大詠師の記憶   作:TATAL

63 / 137
ダアト、積み上げてきたものと私

 翌日、ケテルブルクを発ったアルビオールは、ダアトとダアト港を結ぶ街道から少し外れた平野に降りたった。

 

「くれぐれも皆、無事で帰ってきてくださいね」

 

「勿論ですわ!」

 

「モース達も、気を付けてな」

 

 私の言葉にナタリアがいつも通り胸を張って、そしてルークが心配そうに返してくる。その姿を見ているとむしろこちらの方が緊張してしまう。安心させようと口を開きかけたところで、私の隣から騒がしい声が上がった。

 

「ご安心なさい。この大・天・才たる薔薇のディストがついている限り、滅多なことは起きませんとも!」

 

「ひょろひょろのディストが言ってもまったく安心できないね」

 

「そうだよねぇ~……」

 

「むきー! シンクもアニスも、少しは私を信用しなさいよ!」

 

 そしてジト目を向けるシンクとアニスに地団駄を踏むディスト。こちらはいつも通りの雰囲気で、逆に力が抜けすぎてしまいそうだ。とはいえ、今はディストくらいの気持ちで構えていた方が良いのだろう。彼はいつでも自信に満ちた姿を崩さない。その良し悪しはともかく、安定感は見習うべきだろうか。

 

「こちらはあまり心配することはありませんよ。リグレットもラルゴもロニール雪山で行方不明。シンク、ディスト、アリエッタはこちら側についてくれています。残るはアブソーブゲートに残るヴァンのみ。ダアトに残るのはオーレルの子飼いくらいです。であれば私とディストで導師イオンを守り抜くことが出来ましょう」

 

「……あなたも本来は守られる側なことをお忘れなく」

 

 私の言葉を聞いて横で呆れた顔をしているディストの声は聞こえないふりをする。流石に彼一人で私と導師イオンの両方を護衛するのは場合によっては厳しいだろう。彼の本領は戦闘ではないのだから。

 

「私達よりもルーク、あなた達こそ十分に気を付けてください。ヴァンと単独で渡り合える人間は極僅か。あなた達が総力を尽くしても厳しい戦いになることは確実でしょう。必ず、皆で生きて帰ってきてください」

 

「……ああ、分かってる」

 

「当然だな」

 

「皆で揃って帰ってきますから」

 

 ルーク、ガイ、ティアも頼もしい表情で言葉を返してくれる。彼らならば大丈夫だと、そう信じている。だが私の記憶からずれた筋書きをなぞるこの世界では何が起こるか予測が出来ない。私の介入は既に大きな影響を及ぼしている。アリエッタ、ディスト、シンクはルーク達と敵対することは無く、味方となった。戦力としては増えている。しかし、その分ルーク達は強敵との、それも対人戦の戦闘経験が私の記憶よりも乏しくなっているはずだ。その影響がヴァンとの戦いにおいてルーク達に不利に働くことはあっても有利になることは恐らく、無い。

 

「……モース。あなたの心配は理解しているつもりです」

 

 私の内心が表情に出ていたのか、ジェイドが見かねたようにため息をついた。

 

「ですが、その心配は今は私に預けておいて下さい。あなたも気を散らしていられる状況ではないのですから」

 

「そう、ですね。ありがとうございます」

 

 言葉の裏に隠されたジェイドの不器用な優しさに、私は目を伏せて微笑む。そうだ、私は頼れと言われたのだ。今は彼らに任せ、私は私のことに集中するべき時だ。

 

「お二人だけで他人の入り込めない理解し合った空気を出すのはお止めなさいよ!? なんですなんです二人して私を除け者にしてぇ!」

 

 そしてそんな私とジェイドの間に割って入るようにディストが騒ぎ立てる。本当にこの男はジェイドのこととなると我慢というか理性の利かない人間である。

 

「ディスト、ダアトに戻る二人はあなたに任せましたよ」

 

「ほへ? ジェイド……?」

 

「こんなことを言うのは癪ですが。……あなたを頼りにしています」

 

 そう言ったジェイドに驚きの声を上げなかった自分を褒めてやりたいくらいだった。視線を横にずらせばルークやティア、ガイ達といった他の面々も誰だこいつと言いたげな表情でジェイドを見ていた。この男がこのようなしおらしいことを言うなど想像もつかなかったのだから当然だ。私は彼がそういった思いを内に秘めていること自体は分かっていたが、子ども達の前で、それもディストに対して自身の弱さとも言える部分を曝け出すとは。

 

「あ、あなた、ジェイドの偽者ですか!?」

 

「その無駄にヒラヒラした襟を引きちぎって差し上げましょうか?」

 

「ヒィッ! やっぱりジェイドでした」

 

 誰もが思ったことを口に出してしまったディストへのジェイドの対応は目が笑っていない笑顔での脅迫だった。それに怯えながらもどこか安心したようなディストに、二人の関係性がよく見て取れる。

 

「私とて人間ですから、心配くらいはしますとも。だから、頼みましたよディスト」

 

「……ふ、ふふ、ハァーッハッハッハッハ! この薔薇のディスト様にお任せなさい! この私の華麗なる譜業で見事二人を守り切って見せますからね!」

 

 晴天の下に高笑いが響き渡った。

 

 


 

 

 遠くの空に消えていくアルビオールを見送り、ダアトへと歩を進める。顔を隠すこともせず、堂々と街道の真ん中を歩いて行ったため、道行く人々は皆私達の存在に気付いたことだろう。何度も声を掛けられ、それに応えながらダアト市街を目指した。

 もちろん目立つようにしているのだから私達の帰還はすぐにオーレルの耳に入ったことだろう。その証拠に、ダアトの市内外を隔てる門の前には普段なら見かけない数の神託の盾兵の姿があった。更にそれを遠巻きに眺めるダアト市民。兵士を囲む市民の顔は強張っており、秘めた感情が必ずしも兵士達にとって良いものでは無いことを窺わせている。

 

「おやおや、あのなんちゃって大詠師に付き従う物好きがまだこれだけいるとは驚きですねぇ」

 

 周囲をぐるりと兵士に囲まれながらも、ディストの余裕綽々な態度は崩れない。丸眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせて不敵な笑みを浮かべるばかりだ。私も怯むことなく兵士達を睨み返す。

 

「道を空けなさい! 導師イオンの名において、モースに手出しをすることは許しません」

 

 先頭に立つ導師イオンが凛とした声でそう言い放つ。だが、周囲の神託の盾兵はそれに大きな反応を見せることは無かった。

 

「導師イオン、ディスト師団長。そこを退いていただけませんか。モース様には現在捕縛命令が出ております。出頭して頂けない場合、手荒な手段を取らざるを得ません」

 

「どういった理由があって彼を拘束するのですか」

 

「大詠師オーレルの命令です」

 

「モースの大詠師退任、オーレルの大詠師就任を僕は認めた覚えはありません。僕にとって大詠師はモースであり、彼が拘束されるような罪は全くありません」

 

「導師イオンが何と言おうと現在のダアトを政務運営は大詠師オーレルが取り仕切っております。実権は既にモース様にはありません。……申し訳ありませんが、ご理解下さい」

 

 導師イオンが何を言おうと彼らに退く気は無いらしい。神託の盾兵は遂に腰に佩いた剣に手をかけた。周囲の市民達がざわつき、導師イオンもディストもそれに応じて身構える。だが、私はそれを手で制して前に進み出た。

 

「モース!?」

 

「あなたまさかこんな時にも……」

 

 ディストが私を睨みつけてくるが、何もこんなところで自分の身を投げうつわけではない。ただこんなところで睨み合っていても埒が明かないだろう。それに万が一こんなところで戦闘になってみろ、市民達が巻き込まれて死傷者が出てもおかしくない。

 

「良いでしょう。私を大詠師オーレルの下に連れて行きなさい。無いとは思いますが、導師イオンや周りの市民への手出しは許されませんよ」

 

「……ご協力、感謝いたします。導師イオンにも、ダアト市民にも誓って手出しはいたしません。大詠師オーレルの下までお連れします」

 

 私が歩み出てきたのを見て兵は警戒を緩めたのか、剣の柄から手を離した。張り詰めた空気が僅かとは言え緩み、私は小さくため息をついた。遠巻きに私達を見つめるダアト市民の緊張も少しは緩んだように見える。今目の前にいる兵士が理解のある人間であったことに感謝するしかない。

 

「隊長、モースは捕縛した後に裁判まで牢に拘束のはずです」

 

 私と話していた兵の隣にいた男が咎めるように隊長と呼ばれた兵と私の間に割って入った。

 

「牢に拘束する前に捕縛の報告をするだけだ。何か文句があるのか、副官」

 

「モースを連れて行く必要は無いのでは」

 

「私が必要と判断した」

 

「不要だと言っているのです!」

 

 譲らぬ隊長に、副官の兵が語気荒く言い募ると腰の剣を抜き放った。どうやら彼は私をここで消し去っておきたい派閥に遣わされた人間らしい。更にそれに続くように私を囲む兵達の半数ほどが剣を抜き、私達に向けた。どうやら冷静に話し合いの席についてくれるつもりはあまり無さそうだ。私はそっと懐に忍ばせたメイスに手を添える。剣を構えて飛び掛かってきたなら導師イオンや市民にその剣が万が一にも届く前に譜術と杖術を以て制圧する。その気でいた私の前に、先ほどまで言い争っていた隊長格の男が割って入った。

 

「気でも狂ったか!」

 

「隊長こそ! 預言(スコア)を軽視する男を大詠師に戻すおつもりか!」

 

 まさかの神託の盾兵同士の、それも隊長と副官の対立に他の兵達も二つに分かれる。一方は私を守るように、もう一方は依然として殺気だって私達を取り囲む。

 

「止めなさい! こんなところで戦闘を起こすつもりですか、市民達に被害が出たらどうするのです!」

 

 私の制止の声も届かない。このままでは本当に乱闘が起こってしまう。そうなれば私の身一つだけでなく、導師イオンや市民達にも被害が。

 一触即発の空気は、私がいくら歯噛みしてもどうにもならない。緊張で指先が氷のように冷え切っていくのを感じながら、私は最悪の事態に備えて静かに音素(フォニム)を励起させる。

 そのとき、どこからか飛んできた小石が私に剣を向ける神託の盾兵の鎧に当たって軽い音を立てた。

 

「モース様に手を出すな!」

 

 そう言って私の足に縋りつくようにして飛び込んできたのは幼い少年だった。

 

「は、離れなさい! ここに居たら怪我では済みません!」

 

「イヤだ! 神託の盾騎士団がモース様を守らないならボクが守るんだ!」

 

 宥めようとしても、男の子はイヤイヤと首を振り、恐怖から目に涙を滲ませつつ、兵士達を睨みつけた。それを皮切りに周囲で遠巻きに眺めていた市民達が兵達の包囲網の間を縫って雪崩込み、私と導師イオン、ディストをその内側に取り囲んだ、

 

「俺達は誰もモース様が大詠師を辞めただなんて信じちゃいないぞ!」

「そもそも今の大詠師サマになってからダアトは滅茶苦茶だ!」

「オーレルとかいう奴こそさっさと大詠師を辞めろ!」

 

 そして口々に周囲の兵達に罵詈雑言を浴びせる。やめろ、

 

「やめなさい……」

 

 私なんかの為に、あなた達が傷つこうとなんてしてはいけない。

 

「どうして……私などを」

 

 私はあなた達に守られるような人間ではないというのに。

 

「流石にダアト市民に手を出すほど落ちぶれてはいませんよ、兵士達は」

 

「ディスト……」

 

 いつの間にか私の隣にいたディストがこの騒ぎの中、不釣り合いなほど穏やかな声音でそう言いながら私の肩を叩いた。

 

「あなたが積み上げてきた信用、信頼はこうして今あなたを守る盾になっている。素敵な話じゃありませんか。それに心配することはありません。ここまでの騒ぎになったなら、彼女が出てくるでしょう」

 

「ほらほら! 退いた退いた。この場はあたしに任せてもらうよ!」

 

 そう言うディストの声に応えるように、群集の向こう側から頼もしい声が響くのが聞こえた。ああ、確かに彼女が来たならば安心だ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。