カンタビレが他愛の無い世間話に興じるようです
「カンタビレ様とモース様はどのように知り合われたのですか?」
「んぁ? どうしたんだい、藪から棒に」
ダアト、ローレライ教団本部の一室で、私は怪訝な表情を隠しもせずに声を掛けてきた男に胡乱な目を向けた。
副官ハイマン。モースが不在の今、ダアトの政務はこの男にその大半が握られている。誰よりもモースの傍でその仕事を目にし続けてきたコイツだからこそ処理できる仕事がダアトには多い。そしてそれをサポートするという名目でサボりに来ているのが私だ。勿論サポートするというのも嘘じゃないが。
「いや、変な意味でなく。自分が副官としてモース様にお仕えし始めたときには既にカンタビレ様はモース様とお知り合いでしたし、自分より多くのことをモース様と共有されていましたから。いつからお知り合いなのか気になっただけです」
ちょっと脅かすつもりで睨みつけたわけだが、ハイマンは動じるどころか眉一つ動かすことなく私の目を見て言葉を返してきた。コイツ、仮にも神託の盾騎士団の師団長に威圧かけられて欠片も動じないってのはどういうことだい。モースの傍仕えを始めた当初はまだ可愛げがあったのに、気が付けばちょっとやそっとじゃ
「いつから、ねえ。そりゃ前導師のエベノス様がご存命だった頃からだし、長い付き合いだね。まだあいつが大詠師じゃなく、私が師団長にもなっていなかった頃だよ」
「ほう、そんなに昔から。まだ大詠師でない頃のモース様のお話は気になりますね、良ければお聞かせくださいませんか?」
「えぇ? ……まぁ、仕事も一段落しているようだし、構わないか。と言っても面白い話じゃないよ?」
表情は変わらないものの、目だけは興味津々といわんばかりに爛々と輝かせているハイマンからの圧に負け、私は手に持っていた書類の束を机に放り投げた。
そうだね、どっから話すか。やっぱり初めて奴を見たときからかねぇ。最初に見たのは神託の盾騎士団本部の地下修練場だね。ああ、今も日が昇り始めた時間に訓練に出てるあそこだよ。まったく忙しいってのにどっからそんな体力が湧いてくるのか分からないけどね。
それはともかく、モースを初めて見たのはやっぱり早朝の修練場だったよ。
「ふっ……ふっ……!」
日も昇らない修練場の真ん中で訓練用に殊更重く調製されたメイスを蠅が止まりそうなくらいの速度で、まるで身体全体、指先一つに至るまでの動き全てを確認するように振っている奇妙な男が居るっていうのは当時の神託の盾騎士団の中じゃ有名な噂だった。私の訓練時間よりも早い時間だ。全体訓練や教団の仕事も考えりゃそいつはいつ寝てるんだって疑問を覚え、気になったからには一度拝んで話でも聞いてみるかと思ったのが発端だった。
「……今日は、ここまでですね」
その男以外誰もいない修練場だからか、そいつの言葉はよく響いた。話しかけても邪魔にならないタイミングも分かったことだし、私は意気揚々と修練場に足を踏み入れてそいつに寄っていった。別に足音や気配を隠すつもりも無かったからか、修練場のど真ん中で肩で息をしているその男はすぐに私の接近に気付いたようで、頭を上げてこっちに視線を寄越した。
「朝っぱらから精が出るね。あんなにノロノロ動いてたのはどういうわけか、聞いてもいいかい?」
「ええ、別に構いませんが……。先にお名前を伺っても?」
「おっと、すまないね。私はカンタビレ。第六師団所属の響士だよ」
「初めまして、カンタビレ響士。私はモース。階級は律師です」
「おっと、中々のお偉いさんだったか、これは失礼を働いたかい?」
「ハハ、構いませんよ。名ばかりですし、何よりここは神託の盾騎士団。それも実力主義の第六師団所属とあれば、私が敬われる筋合いも無いでしょう」
「へぇ、あそこまで熱心に訓練してるってのに謙虚なことだね」
ストイックなのか、自分に自信が無いのか。まあどっちにしろ堅苦しい話し方をする必要も無いってのが分かったから良かった。そうして話を聞かせてくれと急かしてみれば、モースはどこか話しにくそうではあったが訓練の内容とその目的を話してくれた。
曰く、身体動作を通して
曰く、励起した
曰く、そのために普段から寸分違わぬ動作をする体力、筋力を保つための訓練がこれである。
正直に言おう、最初に聞いた時から頭がおかしいんだと確信していた。何なら付き合いが長くなった今もそれは変わらない。そんなことが可能だとは思わなかったし、モースに聞いても実現できるかは定かじゃないときたもんだ。想像出来るか? 言ってみりゃ空を飛ぶために腕を振りながら木から飛び降りるようなことを毎日、何年も続けているようなもんだ。一番おかしいのはそんなことに自分の全精力を傾けられるコイツの狂った執着心だよ。
「……ハッキリ言うが、正気の沙汰じゃないね。そもそも、譜術は譜術士に任せりゃいいんだ。譜術を使いたけりゃちゃんと詠唱すりゃいいんだ。自分で何でも出来るように、なんてのは一番の悪手だろうに」
そう言ってやった。モースはそれはそうだと苦笑しながら、私が投げつけてやったタオルで汗を拭う。
「ですが、私程度の人間が戦うにはこれくらいの無茶は通さねば」
「その無茶が通せる人間を程度、なんて言葉で済まして良いとは思えないけどね」
今の言葉で理解した。頭がおかしいというよりも馬鹿なのだ、この男は。とはいえ、何がモースをそこまで駆り立てるのだろうかという疑問は残る。そりゃあ神託の盾騎士団の人間で弱いままで良いだなんて考えている人間はいないだろう。皆多かれ少なかれ自身の能力を伸ばすことには意欲を見せる。ただここまで非常識なやり方をする人間がいないというだけだ。
「どうして見込みも無い訓練に精を出せるんだい? そこまでして戦う力を身に付けなきゃならない理由があるんだろう?」
「それは……」
言い淀んだモースの表情を見て、なるほど軽々しく口には出せない事情があるわけだと察した。ただ単純に誰もやっていない戦法を身に付けたいだなんて浅い理由ではなさそうだ。
「言いにくいなら構わないさ。会ったばかりであれこれ聞くのも失礼だって分かってるからね」
「すみません……」
「モースが謝るこた無いだろう。謝るのは私さ、すまなかったね」
こうして話しているうちにモースの息が整ってきたため、私は行くぞと言ってモースの肩に手を置く。何を言われたか理解出来ないのか、キョトンとした顔をしているが、構うこと無くそのまま肩を組んだ。
「何を訳が分からないって顔をしてるんだい。お前の訓練は終わったんだろう? せっかくだし私の訓練に付き合ってそのまま飯を食いに行くよ」
「初対面なのに遠慮がありませんね……」
「気にするんじゃないよ。お前のやってる訓練がどんな結果になるかはともかく、お前自身は見込みがありそうだから興味が湧いた」
訓練を覗き見ていた印象でしかないが、モースの身のこなしは一端の戦士のものと言って良い。本人は否定するだろうが、それこそ第六師団に所属していればかなり良いところまで上がれる能力を持っていることは間違いない。なんだ、神託の盾騎士団に入ってからこっち、実力主義の第六師団とてこの程度かと退屈していたが、どうやら面白い奴もそれなりにいるじゃないか。
「仲良くしようじゃないか、モース」
「……何がそこまで琴線に触れたのかは検討もつきませんが。望むところですよ、カンタビレ」
笑いながら肩を組んでみれば、モースはそう言って苦笑を零した。
後になってこの男が律師としてこなしている仕事量を知って私は柄にもなく戦慄したよ。この男、一人で何人分働くつもりだと言わんばかりに仕事をする上、朝早くから訓練までしていたんだから。しかもどうやって時間を捻出したのかは分からないが、時折私と模擬戦をすることもあったからね。勝敗? もちろん私の勝ち越しに決まってるじゃないか。
それから何だかんだとアイツは教団内で、私は第六師団で上がっていったからね、それなりに長い付き合いにもなったさ。こっちとしても教団内に融通が利く人間がいるのは助かるし、向こうも師団長と繋がりが出来るのは利益があるわけだしね。
「これがモースとの初対面かね。ま、劇的な出会いってわけじゃなかったよ」
「なるほど、やはり昔からモース様は真面目なお方だったのですね。私も精進せねばいけません」
……なんだってこの男は私の話をそうまで熱心にメモ取ってんだろうね。
「それで、私が話したんだから今度はお前の番じゃないかい?」
「自分、ですか? それこそ自分など大した話ではありませんが……」
私に水を向けられたハイマンはキョトンとした顔でとぼける。無自覚な狂信者っていうのがこれほど厄介なものだなんてね……。
「自分などそれこそモース様が大詠師になられてから副官として任命されたのが初めての出会いでしたので。当時は何故自分が指名されたのかさっぱりでした。もちろん今はこの奇跡に感謝して毎日過ごしておりますが」
さらっと重たいことを言ってのけるハイマンに背筋を冷たいものが流れるのを感じた。職業柄あっちこっちで戦う機会があるが、どんな相手を前にしてもこの男程の嫌な汗を流させる相手はいない。モースの周りにいる人間は多かれ少なかれこんな感じになっちまうのが恐ろしい。ハイマンは特にどっぷり漬かっちまってる例だが、私の見てきた限りじゃ今の大詠師派教団職員の3割程度はモース個人について行くと明言しているし、残りも明言こそしてないもののそんな空気を醸し出している。むしろ口に出してない分煮詰まっていてよっぽど
これで奴がヴァンみたいな思想を持っていたらと思うとゾッとしない。モースに限ってそんなことは無いと思うのは付き合いがそれなりに長いからだろうか。
「良いから良いから、お前が今みたいにモース大好き人間になっちまったきっかけを話してくれよ。何があってそこまでハマっちまったのか私としては気になるんだ」
「ハマる、というのはよく分かりませんが。そうですねぇ……」
と言って奴が話し出した内容に関してはあまりにも長くなったので記憶から消すことに決めた。恋人の惚気話でももう少しマシだし、何より惚気話にしては色々と湿度が高すぎる。こいつが女じゃなくて良かったとこれほどまでに思ったことは無かった。
「とまぁ、こういった経緯があって私は一層モース様に精一杯お仕えしようと思うようになったわけでして」
「……あぁ、そうかい。うん、ご馳走様」
「どうされました? どことなくお疲れのようですが」
「気にしなくていいよ。安易な気持ちで聞いた私が馬鹿だったんだ……。モースめ、こんな仕上がった奴を放っておいて私に押し付けるんじゃないよ」
これ以上この部屋にいるとハイマンの話で胸焼けがしそうだ。滅多に使わない自分の執務室にでも戻ろうと私は席を立った。
「……あんな顔でモース様との出会いをお話ししていたカンタビレ様も私に言わせれば
「何か言ったかい?」
「いえ何も?」
部屋を出る直前に何やら呟いていたハイマンだったが、生憎と私の耳には入らなかった。
番外ネタが浮かぶと本編の筆が止まる不具合
申し訳ございません……