大詠師の記憶   作:TATAL

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望まぬ再会と私

 ルーク達が旅立つのを見送ってから数日、私は再び日々の業務に追われていた。導師イオンもルーク達に同行させ、共にキムラスカとマルクトを巡ってもらっている。ここ数日は導師イオンに任せていた一部の仕事も相まって久しぶりに忙しいと感じられる日を過ごしていた。そんな忙しいながらも平穏な日々に暗雲が立ち込め始めたのは、ハイマン君の持ってきた一つの報せだった。

 

「ダアト周辺で地揺れが頻発している、ですか」

 

「はい。モース様も以前仰っていましたが、やはりここ数日ダアトやダアト港周辺で地揺れを感じたという報告が多く挙がっています。アクゼリュス崩落後も地揺れは何度かありましたが、それよりも頻度は多いです」

 

 アクゼリュス崩落からずっと、ダアトとダアト港では地揺れの発生を記録し続けてきた。これまでも記録自体はしていたが、それをより詳細にするようになったのだ。アクゼリュス崩落後は外殻大地の予期せぬ崩落を事前に察知するため、そして外殻大地降下後の今は、

 

「ディバイディングラインが弱まっていることと地核振動が激しくなっていることの両方が要因でしょうね」

 

「モース様、ということはやはり……」

 

「ええ、障気が漏れ出してくる可能性があります。それも今回はアクゼリュス周辺といった小範囲に留まらず、オールドラント全土に」

 

 ハイマン君の言外の疑問を肯定する。ここで彼を安心させるための嘘を言う意味は無い。彼には正しい情報を伝え、そして誤解無く私の右腕として動いてもらわなければいけないからだ。

 

「ベルケンドに連絡を。障気蝕害(インテルナルオーガン)の対策が急務です。シェリダンにも併せて連絡をしてください。地核振動を中和しているタルタロスが後どれくらい保つか気になります」

 

「了解しました!」

 

 私が指示を出せば、頼もしい返事と共に彼は執務室を飛び出して行く。それを見届けてから、私は机の鍵付き引き出しを開錠し、中に入っていた封筒を取り出す。全部で三通あるそれを光に透かし、きちんと中身があること、そして封蝋が破られた形跡が無いことを確かめてからもう一度引き出しにしまい、鍵をかけ直す。これを使う機会が無いことを祈っているが、

 

「モース様! いらっしゃいますか!?」

 

 私が引き出しを閉めたとほぼ同時、執務室の扉が乱暴に開け放たれ、教団の連絡員が飛び込んでくる。表情からして緊急事態なのは間違いなさそうだ。

 

「どうしましたか?」

 

「ダアト郊外から障気の発生が!」

 

 その言葉に私は席を立ち、足早に執務室を後にする。私の背中を追う連絡員から歩きながら詳しい報告を聞き、道行く教団員にも指示を出していく。動き出すのが遅かった。障気が地表に噴出したということは地核振動がタルタロスでは抑えきれなくなってきているということ。近い内に地核内のタルタロスは振動に耐え切れず圧壊し、オールドラントを障気が覆う事態になってしまうだろう。

 障気がオールドラントを覆えば、身体の弱い子どもや老人から、最終的には健康な大人まで身体を蝕まれ、死に至る。

 

「教団支部にも連絡を飛ばしてください。老人や病人を最優先で保護すること、ベルケンドから障気蝕害(インテルナルオーガン)に関する情報が発信されたらすぐに従うこと、混乱に備えて防備を固めることの三点を徹底してください」

 

 私の言葉に教団本部内は俄かに慌ただしくなる。障気の発生は既にダアト内でも話題になっているようで、動きは迅速だった。お陰で私は道すがら口頭で指示を出すだけで済み、ダアト市街に出ることが出来た。

 

「っ、この臭いは……」

 

 市街に出て最初に感じたのは微かに鼻の奥を刺すような臭気。忘れるわけが無い。障気の持つ独特の臭いだ。まだ目に見えて空気が淀んでいるところまではいかないが、近い内に各地から障気が噴出し、赤紫の霧が視界を覆うようになることだろう。

 

「市民の皆に口を布等で覆って少しでも障気を吸わないように指導を。私は少し発生源を見に行きます」

 

「ちょ、モース様! せめて守護役のアリエッタが来るのを待っ」

 

 ついて来た連絡員の制止を振り切り、私はダアト市街を抜け、壁の外に出た。臭いが強く、そして微かに色づいた障気が流れてくる方向に向かう。歩を進めるたびに臭気は強くなり、視界にかかる赤紫の霧が濃くなる。

 そして辿り着いたのはダアトとダアト港を繋ぐ街道を東に逸れた森の中。幸いなことに市街からも港からも距離があるため、すぐに障気が人口密集地に流れ込んでどうこうという状況になることは無さそうだ。準備をする時間は残されている。

 

「ですがダアトだけで収拾は不可能。ジェイドとディストの力を借りなければなりませんね」

 

「それを易々と許すとは思わないことだな」

 

「っ! その声は!」

 

 突如私の背後から響いた聞き覚えのある声に、私は弾かれたように振り返った。私の視線の先には、両手に譜業銃を構え、艶やかな金髪を後頭部で纏めた麗人の姿。ロニール雪山でラルゴと共に雪崩に巻き込まれてから行方不明になっていたヴァンの右腕、

 

「お久しぶりですね、リグレット」

 

「そちらもな。元気そうで何よりだ、モース」

 

 一見すると穏やかにも思える言葉のやり取りは、互いにメイスと譜業銃を構え合っている状況とチグハグで。互いに向けあう視線は敵意を隠そうともしない。

 

「雪崩に巻き込まれたと聞きましたが」

 

「ああ、その通りだ。抜け出すのに苦労したが、その程度で死ぬとはお前も思ってはいないだろう」

 

「ええ、もちろんです。だからこそ捜索隊も出していました。それを掻い潜ってこの場にいることは流石に予想外でしたが」

 

「フ、貴様の予想を超えられるとはな。閣下もお喜びになるだろう」

 

 言葉を交わしながら、この状況を打開する術について頭を巡らせるが、リグレットの譜業銃は油断なく私を捉え続けており、僅かでも動きを見せれば容赦なく私の身体に風穴を空けることが容易く予想出来た。譜術を発動しようにも、発動までの極僅かなタイムラグだけで十分リグレットは私を始末することが出来るだろう。

 

「確かにあなた達の動きは私の予想を超えていました。ですが何も問題はありません。導師イオンを押さえに来たのであれば見込み違いでしたね。彼は今ルーク達と共にいる」

 

 リグレットの狙いは恐らく導師イオンだろう。彼を押さえ、新たな導師イオンのレプリカを作成して新生ローレライ教団の導師として擁立し、混乱した民衆を取り込む算段なのだろうと私は予想している。

 

 だが、私の言葉を聞いたリグレットはそれを鼻で笑った。

 

「ならば我々はまたしてもお前の予想を超えたわけだ。我々の目的はモース、お前なのだから」

 

「何ですって?」

 

 思わず私は聞き返してしまう。私の確保がヴァン達の目的? 導師イオンやアッシュ、ルーク以上に私が優先される理由が私には分からなかった。

 

「自身の価値を正しく理解しないことがお前の弱点だ。無駄な抵抗は止めろ、大人しくすれば怪我をさせる必要も無い」

 

 チャキリ、と音を立ててリグレットが譜業銃を握り直す。彼女の目は、抵抗するならば死なない程度には痛めつけても構わないと言外に伝えてきていた。六神将相手に正面戦闘で私が敵う道理は無い。忠告に耳を貸さず、単身でここに来てしまった己の迂闊さを呪いたくなったが、ここで諦める訳にはいかない。リグレットに向けて構えたメイスに、励起した音素(フォニム)が纏わりついて仄かな光を帯びる。

 

「生憎と、そのような素直な性分では無いもので」

 

「お前ならばそう言うだろうと思ったよ」

 

 その言葉を最後に互いに口を閉ざす。私にとって悔やまれることに、ここはダアトから多少離れてしまっている。私を追ってアリエッタやシンクが来てくれるとしてももう少し時間が掛かるだろう。それまで耐えられれば私の勝ち、耐えられなければ負けになる。

 

「喰らえ!」

 

 最初に動いたのはリグレットだった。私に突き付けた二丁の譜業銃の引き金を、彼女の人差し指が引く。私は殆ど勘でその気配を察知すると横っ飛びに回避すると共に待機状態となっていた譜術を発動する。

 

「アイシクルレイン!」

 

「その程度の攻撃で!」

 

 譜業銃から放たれた音素(フォニム)弾は私の腕を掠めたが、お返しに私が放った氷刃は彼女の服を切り裂くことすら出来ずに回避される。それを嘆く間も無く私はフォンスロットを更に開放し、目の前に氷壁を生成する。その直後に生成した氷壁に罅が入った。氷刃を回避したリグレットが放った弾だ。私の譜術を回避すると同時に既に反撃を繰り出していた。

 中~遠距離になれば発動までに僅かながらラグのある私とそれがほぼ無いリグレットでは圧倒的な差がある。故に取れる手段は限られる。

 私は氷壁を砕き、リグレットに向けて破片を飛ばすとそれを目くらまし代わりに彼女に接近を試みる。

 

「そのような安易な手で!」

 

 だが、それを容易く許してくれる甘い相手では無い。リグレットは側転しながら破片を躱すと、私の足下に譜業銃を撃ち込む。それによって私の足は一瞬とはいえ止められ、再び間合いの外で膠着状態が形成される。

 

「今の攻防で十分理解しただろう。お前に勝ち目は無い。これ以上無駄な手間をかけさせるな。閣下は可能ならば万全な状態のお前を連れてこいと仰せだ」

 

 そう言って私に譜業銃を突き付けるリグレットには油断も慢心も無い。勝ち目が無いというのはリグレットの驕りでも何でもなく、純然たる事実だからだ。

 

「勝ち目が無い程度で諦められたのならば、私はユリアシティでラルゴに立ち向かうことは無かったでしょう」

 

「愚かな」

 

 私の言葉にリグレットの目が厳しさを増す。

 

「お前のような人間が何故閣下を、ヴァンをそこまで惹き付けるのだ!」

 

「さあ、私も皆目見当が付きませんね」

 

 リグレットが激昂するが、私だってヴァンが私に執着する理由は分からない。自失状態の私から情報を聞き出したのならば、私の価値はヴァンにとってほぼ無くなったはずだ。それでも尚私に何か利用価値を見出したとしたならば、ヴァンは私が知らない何かを知っているのかもしれない。

 

「今更になって預言(スコア)からの解放を謳うなど、お前のような詐欺師の言葉には虫酸が走る!」

 

「その言葉を戯言で終わらせる気は私にはありません」

 

「嘘を言うな! 何もかもを悟ったような顔で平然と人を選別するお前のような人間の傲慢を、預言(スコア)で歪められたこの世界を正せるのは閣下だけだ!」

 

 リグレットはそう叫ぶと、譜業銃を乱射する。だがその狙いは的確で、最初の三射で私の動きを制限し、続く二射が足を掠め、私から機動力を削いだ。そしてとどめの一射が私の右手に握られたメイスを弾き飛ばし、私から抵抗する力を奪い去る。

 

「ここまでだ、大詠師モース。お前の詭弁も聞き飽きた」

 

 


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