大詠師の記憶   作:TATAL

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諸事情により来週投稿が出来ない可能性があるため来週分を本日投稿。

第一部は予定では後3~4話で終了予定です。
その後は番外編を4~5話程度挟んでから第二部に進行します。
第一部終了後は活動報告等で番外編のネタ募集なんかをかけるかもしれません。その際はお気軽にネタを放り投げて頂けると嬉しいです。

では今しばらくモース様の旅にお付き合いください。


問われる覚悟と私

 人ごみが自然に二手に分かれ、私と彼女の間に立つ者は未だ剣を収めない副官のみとなった道を、彼女は悠々と歩いてくる。

 

「いやぁ、思ったよりも早いお帰りだったねモース。もう身体は良いのかい?」

 

「ええ。お蔭様で。あなたにも世話になりっぱなしですね、カンタビレ」

 

 私がそう言うと、カンタビレは口を開けて豪快に笑う。そして気にするなと言わんばかりに私の肩を叩き、隣に並んだ。

 

「カンタビレ師団長。あなたは現在謹慎処分中のはずですが?」

 

「謹慎? 確かにオーレルの奴はそう言ってたけどね。そんなの今更従う必要があるかねえ、導師イオン?」

 

 剣を構えたまま、険しい声でカンタビレを問い詰める副官に対し、カンタビレは何も気負った様子は無い。薄ら笑いを浮かべて導師イオンに目配せをすると、導師イオンもくすり、と微かに笑いを漏らした。

 

「ええ。導師である僕の権限を以て、カンタビレの謹慎を解きます。僕達の護衛をよろしくお願いしますね」

 

「委細承知した」

 

 その言葉を待ってましたとばかりにカンタビレは腰に佩いた刀を抜き放つ。黒い、細身の刀身が日の光を浴びて鈍く輝いている。

 

「さあ、やる気があるならかかってきな! あるいは少しでも疑問を持つ者は後に続け! モースと共に今のローレライ教団に否やを突き付けてやろうじゃないか!」

 

 カンタビレはそう言って剣を頭上に掲げる。それに呼応するように私達を取り囲む市民達から声が上がった。それに気圧されたように剣を構えていた兵達は後退った。更に私達の側に立っていた兵達が逆に彼らを取り囲み、身動きを封じる。

 

「ほら、お前はどうするんだい?」

 

「ぐっ……! 何故、この男を庇うのですか。預言(スコア)に背き、世界に混乱を齎そうとしている男を……」

 

 カンタビレの言葉に、苦し気な声で返す目の前の兵士。剣こそ構えたままだが、柄を握る手は震えている。気が付けば周りの味方は降伏しており、これ以上抵抗を続けても意味が無いというのに、それでも戦意を失わない。それだけ、彼にとって預言(スコア)は重たいものなのだろう。今私に剣を向けている人間だけでない、この場にいないダアト市民や、他国の人々の中にも、私と相容れない考えを持つ者はいる。

 彼はそんな人々の気持ちを私に代弁してくれているのだ。それはとても勇気がいることだっただろう。こうしている今も、剣を構え続けるのにどれだけの覚悟がいるのか、私には想像もつかない。彼もまた、彼なりのやり方で世界を守ろうとしているに過ぎないのだ。

 

「カンタビレ、ここは私に任せていただけませんか」

 

「……あんたがそこまで身体を張らなきゃいけないことかい?」

 

「それでも私が向き合わねばならないことですから」

 

 カンタビレにそう言って私は目の前の男へと歩を進める。両手を軽く広げ、武器を持たないことを示しながらゆっくりと歩み寄れば、彼の剣の震えがより一層大きくなる。

 

「あなたの言いたいことは分かります。あなたにとって私は、あなたが大切にする預言(スコア)を蔑ろにする愚かな男でしかないのかもしれません」

 

「やめろ……止まれ!」

 

 歩みは止めない。後ろから導師イオンが私の名を呼ぶのが聞こえるが、ディストとカンタビレに止められているようだ。おかげで私の歩みを止めようとするものは目の前の男の言葉のみとなっている。

 

「私もあなたも、互いに譲れないもののために戦っています。だから私はここで止まるわけにはいかないですし、あなたもここを通すわけにはいかない。ですが、それでも少しだけ、私の話を聞いて欲しいのです」

 

「聞きたくない……聞いてたまるか!」

 

「あなたにとって受け入れ難い話かもしれません。ですが、剣を交えるのは言葉を尽くしてからでも遅くは無いはずです。私は預言(スコア)を蔑ろにしたいわけではありません」

 

「嘘を、嘘をつくなぁ!」

 

 遂に震える剣の切っ先が私の胸に触れる。少しでも目の前の彼が力を籠めれば、その切っ先は容易く服を切り裂き、私の胸に沈み込むことだろう。だが、そうはならなかった。私が一歩進む度に、剣に籠められた力は弱くなり、その切っ先は服に傷すらつけることなく私の肩口に滑る。

 

預言(スコア)は私達が迷ったとき、目の前に提示される選択肢に過ぎない。その道を選ぶのか、あるいは他の道を選ぶかは、私達に委ねられているはずだと私は思っています。今あなたが私に剣を向けているのは全て預言(スコア)に詠まれていたからでは無いはずです。

そこにはあなたの意志があったはず。預言(スコア)にも、何ものにも縛られない意志が。

時にはその意志が指す道が預言(スコア)の指す未来と異なることもあるでしょう。でもそこで自らの意志を放棄するようなことを、私はしたくないのです。そんなことをするのが正しいのだと、人々に、子ども達に言いたくないのです。

意志を捻じ曲げて進んだ先に罪の無い人々の犠牲があったとして、預言(スコア)に詠まれているからそれこそが唯一絶対の道なのだと言うのならば、声を大にして否と言うことが、ユリアに後世を託されたローレライ教団の使命だと、私は信じているのです。罪の無い命を犠牲にすることが無いよう、私はここに居る。あなたも同じ気持ちであると私は信じています。例え見据える未来が違おうとも、その志は違いが無いはずだと」

 

 肩に乗っかっているだけとなった剣を、私は左手で握りしめる。よく手入れがされた刃はそれだけで私の手の皮膚を薄く切り裂き、刃筋に沿って私の血が流れていく。痛みも感じるが、剣を手放すことはしない。刀身を握りしめたまま、肩に乗っていた剣の切っ先を私の喉に宛がう。周囲からどよめき、悲鳴が上がるが、視線は目の前の男から逸らさない。兜の奥で揺れる瞳を正面から見据える。

 

「もし違うと言うのであれば剣を握るその手に力を籠めなさい。私は甘んじてあなたの刃をこの身に受けるでしょう。ですが、もし私の言葉に少しでも共感してくれるのであれば、今ひと時だけでも剣を預け、私の言葉を聞いて頂けませんか」

 

 そう言いながらもう一歩、足を踏み出す。鋭い剣の切っ先がほんの僅か私の喉元に埋まり、ぷつり、と皮が裂け、血が玉となる。もはや剣を支えているのが彼の手なのか、あるいは私の手なのかは分からない。あと一歩、私が足を踏み出せば剣は私の喉を貫き、この命を奪うだろう。私は心臓が耳元まで移動してきたのかと錯覚するほどの鼓動をうるさく感じていた。それは恐怖からか、あるいは命の危機に瀕したことによる緊張感からか、

 

「お、俺は……俺は!」

 

 喉から絞り出すような声を上げた彼は、その後暫しの沈黙を挟み、ついに力なく剣を手放した。そして地面にへたり込み、力なく肩を落とす。

 

「……俺がガキの頃、キムラスカに居たとき。俺の親父はホド戦争に行ったきり帰ってこなかった」

 

 力ないその声は、兜を通してくぐもっており、目の前の私にしか聞こえそうにないほど小さかった。

 

預言(スコア)に詠まれてたんだ。戦争に行くことを。俺も、お袋も止めたさ。だけど俺達の言葉に耳を貸さないで行っちまった。そんで呆気なく死んじまったんだ」

 

 なあ、教えてくれよ。そう言って彼は私を見上げた。

 

預言(スコア)が唯一絶対の正解じゃなかったのなら、親父が死んじまったのは無駄だったのか? 親父は預言(スコア)に踊らされたただの馬鹿野郎でしかないのか!? そんな滑稽な話が、馬鹿みたいなことが許されるのか!」

 

 最後には涙交じりの、声にもならぬ声で吼えた彼は、私の足に縋りつく。私は膝をつくと、血に汚れていない右手を彼の肩に乗せた。

 

「私にはあなたのお父上がどのような心持ちで戦争に赴いたか推し量ることは出来ません。そこには壮絶な葛藤があったのかもしれませんし、ただ預言(スコア)に従っただけなのかもしれない。安易な慰めはあなたをかえって傷つけることになるだけでしょう。

私が言えることは、かつての戦争で出た犠牲を無駄なものにしてはならないと、今この時も戦っている人がいるということだけです。預言(スコア)に詠まれたからじゃなく、自らの意志で。未来をなぞるのではなく、切り拓くために戦っていることをあなたにも知ってもらいたいということだけ。

先の見えない道は暗く、足を踏み出すのは途方もない勇気が必要です。それでも、その先に預言(スコア)を超えたより良い未来があると信じて一寸先の闇に身を投じている彼らに、少しでも力添えをしてやってはくれませんか」

 

 私の脳裏に過るのは、今まさにアブソーブゲートに突入しているであろうルーク達。そして、外殻大地降下に備えてあらゆる手を尽くしているだろうキムラスカのインゴベルト王とマルクトのピオニー皇帝。誰もが自分たちに出来ることを、自分たちの意志で選び取って死力を尽くしてくれている。それは目の前で震える彼だってそうだ。だからこそ私は彼らにこの身一つで向かい合わなければならない。それが私が唯一彼らに示せる誠意であるのだから。

 

「……モース様」

 

 どれだけの沈黙があっただろうか。ほんの一瞬だったかもしれないし、存外長い間であったかもしれない。それを破った目の前の兵士の声は、先ほどまでとは違い、落ち着いたものだった。

 

「あんたはどうしてそこまで出来るんだ? 分からないじゃないか。ここまでしても、預言(スコア)に詠まれたものより良い未来がくるかなんて」

 

「ええ、分からないでしょう。何なら、もっと悪い未来になることもあるかもしれません」

 

「だったら何故……?」

 

「信じているからです」

 

「信じる、何を……?」

 

「人の意志は預言(スコア)に縛られたりしないと。そうして選び、掴み取った未来は、ただ言われるがままに享受しただけの未来より、ずっと価値があるはずだと。そういう意味では私も、あなたと大きく違いはありません。預言(スコア)か、あるいは人の意志に価値を見出すのか。私は人の意志が、想いが、預言(スコア)すら覆せるのだと信じているのです」

 

 私がそう言うと、彼は兜の奥で小さく息を呑んだ。

 

「その結果、あなたが死んでしまうとしても?」

 

 私はその問いに答える前に一度大きく息を吸い、そして吐く。この問いに対する答えは決まっている。もうずっと前から、私がこうなる前から定められている。この世界が辿ったかもしれない記憶が頭に巣食うことがなくとも、

 

「ええ、私は私の選択に殉じるでしょう」

 

 私は殉ずる者(モース)

 

 かつて預言(スコア)の成就という選択に殉じ、今は預言(スコア)を覆すという選択に殉ずる男だ。

 

 それが私の名の指す意味。私が生まれた意味なのだから。


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