どうやらバチカル脱出後、モース様臨時加入状態で街を巡るとこんなサブイベントが発生するようです
本編時系列の隙間でこのようなことがあったり無かったりしたのかもしれません
「一体どうしてこうなってしまったのでしょうか……」
「いやぁ、慕われていますねぇ」
私は目の前で繰り広げられている光景に頭を抱え、そんな私の隣でジェイドがこの上なく良い顔で笑っていた。
「第一回、誰が一番親孝行出来るか選手権! 開始ぃ~!」
そんな私を尻目に、元気いっぱいのアニスの声が青空の下にこだましたのだった。
旅の道すがら、エンゲーブに立ち寄った私達は、ミュウを連れてチーグルの森に近況報告に向かう者と、エンゲーブで食料を補給する者に分かれた。チーグルの森にはルークとガイ、ティアそして導師イオンの4人が向かい、残った私とアニス、ナタリア、ジェイドが物資補給班としてエンゲーブに残ることになった。
「さすがオールドラント随一の食料生産地ですね、鮮度もさることながら、一つ一つの質が素晴らしい」
店先に並んだリンゴを一つ手に取り、その大きく、輝く紅玉をしげしげと眺める。表面が艶々と輝くそれは、見ただけで甘いであろうことが良く分かる。この熟し方から見るに村内やごく近隣の集落向けだろう。
「モース様! これで一緒にアップルパイ作りましょうよぉ!」
「それも良いですね。宿の調理場を借りて帰ってくるルーク達のために用意してあげましょうか」
アニスの提案に頷き、リンゴをいくつか見繕って店主に代金を渡す。そして袋にリンゴを詰め、気を取り直して食材の見極めに戻ろうとした……のだが。
「あの、アニス。先ほどから腕にしがみつかれていると非常に動きにくいのですが……?」
「えぇ~! 良いじゃないですかぁ。ダアトじゃモース様が忙しくてこんな風にお買い物なんて出来なかったし~」
私がやんわりとアニスに離してくれるようにお願いするも、アニスにすげなく拒否されてしまった。ただの食料品の買い出しでしかないのだが、私の隣を歩くアニスはとても上機嫌に鼻歌まで歌っていた。その姿を見てしまうと、これ以上強く言うことは憚られる。導師守護役であり、一人で導師イオンをこれまで立派に守り抜いてきた優秀な神託の盾騎士団の兵士のアニスだが、それでもまだ13歳の子どもだ。環境故に自立せざるを得なかった彼女だが、本当はまだまだ親に甘えたい盛りだろう。アニスにはオリバーとパメラという立派な両親もいることだし、私が親代わりなど口が裂けても言うことは出来ないが、少しでもアニスの心が軽くなるのなら私の気恥ずかしさ程度どうということもないだろう。
私は気を取り直すと、微笑ましいものを見る目で私達を見ている店主に追加であれこれと指差して食材を袋に詰めてもらった。
「本当に、アニスはモースが大好きなのですわね」
「もっちろん! モース様のためならアニスちゃんはいつでも頑張っちゃうよ~!」
ナタリアの言葉にアニスは何の恥じらいも無く答える。それを見たナタリアもクスクスと嫌みの無い笑みを浮かべていた。
「少し、羨ましいですわね」
「あ……、その、ごめん」
だが、次の瞬間ぽつりと零したナタリアの一言に、アニスの笑顔は強張った。ナタリアは自身の言葉の意味に気が付いたのか、アニスが沈んだのを見て慌てて手を振る。
「いえ、違いますのよ? アニスがそんな気にすることでは……」
先ほどまでのほのぼのとした雰囲気が一転、少し気まずい空気が私達の間に流れる。
「おやおや、でしたらナタリアもモースに甘えてみてはいかがです?」
「「へ?」」
ジェイドがさらりと放った一言にアニスとナタリアがぽかんと口を間抜けに開く。かく言う私も口には出さなかったものの、彼女らと同じ気持ちだ。何を言っているのだこの男は。
「いえ、ナタリアもかの大詠師にはバチカルに居た頃に何度もお世話になっているようですし、インゴベルト陛下とまではいかなくとも、保護者みたいなものではないですか。ほら、ここに傷心の子どもがいるのですよ。大詠師ともあろう人物がそんな子どもを見逃すというのですか?」
いつもと変わらない涼し気な表情から放たれるその言葉は、揶揄っているのか本気で言っているのか全く判断がつかない。いや、この男のことだから確実に揶揄っているのだろうが。
「えぇっと……」
とはいえナタリアがそれを求めるとはあまり思えないかった。王女としての気位をいつだって忘れない彼女は、あまりそうした弱みを見せることを好まないだろうからだ。私はジェイドからナタリアに視線を移し、どうしたものかと頬を掻いた。
「その、モース。……もしあなたさえよろしければ、お願いしてもよろしいですか?」
「え?」
あまり予想していなかった言葉に、思わず幻聴を疑って聞き返してしまった。ナタリアはそれに顔を赤くし、否定するように首を忙しなく左右に振った。
「あ、その、やっぱり……!」
「アニスちゃんは大佐とちょっとお散歩行ってきまーす! モース様はちゃーんとナタリアを甘やかしてあげてくださいね!」
彼女が否定してしまう前に、アニスは私からパッと手を離し、いそいそとジェイドの隣に並んで二人して私とナタリアを置いて行ってしまった。シレっと私の手から食料を詰めた袋も奪う周到な手口だ。ここまでされてしまえば、私とて気恥しいなどと言っていられないだろう。
「……ナタリア殿下。少し歩きましょうか」
「え、ええ」
私はそう言うと、まだ事態を呑み込めていない様子のナタリアを伴って村の中でも人通りが少ない方へと向かう。彼女は仮にもキムラスカ王家に連なる者。あまり余人の耳にこれからする話が入ることは避けたかった。
少し開けた場所に出て、私は立派に育ったリンゴの木の下、木陰に入ると、木にもたれかかった。
「アニスと大佐には気を遣わせてしまいましたわね……」
「アニスは聡い子ですから。今の殿下の助けになりたいという思いはあの大佐も同じですよ、もちろん私も」
私は隣で同じように木にもたれかかっているナタリアにそう言いながら、頭上に広がる葉を透かして空に浮かぶ太陽を眺めた。ナタリアもそれに釣られて視線を上に向ける。
「……私は、お父様の本当の娘では無かったのですわね」
何かを確かめるように、ナタリアはぽつりと呟いた。
「そう思えば、私がこのような髪色なのも納得ですわ。キムラスカ王家の証たる紅毛でないことに悩んで……悩むまでも無く、王家の人間ではなかったのですから」
「……ナタリア殿下、確かに王家の人間は市井の民よりも血筋が重要視されます。ですが、血筋のみで王たる資格を論じられないこともまた真理ですよ。そして親子の情というものも、血の繋がりに由らない親子の絆が存在しないなどと私には口が裂けても言えません」
私の脳裏に浮かぶのは魔物と親子の情を交わした一人の少女。種族の壁を越えてすら絆を結んだあの子を見ていれば、たかが血の繋がりが無い程度のことでこれまで築き上げてきた年月が無に帰すことなどあり得ないだろう。
「アリエッタのことですのね」
バチカルに向かう船で出会った少女のことを、ナタリアも思い出したのだろう。船上で仲良くなったのもあってナタリアの顔に笑顔が戻る。
「ええ、そうです。それだけではありません、ナタリア殿下。あなたがキムラスカ王家の人間として、どれだけ努力を重ねてきたのか私は知っています。あなたが献策を何度私に相談してきたとお思いですか?」
「そ、それはその……あのときは周りの人間を見返したい一心でしたものですから」
「仮にもダアト、他国と言っても差し支えない立場の人間に話を持ち込んできたのですから、最初はどうしたものかと頭を抱えました」
私の脳裏に過るのはかつてのナタリアの姿。周囲からキムラスカ王家にそぐわない容姿と言われ、父であるインゴベルト王とアッシュ以外を信用できなくなっていた彼女は、そんな周りの人間を見返すために自身が考えた施策を当時
いくらキムラスカとダアトの関係が深かったとはいえ、私は部外者であることには変わりない。そんな私に相談を持ち掛ける程、当時の彼女の周りには頼りになる大人がいなかったのだ。
「ですが、あなたは辛抱強く話を聞いて下さいましたわね」
「私はダアトの運営を預かる大詠師だったわけですが、それ以前に一人のローレライ教団員ですからね。悩める子どもの話を聞くことは大人の義務です。私はあなたがキムラスカを、国民をどれほど大切に想っているかを目の前で見続けてきた人間の一人です。そして、その献策が成ったときのあなたとインゴベルト王がどれほど仲睦まじく微笑み合っていたか。あの様を見て二人が親子で無いなどと言える者がいるものですか」
「……ありがとう、モース。こうして私を見てくれている人がいるというのは、とても心強いものなのですわね」
ナタリアはそう言うとずるずると地面に腰を下ろし、膝を抱えた。私もそれに合わせてしゃがみ込み、ナタリアと目線を合わせた。
「私だけではありません。ルークやガイ、ティア、アニス、ジェイド、導師イオンやあなたをバチカルから逃げるのに協力してくれた人たち。あなたを支えたいと思う者はあなたが思っているよりも多いのですよ。もしも周りの全てが信じられなくなったとしても、少なくとも私はあなたがキムラスカ王家の人間であり、インゴベルト王の娘であると言って憚らない人間ですよ。近すぎず、遠すぎない距離にいる私のような人間に胸の内に溜まったものをぶちまけてしまえば良いのです。そして、また前を向いて歩いて行きましょう」
もちろん、ぶちまけるといっても国の機密や政治に関わるようなものは困りますが。そう言って私はナタリアの頭に手を置き、ふわふわと手触りの良い髪の上を何度か往復させる。甘えさせると言っても、子どもどころか結婚もしていない私には、年頃の娘をどう甘やかして良いものかさっぱり見当がつかない。唯一といっていい経験値は、フローリアン達と過ごしている時間くらいのものだ。そんな乏しい私の経験から出せる選択肢と言えば、これくらいのものだった。
「……頭を撫でられるなんて、久しくありませんでしたわね」
「不器用なもので、これくらいしか甘やかし方を知らないのですよ」
「フフッ。でも、それがとても心地よく感じますわ。何だか、お父様……いえ、近しいおじさまがいればこのような感覚なのでしょうか」
「ナタリア殿下のような姪がいれば、ずっと甘やかしてしまいそうですな」
そう言って二人して笑い合う。沈んでいたナタリアの雰囲気は今や霧散している。アニスやジェイドから言いつけられた甘やかせという指令もこれで達成できただろうか。
「アニスや大佐にお礼を言わなければいけませんわね。これからも、私が落ち込んでしまったときはこうしてくださるかしら?」
「元気が出たようで何よりです。こんな私で良ければいくらでも」
「ああっーーー!! 何してるんですか二人ともー!」
私とナタリアの間で和やかな空気が流れていたのに、聞きなれた声がその空気を一瞬で賑やかなものに変化させてしまった。私はきょとんとした顔で声の主に目線を向ける。
「あの、甘やかせと言ったのはアニスでは……?」
「でもでも! そこまでやれなんて言ってませんよーぅ! むむむ、アリエッタやティアだけでなくナタリアまで……、こうなったらますますモース様を独占出来なくなっちゃうじゃないですか!」
一体何を言っているのだこの娘は。
「ありがとうございます、アニス。私も、これからはもっとモースや皆さんを頼りにしようと思いますわ。それに、また沈みそうになったら元気づけて頂きますもの。ね、おじさま?」
「ナタリアも何故そんな煽るようなことを言うのですか」
「ぐぬぬぅ、モース様の包容力を甘く見過ぎたアニスちゃんの失敗。いや、こうなったら私とティアとナタリア、誰がこの中で一番モース様に孝行出来るかを白黒はっきりつけるしかない!」
アニスは一人で喋って一人でどんどんとヒートアップしていった。私が宥めようとしてもそれがアニスの耳に届くことは無く、面白がったジェイドやガイが外野から茶々を入れ、あれよあれよ言う間に冒頭のアニスのセリフへと繋がることになったのだった。
「勝負は簡単。私とティアとナタリアが一人一品ずつ料理を作ってモース様が一番美味しいと言った人が優勝! 優勝者にはモース様を好きに出来る権利をプレゼント!」
「何故本人のあずかり知らぬところでそのような権利がやり取りされるようになってしまっているのですか」
私の虚しいツッコミは誰の耳にも入らず、アニス、ティア、ナタリアの三人は張り切って腕まくりまでしている。いや、私の言葉を聞き届けてくれた人がいたようだ。労わるように私の肩に手を置いたのはルークだった。
「モース。色々と大変だろうけど、頑張れ」
「応援の言葉ありがとうございます、ルーク」
そして勝負と称して行われるのは、宿の広い調理場を借りて行われる料理対決。何故アニスがよりにもよってそれをチョイスしたのかは謎であるが、色々な意味で目が離せない勝負が始まってしまった。
「ええっと、まずはこの人参を切るんですわね」
「ナタリア殿下、包丁はそんなに固く握りしめるものではありません。左手は指先を丸めて! そんな勢いよく振り下ろしては怪我をしてしまいます!」
「モース様、私も旅をしながら少しは料理が出来るようになりました!」
「そのようですね、ティア。分かりましたから手元をよく見なさい! あなたも怪我をしたらどうするのですか。……ってナタリア殿下! 何を鍋に入れようとしていますか!」
「え? 隠し味にリンゴを」
「リンゴを一個丸々入れるのを隠し味とは言いません! そういうときは摩り下ろして味見しながら少しずつですね……」
「モース様ぁ! アニスちゃんの手際はどうですか~?」
「ええ、アニスは手際が良いですし、怪我しそうも無いので安心して見ていられますね」
「えっへへ~、そうでしょそうでしょ~?」
「モース! 鍋から火が!」
「何故少し目を離しただけで鍋から火が吹くのですかナタリア殿下!」
「と、取り敢えず水をかければ良いんですの!?」
「絶対にダメです! 離れて! 私が処理しますから!」
……本当に目が離せない勝負だった。
調理が終わり、三人の料理が私の前に並ぶ頃には私は勝負に参加していた三人以上に疲弊していた。これが私をどれだけ労えるかというのを競う勝負であると言うのならば、この時点で三人とも失格ではなかろうか。
「ではでは、アニスちゃんから発表でーす! 私が作ったのはコレ!」
そう言ってアニスが示したのはクリームスープだった。湯気が立ち昇るそれはミルクの甘い香りを仄かに漂わせ、私の腹の虫を擽った。先ほどまでのドタバタもあり、良い具合に腹も空いてきたため、一匙すくってスープを口に運ぶ。
「これは、とても美味しいですね。ミルクの風味と人参の甘さが感じられる味です。アニスの人柄を表すようなとても優しい味ですね」
「にゅふふ~。やったー!」
私が感想を伝えると、アニスは口元をむにゅむにゅと緩めて全身で喜びを表現する。私が続けて匙を動かしていると、今度はティアがおずおずと私の前に皿を差し出してきた。
「じゃあ次は私ね。その、アニスがスープを作っていたので、私は主食になるようなものをと思ってこれを。あんまり手は凝ってないのですが……」
そうして差し出されたのは2枚のパンに茹でた卵を細かく刻んだものを挟んだ料理。たまごサンドだった。
「手間をかけることだけが、料理の評価を決めるものではありませんよ。こうしてスープと合わせられる料理を選ぶ。そんな細やかな心配りがとても嬉しいものです」
私はそう言って皿を受け取ると、一切れ手に取って口に運ぶ。食べてみればこのサンドイッチはティアの言葉がただの謙遜だと分かる。刻んだ卵はほんの少し黄身が半熟感を残しており、卵の味をより濃く感じられるようになっている。それに卵以外に玉ねぎも入っており、食感に飽きがこないように工夫も凝らしている。ティアらしい、些細なところへの気遣いが感じられる一品だった。
その感想を伝えれば、自信無さげだったティアの顔が見る見るうちに明るく輝いていった。そこまで喜んでもらえるならいくらでも感想を言おう。
「では、最後は私ですわね!」
その言葉と共に自信満々にナタリアが前に進み出た。この王女様は先ほどまでの騒ぎがあってもここまで堂々としていられるのはどうしてなのだろうか。とはいえ、この自信に満ちた明るい姿こそが本来のナタリアのもの。そう思えば先ほどまでの私とナタリアの会話が、彼女に良い影響を与えている証拠なのかもしれない。
「さあ、召し上がってくださいませ!」
「これは……、から揚げ、ですか」
差し出された皿の上に乗っていたのは、から揚げ。それも、から揚げの上に溶けたチーズがかけられた一品だった。見たところ、焦げたり、何かおかしなことになっている様子は無い。私は皿の上の一つを取ると、息を吹きかけて少し冷ましたところで口に放り込んだ。
「ほふ、ほふ……。おお、これは」
意外、と言っては失礼かもしれないが、とても美味しい。キチンと鶏肉には下味がついており、衣もサクサクと歯ごたえが気持ちいい。何より、上にかかっているチーズが相性抜群だった。子どもには特に好かれるメニューだろう。そう言うと、ナタリアは増々鼻高々といった様子で胸を張った。
「ああ、どの料理もとても美味しかったですよ。アニス、ティア、ナタリア、ありがとうございます。こんなに良くしてもらって何を返して良いやら」
「モース様にはこれくらいじゃ返しきれないほど助けてもらってますから」
「ええ、この程度ではまだまだですわ」
「それに~、まだ結果を聞いてないですよぅ?」
「結果?」
アニスの言葉を聞いて私は一瞬首を傾げたが、すぐに思い出す。そう言えばこれは私が一番美味しいと言った料理を選ぶのだったか。すっかり忘れてしまっていた。正直に言えば、どれも甲乙つけがたいものであったし、賞品が私を好きに出来るというものだったので出来ればこのまま有耶無耶にしてしまいたかったのだが。
「「「モース(様)?」」」
一斉に、息ピッタリに私に詰め寄る三人に対し、私は苦笑いをしながら後退ることしか出来ない。
最終的に、皆に私が作ったアップルパイを振る舞うことで手打ちとしてもらったのだった。
《システムメッセージ》
モースは称号『キムラスカ外部顧問?』を手に入れた
ナタリアパートが長くなったため争奪戦というよりもナタリアイベントとでも言うべきものになってしまったかもしれません
本編とはノリが違ってもこれは番外編、サブイベントと言い張ります