二話同時投稿のため、出来れば連続で読んでいただけると幸いです。
アブソーブゲート
そこは地核からラジエイトゲートを通して吹き上げる
そのアブソーブゲートの最深部でルーク達が目にしたのは、自分たちに背を向けて鍵盤型の装置を操作するヴァンの後ろ姿だった。ヴァンの手が鍵盤の上を躍る度にパイプオルガンにも似た美しい旋律が響き渡る。
「そうか……、やはり貴様は来ないのか。どこまでもこの筋書きを崩したくないと見える」
鍵盤を操作していた手を止め、ここには居ない誰かに向けられた言葉は暫し宙を漂って溶けた。
「何故お前がここにいる、レプリカ」
背を向けたまま放たれる言葉。一見して隙だらけだが、その実、一歩でも間合いに踏み込めば首を落とされることが容易く予想できてしまうほど、今のヴァンが放つ雰囲気は鋭いものだった。
「ヴァン師匠……、俺はあなたを止めに来ました」
「……レプリカ風情が吼えたものだな。本来ここにいるべきはアッシュだった。もしその言葉を私に向けるものがいるとすれば、少なくともそれはお前では無かった」
ルークの言葉を否定し、ヴァンは遂に彼らに振り返る。そこに浮かび上がっていた表情はルークにかつて向けていた穏やかなものでも、冷徹なものでもなかった。落胆、悲憤、そして憐憫。およそ敵対するものに向ける感情では無いものが、今のヴァンの顔にはありありと見て取れた。
「モースはどうした? ダアトから連れ出したのだろう。ならば私を今ここで止めに来るべきはモースであるべきだ。いや、奴でなければならない」
その雰囲気にルークだけではなく、今まで数多の戦場を渡り歩いてきたジェイドすらも一筋の汗を浮かべて身構えた。ヴァンがモースに向ける執着は、およそ彼が今まで見せてきた感情の中で最も強く、濃いものだったからだ。それはまるで最も近しい者に向ける信頼にも、最も相容れぬ者に向ける憎しみにも見える何か。
「私が今ここでお前達を屠ってみせれば、奴は現れるのか? ローレライに選ばれたモースが、ローレライを亡き者にせんとする私の前に現れないのは何故だ? 何故、たかがレプリカ如きが私の前に今立っているというのだ」
「俺は……、俺はたかがレプリカなんて存在じゃない! アッシュの代替品なんかじゃない、ルークっていう一人の人間だ!」
「モースをお前の前に立たせたりなんてするわけが無いだろ。ボクが何のためにここまで来たと思ってるのさ!」
「哀れなレプリカ共よ。ルーク、お前に教えてやろう。お前はユリアの
「その言葉、撤回して!」
ルークの心を抉るようなヴァンの言葉に、叫ぶように反論したのは彼のたった一人の肉親であるティアだった。
「ルークは捨て駒でも、出来損ないなんかでもない。いつだって不器用でも、自分なりに他人と、世界と向き合ってきたのよ! そんなルークのことを否定する資格は兄さんには無いわ!」
「シンクが空虚なわけないじゃん! こんなにもモースのこと大切に想ってる人が空っぽだなんて、アニスちゃんがそんなの言わせないよ!」
「哀れだな、傀儡に過ぎない者たちよ。……メシュティアリカ。哀れな妹よ。もはやお前すら、この恐るべき世界の真実に囚われた操り人形の一体なのか」
だがそんなティアやアニスの言葉も、今のヴァンには通じない。彼の心は既に目の前にいるルーク達から離れていた。彼の目に映るのはこの世界を超えた地平に立つ一人の男。それ以外の全ては今の彼にとってどうでも良いことだった。かの大詠師の筋道を、神に決められた道を捻じ曲げることこそが、今のヴァンの目的となっていた。
「
「そのために外殻大地を崩落させ、レプリカで大地を満たす? 大人が見る夢にしてはあまりに壮大な妄想ではありませんか?」
「妄想、賢しい
「ヴァン、あなたは唯一の肉親であるティアがここまで言っているのにどうしてそこまで頑なになるのですか! あなたの血を分けた妹なのでしょう!」
「レプリカを作るから今のティアはいらないってか、ヴァン? だとしたら俺はお前を軽蔑するぜ」
ジェイドの嘲りを一蹴したヴァンに、ナタリアとガイが武器を手にしながら言い放つ。辺りに漂う緊張感はヴァンとルーク達が剣を交える瞬間が迫っていることを否が応でも感じさせた。
「操り人形となった者の言葉など、最早私の心には響かない。ここでお前達を始末し、ローレライ、そして神への反逆の嚆矢としよう!」
「ヴァン師匠……、いやヴァン! 勝つのは俺達だ!」
その言葉と共にルーク達は一斉に剣を抜いたヴァンへと飛び掛かる。
終末のセフィロトで、決戦の火蓋が切られた。
戦いは数が多い陣営が有利だと言われる。だが、今ここで繰り広げられている戦いはその通説を覆すものだった。
「その程度か、レプリカ!」
その言葉と共に鋭く突き出された剣が朱赤の顔を貫かんとする。その冴えは並の兵士ならば反応すら出来ずにあっさりと命を散らしてしまうほどのもの。それに反応できたのは、ルークが曲がりなりにもヴァンに師事し、その剣筋を見続け、身に付けてきたから。そしてここに至るまでの数多の強敵との戦いが、ルークの野性的な勘を研ぎ澄ませてきたからだった。
「ぐぅ……!」
眼前に迫る切っ先を左手に持つ剣で弾くも、勢いは殺しきれずに後ろに吹き飛ばされるルーク。その陰から飛び出したのは拳を固めたシンクだった。
「昂龍礫波!」
突き出された拳は闘気を纏い、身体に受けてしまえばひとたまりもないことが一目で分かる。だがそれを前にしてもヴァンは冷静さを崩すことは無い。剣の腹で拳を受け流すようにいなすと、そのまま左拳をシンクの腹へと沈ませた。
「誰が貴様に体術を仕込んだと思っている!」
「かはっ!?」
「ちょ、シンク!? 何でこっちに、危なーい!」
枯れ葉のように吹き飛ばされたシンクは、そのまま後ろから更に追撃を仕掛けようとしていたアニスのトクナガへと突っ込み、諸共地面に倒れ込んだ。
「おっと、俺達を忘れちゃ困るぜ」
「行きますわよ、ガイ!」
「秋沙雨!」
「シュトルムエッジ!」
シンク達を追撃させまいとガイが割って入り、目にも止まらぬ突きの連打を繰り出し、それに対処する隙を衝くために絶妙にタイミングをずらして放たれたナタリアの三連射がヴァンに襲い掛かる。
「この程度!」
だが、剣の一振りで二本の矢を叩き落とし、残りの一本を素手で掴み取ると、素早くガイから距離を取ってヴァンは弓を引き絞るように剣を引く。
「光龍槍!」
そして剣の周りに纏った光輝く
「やべっ!」
「させません! ロックブレイク」
焦りの表情を浮かべたガイだったが、ジェイドが詠唱した譜術によって地面からせり上がった土壁が槍を受け止めた。
「回復するわ、ハートレスサークル!」
そしてティアが唱える譜術によってダメージを負った面々の足下に淡く光を放つ環が描かれ、光と共に傷を癒していく。
入れ替わり立ち代わりヴァンを攻め立ててはいるものの、先ほどからこうして膠着状態となってしまっていた。何度も攻撃を仕掛けているにもかかわらず、ヴァンはその全てに対応、反撃を繰り出し、たった一人であることを感じさせない立ち回りを見せていた。多少の傷を負ってはいるものの、総合してダメージをより多く受けているのはルーク達だ。
「くそっ! このままじゃジリ貧だ」
「まさかここまで手強いとは思いませんでしたよ。軍人としてのプライドが傷ついてしまいますねぇ」
微塵も隙を見せないヴァンに、ルークは悪態をつき、ジェイドはやれやれとため息を吐く。そんな彼らを尻目にヴァンは悠々と自分が携える剣を眺め、その状態を確認していた。
「大言を吐いたが、所詮は出来損ないか。これほどの人数差がありながら私一人追い詰めることが出来ないとはな」
「くっ!」
ヴァンの言葉に歯噛みするルークだが、否定の言葉は出てこない。何度繰り返しても、他のメンバーと連携を取ろうと、ヴァンはその全てに反応する。倒せるビジョンが思い浮かばない。完全に手詰まりだった。
「おい、ルーク。耳だけよこせ」
そんなルークに向かって、隣に並んだシンクが小声で話しかけた。ルークはそれに視線はヴァンから離さないまま、意識をシンクの言葉へと向ける。
「このままじゃ埒が明かない。今からボクが相打ち覚悟で突っ込む。お前はピッタリとボクの後ろについて来い、いいな?」
「なっ!? おま」
ルークの反論を待たずに、シンクはヴァンに向かって駆けだした。敢えて身体を大きく見せるように、気迫の叫びをあげながら、
「フン、玉砕覚悟の突撃か。もう少し賢い選択をすると思っていたのだがな、シンク」
そんなシンクに対して呆れたような目を向けながらヴァンは剣を構えた。
「させるか! 魔神月詠華!」
「エンブレスブルー!」
シンクを援護するため、ガイが別方向からの剣技で、ナタリアが頭上高く打ち上げた矢で牽制する。
「合わせますよ、セイントバブル!」
「続くわ! ホーリーランス!」
ジェイドが発動した譜術によってヴァンの足下から凝縮された水泡が立ち昇り、ティアの譜術によってヴァンを囲うように光の槍がいくつも形成される。常人ならば逃れることの出来ない必殺の陣。ヴァンは素早く周囲の状況に目を走らせると、剣を両手に持ち、切っ先を地面へと向けた。そして剣を地面に突き立て、そこから莫大な量の
「この程度で! 星皇蒼破陣!」
その言葉と共にヴァンの周りを囲うように
「後悔するのだな」
「しないさ! モースの代わりにボクが戦う。ボクはもう空っぽなんかじゃない!」
ヴァンに言い返しながら、戦闘の空気に敏感なシンクの直観はこの後に起こる出来事を予測できていた。
自分の拳は恐らく、いや確実に届かない。拳が届くよりも先にヴァンの剣は自らの身体を切り裂くだろう。自分から断頭台に向かっているようなものだ。まず助からないし、助かるつもりも無い。この身でヴァンの剣を受け止め、後ろに控えるルークがヴァンを仕留めるための隙を何としてでも作りだす。これほどまで死の予感が強かったことはこれまで無かった。ザレッホ火山の火口で、出来損ないだからと煮えたぎる溶岩に身投げを強要されていたとき以上の死の気配が自分に纏わりついているのを感じる。だが、不思議と恐怖は無い。
(ああ、モース。笑える話だね。あんなに世界が嫌いで嫌いで堪らなかったボクが、今はそんな世界を守ろうと命まで懸けてるんだ。でも、嫌な気分じゃないよ)
それはきっと、生まれてきてくれて、生きていてくれて良かったと言ってくれる人が自分にもいると分かったから。世界の誰からも望まれていなかったとしても、たった一人だけはそんな自分を受け入れてくれると知ったから。
(ねえモース。また頭を撫でて欲しいって言ったら、どんな顔をするんだろうね? 無事で帰って来いって約束はこれじゃ守れないね)
自分に迫り来る絶死の刃を前に、シンクは穏やかに笑って見せたのだった。
その刃は、無慈悲に身体を切り裂いた。