。

 

「私が誰を裏切っていると?」

 

「ハッ、お笑い種だ。お前ほど裏切りを重ねている者はいるまい。お前は皆を裏切っている。私も、導師イオンも、そのレプリカも、そしてお前を慕う人間全てを裏切り続けている」

 

「聞き捨てなりませんね。私は誰も裏切っていませんよ。そもそもヴァン、あなたこそ全ての人間を裏切っている。あなたにとってこの世界の人々はコマに過ぎないのでしょう」

 

 ヴァンは訳も分からない言葉を並べ立てる。私が裏切る? 一体誰を裏切るというのか。

 

「まさか、自覚もしていないとはな。あの出来損ないのレプリカの方が自らの身の程を弁えていた分まだマシだったな」

 

 そう言ってヴァンは笑う。遠くに向けていた視線を私へと向け、そこに私には読み取れない不思議な色を滲ませて。

 

「モース。お前は何故、そこまで私の動きを読み切っておきながら、今ここにいるのだ?」

 

「……何を?」

 

「お前には部下がいる。志を同じくする仲間も。なるほど、シンクを懐柔したのは見事だ。ディストの目的を見抜き、それを利用したのも流石というべきだろう。つまりお前は私を完全に出し抜いていたわけだ」

 

 だが、だからこそとヴァンは続けた。先ほど読み取れなかったヴァンの視線に籠められた意味が、今はその表情にも表れている。それはどこか私を憐れむような感情だった。

 

「分からないな。そこまで出来ていて何故そんな様で私と対面している? シェリダン襲撃も、ユリアシティへのラルゴ乱入も、お前ならば読み切っていただろう。ならばお前がここまでする必要は無かったはずだ。人に任せることが出来たはずだ。お前がそう出来なかった理由は簡単だ」

 

 お前は誰も信じてなどいない。

 

「お前にとってこの世界の人間は皆人間ではない」

 

「そんなバカな……」

 

「お前にとってこの世界の人間は庇護すべき弱者だ。愛玩動物のようなものでしかない。お前にとってはありとあらゆる人間が人間に映っていない。だからその心の底にあるものを誰にも打ち明けたりはしない。踏み込ませたように見せて、本当に重要な部分には誰一人関わらせない。お前の言う通り確かに私は部下をコマとして見ているだろう。だが、お前も同じだ。同じ地平に立って人々を見ていない。私を傲慢な悪と罵るのならば、お前は傲慢な善意と言えるだろう」

 

 ヴァンの語りに、私は返す言葉が無かった。それは口を挟む隙が無かったからではなく、彼の言葉が否定できなかったからだ。私の内心を少なからず言い当てているように感じてしまったからだ。

 

「モース、お前は私と反対のようでいて、その実よく似ている。鏡合わせのように」

 

 ヴァンは席を立ち、机を回って私の前に立つと、視線を私と合わせた。

 

「お前の存在はとても不愉快だ、モース。私と同じ視座に立っているように見えて、私すらも人間に見ていない。まるで物語の登場人物を見るように私を見るその目が、私にとってこの上なく忌々しい」

 

 ヴァンは両手で私の顔を挟み込むと、私の目を通して頭の中を覗き見ようとするかのように、目を凝らす。

 

「モース、人の身に見えない地平を見通す者よ。お前は何者だ。何を知っている?」

 

 その手に籠められた力が徐々に強くなる。そこから逃れようとするも、身体を拘束され、ヴァンの万力の様な力に抑え込まれた状態では叶うべくもない。

 

「その頭の中にいるのか、ローレライが。お前に何かの知恵を与えたとでも言うのか。才が無いはずのお前から、何故微かに第七音素(セブンスフォニム)を感じ取ることが出来る」

 

 遂に抑え込まれた頭が鈍く痛み始めた。それほどヴァンの力は強く、私は苦悶の声を漏らす。その痛みのせいで、最早私にはヴァンが話す内容が頭に入ってこない。意味を成さない音の羅列が、締め付けられた頭の右から左に流れていくばかりだった。

 

「モース。お前の頭の中にあるその秘密、私が必ず暴いてみせよう」

 

「ぐっ……、わ、私が、簡単に答えるとでも思いますか?」

 

「私とて簡単に聞き出せるとは思っていないとも」

 

 ヴァンはそう言って私の頭から手を離す。彼が懐に手を入れ、何かを探り当てる。

 

「キノコロードという場所を知っているかな」

 

「キノコロード? 何故いきなり……」

 

「あそこには様々な薬効を持つキノコや植物がある。中には強力な効用を持ち、薬の原料となるもの」

 

 そう言って取り出されたヴァンの手の中にあるものは注射器だ。筒の中には透明な液体が詰まっており、針の先端から僅かに雫が垂れている。

 

「あるいは、強すぎる効能故にそのまま服用すれば幻覚を引き起こし、自白剤のような効果を持つものまでな」

 

「……そこまであなたが人の道を外れたとは思いもしませんでしたよ」

 

 椅子のひじ掛けに拘束された私の腕に、鈍く光る針先が埋まっていく。左腕に感じる鋭い痛みと、何か冷たいものが身体に入り込んでくる感覚。

 そして私の意識に少しずつ靄が掛かっていくような心地。反対に、手足の先から感覚が異常に鋭くなっていく。全身が総毛立つ寒気と、身体中から汗が噴き出すような熱気を同時に感じる。

 

「人の身でありながら人の視座にいない異常者」

 

 ヴァンの声がやけに遠くに聞こえる。

 

「ようやくお前の心根を垣間見ることが出来そうだ……我が野望を阻む者、ローレライの使徒」

 


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