大詠師の記憶   作:TATAL

67 / 137
第一部最終話です。

以前にも書いた通り、ここから番外編数話を挟みます。活動報告を更新するので番外編で見たいネタ等はそこにコメント頂けると嬉しいです。


極点の決着

 シンクに襲い来るはずの痛みは無かった。代わりに、何か温かいものに抱きしめられているような感覚があった。

 

 目の前には赤、紅、緋。まるで花弁が散るように血が舞っていた。シンクは目の前に立つ彼女を見て目を見開いた。

 

「なん、で……ボクを庇ったんだよ、アニス」

 

 シンクを抱き留めるように、ヴァンとシンクの間に割り込んだアニスの背中を、ヴァンの刃が深々と斬り付けていた。

 シンクの言葉に何も返さないまま、しかし弱弱しく笑うアニス。それを見てシンクは身体の中で何かが燃えているように、全身が熱を持つのを感じた。

 

「合わせろルーク!」

「おう!」

 

 剣を振りぬいた一瞬の間隙。そこを衝いてアニスの陰からシンクとルークが揃って飛び出す。シンクが拳と足を巧みに使ってヴァンの剣を押さえ、弾き、ルークがその隙にヴァンの懐に潜り込む。

 

「お前だけは許さない。許してやるもんか! 疾空雷閃舞!」

 

 肘、拳、膝、足先。人体で武器となり得る部位を全て活用し、敵の正中線にそれらを叩きこむ二十連撃。半数を剣で弾くが、残りの半数を身体で受け止めることになったヴァンは、その威力に遂によろめいた。

 

「ぐっ! だが、まだ終わっては」

「うおおおおっ!!」

 

 呻き声と共に体勢を立て直そうとしたところにルークが吶喊する。剣をしまい、合わせた両手から迸るのは今にも爆発してしまいそうな第七音素(セブンスフォニム)の脈動。

 両掌に凝縮された破壊の因子、超振動の力は、旅の道すがら、ティアの指導と訓練のお陰で自分が狙ったものにダメージを与えるルークの切り札の一つとなった。かつてアクゼリュスを支えるセフィロトを消し去ってしまう威力を秘めた攻撃、制御下にあるために威力は大きく落ちるとは言え、その力が今ヴァンに向かって放たれる。

 

「レイディアント・ハウル!」

 

「くっ、ぐおぉぉぉぁぁあああ!!」

 

 さしものヴァンであっても、それに耐えられる程の肉体を持っているわけではない。身体の内側から破壊されるような痛みがヴァンを襲い、遂に彼は膝をついた。

 

「ティア! ナタリア!」

 

「分かってるわ!」

「すぐに治療を!」

 

 ヴァンがすぐに動けない状態になったと見るやルークは後ろに控える治療師(ヒーラー)に声をかける。ティアとナタリアはそれにすぐさま反応し、地面に倒れ伏すアニスに駆け寄って治療を始めた。シンクはアニスの傍らにしゃがみこみ、自身の服を力任せに引き裂くと、傷口に押し当てて圧迫し、これ以上アニスから血が流れないようにする。

 

「お前、お前……、なんでボクなんか」

 

 シンクの口からは何故、という問い掛けばかりが零れる。どうして自分を庇ったのか。モースがアニスのことを大切に想っているのは知っている。アニスだってどれだけモースのことを慕っているかも。このままヴァンとの戦いが長引けば、誰かが犠牲になっていた。モースは誰が犠牲になってもひどく苦しむだろう。だからこそ、犠牲になるなら自分だとシンクは考えたのだ。シンクという存在は自分しかいない。でも、兄弟達がいる。自分よりもモースに明け透けに好意を表せる兄弟達なら、自分がいなくなった悲しみを癒すことだってできるだろう。しかし、アニスはダメだ。アニスが死んでしまえば、モースの心に取り返しのつかない傷が残る。それだけは嫌だった。

 

「アニス、ちゃんは。お姉ちゃんだもん」

 

 そのとき、微かな、消え入るようなアニスの声がシンクの耳に届いた。

 

「シンクは、さ。弟がいたら、こんな感じ、かなって。放って、おけなくて」

 

「……馬鹿アニス。ボクの方が大きいんだからな」

 

 ティアとナタリアの必死の治療が少しずつ効果を表しているのか、徐々にアニスの顔色は穏やかなものになっていく。

 

「シンク! そのままアニスと話し続けて! 意識を途切れさせちゃダメ!」

 

 治癒術を重ね掛けしながら、ティアがシンクにそう指示を出す。それに応えるように、シンクは空いた左手でアニスの右手を包み込んだ。

 

「ダメ、じゃん。まだま、だ、モース様に、甘えなきゃ、いけないんだから」

 

「ああ、そうさ! でもそれでお前が居なくなったらモースがどれだけ悲しむと思ってるんだ!」

 

「良いですわ。もう少し、もう少しですわよ!」

 

 先ほどまでの戦闘以上に張り詰めた表情のナタリアが、傷口に手を添え、治癒の光を当てる。そうするたびに痛みが和らぐのか、歪んでいたアニスの表情が緩んでいった。

 

「ほら、見ろよアニス。背中に背負ってたトクナガが今のでボロボロだ。またディストのやつを扱き使って修理させないと」

 

「そう、だね。ホント、ディストって何でも出来て……すご、い、から……」

 

「アニス? アニス!?」

 

 ふっ、と瞼が落ちたアニスを見て、シンクが焦燥に駆られて肩を揺さぶるが、それをティアとナタリアが両隣から肩に手を置いて押さえた。

 

「落ち着いて、シンク。気を失っただけよ。怪我の治療自体は何とか終わったから」

 

「シンクの応急処置が的確で助かりましたわ。少しでも止血しておかなくては傷を塞いでも血が足りずに、なんてことにもなりかねませんでした」

 

 その言葉を聞き、ようやく安心が出来たのか、シンクは地面にへたり込むと、すうすうと寝息を立てているアニスを胸に掻き抱いた。

 

 ルーク、ガイ、ジェイドの三人は大きなダメージを受けて蹲るヴァンを囲み、そんな彼女らに万が一にもヴァンが近寄らないように警戒していた。

 

「ぐっ、ハァ……ハァ……。まさか、私が利用した力が私に返ってくるとは、な」

 

「諦めて投降しなさい、ヴァン。障気に蝕まれた身体でルークの超振動を受けたのです。これ以上の戦闘は不可能でしょう」

 

 未だダメージが抜けきらず、息が荒いヴァンに槍を突き付けながら、ジェイドは投降を促す。ジェイドとしては、モースに聞いた話から、ここでヴァンを地核に逃がしてしまうことは避けたかった。だが、ヴァンもダメージを負っているとはいえ、こちらもアニスが意識を失い、ティアとナタリアも治療で力を使い果たし、シンクはとても戦える状態ではなくなった。手負いであっても戦力が半減したルーク達でヴァンが倒しきれるとはジェイドは考えてはいなかった。

 

「フッ、投降? 今ここで私が死んでいないということは、まだ私にも可能性が残されているということ」

 

「余計な真似をするなよヴァン。かつての主人の責任だ。今度は俺が刺し違えてでも止めてやる」

 

 ジェイドの言葉を鼻で笑ったヴァンに、ガイが険しい表情で剣を突き出す。かつての主従の絆は消え、今は仲間を傷つけた者への敵意が彼の内心を占めていた。少しでも後ろのティア達を害そうとする動きを見せれば、容赦なくその首を刎ね飛ばそうと、剣を握る手に力を籠める。

 

「もう諦めるべきだ、ヴァン師匠。投降してくれたら命までは取らない」

 

「それが甘いと言うのだ出来損ないのレプリカめ!」

 

 ルークの言葉に、先ほどまで膝をつき、動けなかったように見えたヴァンが剣を力任せに振るった。それは型も何も無い、ただ膂力に任せた一閃だったが、それでもルーク達とヴァンの間に少しの距離を作ることには成功した。その隙を衝き、ヴァンは身体を引きずるようにして音叉型の音機関の下まで移動し、剣を杖代わりに立ち上がる。

 

「やはり筋書きに抗うには尋常な手段では不可能か……。であれば、一先ずは筋書きの通りに尋常ならざる力を得ねばなるまい」

 

「ッ! 待ちなさい!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたヴァンにジェイドが慌てて駆け寄るが、一歩届かない。ヴァンは不敵な笑みを浮かべたまま、音叉型音機関の下に空いた底の見えない穴へと身を投げた。セフィロトへと繋がるその穴の先は、地核。すぐに暗闇に呑まれてヴァンの姿は消えてしまう。最初からヴァンなどいなかったかのように。しかし、柱や床に残る戦闘の跡、そして突き立てられた剣が、姿を消したヴァンの存在を強く主張していた。

 

「くっ、逃がしてしまいましたか……」

 

「逃がした、とはいえこの先は地核だろう? 流石の奴も生きちゃいないと思うが……」

 

 ジェイドの言葉にガイは訝し気な表情を返す。とはいえパーティの頭脳が言うことだ。ガイは不思議に思いはするものの、否定はしない。

 

「一先ずヴァンは退けたんだ。さっさと降下作戦を済ましちまわないか?」

 

「……ええ、そうですね。ルーク、行けますか?」

 

「おう。ガイとナタリアはシンクとアニスに付いててやってくれ。俺とジェイドとティアは奥でパッセージリングの操作を」

 

 ジェイドの問い掛けにそう答えたルークは、そのままジェイドとティアを伴ってパッセージリングへと向かう。そして、音叉型音機関を前に、両手を揃えて構えた。

 

「いつでもいけるぞ、ジェイド」

 

「分かりました。ティア、お願いできますか?」

 

「はい」

 

 そして外殻大地の降下が始まる。

 

 


 

 

「市民は講堂の中へ!」

 

「教団関係者は神託の盾騎士団の訓練場に行きな!」

 

 ダアトのローレライ教団本部は普段からダアト市民が足繁く通うため、常に人がいて賑やかだ。しかし、今この場はいつにも増して人でひしめいていた。私は声を張り上げて市民達を講堂の中へ誘導し、カンタビレは右往左往する教団関係者を神託の盾兵に案内させて訓練場へと連れて行かせていた。

 外殻大地の降下でどのようなことが起こるのかは分からない。だが、市民が各々の家で過ごすよりは、こうして頑丈な建物内に纏まっている方が安全だ。先の崩落で起こった地揺れ以上のものが起きたとしても、教団本部の建物ならば恐らく耐えられるだろう。

 そうやって市民の誘導を行っている私の隣に、鳥型の魔物であるフレスベルグが降りたつ。そこに乗っていたのは神託の盾兵。アリエッタの部下だ。

 

「モース様、オーレルは無事収監されました」

 

「そうですか……、ありがとうございます」

 

 講堂でダアト市民が私への支持を明確にすると、オーレルは逃げることもせずにその場に呆然と立ち尽くしていた。まるで市民の反応が有り得ないとでも言いたげな表情で。そんな自失状態だった彼を神託の盾騎士団本部にある懲罰房に収容し、私とカンタビレ、ディストは今必死に市民達の避難誘導を行っているのだった。本当ならばアリエッタの力も借りたいところだが、今の彼女はフローリアン達の護衛に加えてライガクイーンとその群れの混乱を抑える役割もあり、とてもではないが手が足りない。だからこそ彼女が従える魔物を部下に預け、連絡手段として用いている。

 

「モース。大体の人間は収容出来たよ」

 

「こちらもです。講堂に収まらないものは玄関ホールにいます。あそこもまあ崩れたりすることは考えにくいですからね」

 

 そう言ってカンタビレとディストが私の下へと近づいてきた。導師イオンはダアト市民達を安心させるために一人一人と話しに行っており、この場には私達三人しかいない。

 

「ありがとうございます、カンタビレ、ディスト。後は無事に降下作戦が終了することを祈るだけですが……」

 

 そう私が言い終わるや否や、足下が微かに揺れるのを感じた。この揺れは、タタル渓谷で感じたものと同じだ。

 瞬く間に揺れは大きくなり、私では立っているのも怪しくなるほどだ。

 

「皆さん床に伏せて! 大丈夫、崩れたりはしません!」

 

 悲鳴が上がり、ざわつく空間に声を張り上げ、私は地面に膝をついた。それに合わせてカンタビレもしゃがみ込んで周囲に手本を示してくれる。ディストだけは相も変わらずお馴染みの椅子に座ってぷかりぷかりと浮いていたが。

 

「この揺れがあるってことは、あの子たちは上手くやったんだろうね、モース」

 

「ええ、そのようです。これで外殻大地崩落の危険は無くなることでしょう」

 

預言(スコア)からの脱却方針も示せたし、お前としては大成功なんじゃないのかい?」

 

「いえ、それは違いますよカンタビレ」

 

 うりうりと脇を小突いてくるカンタビレに、私は首を横に振って返す。ここがゴールであるなどとんだ思い違いだ。

 

「私はこれから皆に示し続けなくてはいけないのですよ。預言(スコア)に頼らぬ生き方で人は幸せになれることを。今は一時の熱狂で皆私に従ってくれているに過ぎません。時がたち、冷静になれば預言(スコア)への未練が顔を出す。そうなったときに人々が迷うくらい、私はこの選択が間違っていないことを証明し続ける必要があります。真に大変なのは、今この時からだと私は思っていますよ」

 

「おうおう、真面目だねぇ。こんなときくらい少しは喜んだらいいものを」

 

 カンタビレはそう言って呆れたように笑い、私と肩を組む。私とて喜びたい気持ちはあるが、それ以上にルーク達の安否が気がかりだ。ヴァンは退けたのだろうが、誰か怪我はしていないだろうか、あまつさえ死んでしまっていたらと考えるだけで、心臓が止まりそうに感じる。

 

 今はただ、彼らが無事に帰ってくることを祈ろう。

 

 ──が声を―ーけ、――る者よ――。

 

 揺れ続ける外殻大地降下の最中、私は頭の奥が微かに痛むような感覚と、誰かの声を聴いたような気がした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。