大詠師の記憶   作:TATAL

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とうとう捏造設定に加えて捏造用語まで発生する始末



奪還作戦と毒杯を呷った男

 地核から飛び立ったアルビオールはベルケンドへと降り立った。シェリダンはローレライ教団、ヴァンの勢力下に陥落した可能性があるというジェイドの進言があったためだ。イエモン達の安否が気にかかるルークではあったが、優先順位をはき違えるなというジェイドの言葉に、渋々ながらも従った。

 

「ルーク様! 地核に突入したとシェリダンから報告を受けましたが、御無事だったのですか!」

 

 ベルケンド領事館に足を踏み入れたルーク達は、心配そうな顔をしたビリジアン知事に迎えられた。

 

「作戦は成功しました。その、シェリダンのイエモンさん達は……」

 

「おお、成功したのですね! それは何よりです。シェリダンの職人達ですが……」

 

「それについては私から話そうじゃないか、ビリジアン知事」

 

 ルークの報告に顔を綻ばせるビリジアンの後ろから現れたのは、気だるげに欠伸をするカンタビレだった。

 

「カンタビレ教官! ご無事だったのですか!?」

 

 その姿に大きな反応を見せたのはティアだった。彼女から見ればヴァンも、カンタビレもその実力を身を以て理解している人間だ。その二人が本気でぶつかり合ったとして、どちらが勝つことになるかは彼女には判断できないが、それでも双方が無事に終わることはないと思っていた。それが何事も無かったかのように目の前に現れたのだ、彼女の驚きは推して知るべきである。

 

「カンタビレ、ヴァンは、シェリダンはどうなったのですか?」

 

「元気そうだね、導師イオン。ヴァンならタルタロスが港を出たらとんずらこいたよ。シェリダンにいたリグレット共もね。キムラスカの兵士達も来たからね、シェリダンの技術者達は無事だよ」

 

「ホントですか?!」

 

「本当に本当だよ。だから安心しなって。泣きそうな顔しやがって」

 

 カンタビレの言葉にようやくルークの顔に安堵したような笑みが浮かぶ。カンタビレはそんなルークの前まで歩み寄ると、子どもをあやすようにその頭をポンポンと優しく叩いた。七年前に生まれ、その生まれと公爵家という環境から碌に親との触れ合いが無かったルークからすれば、このやり取りはむず痒く、かと言って不快ではない不思議な心地になるものだった。

 

「さて、これで地核の振動問題は解決したわけだね。ということは次は各地のセフィロトかい?」

 

「その前にモースだ!」

 

 そうカンタビレに食って掛かったのはルーク達一行の最後尾にいたシンク。いつの間にかルーク達の後ろから、カンタビレの目の前に詰め寄っていた。

 

「おっと、シンクじゃないか。まさかルーク達と一緒に居たとはね、ヴァンから鞍替えかい?」

 

「くだらない話をしてる場合じゃないだろ! 今だってモースは苦しんでるかもしれないんだ。セフィロトなんかよりも……!」

 

「落ち着きな。モースを助けに行かないなんて言ってないだろう。だがモースの救出も、セフィロトの操作もどちらも滞っちゃならない。そうだろう?」

 

 シンクの肩を掴んで抑えながら、カンタビレはジェイドに目配せをする。

 

「……カンタビレの言う通りです。冷静に考えれば、セフィロトの操作を後回しにすることは得策ではありません」

 

「っ! お前!」

 

「ジェイド、俺はシンクと約束したんだ。モースを助けるって!」

 

 ジェイドが放った言葉に、シンクの顔が怒りに歪む。地核での言葉は嘘だったのかと。ルークも抗議の声をあげ、シンクは我慢しきれずにカンタビレの制止も振り切ってジェイドに掴みかかろうとするが、その前にジェイドが言葉を続けた。

 

「ですが、その選択肢を取ることは今は出来ないでしょうね」

 

「おや、何でだい?」

 

「まずそれをしてしまうとシンクの信頼を失ってしまうということ」

 

 それに加えて、とジェイドは言う。

 

「モースの存在は、些か我々にとって大きすぎますからね。困ったことに」

 

 そう苦笑したジェイドは、言葉とは裏腹に嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「……やれやれ、天下のネクロマンサー様にしちゃ随分と優しいことだね」

 

 カンタビレは観念したようにため息をついた。そして目を閉じて切り替えるように一つ深呼吸をすると、先ほどまでの緩めた雰囲気を収め、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「モースは恐らくダアトに捕らわれている。ダアトは今や大詠師オーレル、いやさヴァンの勢力下。あの中で起こったことはキムラスカだろうとマルクトだろうと知ることは出来ない。そんな魔窟になっちまってる。セフィロトの降下作戦を控えているあんた達が行くにはあまりにも危険だ。それでも、やるんだね?」

 

「「当たり前だ!」」

 

 ルークとシンクの声が重なる。その後ろで同意するようにアニスやティア、その他のメンバー達も頷いていた。

 

「よぅし、良い返事だ。なら、いっちょやってみるかね、モース奪還作戦」

 

 


 

 

 ダアトのローレライ本部、その中には、教団の極一部の人間しか知らない部屋が存在する。特別な譜陣を用いて移動する以外に辿り着けない階層。その譜陣は特定の音素振動数を持つ人間にのみ反応するように設計され、それ以外の人間が何をしようとその譜陣が起動することはない。ヴァンを始めとするレプリカ計画に賛同する一派は、モースをそんな部屋の一室に閉じ込めていた。

 

「閣下、一体どうされたのですか? あの男と話してから黙り込んで」

 

 リグレットは椅子に座り、俯いて視線を彷徨わせるヴァンに気遣わしげに声をかける。ヴァンが意識を失ったモースと共に部屋に入った後、その部屋には誰も立ち入ることが許されなかった。そして次にその部屋から出てきたヴァンは、一言も発することも無く私室に入ると、リグレットがこうして声をかけるまでずっと、何かを考え込んでいた。

 

「……私のこの行動も、所詮はローレライの、いや更に上の存在の掌の上に過ぎない、か」

 

「閣下……?」

 

 聞き取れないほど小さな声で何かを呟いたヴァンに、リグレットは首を傾げる。リグレットにはヴァンが何を考えているのかは理解出来ない。ただ、リグレットはただ憎んだだけだ。自身の弟を奪った預言(スコア)をこの世界から消滅させる。死の運命を己の弟に課した預言(スコア)。ヴァンの部下であったリグレットの弟。かつてはヴァンを恨んだリグレットだったが、いつしかヴァンの思想に共鳴し、共に世界から預言(スコア)を消し去る同志となった。少なくともリグレットはそう思っている。ヴァンがどう思っているかは分からないし、分かろうとも思わない。ただ、ヴァンが何かを悩んでいるのならば支えたいという思い故に、リグレットはヴァンに言葉をかける。

 

「閣下、あの男に何を言われたかは分かりませんが私達のすべきことは変わらないはず、違いますか?」

 

 リグレットはそう言って机に置かれたヴァンの手に自身の手を重ねる。そこまでされてようやくリグレットの存在に気が付いたのか、ヴァンは彷徨わせていた視線をリグレットに留めた。

 

「……すべきことは変わらない、か。フ、フハハハ」

 

 リグレットの言葉に、ヴァンは立ち上がると突然声を上げて笑い始める。

 

「この私が、ここまで自身を見失うとはな。これすらも奴の知る筋書き通りなのかもしれん。なるほど、モースの抱えていた秘密は確かに劇毒だった」

 

 だが、とヴァンは続ける。

 

「それで止まることが出来るのならば、初めから預言(スコア)を、ローレライを世界から消滅させようなどと考えもしなかっただろう。そうだ。何も変わらない。ただ、私が抗すべきものがローレライから変わっただけのこと」

 

 モース。ヴァンは噛み含めるようにその名を呟く。自身を欺き、牙を研ぎ続け、ローレライの知る世界の筋書きを超えた世界を知る者。モースの知る筋書きにおいてはローレライの預言(スコア)は覆された。ならばモースの知る筋書きこそが惑星預言(プラネットスコア)をも超える筋書き、終末預言(フェルマータスコア)とでも呼ぶべきもの。ヴァンは自身の中に曖昧に存在していた予感がはっきりとした形を持ったことを感じた。ローレライの預言(スコア)は、多少の揺らぎなど気にも留めない。それらを呑み込み、預言(スコア)通りの結末へと向かって行く力を持っている。だが、そのローレライの預言(スコア)すら超える筋書きがあったとするなら、そんなものを知る存在は、

 

「神、とでも呼ぶべきか」

 

 何故選ばれたのがモースなのかは分からない。ただ、ローレライすらも何者かの掌の上にある存在なのだとすれば、

 

「私の意志と神の意志、果たして世界はどちらに傾くのか。存外、楽しめそうだぞ、モースよ」

 

 リグレットはそう言ったヴァンの顔を見て驚きに目を見開く。ヴァンの顔に浮かんでいた表情は、これまで彼女が見たことが無いものだった。ヴァンはいつもは表向きの柔らかな笑みを浮かべている。そしてリグレット達同志と共にいるときは冷酷な、世界に対する復讐心を秘めたような表情を見せる。だが、今の彼に浮かんでいたのはそのどちらでもない。心の内にある期待を隠しきれないような、難敵に向けて自分の力を試したがるような、どこか少年のような楽し気な笑みを浮かべていたのだった。

 

 リグレットはヴァンの私室を後にすると、真っ先にモースが捕らわれている部屋へと向かった。見張りについた神託の盾兵の敬礼に答礼することも無く、人払いを済ませた部屋の中に足を踏み入れる。

 

「……モース」

 

 リグレットの目の前に座る男は、ヴァンに打たれた薬の影響か、リグレットの言葉に反応する様子は無い。定まらない視線を中空に彷徨わせ、閉じ切らない口からは聞き取れないほどの呟きと共に涎が絶え間なく流れ続ける。リグレットはその姿に眉を顰めた。それは不快感からでは無かった。むしろ、憤りがリグレットの内心を占めていた。何故この男がヴァンの心に居座っているのだ。モースがヴァンに並ぶ程の人間だとするならば、そして大詠師としての地位を持っていたのならば、何故弟を死なせたのか。今、預言(スコア)を覆すために動いているというのなら、何故あのときに動いてくれなかったのか。リグレットの心の中には、言葉に出来ない淀みが溜まっていく。それをぶつけるように、リグレットはモースの胸倉を掴んで引き上げる。ぐったりと力の入っていない大人の身体は、その重さ以上の重量を感じさせるが、リグレットの訓練された身体は容易くモースの身体を椅子から持ち上げた。

 

「お前は、何故今動いたのだ! 何故弟を救わなかった! そうすれば、私がこの思いを抱えることも無かった! お前は神様にでもなったつもりか、お前の匙加減で救われる人間が決まるというのか! ふざけるな! そんなこと、そんな傲慢が許されてたまるものか!」

 

 リグレットの声は徐々に大きくなり、最後には叫ぶような口調になっていた。言いたいこと、ぶつけたいことはもっとある。だが、今のリグレットにはそれを言葉にすることが出来なかった。よしんば言葉に出来たとしても、薬で自失状態となった今のモースにそれを認識することは出来ない。リグレットを視界に捉えてはいるものの、意識に入れないまま、誰に向けてか分からない謝罪の言葉を紡ぎ続けていた。

 

「……今のお前に何を言ったところで無駄、か。モースよ、薬で聞いているのか分からないが言っておく。私も、ヴァンも、お前の思い通りになどなりはしない」

 

 リグレットはそう言ってモースから手を離すと、足取りも荒々しく部屋を後にした。残されたのは、うわ言を呟き続けるモース唯一人。

 


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