大詠師の記憶   作:TATAL

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雪の街、ルーク達と私

 余りの騒がしさにネフリーが再び部屋に乗り込んできて一喝するまで、子ども達とディストの大騒ぎは続いた。結局、注意と称して喧しさに拍車のかかっていたディストの顔に手形がもう一つ増える形で騒動は決着した。

 

「こほん、では私の方から現状の説明をさせて頂きましょうか」

 

 咳払いを一つ挟み、ジェイドが説明を始める。ディストはニヤニヤとさぞ嬉しそうな顔でそんなジェイドの隣に陣取っていたが、誰もそれにツッコミを入れることはしない。面倒なことになるのが分かっているから。

 ジェイドの説明によれば、ルーク達は既にザレッホ火山とロニール雪山のセフィロトを起動し、降下作戦の準備を整えてきたらしい。更にロニール雪山のセフィロトに入る直前、リグレットとラルゴの二人と戦闘になり、二人は雪崩に巻き込まれて行方不明となった。現状、ルーク達を阻むのはヴァン唯一人となったことになる。

 

「ただ問題も発生しました。ヴァンがセフィロトに罠を仕掛けていました。ルークの操作に誘発され、各地のセフィロトが異常活性化してアブソーブゲートから記憶粒子(セルパーティクル)が逆流。このままではアブソーブゲート以外の外殻大地が崩落する可能性があります」

 

 そのため、可能な限り迅速にアブソーブゲートに向かい、セフィロトを操作する必要が出てきました。とジェイドは締めくくる。

 

「ですが、そんなことは兄さんも予想しているはず。アブソーブゲートで確実に待ち構えているわね」

 

「遂に主席総長と対決するときが来たってことだね!」

 

「今からそんなに力んでても仕方ないだろ。もう少し落ち着いたらどうなのさ」

 

 気合十分、とばかりに拳を固めたアニスをやれやれと首を振りながらシンクが窘める。

 

「ぶ~、何々、急に冷静ぶっちゃってさ。さっきまでモースにしがみついて泣きそうになってたのは誰ですか~?」

 

「んなっ!? いきなりモースに飛びついて泣いた奴が何を言ってるんだ!」

 

「はいはい、二人とも騒がないの。またネフリーさんが来て雷を落としに来るわよ」

 

 互いに睨み合って唸るシンクとアニスを、ティアがため息をつきながら仲裁する。その姿に私は思わず吹き出してしまった。部屋中の視線が私に集まるのを感じる。

 

「ん、んんっ。ヴァンの罠ですか。あの男ならばそれくらいはやってくるでしょうね。アブソーブゲート、出来れば私も同行したいところですが」

 

「「いけません!!」」

 

 気を取り直すように続けた言葉は、アニスとティアの鬼気迫る声によって遮られた。

 

「一体何を考えているのですか! つい先日までモース様はあんなにボロボロだったのに、もっとご自分を気遣ってください!」

 

「ティアの言う通り! タタル渓谷のときもそうだったけどモース様は自分のことを気にしなさすぎなんですよぅ!」

 

「あ、あの、落ち着いて下さい。流石に私もそんなことは出来ないと分かっていますから」

 

 ベッドに身を乗り出して迫る二人のあまりの剣幕にベッドの端まで追い詰められてしまう。自分の力量をそこまで過信しているわけではない。私ではアブソーブゲートでの戦いについて行くことは出来ないだろう。それに、今の私には他にもやるべきことがあるのだから。

 

「今はヴァンのこともそうですが、ダアトのオーレルとも決着をつけねばなりませんからね」

 

「結局休むって選択肢は無いのですわね、あなたには」

 

 ナタリアが何やら困ったように右手を頬に当てているが、こればかりは他の誰かに任せる訳にはいかない。

 

「ダアトの現状を捨ておくわけにはいきませんからね。このままの状態が続けばダアト市民にいらぬ混乱を招くことになってしまいます」

 

 伝え聞く話をまとめると、今のダアトはお世辞にもうまく回っているとは言えない。せめて詠師トリトハイムや

ハイマン君が残っていればまだ何とかなっているだろうと安心は出来たのだが、それも叶わないとなれば取り敢えずは現状を把握している自分がダアトに戻るしかないだろう。

 

「僕もついて行きます。導師である僕が一緒に居ればオーレルとて安易に手を出すことは無いでしょう。それに、アブソーブゲートまで一緒に行くことは出来そうにありませんし。そちらはシンクに任せようと思います」

 

「ちょ、なに勝手に決めて……!」

 

「お願いできませんか? アニスやティア、ルーク達を僕に代わって守って欲しい。こんなことを頼めるのは兄弟であるあなたにしか任せられませんから」

 

 イオンに反論しようとしたシンクだったが、続けられた言葉に押し黙り、イオンと目を合わせる。

 

「……ハァ、分かったよ。ただしヴァンとの戦いで全員が無事でいられるなんて楽観的なことは考えないでよ」

 

 そして根負けしたように目を逸らし、小さな声で了承の意を伝えた。

 

「それよりも、モースがわざわざダアトに戻るっていうのは了承しかねるね。折角ダアトから救い出したのになんでまた戻るのさ? 導師イオンだけが戻ってあの男を罷免でも何でもすれば済む話だろ?」

 

 だが私の考えには賛同できないようで、ジト目で私を見つめる。仮面を外しているため、今までなんとなくの雰囲気でしか掴めなかったシンクの考えていることがよく分かる。実は仮面の下では表情豊富だったのかもしれないと思うと、もう少し早くこの子が仮面をつけずに済むようにしてあげるべきだったか、などという思いが私の頭に過った。

 

「オーレルを除くだけならばそれでも良いかもしれませんが、ダアトの政務を引き継ぐ人間が必要ですからね。それに今のローレライ教団の信用は芳しくない。責任を取る人間が必要なのですよ」

 

 かの大詠師を廃した後、その後任は失墜した信用を取り戻すために奔走する必要があるだろう。ダアト内、そしてマルクトやキムラスカとの信用回復に努め、そのためには方々に頭を下げて回る必要も出てくる。言ってしまえばオーレルの後任はただの貧乏くじでしかないのだ。そんなものに詠師トリトハイムやハイマン君といったまともな人間を据えるわけにはいかない。彼らには世界が平和になった後、もっと安定したときにその座を明け渡すつもりだ。

 

「責任ねぇ。相変わらず損な性分してるな、モースの旦那は。そんなものオーレルの奴に取らせるもんだろうに」

 

 そう言ってガイが呆れたように笑う。

 

「役目を中途半端に放棄してしまいましたし、私にも責任があるのは確かですよ」

 

「そういうところが損な性分だと、ガイは言っているのですがね」

 

 ディストがやれやれと首を左右に振る。なんだろうか、ディストにこのような反応をされると釈然としないものを感じる。いや、確かに自分でも不器用な人間だと思ってはいるのだが。

 

「話が大きく逸れてしまいましたね。ジェイド、続きをお願いできますか?」

 

「もうあまり話すことも無い気がしますが。取り敢えず我々がすることはアブソーブゲートに突入してヴァンを退け、外殻大地降下を完遂すること。容易く勝てるような相手ではありませんが、ヴァンも各地のセフィロトを操作していたということはティアのように障気で汚染された第七音素(セブンスフォニム)を大量に取り込んでしまっているはず。そのダメージを考えると、我々にも勝機はあるでしょう」

 

「そして空になった教団本部に導師イオンと私が戻り、実権を取り戻す」

 

「降下が始まれば市民の間に混乱が生じるでしょう。そこは大詠師に返り咲いたモースの手腕に期待といったところでしょうか」

 

「いきなり重大な役目を任されてしまいましたが、微力を尽くすことを約束しますよ」

 

「それは心強い。あなたの微力は我々にとって頼もしいばかりですからね」

 

 ジェイドからの期待が重たい。口元にいつもの薄ら笑いを浮かべているのを見るに私をからかっているのだろうが、今の状況でそれは悪手だということを教えてやらねばなるまい。

 私はジェイドから視線を横にずらし、したり顔のディストを見据える。

 

「私に期待してくれるのは結構ですが、私も相応にあなたに期待していますよ?」

 

「おや、私に期待ですか?」

 

「ええ、あなたにはディストと共にその頭脳を存分に発揮して頂かなくてはいけませんから」

 

 逃れられるとは思わないことです。という意思を籠めて口をニヤリと歪めて見せる。私の意図するところは正確に伝わったようで、ジェイドの口元がヒクリ、と僅かに引き攣ったのが見えた。

 

「ハァーッハッハッハッハ! 話が分かりますねモース! その通り、ジェイドは私とフォミクリーの深淵に迫る義務があるのです!」

 

「……なるほど、やけにディストが協力的だと思ったら。とんだことを企んでいたのですね、モース」

 

「ベルケンドでのあなたの言葉、それが嘘ではないことを信じています」

 

「……ならばせめて今夜くらいは一杯奢って頂かねば割に合いませんよ?」

 

 それくらいならお安い御用だ。私はジェイドの提案を快諾した。

 

 

 私が目覚めたばかりかつルーク達もロニール雪山から戻ってきたばかりということもあり、暫くの間は各々が自由に身体を休める時間となった。私も完全に体調が回復したわけでもないためひと眠りしようと思ったのだが、看病の名目で部屋に残った人間がいるため、安眠は一時お預けになっていた。もちろん部屋に人がいる程度ならば眠るのに支障は無い、無いのだが。

 

「あの、シンク……」

 

「……何さ?」

 

「……それとアニス」

 

「どうしましたぁ? モース様」

 

「いえ、どうして二人してそんなにこっちをじっと見るのですか?」

 

 シンクとアニスの視線が私に突き刺さりまくっているのだ。流石にそれを無視して眠ることは出来ない。

 

「モース様ぁ、シンクってばタルタロスでね」

 

「ちょ、馬鹿何言おうとしてるんだ!」

 

 そして私を差し置いて二人で騒ぎだした。あぁ……ますます安眠が遠のいていく。

 

「でもでも、モース様に褒めて欲しいって言ってたじゃん」

 

「言ってない! そんなこと言ってないからねモース!」

 

「え、ああ、はい」

 

 尚も騒ぐアニスの口を手で無理矢理塞ぐシンク。ああ、なるほど、彼がこうして部屋に残っている理由に見当がついたかもしれない。

 私はシンクに手招きをしてベッドに腰かけさせる。そして近くに寄ってきた翠の髪に私の右手を埋めた。

 

「え、も、モース……?」

 

「はい暴れないのー」

 

「は、離せアニス!」

 

 ギョッとした表情で仰け反るシンクの身体を、アニスが後ろから抑え込む。

 

「本当にありがとうございました。あなたのお陰で私は救われました。今はこのくらいのことしか出来ませんが、決着がつけばあなたがして欲しいことを教えてください。私の持てる力を使ってそれを叶える努力をしますから」

 

 そう言ってシンクの頭を優しく撫でる。今は力を入れたくとも力が入らない為、乱暴に撫でようとしても出来ない。出来たとしてもしようとは思わないが。

 

「ボクのして欲しいこと……」

 

「はい。何でも言ってください」

 

 シンクは大人しくされるがままになりながら、そう言って考え込むように俯いた。

 

「……なら、モースの作った料理が食べたい」

 

 少しの間を置いて発されたシンクの願いは、私の予想していたものよりもはるかにささやかなものだった。

 

「料理……? そんなもので良いのですか?」

 

「うん、そんなもので良い。そんなものだから良いんだ。ヴァンとの戦いが終わったらボクが満足するまで作ってもらうからな」

 

「ええ、いくらでもリクエストして下さい。だから、くれぐれも無事で帰ってきてくださいね」

 

 


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