大詠師の記憶   作:TATAL

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書きたい場面だけを書き散らしていくスタイル


水の都と私

「二大大国の皇帝。若いからと舐めていたわけではありませんでしたが……」

 

 美しい水がとめどなく湧き、街中を巡る帝都グランコクマ。マルクト最高峰との噂名高いホテルの一室で、ベッドに横たわった私は胃が痛むような謁見を思い出して冷や汗を流していた。

 

 

 


 

 

 

「マルクト皇帝、ピオニー・ウパラ・マルクト九世陛下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

 

「長ったらしい御託はよせ。そんなものを聞くためにかの大詠師様を呼んだわけじゃない。顔を上げろ」

 

 床と上半身が平行になるまで腰を折った私の頭の上から、重たい声が圧し掛かる。声に従って顔を上げれば、そこには彫像のように固まった表情で冷たく私を見下ろす若き皇帝。私よりも一回り以上若い彼から伝わる重圧に、私は顔に汗が浮かばないようにするので精一杯だった。

 

 彼はこの世界の大多数の人とは違い、預言(スコア)というものを絶対視していない。どころか、彼はそれを嫌い、憎んですらいると言って良い。その理由を私は知らないが、記憶()は知っている。彼が互いに想い合っていた女性は、預言(スコア)に従って彼以外の男と結ばれた。人の想いは、この世界では容易く踏みにじられる。好きなものを食べたいという些細なものから、人生を共に歩みたいパートナーを選ぶ重大なものまで。

 

「それは、失礼いたしました。では本題に入らせていただきますが、よろしいでしょうか」

 

「……ジェイド、ゼーゼマン、ノルドハイムは残れ。他は部屋を出ろ。誰も謁見の間に入れるな」

 

 私が周囲に目をやった理由を察したのか、ピオニー陛下は手を一振り、人払いを命じた。それに従い、この謁見の間に残るのは私とピオニー陛下、そして彼が心から信頼する臣下のみとなった。ピオニー陛下が兵士が全員部屋を後にし、私に目線を戻したのを受けて私は再び口を開く。

 

「導師イオンをマルクト帝国の和平の使者に、という話については、先だって回答しました通り、教団としては否とさせて頂きます」

 

「……その理由は」

 

「あくまでローレライ教団は中立の立場故、マルクト帝国の旗の下に動くことは許容できかねます」

 

「では貴様らがキムラスカに肩入れしている事実はどのようにする!」

 

 淡々とした私とピオニー陛下のやり取りに、ノルドハイム将軍の怒声が割って入る。

 

「はて、我々ローレライ教団がキムラスカ・ランバルディア王国に肩入れをしているとは。異なことを仰る」

 

 私はそれを意にも介していない風体で首をかしげて見せる。内心は冷や汗が止まらないが。この場にはマルクトが誇る最大戦力、ジェイド・カーティスがいるのだ。私も多少は鍛えているとはいえ、現役軍人には勝てるわけもない。それに謁見の間に入る前に武装解除を命じられ、今の私は丸腰だ。ただでさえ勝ち目がないのに、これでは逃げる事すらできない。ピオニー陛下がその気になればこの場で起こったことは全て無かったことに出来てしまうのだ。

 

「ぬけぬけとよくも抜かしたものだな……!」

 

「よせ、将軍。しかし事実として貴様はキムラスカに足繫く通っている。これをどう説明する?」

 

 私の言葉にノルドハイム将軍は更に眉を吊り上げ、言い募ろうとするが、ピオニー陛下がそれを制し、冷静な声で私を問い詰める。

 

「私はあくまで教団として預言(スコア)を求められた故にかの国へ赴き、求められたものを献上しているに過ぎませぬ。ローレライ教団は中立であり、預言(スコア)の導きを求めるものを拒むことはありませぬ故」

 

 ピオニー陛下は私から視線を外さず、言葉の真偽、私の真意を読み取ろうとするかのように目を細めた。だが、私の言葉に嘘はない。マルクトと違い、キムラスカは預言(スコア)を重んじる。キムラスカの外交筋を通して預言(スコア)を求められており、私が預言士(スコアラー)を伴ってキムラスカを訪れているのだから。もちろん、彼らには始祖ユリアの遺した惑星預言(プラネットスコア)についても伝えている。こうすることが、後にキムラスカとマルクトを強く結びつけることを私は知っているからだ。

 

「……我がマルクトには預言(スコア)を詠む価値は無いと?」

 

「ローレライ教団は求めるものに与えるのみ。求めぬものに預言(スコア)を詠むことはありませぬ」

 

「……話が逸れたな。ではダアトはキムラスカとマルクトの和平を望むつもりはないということで良いか?」

 

「ローレライ教団はこの世界の繁栄を望みます。マルクトの旗の下に動くことは無くとも、この世界がより良い方向へ行くことについて力は惜しみませぬ」

 

「では教団としてはどう動く?」

 

「我らは中立。ダアトは両国のどちらも武力を以て立ち入ることを許されぬ土地です」

 

「動く気はない、ただその場を提供する気はあるということか」

 

 教団としては動かない。だが、ダアトは両国の緩衝地としての機能を有している。だがそれを明言してはいけない。ローレライ教団の実質的なトップという不相応な立場にいる私は、キムラスカにも、マルクトにも具体的な言質を与えてはいけないのだ。いくら神託の盾騎士団があるとはいえ、二大国とぶつかって生き残ることが出来るだけの地力はダアトにはない。ダアトは中立故に動けないし、動いてはならない。

 緊張状態にあるキムラスカとマルクトの両国がダアトの仲介無しに和平に向けて動けるか、普通ならば外交筋から働きかけるのだろう。だが、今の状態は普通ではない。

 

「とはいえ、こっちから送った外交官に対して向こうは何ら反応しない。そんな相手を引きずり出すには教団の、導師の威光が必要だろう。キムラスカが教団と深い関係ならば余計にな」

 

 そう。ピオニー陛下の言った通り、マルクトは外交官を通じてキムラスカと何とか連携しようとしているのだ。だがその試みは上手くいっていない。その背景にはヴァンの暗躍がある。ファブレ公爵家に対して、ルークの剣術の師としても潜り込んでいる彼は、教団での地位とその個人的な立場を巧みに利用してマルクトとキムラスカの連絡を握りつぶしているのだ。

 

「導師様がマルクトの名のもとに動けばキムラスカにいるローレライ教団の信徒が要らぬ迫害を受ける恐れもあります。導師様の地位は重いのです」

 

 先ほどピオニー陛下に諫められたノルドハイム将軍がこの言葉に再び顔を赤くさせている。しかし、私の警戒心は感情豊かな将軍ではなく、涼し気な顔でピオニー陛下の横に佇む若き軍人へと向いていた。

 

 ジェイド・カーティス

 

 この軍人は、その戦力もさることながら真に恐れるべきはその知略である。彼には私の言葉の真意は伝わっているだろうし、その上で教団がどう動くのが最良か、それも見えていることだろう。全てを見透かしたように、軽薄な笑みを浮かべてこちらを見ているのだから。そんな彼が未だ一言も発しない。私を観察するように見つめるだけで、一体何を待っているのか。

 

「ふむ、教団としてはそういう立場のわけだな。ジェイド、黙ってないでお前も何か意見を出せ」

 

 ここでピオニー陛下がジェイドへと水を向けた。それを受けて彼は一息、ゆっくりと瞬きをして私を見据えた。

 

「では、御指名も受けたことですし、一言二言お話しさせて頂きましょうか」

 

 記憶に違わず、人を食ったような雰囲気の男だ。実際に相対して分かる。どこか達観したようなこの男は、実のところその優秀さを持て余す幼い情緒の持ち主であると。

 

「先ほど大詠師様はマルクトの旗の下に動くことはないと言いましたね?」

 

「……確かに、そのように申しましたな」

 

「ではダアトの名の下に動きましょう」

 

 私が返した言葉に我が意を得たりとばかりに彼は続けた。もちろん、それが最も有効な手立てだ。私の記憶の通りにマルクトが導師様を攫う前に、この発案は当然あったはずだ。そのときに記憶の中の私はどのように返したのだろうか。

 

「導師様がローレライ教団の名の下にマルクトとキムラスカの和平を呼びかけるのです。それならばあくまで中立の立場でしょう?」

 

「もちろん、それが可能であれば」

 

「ほう?」

 

 だが、どれほど苦しかろうと、私はこの提案に頷くわけにはいかない。ここで頷いたところで、ヴァンの計画を止められる可能性が如何ほど生まれるか、万が一暴発し、何も備えの無いままアクゼリュス崩落を起こされてしまっては私の記憶以上の被害が出てしまう。それどころか、六神将が揃って反旗を翻し、ダアトに集まった両国のトップを始末してしまえばどうなる。止めることの出来ない泥沼の戦争が始まってしまう。ヴァンはこの世界がいくら崩壊しようが、レプリカを作ってしまえば良い。それだけは防がなくては、ある程度はヴァンの計画通りに進めさせ、性急な暴発を予防せねばならない。

 

「例え導師様がそう宣言したところで、その裏にマルクトがあることは隠せますまい。明言されぬ疑いは人々の間に不和を生みます。信徒が徒に迫害される恐れがあることを、軽々にすることは出来ませぬな」

 

「おや、導師様の威光では教団が制御できないと仰るのですか?」

 

「導師様の威光が届かぬ場もあるというだけのこと。それは例えばここのように。それに、先ほどから和平和平と言っておりますが、何故和平などと? 戦争など起こってはおりませんでしょうに」

 

「カイツールの国境付近では両軍の緊張感が高まり、衝突が起きていることをご存じない?」

 

「国境は常に緊張状態にあるもの。それにどちらの国からも宣戦布告はされておりませぬ。始まってもいない戦争の和平とは、おかしなことを仰るものだ」

 

 苦し紛れの私の言葉は、しかしある程度の真を含んではいる。だからこそ無暗に否定は出来ない、させない。屁理屈に屁理屈を重ねているが、それでも体裁が整っていれば良いのだ。のらりくらりと時間を稼げば良い。時間が無く、追い詰められているのはマルクトであってダアトではないのだから。

 

「……良いだろう。今回の件について、ローレライ教団の意思は確認できた。教団としては和平に反対する意思はない、それでいいな?」

 

「ローレライ教団は始祖ユリアの遺志の下、常に世界の安寧と発展を願っております」

 

「最後まで腹の見えない奴だ。下がっていいぞ」

 

 これ以上話していても埒が明かないと分かったのだろう。ピオニー陛下は目線でジェイドを制すると、私に退室を命じた。ジェイドは最後まで涼やかな表情を崩すことは無かったが、その目は最初に会った時よりも警戒感を増しているように思えた。

 

「それでは、これにて失礼いたします。陛下の貴重なお時間を頂けて光栄でございました」

 

 私は一礼してから謁見の間を後にし、美しい景色を見ることもなくホテルに直行し、ベッドに倒れ込んだのだった。

 

 

 


 

 

 

「大詠師モースか、どう見る、ジェイド」

 

 私室にて、若き皇帝とその懐刀は先ほどの謁見を振り返っていた。

 

「食えない御仁ですねぇ。のらりくらりと言質を取らせないように立ち回られましたね」

 

 眼鏡を押し上げ、ジェイドは私見を述べる。あの大詠師に対する第一印象は腹に一物も二物も抱えた狸。その印象は少しばかり会話を交わしたことでより強くなった。

 

「だな。とはいえ言っていることはあながち間違いでもない。実際ローレライ教団を錦の旗にしてキムラスカに乗り込もうってのはな、利用する気満々なわけだからな」

 

「その上で場を用意するわけですからねぇ、利用される気は無いものの、存在感を出すことを忘れない。良い政治家ですねぇ、彼は」

 

「まったくだ。ああいうのがこっちにも居てくれればな、もっと俺が楽を出来たものを」

 

「おや、陛下が仕事をしているところをあまり見た覚えがありませんが?」

 

「お、不敬罪でしょっぴかれたいようだな、ジェイド」

 

 軽口を叩き合う二人だが、口調とは裏腹に表情は重い。少し軽くなりかけた空気も、ほどなくして重苦しいものへと変わってしまった。

 

「やはり、正規の外交手段だけでは限界があるな」

 

「ですねぇ、大詠師の手によるものか、あるいはそうではなくキムラスカの中に戦争を望むものがいるのか。いずれにせよ正規の手段は握りつぶされているとみて間違いないでしょう」

 

「……あの男が率いるダアトから導師イオンを連れ出せるか?」

 

「ご命令とあらば」

 

 皇帝の問いかけに、あくまで軽い口調で答えるジェイド。皇帝に仕える軍人であるものの、幼馴染でもある。彼が抱える重責を支えるものとして、この地位にいるのだから、出来ないとは言わない。

 

「タルタロスを使う。奴がダアトに戻る前に何とかしないとな。こっちがどう出るかは向こうも予想してるだろう」

 

 秘密の会談は夜更けまで続く。


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