大詠師の記憶   作:TATAL

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アライズが楽しみで夜しか眠れないので初投稿です


ヴァンの妹と私

「ただいまをもってティア・グランツ響長を大詠師麾下情報部隊に任命する」

 

「謹んで拝命いたします」

 

 二人しかいない大詠師の執務室の中で、私はヴァンの妹、ティアと向かい合って立ち、彼女の掲げた杖に右手を翳し、簡素な宣言をすることでこの儀式は終了した。余りにも質素に、そして呆気なく任命式は終わった。

 

 グランコクマから戻った私に待っていたのは、カンタビレの推薦を受けたティアの任命式だった。それはつまり始まりが近いことを告げている。マルクトの動きは予想以上の速さだった。タルタロスを使ったのか、私がダアトに辿り着く前にアニスを通じて導師イオンと接触し、彼女の手引きによって無事にダアトを脱出。今はジェイドと行動を共にしていることだろう。

 導師イオンの軟禁は私を含めた教団トップの一握りのみが知っている。多くにとっては導師イオンが体調不良で静養していることになっているため、今のところ教団内に混乱は起きていない。だからこそ私も表面上はいつも通り振る舞う必要がある。

 

「これで君は私の指揮下に入った。この部隊の部隊員は互いの顔も、名前も、請け負った任務も知りません。それを知るのは私とハイマン君のみです。あなた達は孤独に任務に臨まねばなりません。これについてはカンタビレに聞いていますね?」

 

「ハッ、カンタビレ先生から聞いています。モース様は信用に足ると」

 

 これはまた、私はいつの間にやらあの女傑から身に余る信頼を受けていたらしい。ティアは彼女の言葉のおかげで私に信頼を向けてくれているようだ。彼女のアイスブルーの瞳は縋るように私を見つめている。そこに籠められた思いは、言葉は無くとも私に強く伝わってきた。

 

 そこにあったのは孤独、寂寥、微かな希望。

 

 唯一の肉親を疑わなければならないということは、そしてそれを周囲に明かすことが出来ないというのはどれほどこの幼い少女に重圧を与えたことだろう。多少なりともそれを分かち合えたカンタビレも今はいない。彼女にとっては、カンタビレから伝えられた言葉を信じるしかないのだ。

 

「……ティア。君の中にある疑念を私は否定も肯定もしない。ですが、一言だけ言えるとすれば、カンタビレが私にかけた信頼を、私は裏切るつもりはありません」

 

「っ、……ありがとう、ございます」

 

 私の言葉に、彼女の瞳の中に浮かぶ不安の色が少し和らいだことが見て取れた。私ごときの頼りない言葉でも、多少は彼女の重荷を受け止められたようだ。

 私は彼女に多くを語ることは出来ない。狡猾なヴァンであれば、この幼い少女からいとも容易く情報を抜き取るだろう。そして私の裏切りに気づき、人知れず私を葬るか、あるいは計画を変更するかしてしまうだろう。私に出来ることは彼女の重荷を少しでも代わりに背負うことが出来る存在がいるということを伝える事だけだ。

 

「あなたに多くを語ることは出来ません。そして語ることが出来ない理由も、あなたに伝えられるのはあなたに与えられる任務についてです」

 

 そう言って彼女に封筒を差し出すと、先ほどまでの不安げな色を押し隠し、軍人の顔に戻ってそれを受け取ると、中身を読み進める。

 

「第七譜石の探索、ですか」

 

「そうです。ユリアの遺した最後の預言(スコア)、それを見つけることは教団の悲願です。神託の盾騎士団でも多くが捜索にあたっていますが、未だに場所の手がかりすら分かっていません」

 

 本当は第七譜石の場所は分かっている。ザレッホ火山の奥深く。火口付近にそれは鎮座している。常人が立ち入ることを許さない過酷過ぎる環境に第七譜石が落ちたのは、この世界の終焉を詠んだ残酷な預言(スコア)を人々に突き付けることを厭った始祖ユリアの優しさだろうか。

 だが、それ故にこの任務は私にとって好都合だ。教団にとって優先事項であるが故に邪魔されにくい上、どこにいて何をしていようとそれは任務の範疇になる。曖昧な命令とはそれを理解している人間にとって非常に使い勝手の良い口実となる。しかし、彼女には私の言いたいことが上手く伝わっていないようで、少し困ったような顔をしている。

 

「未だに発見の目途が立たない代物です。あなたには広範囲に渡り、時間をかけて探索に当たってもらわなければならないでしょう。あなたはあなたの調査結果に基づいて調査を進めてください」

 

「私の、調査結果……、っ!? はい、ありがとうございます!」

 

 私の意図が伝わったのか、彼女は勢いよく私に頭を下げた。彼女の灰銀色の髪がふわりと舞う。そうだ、彼女はまだ少女だった。誰も彼もがヴァンや私、ジェイドのように腹芸に慣れているわけではないのだということを忘れてしまっていたようだ。

 私は執務机の引き出しから小物入れに使っている小箱を取り出すと、その中からいくつかの小物を見繕って彼女へと差し出した。

 

「モース様、この宝石は……?」

 

「任務にあたってはある程度の資金が必要ですが。ガルドでは嵩張りますからね。安心して下さい、どれも教団が利用している店で仕入れたものですから本物の宝石です」

 

「こんな立派なもの、受け取れません!」

 

 彼女は慌てたように私の手を押し返そうとするが、それに構わず私は指輪やネックレスといった小物を彼女に押し付けた。

 

「これは情報部隊の人間皆に渡している物ですから遠慮などいりません。それにどうせ私の給料から私的に購入している物ですからね、教団の資金を不正に流用しているわけでもないので至って健全です」

 

「余計に受け取り辛くなりますよ!」

 

 彼女の細い眉がハの字になって少し泣きそうになっている。何故だ、どうせ私は独り身な上、衣食住は教団からの補助で殆ど個人負担が無いため、いくら給料を貰おうと使い道のない金が貯まっていくばかりなのだ。ならば少しでもこうして経済を回すことに貢献せねば。それにもしこのまま彼女を送り出してしまえば、彼女はルークとタタル渓谷に飛ばされた際、母親の形見のペンダントを馬車代として商人に渡してしまうのだ。後にそれは買い戻されることになるが、その通りになるとは限らない以上、こうして安全策を講じておくに越したことはない。

 

「何、必要経費として遠慮なく受け取っておけば良いのです。もしくは任命祝いとしてでも考えておけば良い。あなたの前に任じた人物など、嬉々として受け取って頬擦りまでしていましたよ?」

 

「……流石にそこまではしませんが、ありがとうございます。大切にします」

 

 そう言って渋々といった表情を隠そうともせず、彼女は小物をしまいこんだ。いや、大切にするのではなくキチンと使うべき時に使って頂きたいのだけれども。まあ流石に形見のペンダントと私のちょっとした小物なら形見のペンダントを取るでしょうし、恐らくは大丈夫だろう。

 

「よろしい。では早速任務に出てください。一度ユリアシティで準備を整え、ユリアロードを通じてアラミス湧水洞から始めると良いでしょう」

 

「ハッ、ご期待に沿えるよう、全力を尽くします」

 

「ええ、期待しています」

 

 彼女は顔を引き締めると、一礼してから部屋を後にした。私はその後ろ姿を見届けると、机に備えられた鍵付きの引き出しから、一通の簡素な便箋を取り出した。

 

「やはり、無事に導師イオンとアニスはジェイドと合流できたようですね。補給のためにエンゲーブへ向かう、やはり私の記憶の通りになっているようですね」

 

 それはアニスから私に宛てられた定時連絡だ。彼女は鳩を使ってこうして私に簡潔な報告を寄越してくる。これのお陰で私は彼女らが記憶の通りに旅を進めているかを知ることが出来る。そしてこの段階になった以上、また一つ済ませておかなくてはならないことがある。私は席から立ち上がると、急ぎ足で部屋を後にした。

 

 


 

 

「急にお邪魔してしまってすみませんね」

 

「そんなこと、ないです。モース様、優しいから、好き、です」

 

 私が訪れたのはアリエッタの部屋だった。この時期ならばギリギリまだ動き出していないはずだと踏んでいたが、どうやら予想通りだったようで、彼女は快く私を迎え入れてくれた。彼女が魔物と意思疎通が出来るその能力を買われてヴァンに拾われて以来、私も彼女に心を砕いてきたことが功を奏したのだろうか。慣れない手つきながらもお茶を淹れてくれたため、先ほどまでライガが占領していて毛がついた椅子に腰かけ、ありがたく頂く。少し濃く淹れ過ぎてしまっているが、これくらいの方が頭がスッキリすると思えば悪くない。

 

「モース様に教えてもらったお茶、練習しましたです。どう、ですか?」

 

 そう言って不安げに傍らに立つアリエッタを安心させるため、私は微笑んで彼女の頭を優しく撫でる。

 

「ええ、とても美味しく淹れられていますよ。練習してくれたのですね、とても嬉しいです」

 

 その言葉に安心したのか、彼女は目を細めて微かに笑みを浮かべる。このぽわぽわとした雰囲気はいつも私を癒してくれるのだが、今日は急ぎの用事があるためこの優しい空気に浸っているわけにはいかない。

 

「さて、アリエッタ、今日来たのはあなたに知らせておくべきことがあるからです。あなたの母親、ライガクイーンに関してです」

 

「ママのこと、ですか?」

 

「そうです。今彼女らの群れはエンゲーブ近くの森で営巣していると聞きましたが、間違いありませんね?」

 

「はい、元々住んでたところが、火事になっちゃって、これから生まれてくるアリエッタの弟妹の為にも、おっきな森にじゃないとダメ、だから」

 

 そう。このままだと彼女の育ての親であるライガクイーンはルーク達と対立し、ジェイドによって卵諸共殺されてしまう。これが決定的な対立となり、最期まで彼女はルーク達と戦い続けることになってしまう。そんな救われない最期など私はごめんだ。確かにライガは人にとっては自らを襲う害獣であるが、それでもアリエッタにとっては家族なのだ。であれば少しでも救われなければならないだろう。例え全てを救うことが出来ないとしてもだ。

 

「そのことですが、ライガクイーンと卵だけでも人里から離れた森に移すことは出来ませんか。群れ全体を養うことは出来ずとも、クイーンと生まれてくる仔ども、多少の取り巻きであれば生きていくことが出来るのではないかと思うのですが」

 

「出来る、かもしれないですけど。でも、どうして、です?」

 

 アリエッタは私の言葉に不思議そうに首を傾げる。本当ならば群れ全体を別の場所に移したいが、それはそれでルーク達とチーグルの接点を潰しかねない。だからこそ、ライガの群れに多少の被害が出ることは諦めるしかない。魔物に育てられたアリエッタは、その辺りの死生観は魔物に近い。彼女の母親や弟妹に被害が出なければ、悲しんだとしても致命的な決裂にまでは至らないと信じたい。

 

「エンゲーブ付近でライガの目撃情報が増えているとの声がありましてね。まだ被害は出ていませんが、予防的にライガを駆除しようとする動きがあってもおかしくはありません。その前にあなたの母親と卵だけでも人目につかない所に逃げておいてもらえればと思いまして」

 

「そう、なんですね。分かりました。ママにお話してみます」

 

 そう言って彼女は人形をギュッと抱きしめる。これで少しは被害が、未来の悲しみが減ることを祈るしかない。

 

「ありがとうございます。出来ることならダアトの近郊の森に引っ越してきてもらえれば良いんですが、群れを養えるほどの森は少ないですからね」

 

 彼女が普段連れていたり、作戦行動に同行させるライガやフレスベルグ達が森に既に住み着いているため、追加でライガの群れを養うほどの能力はダアトの森にはないだろう。

 彼女に急いで伝えるべきことは伝え終わったため、私はカップに残った少し冷めたお茶を飲み干すと席を立つ。最後に不安そうにしている彼女の頭をもう一度撫でて扉へと向かう。

 

「ああ、忘れていました。アリエッタ、もう一つだけお願いしたいことがあるのですが……」

 

 


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