大詠師の記憶   作:TATAL

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活動報告に投げて頂いたネタを見て思い浮かんだので

どうやら子ども達がモース様のために一肌脱ぐようです

時系列は本編開始前


大詠師のいつもと違う一日

 今日はアニスと導師イオンにとってとても大切な日だった。

 

「何で今日に限ってイオン様がこんなに忙しいんですか~!」

 

「あはは、ごめんなさいアニス」

 

 椅子に座ってぐでんとだらしなく伸びるアニスに導師イオンは苦笑いを返すことしか出来ない。とはいえ、内心は導師イオンも同じものだ。彼にとっても今日という日は大きな意味を持っていた。出来ることならダアトを片時たりとも離れていたくは無かった。だというのにその半月前から導師イオンは各地のローレライ教団支部に慰問に訪れる予定が組まれていた。今はそれらを何とか終わらせ、ダアト港へ向かう船の中、周りの目も無いためか、アニスは張り続けていた気を緩め、のんべんだらりとしていた。

 

「でもでも、もうダアトに帰るだけですし。何とか間に合いそうですよね」

 

「ええ、御誘いを断ることになってしまったのは申し訳なかったですけど」

 

「良いんですよぅ。あの支部長明らかに嫌らしい笑い方してましたし~。断って正解です!」

 

 アニスは申し訳なさそうな表情をする導師イオンと対照的にうげ~、と言わんばかりに苦々しい顔をしていた。思い出されるのは教団支部長の導師イオンに対する態度。普段ならばこうした慰問には極力モースも同行しており、各支部長との会食はモースが引き受けてきた。導師イオンは支部の式典と教団員を労うことが主な仕事だ。今回はモースがダアトから離れられず、導師イオンの訪問スケジュールがそこに重なってしまったが故に起こったこと。同行者がたった一名欠けてしまっただけのことであるが、それだけでこうも気疲れしてしまうものなのかと、アニスも導師イオンも感じていた。

 それは各地の支部を訪れる毎の会食の誘い。もちろん、モースの考えに共鳴し、純粋に導師イオンを労おうというものもいるし、そういった人間との会食はむしろ望むところであった。実際導師イオンが毎回会食を断っていたわけではない。だが、どうしてもそうした相手だけではない。導師イオンを取り込もうと考える者、その権威にすり寄り、己が利益とせん者。あるいは導師イオンの考えに反発し、些細なことでも粗探しをしようとする者。千差万別だが、そのどれもが食事の場でありながら導師イオンに油断を許さず、日中の仕事以上に疲れを感じさせるものであったことは言うまでもない。

 

「ああいう手合いをいつも相手にしているのですね、モースは」

 

「普段のお仕事だけでも疲れそうなのにあんなのまで相手にするなんて考えたくもないですよねぇ……」

 

 げんなりとした表情を隠そうともしないアニスと顔には出さないもののやや疲れたようなため息を吐く導師イオン。互いに脳裏に浮かぶのは穏やかな笑みを絶やさない大詠師の姿。敢えてそうした姿を見せようとはしていないのだろうが、ああした腹に一物どころか二物も三物も抱えていそうな人間を導師イオンに代わって相手にし続けてきた彼に、アニスと導師イオンは改めて感じ入るものがあった。

 

「そういえばイオン様はちゃんと用意出来ましたか?」

 

「ええ、アニスのおかげでバッチリです。アニスも?」

 

「もっちろん! この分だと昼前にはダアトに着きそうですし、モース様をお昼ご飯に誘ってそのときに渡すつもりで~す!」

 

「それは良い考えですね。僕もご一緒しても?」

 

「最初からそのつもりですよぅ」

 

 そう言ってアニスと導師イオンは笑い合う。二人が思い浮かべるのはダアトで今も仕事に忙殺されているであろう大詠師。だが、アニスと導師イオンが顔を見せれば彼は仕事の疲れなどおくびにも出さず。彼女らをいつも通り温かく迎えてくれるだろう。そして、いつもの安心させてくれるような笑顔で言ってくれるのだ。

 

 お疲れさまでした。おかえりなさい、と。

 

 今日はアニスと導師イオンにとってとても大切な日だった。

 

 


 

 

 アリエッタにとって今日は勇気を振り絞った日だった。そしてシンクにとっては面倒だとため息をつきたくなるような、でも放っておけない日だった。

 

「どうしてボクがお前の買い物に付き合ってやらなくちゃいけないんだよ、アリエッタ」

 

 ダアトの目抜き通りに所狭しと広がる大小様々な商店を、人形に顔を埋める黒装束の少女と金の仮面で顔を隠した少年が並んで物色していた。少年の声はやや不機嫌そうで、その声を聞いた少女は肩をビクリと竦ませ、涙目で仮面の向こうにある目を見上げていた。

 

「だ、だって、こんなこと頼めるの、シンクしか、いないから」

 

「ハァ、だからって当日まで引っ張る奴がいるかな。もっと前々から準備しておくものだと思うけどね、こういうのは」

 

「うぅ、ずっと悩んでたけど、一人じゃやっぱり決められ、なくて。ごめん、なさい」

 

 シンクは後頭部で両手を組み、仮面の下で呆れたような視線をアリエッタに向けた。この少女が自分に怯えていることはシンクは十分に承知している。だが同時に理解していることもある。アリエッタは、当初は自分の力だけで準備を済ませようと考えたが、どうしても決められず、最終手段としてなけなしの勇気を振り絞った結果が今の状態なのだと。だからこそ表面上は不機嫌であるものの、心底面倒だという気持ちにはなれなかった。それこそこうして最後にはアリエッタに同行していることが何よりの証左だ。シンクは自分が面倒だと感じたなら他人の心情など一顧だにせず断ることが出来る性格なのだから。

 

「で、何で悩んでたのさ?」

 

「うぇ?」

 

「だから、候補はもういくつか決めてるんだろ? 最後の決め手にボクを呼んだんだろうし。ならアドバイスしてあげるからさっさと決めてくれない?」

 

 シンクの言うことを理解出来ないと目を丸くさせていたアリエッタだが、横を向いてアリエッタから顔を背けているシンクを見て遅ればせながら理解が追い付いて来たのか、泣きそうだった目からは涙が引き、はにかむような笑顔を浮かべた。

 

「うん! ありがとう、シンク!」

 

「はいはい、どういたしましてどういたしまして。早く行くよ。人も多いんだし、はぐれないでよね」

 

「う、うん。手、つなぐ?」

 

「バッ!? 繋ぐわけ無いだろ!」

 

 ダアトの街中を神託の盾騎士団の六神将二人が並んで歩いている。字面だけ見れば周囲の人間が委縮してしまうような状況だが、現実はどこか素直じゃない少年と大人しそうな少女が仲良く連れ立って商店を練り歩く様子。道行く人が見れば思わず顔を綻ばせてしまいそうな穏やかな景色だった。

 

「ボクがアリエッタに付き合ってあげたんだから後でボクの用事にも付き合いなよ?」

 

「う、うん。シンクも、まだ決まってない、の?」

 

「そんなわけあるか! ボクのは頼み事されたからそれを片付けたいだけだよ!」

 

 アリエッタにとって今日は勇気を振り絞った日だった。そしてシンクにとっては面倒だとため息をつきたくなるような、でも放っておけない日だった。

 

 


 

 

 フローリアン達にとって今日は兄弟が珍しく一致団結する日だった。

 

「う~ん。上手くいかないなぁ」

 

「レシピは、間違ってない」

 

「兄弟一の料理人に間違いなどない、多分」

 

 教団本部の中に極秘に作り上げられたフローリアン達の為の居住空間。普段は兄弟の料理担当であるフィオかモース以外は立ち入ることが無い厨房に、今は四人の翠が一堂に会していた。今は大きな寸胴鍋を前に、うんうんとそのうちの三人が頭を抱えて唸っていた。

 

「どうして僕が呼ばれたんだ」

 

 それを後方から眺める一人、フェムがそう呟く。

 

「あちこち飛び回ってるフェムなら珍しい料理とか知ってたりしないかな~って」

 

「僕があちこち飛び回ってるのはモースに頼まれた任務があるからなんだけどね」

 

 フローリアンの言葉を訂正したフェムは、そう言いながらも彼らの前にある鍋を覗き込み、一匙中身を掬うと口に運ぶ。任務とは言え、この部屋にずっと隠れ住むことを余儀なくされているフローリアン達に比べればまだフェムは外の世界を良く知っており、様々なものを食してきた。彼らよりも色々な味を知っていると言えるかもしれない。とはいえ、それはフェムにとってフローリアン達に対して優越感をもたらすものではない。どちらかというとその逆だった。自分から志願したこととはいえ、父親代わりとも言えるかの大詠師と日常的に触れ合えないこと、そしてその手料理を味わえないことはむしろ大きなデメリットだとフェムは感じていた。それでも少しでも恩を返すために任務を放棄することは無い。今日という日を除けば、であるが。

 

「……なんだろうね、この美味しいんだけどもう一歩足りない感じ」

 

「何が足りないんだろうねぇ。ちゃんとレシピ通りに作ってるんだよ?」

 

「摩訶不思議」

 

「本が、間違ってる?」

 

 フェムの呟きに、フローリアンとフィオ、ツヴァイもそれぞれ同意する。この作り直しももう三度目だ。一昨日ディストに頼んで買ってきてもらった食材の残りも心もとない。外に気軽に出ることが出来ないフローリアン達にこれ以上の失敗は許されなかった。

 

「色々外で食べた経験があるとは言っても僕も料理は専門外だからね。フィオが分からないならお手上げじゃない?」

 

「ツヴァイ、知恵袋の出番」

 

「レシピ通りで、これ。知恵袋、お手上げ」

 

「今夜に間に合わなかったらどうしよう……」

 

 肩を竦めて降参したフェムと、がっくりと肩を落とす残りの三人。厨房には重苦しい空気が立ち込め始めていた。

 

「おやおや、どこにいるのかと思えば皆さん厨房にお揃いで。これは、料理をしているのですか?」

 

 そこに現れたのは長身痩躯の自称薔薇。

 丸眼鏡をクイクイとさせ、厨房を覗き込んでいた。

 

「「ディスト!」」

 

「はいはい、ディストですよ~」

 

 フローリアン達の声にディストはいつもの軽い調子で手をヒラヒラと振りながら答えた。

 

「それで、皆さんが雁首揃えて料理など珍し……。いえ、そういえば今日はそんな日でしたねぇ。ああ、あの数日前の食材買い込み依頼はそういうことでしたか」

 

 鍋の中身を覗き込んでいたディストは、一人得心がいったように右手を左手にポンと打ち付けた。

 

「ということはお悩みはこの鍋の中身ということですねぇ」

 

 そして先ほどのフェムと同様に匙で一掬い、中身を取り上げると口に運び、目を閉じて味わう。

 

「うぅ~ん、この際ディストに教えてもらう?」

 

「本に、書いてないから、仕方ない」

 

「致し方ない。苦肉の策」

 

「ホントに? 頼りになると思ってる?」

 

「少しはアタシを信用しなさいよあなた達はぁ! 誰が食材を買ってきてやったと思ってるんですかもう!」

 

 不安を隠そうともしないフローリアン達に、ディストはムキーッと地団駄を踏む。それに合わせて彼の髪色と同じ白い花弁のような長い襟がヒラリヒラリ。そんな様子を見て先ほどまでの沈んだ表情はどこへやら、フローリアン達は楽しそうに笑う。何だかんだでディストのことを信じているフローリアン達なのであった。

 

「良いですか! まず下拵えからですね……」

 

「ディストが料理を語る。いや、騙る?」

 

「真面目に聞きなさいよ料理担当!」

 

「はいはい! 今日は下拵えはフローリアンの担当!」

 

「指示出し、担当」

 

「雑用担当」

 

「じゃあツヴァイはそこに座ってフィオに準備を指示しなさい! そんでもってフェムは洗い物しときなさいよ!」

 

 フローリアン達にとって今日は兄弟が珍しく一致団結する日だった。ディストにとってはいつもより疲れる一日だったかもしれない。

 

 


 

 

 私にとって今日は忙しさからようやく解放された一日だった。

 

 というよりここ一ヵ月ほど仕事が後から後から湧いてくる日だった。マルクト皇帝との定例会談と外交官との通商会談。それが終わればキムラスカのインゴベルト王に預言(スコア)を求められてバチカルまで渡り、その道すがら教団支部からの陳情を現地でいくつか拾い、バチカルでは預言(スコア)に加えて何故かナタリアの腹案を添削指導することにもなった。そうしていつもより少し長くダアトを空ければ、帰ってきて待っているのはうず高く積まれた書類の山。ハイマン君がいくらか片付けてくれていたとはいえ、それでも帰ってから数日は自室に帰ることも中々出来ない日が続いた。

 

「ですが、それも今日で終わりです」

 

 私は清々しい気分で机の上に置かれた書類にサインをし、裁決済みの棚へとその書類を移す。溜まりに溜まっていた仕事は一先ず片付いた。私は椅子に座ったまま大きく伸びをする。凝り固まった腰や背中からポキポキと音が鳴り、椅子に座っていた時間の長さを教えてくれた。

 

「ああ、ハイマン君」

 

「はい、何でしょうか、モース様」

 

 身体を解しながら、私は斜め前に座るハイマン君に声をかける。彼は私がダアトに戻る前から仕事をしてくれていたし、私が帰ってきてからは私と共に朝早くから夜遅くまで事務作業に付き合ってくれた。まだ昼になったばかりだが、今日はこれくらいで終わっても良いだろう。

 

「今日はもう上がって頂いて良いですよ。ここ数日無茶をさせ過ぎました。すみませんね」

 

「とんでもない。私以上にモース様の方が無理をしてらっしゃったではありませんか。まだまだ大丈夫ですよ」

 

「いやいや、それは良くありません。折角仕事も終わったのですから休まねば。私も今日はもう休もうと思いますし、ハイマン君も今日は休んで、出来れば明日明後日も休みを取りなさい」

 

 渋ってまだまだ仕事を続けそうなハイマン君を窘める。こうして無理にでも休ませないと彼はそれこそ自分で仕事を取ってきてずっと仕事をしようとするのだから、別の意味で扱い辛い、のだろうか? 上司としては仕事熱心で喜ばしいことなのだろうが、無理してないかとヒヤヒヤもするのだ。

 

「むぅ、モース様がお休みなられるのでしたら、そうしましょう」

 

 ハイマン君は少し不満げだが、私も休むと言ったことが効いたのか、手に握っていたペンを机に置いてくれた。そして席を立ち、私に頭を下げてから扉へと向かった。

 

「おっと、帰る前に一つ」

 

「おや、何か忘れ物でも?」

 

 だが部屋を出る前に彼の足が止まり、振り返ってこちらへと近づいてくる。

 

「ええ。とても大事なことを忘れてしまうところでした。誕生日おめでとうございます、モース様」

 

 彼はそう言って赤いリボンが結ばれた小箱を私に差し出してきた。私は最初、彼が何を言っているのか分からず口を開けていたが、少しして思い至る。そういえば今日は私の誕生日だったか。仕事にかまけていてすっかり忘れてしまっていた。

 

「そういえば今日でしたか。まさかこの歳になって誕生日を祝って頂けるなんて思いもしませんでしたよ」

 

「何を仰いますか。私の尊敬する人の誕生日です。祝わないという選択肢はありません」

 

 ハイマン君の差し出してくれた箱を受け取りながら私は思わず頬を緩めた。この歳になってしまえば、一つ歳を重ねることに大した感慨も湧かないものだが、それでもこうして誰かに祝ってもらえるとなれば話は別だ。

 

「今開けても構いませんか?」

 

「もちろんです」

 

 ハイマン君に一言断りを入れ、丁寧にラッピングされた小箱を開ける。中に入っていたのは青く美しく輝くひし形。いわゆるタリスマンと巷では呼ばれている護符だった。

 

「タリスマンですか」

 

「はい。何を差し上げれば良いか悩んだのですが、やはり大詠師ともなれば身辺にも警戒を、ということで。持ち主を護ってくれるというタリスマンを。私は文官故に戦いは知りませんが、私の代わりにモース様をお護りすることを祈って」

 

「ありがとう。とても嬉しいですよ、ハイマン君」

 

 私は深々とハイマン君に頭を下げる。お返しは何をしてあげれば良いだろうか。そう考えていたところで、執務室の扉が勢いよく開かれる。

 

「ただいま戻りましたぁ、モース様!」

 

「ただいま帰りました、モース」

 

「お邪魔するよ」

 

「ああ、おかえりなさいアニス、導師イオン。そしていらっしゃいませ、カンタビレ」

 

 入ってきたのはアニスを先頭に導師イオンとカンタビレ。導師イオン達については今日帰ってくる予定だったのでここを訪れるのは予想出来ていたが、カンタビレはどうしたのだろうか。

 

「モース様! もうすぐお昼ですけど一緒にいかがですかぁ? 私もイオン様も今帰ったばかりでお腹ペコペコでぇ」

 

「ええ、私で良ければお付き合いしますよ。二人とも疲れているでしょうに、よろしいのですか?」

 

「勿論ですよ、モース。楽しみです」

 

 導師イオンはそう言って朗らかに笑う。ここ数日は昼食も執務室で簡単に済ませていたから、こうして誰かとキチンとした食事を摂るのは久しぶりに感じる。

 

「おっとその前に、こっちの用事を済ませておきたいんだがね」

 

「ああ、すみませんカンタビレ。どうしました?」

 

 そんな私の目の前で自身の存在を示すように手を振るカンタビレ。私は彼女に視線を向けると、彼女が小脇に何かを抱えているのが見えた。

 

「ま、用事と言っても大したもんじゃない。私と私が今訓練してる教え子からモースにプレゼントってやつだ」

 

 カンタビレはそう言って脇に携えた小包を私に手渡してきた。受け取ってみれば、それは少しズシリとした重みをもっており、尚且つ表面は硬質な何かであることが読み取れた。

 

「あ、ありがとうございます。あなたからも貰えるとは予想外でした」

 

「ま、いつも頑張ってる上司サマをたまには労ってやろうってことさ。中々上等なワインだからね、よく味わいな?」

 

「ええ、ゆっくり頂こうと思います」

 

「あー! カンタビレ様に先越されたぁ!」

 

 私がカンタビレに頭を下げると同時、アニスが声を上げる。それを聞くに、どうやら彼女も私にプレゼントを用意してくれていたらしい。

 

「まさかアニスも用意してくれていたのですか?」

 

「当たり前じゃないですかぁ! むぅ、お昼食べた後に渡そうと思ってたのになぁ。ま、いっか、モース様誕生日おめでとうございまーす!」

 

「僕からもありますよ、モース。おめでとうございます」

 

「……二人とも、ありがとうございます」

 

 アニスと導師イオンが差し出してくれる包みを私は触れるだけで壊れてしまうガラス細工を扱うかのような手つきで受け取った。顔は笑っているはずなのに、目頭が熱くなってきてしまう。それが表に出ないようにするので精一杯だった。

 

「アニスちゃんからは、万年筆でーす! モース様いつも書類たくさん書いてるから、少しでも良い物を使ってもらおうと思って」

 

「僕からは靴を。マルクトやキムラスカまで足繁く通うあなたが少しでも疲れないように」

 

 ああ、この子達は私をどうしたいというのだ。私のような男を泣かせても何の得も無いというのに。私は声が上擦ってしまわないように、震えてしまわないように全霊を傾けながら言葉を絞り出した。

 

「本当に、ありがとうございます。これは大切に、大切に使わせて頂きますね。ハイマン君もカンタビレもありがとうございます。言葉に出来ないくらい嬉しいです。さ、導師イオン、アニス、食事に行きましょうか」

 

 私はそう言ってもう一度皆に頭を深々と下げると、アニスと導師イオンと手を繋いでダアトへと繰り出したのだった。

 

 


 

 

「も、モース様!」

 

 食事を終え、貰ったプレゼントを抱えて自室へと向かっていた私を呼び止めたのは幼い少女の声だった。それが誰のものであるかは振り返らなくとも分かる。

 

「どうしましたか、アリエッタ。おっと、シンクも一緒だったのですね」

 

 振り返った先に居たのは私に声を掛けたアリエッタだけではなかった。彼女の隣には仮面をつけた導師イオンの兄弟も一緒にいた。

 

「そ、その、今日は、モース様の誕生日、だから、これ!」

 

「ま、たまにはこういうのも良いかもね。大したものじゃないけどさ」

 

 顔を真っ赤にしたアリエッタと、そっぽを向いたシンクがそれぞれ私に小箱を差し出してくれる。

 

「アリエッタ、シンク……。ありがとうございます。とても嬉しいですよ」

 

 私は左手でプレゼントを抱え直すと、床に片膝をついてアリエッタと視線を合わせ、空いた右手で彼女の桃色の髪を優しく撫でた。私の手の動きに合わせてアリエッタは心地よさそうに目を細めた。

 

「アリエッタね、モース様のために手袋、買ったの。モース様がケガしないようにって」

 

「そうですか、アリエッタは優しいですね」

 

「ボクは髪留め。鬱陶しいくらい髪伸ばしてるんだし、動くとき邪魔だろ?」

 

「ありがとうございます、シンク。訓練の時に使わせてもらいますね。あなたにこうして祝って頂けるなんて思ってもみなかった」

 

「……別に、ボクだってそういう気分のときくらいあるさ」

 

 そっぽを向いたままのシンクの耳が微かに赤くなっているのに気付いた私は、どうにも堪えきれなくて笑ってしまったのだった。

 

 


 

 

 そしてその夜。いつものようにフローリアン達に食事を作りに向かった私だったが、フローリアン達の様子がいつもと違っていた。何やら企み顔で私の背中をぐいぐいと押したかと思えば、あれよあれよと言う間に食卓につかされていた。見れば、普段は任務で姿を見せないフェムの姿まであった。今日一日の流れを振り返ってみて、彼らが何をしようとしてくれているのかが分からないほど私は鈍感ではない。

 

「ふっふっふ、今日はモースがご飯を作る必要は無いよ!」

 

「何と我ら四人の合作」

 

「頑張った、よ」

 

「僕は大したことしてないけどね」

 

「それはそれは、とても楽しみですね」

 

 フローリアンが自信満々に笑い、厨房へと消えていく。そしてツヴァイとフィオも食卓につかずに姿を消した。フェムは残って私の話し相手になってくれるようだった。その心遣いに甘えてしばし彼と他愛もないお喋りに興じる。内容は最近行った街で興味を惹かれたものや、食べたものについてなど任務とは関係無いこと。今日くらいはそんなおしゃべりに終始しても構わないだろう。

 

「「じゃじゃーん!」」

 

 そして準備が整ったのか、フローリアン達が戻ってきた。まず目の前に用意されたのは、湯気を立ち昇らせるフローリアン達の好物。私がよく彼らにねだられて作ってやることの多い料理。

 

「ビーフシチューですか。作るのが大変だったでしょうに」

 

「レシピ本、見ながら、頑張った」

 

「悔しいけどディストの力も」

 

「本の通りにやっても何か足りなかったんだよねー」

 

 ディストも協力していたのか。相変わらずあのお人好しは。死神だなどと謗られているが、彼の根底にあるのは隠しきれない人の好さ。どこまでいっても彼は憎めないキャラクターなのだろう。

 

「では、いただきます」

 

「「どきどき」」

 

 私はフローリアン達の期待の眼差しを受けながらスプーンを片手に持つ。皿からシチューを一匙掬って口に運ぶと、よく煮込まれて柔らかくなった人参の甘みと、濃厚なシチューの味が口に広がる。二口三口と食べ進め、よく味わう。

 

「「どきどき」」

 

「…………」

 

 声が出なかった。というより、出せなかった。何か言おうとすれば、声の代わりに嗚咽が漏れてしまいそうだ。

 

「モース、泣いてる?」

 

「えっ、美味しくなかった!?」

 

「馬鹿な、味見は完璧だったはず」

 

「そういうことじゃないと思うけどね」

 

 どうやら声を我慢できても涙は我慢できなかったらしい。頬に一筋の涙が伝ってしまっていた。フローリアン達が慌ててしまっている。私は気にするなと言うように首を振り、口の中に入っていたシチューを飲み下した。

 

「いえ、違います。とても、とても美味しかったのですよ。それこそ涙が出るくらいに」

 

 下拵えも、ブラウンルーも、どれも手間暇を惜しまず作られていることがこれでもかと伝わってきた。この子達がどれだけ気持ちを籠めてくれたのかが一口で分かるシチューだった。それこそ、こんなものを口にする資格が私にはあるのかと思ってしまうくらいに。誰にも見せまいとする涙が我慢しきれず一筋だけ頬を伝ってしまうくらいに。

 

「フフーン、これで泣いてたらこの後はもう泣くだけじゃすまないよー?」

 

「ハハハ、これ以上があったら私はもうどうなってしまうんでしょう」

 

 フローリアンは私が悲しんでいるわけでないと分かったのか、えへんえへんと胸を張っている。私はそれを見ながら、そういえば先ほどツヴァイとフィオがどこかに行っていたことを思い出していた。

 

「ツヴァイ、フィオ」

 

「持って、来てるよ」

 

「抜かりなし。渡すのは、フェム」

 

「え、僕なの?!」

 

 何も聞かされていなかったのか、ツヴァイとフィオにプレゼントであろう包みを押し付けられたフェムがしばし目を白黒させたが、気を取り直して咳払いをすると、私へと向き直った。

 

「えっと、まあ料理だけじゃなんだってことで、フローリアン達がシンクに頼んでプレゼントを買ってきてもらったらしいんだよね」

 

「選んだの、ツヴァイ。渡すの、フェム」

 

「ということで、はい。誕生日おめでとう、モース。これからも元気でいて欲しい」

 

「……ありがとう。嬉しいということを、感謝を示す言葉がこれ以上見つかりません。今ほど私の語彙力を呪ったことは無いかもしれません」

 

 フェムに手渡された包みを手に、私は目頭を押さえる。どうしてこの気持ちを伝えられる語彙が私の中に無いのだろう。ただのありがとうでは足りないのに、それ以上に言うべき言葉が見つからないもどかしさを、どうすれば解消できるのだろう。許されるなら今すぐこの子達をヴァンの前に連れて行き、彼の眼前で叫んでやりたい。お前が無価値と断じた子達は、これほどまでに人を想う優しい子達なのだと。この子達のどこが無価値か。純粋に人を喜ばせようと努力できることがどれほど尊いことかをあの男に教えてやりたい。

 

「えっへへ~、大成功だね、皆!」

 

「ぶい」

 

「苦しゅうない」

 

「お前はどの立場なんだよフィオ。ま、成功してよかったね」

 

 私にとって今日は忙しさからようやく解放された一日だった。

 

 そして何ものにも代え難い価値ある一日にもなった。




貫禄の一万字越え

番外編で本編以上の文字数になるだらしねえ作者がいるらしい

普段は投稿速度と読みやすさのバランスで5000字前後を狙っているのですが、筆が滑りまくった結果この文字数に

ネタを投げて頂いて本当にありがとうございます

これで番外編5話を投稿したので第二部の書き溜めを進めます。思った以上に早く番外編が書き上げられたのでGW中には開始出来るかもしれません。番外編も同時進行で書き進めます

追記)
感想でディストの自称と他称をしていただいたので一部修正。なんですぐ上で自称薔薇って書いてるのにその下で自称死神って間違えるんだ自分は……
指摘いただいた方にこの場で感謝申し上げます。ありがとうございました
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