大詠師の記憶   作:TATAL

80 / 137
再び集う仲間たちと私

 船が桟橋に固定され、マルクトからの使者が姿を現す。使者はルーク達にとって馴染み深い顔だ。ピオニー陛下も顔に似合わず気遣いをする質というか、お人好しというか。

 

「よ、久しぶりだな、ルーク」

 

「ガイ! マルクトの使者ってガイだったのか!」

 

「おう。ピオニー陛下のご指名でな。俺だけじゃないぜ」

 

 笑顔でガイに駆け寄るルークに、ガイは親指で背後を示して見せる。ガイに少し遅れて姿を見せたのは見慣れた青い軍服に身を包んだ紅瞳の男。

 

「おやおや皆さんお揃いで。大詠師殿に至っては変わらずお元気そうで何よりです」

 

「ジェイド!」

 

 相も変わらず飄々とした態度で彼は私達に片手を上げて挨拶をする。少し前に会ったばかりだが、白衣ではなく軍服を着た彼の姿を見るのは久々のような気がする。思えば彼と会うのは大体がベルケンドの研究所で、グランコクマでは陛下かフリングス少将が私の相手として出てくることが多かった。

 

「あなたもお元気そうですね、ジェイド。何かと厄介な案件を投げてしまっていますがお疲れではありませんか?」

 

「おや、気遣って頂いてるので? 安心して下さい。期待には応えて見せますよ」

 

「いや、進捗が大丈夫かを聞いたわけではないのですが……」

 

 どこか答えがずれているが、見た限り疲れている様子も無さそうなのでそれで良しとしよう。今は別の問題があるのだから。再会の喜びもそこそこに、私達は連れ立ってダアトへ向かう。本当ならダアトから迎えを用意していたのだが、シェリダンからノエルの駆るアルビオールが来てくれたのだ。短い距離ではあるものの、空の旅を楽しもうということで、ダアト港からダアトまでアルビオールで飛ぶことになり、私は久しぶりの空の景色に目を奪われていた。

 

「ところでモース。さっき旦那に言ってた厄介な案件ってのは?」

 

 私の隣に腰かけているガイが思い出したように尋ねてくる。そういえばジェイドに任せている案件は彼以外にはまだ打ち明けてはいなかった。情報漏洩の恐れを最小限にしたかったというのもあるが、まだルーク達に知らせるべきではないのではないかと私が怖気づいただけのこと。

 

「今後に備えた悪だくみですよ。子ども達に聞かせるものでもありませんから」

 

「悪だくみねぇ、ということは今回の話以外にまたぞろ面倒な問題が起こりそうってことだな。深くは聞かないが、警戒はしとこう」

 

「……お気遣いに感謝します」

 

 ガイはあまり深く突っ込むことは無く椅子に深く身体を預け直した。彼のこうした聡いところは長々と説明する必要を省けて非常に助かる。多くを語らずとも人の気持ちを汲み取れる察しの良さは、なるほどピオニー陛下がガルディオス家を復興させて傍に置いておく理由もよく分かる。

 空の旅はあっという間に終わり、私達はダアトに降り立つ。操縦士であるノエルにアルビオールを任せ、私はルーク達を引き連れて教団本部内でも防諜に優れた会議室へと向かう。その部屋は窓も無く、扉も他の部屋と比べて厚く作られているため、例え扉に耳をぴったりくっつけたとしても音がハッキリ聞こえることは無いだろう。教団内でも秘預言(クローズドスコア)に関する話をするときなどはこうした部屋が使われる。ましてや今回の話は万が一にも外部に漏れては困る。

 

「さて、皆さま本日はわざわざご足労頂いてありがとうございます」

 

 全員が席に着いたことを確認した私は、皆の顔を見渡しながら口を開く。先ほどまでの和やかな雰囲気はもうない。今は皆一様に真剣な表情で私の次の言葉を待っていた。

 

「アブソーブゲートの調査隊からの報告は皆さんのお耳にも入っていることかと思います」

 

「ヴァンの剣が消えていたって話だな」

 

「はい、その通り。ダアトも捜索隊を編成して手を尽くしていましたが、どうやらリグレットとラルゴに出し抜かれてしまったようです」

 

 アリエッタという機動力の要を失った六神将の二人がどのようにしてロニール雪山の雪崩を逃れ、捜索の手を振り切ったのかは定かではないが、彼らほどの実力者ならおかしくはないとも思う。彼らがヴァンの剣を回収したならば、次に狙うのはヴァンとの合流か、もしくはローレライの鍵。アッシュがローレライの剣を手にしたことは既にキムラスカ、マルクトの上層部とダアトの極一部に知れ渡っている。リグレットとラルゴがその情報を手にしたとすれば、ローレライを取り込んだヴァンの身を護るためにもう一方の鍵を探し出そうとすることは容易に想像がつく。

 

「……ごめん、まだ宝珠を具現化することが出来てなくて」

 

 ルークはそう言って俯いてしまう。ジェイドから話を聞いたルークは、ティアの助けも借りてバチカルの屋敷で第七音素(セブンスフォニム)を操る訓練に勤しんでいたらしい。彼の様子を見るにまだ成果は挙がっていないようだが。

 

「落ち込むことはありませんよ、ルーク。我々は宝珠の所在を掴んでいますが、ヴァン達は掴めていない。それだけでも大きなアドバンテージになっているのですから」

 

「ジェイドの言う通りです。ヴァン捜索を兼ねてアッシュに各地のセフィロトを巡ってもらっているのは宝珠の所在が分かっていないとヴァン達に誤認させるため。今はその時間を使ってあなたの鍛錬を地道に続けることが肝要です」

 

 ジェイドに続いて私もルークにフォローを入れる。そもそも、ジェイドと私がこの話をしたのがおよそ一月程前であり、そこからルークに最速で話が行ったとしても彼の訓練期間は2週間と少しくらいのものだろう。それだけの短期間でコンタミネーション現象を使いこなせるようになれと言う方が酷な話だ。そのことはこの場に居る人間ならば皆理解しているだろう。

 

「ルークには引き続き訓練を続けてもらうとして、問題はヴァン達が動き出したことです。第七音素(セブンスフォニム)の大量消費も相まって何をしてくることやら」

 

第七音素(セブンスフォニム)を消費してるってことはレプリカ作成をしてるんじゃないのか?」

 

「そのはずなのですがね、ガイ。ディストから聞き出した情報を元にマルクト軍がヴァン達のレプリカ施設に突入したのですが、結果はもぬけの殻。稼働した痕跡はありませんでした。彼の話によればヴァン達は移動式の要塞のようなものを造り上げ、そこでレプリカ作成をしている可能性が高いとのことです」

 

 ジェイドの言葉に私は思い当る節がある。レプリカとして蘇ったかつてのアリエッタの故郷、フェレス島だ。私の知る筋書きでは、ヴァンはそこで大量のレプリカを作成し、キムラスカとマルクトに無秩序に放った。巷には死人と同じ顔をしたレプリカ達が溢れ、キムラスカ兵やマルクト兵の格好に偽装したレプリカ達が対立する国の兵に自爆特攻を仕掛け、何とかして戦端を開こうとしていた。そのときの混乱でマルクトの若き将校であるフリングスの命が奪われてしまうのだ。だが、今度こそそのような真似はさせない。その為に今、この場にキムラスカとマルクトの重要人物を集めたのだから。

 

「ヴァン一派が隠れてレプリカ作成をしているのならば、彼らが次に打つ手はある程度予測出来るでしょう」

 

 彼らが次に狙うのはキムラスカとマルクトの連携を妨げること。神託の盾兵やキムラスカ、マルクト兵に扮したレプリカで国境付近を刺激し、両国とダアトの信頼関係を崩そうとしてくるだろう。それを防ぐためには、両国の末端にまでキムラスカとマルクトの連帯を疑わせないようにすること。それに打ってつけの人物こそ、この場に集まってもらった面々に他ならない。

 

「なら俺達がやることはカイツールみたいな国境地帯に行って改めて兵士にキムラスカとマルクトの協力体制を周知することか」

 

「ええ、まずはそれが地味ながら有効な手立てになるでしょう。キムラスカの重鎮たるファブレ公爵家の嫡男とマルクトの誇る死霊使い(ネクロマンサー)が行動を共にしているという事実は前線の兵達に与えるには十分なインパクトを持っています」

 

「でもでもぉ、ホントに元主席総長はレプリカを使ってそんなことをしてくるのかなぁ。ユリアシティで和平会談をしたのは向こうも知ってるはずですし」

 

「……確かに、別の手を取ってくる可能性もあります。しかしどれを取っても出たとこ勝負になってしまうのは仕方の無いことと割り切りましょう。現状の材料から考え得る相手の手を予測してそれに対応するくらいしか、私達には出来ないのですから」

 

 アニスの言葉も尤もなのだが、あいにくと私にはヴァンの謀を見抜けるほどの智謀は備わっていない。記憶の通りに起こる可能性のあることに対して出来るだけの手立てを講じるくらいしか出来ないのだ。私はジェイドに目配せをして意見を問う。

 

「そうですね、私も取り敢えずはモースの指示に従うしかないかと思います。現状、ヴァン達がどういった手段に出るかは分かりません。ですが、取り得る手段の中で最も取って欲しくない手がレプリカを用いた離間工作です。最悪に備え、適宜柔軟に対応する。これくらいしか、今私達が出来ることはないでしょう」

 

「そっかぁ、ま、モース様も大佐もそう言うならアニスちゃんは大丈夫で~す!」

 

「俺達も問題ない。ガイ達はどうだ?」

 

「マルクトとしても異論はないな。陛下には手紙を出して今すぐ動いても良いと思うぜ。バチカルに寄ってナタリアも拾っていくか?」

 

「報告もしたいし、出来ることならそうしたいわね。ナタリアったら、私とルークだけが行くのはズルいって拗ねていたから……」

 

 対応の方向性が決まった段階で会議室に漂う緊張感は霧散し、いつもの彼ららしい雰囲気が帰ってきた。現状を理解し、互いの対応を話し合うことが出来れば今回の会談は十分に成功だろう。何年も会っていない、というわけでは無いが、それでもしばらくぶりに会えた面々だ。暫し旧交を温めるのも良いことだろう。

 私は会議室で彼らがそれぞれ思い出話に花を咲かせるのを尻目に扉をそっと開けて外に出る。そして扉を閉めたところで、視界がぐらりと揺れるのを感じた。

 

「ぐっ! 立ち眩み……?」

 

 ─が声─、耳を──。我が──を知る――よ。

 

 どこか遠くから聞こえるようなその声は、その実私の耳を介さず、頭に直接響いており、何より頭が割れてしまうような痛みを伴っていた。私は堪えきれずにその場に膝をつく。この声、そして割れるような頭の痛み……。何故、何故私が……。

 

「何故、ローレライの声が、私に……」

 

 いつしか私の頭に響く声は消えており、頭の割れるような痛みも嘘のように引いていた。ふと何かが鼻の下に流れたような気がして手で拭ってみれば、右手の甲には赤い血が付着していた。どうやら鼻血が出ているらしい。

 

「……ローレライの同位体でないばかりか、第七音素(セブンスフォニム)の才すら持たない私にローレライの声が聞こえる? 一体、何故……」

 

 呟いた言葉は、誰に耳にも入ることなく宙に溶けた。

 私の知らない何かが起こっている。それだけは確からしい。私は壁に手をついて立ち上がると、血の垂れた詠師服の替えを取りに執務室へ向かったのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。