第一部は予定では後3~4話で終了予定です。
その後は番外編を4~5話程度挟んでから第二部に進行します。
第一部終了後は活動報告等で番外編のネタ募集なんかをかけるかもしれません。その際はお気軽にネタを放り投げて頂けると嬉しいです。
では今しばらくモース様の旅にお付き合いください。
人ごみが自然に二手に分かれ、私と彼女の間に立つ者は未だ剣を収めない副官のみとなった道を、彼女は悠々と歩いてくる。
「いやぁ、思ったよりも早いお帰りだったねモース。もう身体は良いのかい?」
「ええ。お蔭様で。あなたにも世話になりっぱなしですね、カンタビレ」
私がそう言うと、カンタビレは口を開けて豪快に笑う。そして気にするなと言わんばかりに私の肩を叩き、隣に並んだ。
「カンタビレ師団長。あなたは現在謹慎処分中のはずですが?」
「謹慎? 確かにオーレルの奴はそう言ってたけどね。そんなの今更従う必要があるかねえ、導師イオン?」
剣を構えたまま、険しい声でカンタビレを問い詰める副官に対し、カンタビレは何も気負った様子は無い。薄ら笑いを浮かべて導師イオンに目配せをすると、導師イオンもくすり、と微かに笑いを漏らした。
「ええ。導師である僕の権限を以て、カンタビレの謹慎を解きます。僕達の護衛をよろしくお願いしますね」
「委細承知した」
その言葉を待ってましたとばかりにカンタビレは腰に佩いた刀を抜き放つ。黒い、細身の刀身が日の光を浴びて鈍く輝いている。
「さあ、やる気があるならかかってきな! あるいは少しでも疑問を持つ者は後に続け! モースと共に今のローレライ教団に否やを突き付けてやろうじゃないか!」
カンタビレはそう言って剣を頭上に掲げる。それに呼応するように私達を取り囲む市民達から声が上がった。それに気圧されたように剣を構えていた兵達は後退った。更に私達の側に立っていた兵達が逆に彼らを取り囲み、身動きを封じる。
「ほら、お前はどうするんだい?」
「ぐっ……! 何故、この男を庇うのですか。
カンタビレの言葉に、苦し気な声で返す目の前の兵士。剣こそ構えたままだが、柄を握る手は震えている。気が付けば周りの味方は降伏しており、これ以上抵抗を続けても意味が無いというのに、それでも戦意を失わない。それだけ、彼にとって
彼はそんな人々の気持ちを私に代弁してくれているのだ。それはとても勇気がいることだっただろう。こうしている今も、剣を構え続けるのにどれだけの覚悟がいるのか、私には想像もつかない。彼もまた、彼なりのやり方で世界を守ろうとしているに過ぎないのだ。
「カンタビレ、ここは私に任せていただけませんか」
「……あんたがそこまで身体を張らなきゃいけないことかい?」
「それでも私が向き合わねばならないことですから」
カンタビレにそう言って私は目の前の男へと歩を進める。両手を軽く広げ、武器を持たないことを示しながらゆっくりと歩み寄れば、彼の剣の震えがより一層大きくなる。
「あなたの言いたいことは分かります。あなたにとって私は、あなたが大切にする
「やめろ……止まれ!」
歩みは止めない。後ろから導師イオンが私の名を呼ぶのが聞こえるが、ディストとカンタビレに止められているようだ。おかげで私の歩みを止めようとするものは目の前の男の言葉のみとなっている。
「私もあなたも、互いに譲れないもののために戦っています。だから私はここで止まるわけにはいかないですし、あなたもここを通すわけにはいかない。ですが、それでも少しだけ、私の話を聞いて欲しいのです」
「聞きたくない……聞いてたまるか!」
「あなたにとって受け入れ難い話かもしれません。ですが、剣を交えるのは言葉を尽くしてからでも遅くは無いはずです。私は
「嘘を、嘘をつくなぁ!」
遂に震える剣の切っ先が私の胸に触れる。少しでも目の前の彼が力を籠めれば、その切っ先は容易く服を切り裂き、私の胸に沈み込むことだろう。だが、そうはならなかった。私が一歩進む度に、剣に籠められた力は弱くなり、その切っ先は服に傷すらつけることなく私の肩口に滑る。
「
そこにはあなたの意志があったはず。
時にはその意志が指す道が
意志を捻じ曲げて進んだ先に罪の無い人々の犠牲があったとして、
肩に乗っかっているだけとなった剣を、私は左手で握りしめる。よく手入れがされた刃はそれだけで私の手の皮膚を薄く切り裂き、刃筋に沿って私の血が流れていく。痛みも感じるが、剣を手放すことはしない。刀身を握りしめたまま、肩に乗っていた剣の切っ先を私の喉に宛がう。周囲からどよめき、悲鳴が上がるが、視線は目の前の男から逸らさない。兜の奥で揺れる瞳を正面から見据える。
「もし違うと言うのであれば剣を握るその手に力を籠めなさい。私は甘んじてあなたの刃をこの身に受けるでしょう。ですが、もし私の言葉に少しでも共感してくれるのであれば、今ひと時だけでも剣を預け、私の言葉を聞いて頂けませんか」
そう言いながらもう一歩、足を踏み出す。鋭い剣の切っ先がほんの僅か私の喉元に埋まり、ぷつり、と皮が裂け、血が玉となる。もはや剣を支えているのが彼の手なのか、あるいは私の手なのかは分からない。あと一歩、私が足を踏み出せば剣は私の喉を貫き、この命を奪うだろう。私は心臓が耳元まで移動してきたのかと錯覚するほどの鼓動をうるさく感じていた。それは恐怖からか、あるいは命の危機に瀕したことによる緊張感からか、
「お、俺は……俺は!」
喉から絞り出すような声を上げた彼は、その後暫しの沈黙を挟み、ついに力なく剣を手放した。そして地面にへたり込み、力なく肩を落とす。
「……俺がガキの頃、キムラスカに居たとき。俺の親父はホド戦争に行ったきり帰ってこなかった」
力ないその声は、兜を通してくぐもっており、目の前の私にしか聞こえそうにないほど小さかった。
「
なあ、教えてくれよ。そう言って彼は私を見上げた。
「
最後には涙交じりの、声にもならぬ声で吼えた彼は、私の足に縋りつく。私は膝をつくと、血に汚れていない右手を彼の肩に乗せた。
「私にはあなたのお父上がどのような心持ちで戦争に赴いたか推し量ることは出来ません。そこには壮絶な葛藤があったのかもしれませんし、ただ
私が言えることは、かつての戦争で出た犠牲を無駄なものにしてはならないと、今この時も戦っている人がいるということだけです。
先の見えない道は暗く、足を踏み出すのは途方もない勇気が必要です。それでも、その先に
私の脳裏に過るのは、今まさにアブソーブゲートに突入しているであろうルーク達。そして、外殻大地降下に備えてあらゆる手を尽くしているだろうキムラスカのインゴベルト王とマルクトのピオニー皇帝。誰もが自分たちに出来ることを、自分たちの意志で選び取って死力を尽くしてくれている。それは目の前で震える彼だってそうだ。だからこそ私は彼らにこの身一つで向かい合わなければならない。それが私が唯一彼らに示せる誠意であるのだから。
「……モース様」
どれだけの沈黙があっただろうか。ほんの一瞬だったかもしれないし、存外長い間であったかもしれない。それを破った目の前の兵士の声は、先ほどまでとは違い、落ち着いたものだった。
「あんたはどうしてそこまで出来るんだ? 分からないじゃないか。ここまでしても、
「ええ、分からないでしょう。何なら、もっと悪い未来になることもあるかもしれません」
「だったら何故……?」
「信じているからです」
「信じる、何を……?」
「人の意志は
私がそう言うと、彼は兜の奥で小さく息を呑んだ。
「その結果、あなたが死んでしまうとしても?」
私はその問いに答える前に一度大きく息を吸い、そして吐く。この問いに対する答えは決まっている。もうずっと前から、私がこうなる前から定められている。この世界が辿ったかもしれない記憶が頭に巣食うことがなくとも、
「ええ、私は私の選択に殉じるでしょう」
私は
かつて
それが私の名の指す意味。私が生まれた意味なのだから。