大詠師の記憶   作:TATAL

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感想にて指摘されたので後書きにおまけスキットが入る章には章タイトルに●マークを入れるようにしました。
自分でもどこに書いたか分からなくなってたのでさっさとそうすべきでしたね……

これまでに書いた章にも時間があるときに●マーク追加していきます


●障気に染まる世界と私

 それからも各地で地揺れは発生し、同時に障気も各所から噴き出し、ゆっくりと、だが確実に世界を覆い始めていた。私は怪我の療養のために外出を禁じられ、以前にも増してアリエッタやシンクが傍を離れない中、混乱するダアトとローレライ教団の舵取りに忙殺されていた。

 

「食料品を始めとする生活必需品の値上がり傾向が著しくなってきました」

 

「ダアトの商会に介入をお願いしましょう。同時に市民への啓発を。パニックによる買い溜めを少しでも抑止していく必要があります」

 

「マルクトとキムラスカからダアトに逃れてくる人々が増えてきたのはいかがいたしますか?」

 

「教団員を派遣して帰国するように説得するしかありません。障気はこの世界を等しく覆い、ダアトだけに特別にユリアの加護があることは無いのだと知ってもらわなければいけないでしょう。それでも正式な移住許可証、滞在許可証を持つ人を無理矢理帰すことは出来ませんからね。以前ダアトの外縁部を広げた際の余裕がまだ多少あります。最悪の場合はそこに受け入れるしかないでしょう。ダアト近郊の開墾を進めなくてはいけませんね。出来るだけ森のライガ達の縄張りを侵さないように」

 

 ハイマン君から投げかけられる案件に口頭で答えながら、机一杯に広げ、積み上げられた申請書や嘆願書に目を通す。大部分は私の下に辿り着くまでに数多の確認を通ってきており、後は私が簡単に確認して決裁をするのみではあるのだが、往々にしてこうしたときこそチェック機構の抜け漏れ、ちょっとした不正というのは発生するものであまり気は抜けない。ローレライ教団という組織が宗教団体でもあり、行政、司法、立法機能も担っているために私のところまで上がってくる案件は余りにも幅広い。こういった緊急事態のときは特にである。私は見慣れない書式、単語に悪戦苦闘しながら書類を一枚ずつ片付けていく。

 

「ハイマン君、ここに積んだものは全て決裁済みです。申し訳ないですが詠師達に戻してきて頂けますか、簡単に仕分けはしてあるので」

 

「畏まりました。……モース様、少しはお休みになられた方が」

 

 私の机に積まれた書類の束を手に取りながら、気遣わしげに私の顔を窺うハイマン君。その気遣いはとても嬉しいが、今は休んではいられない。私は彼を安心させるために笑みを浮かべる。

 

「大丈夫ですよ。むしろこうして座って書類仕事をしているだけなのですから、体力が有り余ってしまっているほどです」

 

「何を言っているのですか。ここ数日寝ていないのは知っていますよ。前々からあまり寝ていないのは知っていましたが、遂に寝ないで仕事をするだなんて」

 

 どうして彼は私の生活リズムを把握しているのだろうか。ちゃんと彼が帰ったことを確認してから仕事を再開していたはずなのだが。

 

「アリエッタから聞いています」

 

 私の護衛役があっさりと私の情報を漏らしてしまっていたらしい。いや、ハイマン君ならば大丈夫だと分かっているのだが。というか口に出してないのに何故彼は私の思っていることが分かったのか。あまり深く考えるのはよそう。

 副官の勘の鋭さにタジタジになっていた私だが、そこに扉を荒々しくノックする音が飛び込んできた。

 

「モース様! いらっしゃいますか、ルーク様とアッシュ様がいらっしゃいました!」

 

 伝えられたのはルークとアッシュの来訪。彼らが揃って顔を出すなど珍しいことだが、一体何があったというのだろうか。私はハイマン君と目を合わせ、頷く。

 

「ハイマン君」

 

「はっ。今開けます」

 

 足早に扉に歩み寄ったハイマン君が開けたその先には、よく似た朱赤と真紅の姿。その後ろにはよく見知った一行の姿もある。その表情はいずれも強張っている。どうやらあまり良い報告は聞けそうにも無いらしい。

 

「半月ぶりですね。まずはお茶でも淹れましょうか、皆さん」

 

 浮かない表情をしている彼らの心を軽くするために、私は顔に浮かべた笑みを意識して深くしたのだった。

 

 


 

 

「各地で神託の盾兵の姿をした者達が無差別攻撃を……?」

 

「ああ。セントビナー近郊でフリングス将軍が襲われた」

 

 ルーク達の口から語られた話は、私の知る筋書きとは少し異なるものだった。本来であれば、キムラスカ領ではマルクト兵の姿をしたレプリカ達が、反対にマルクト領ではキムラスカ兵の姿をしたレプリカ達が自爆特攻を各地で仕掛けて両国に緊張を煽っていたはずなのだが、彼らの話によれば襲ってきた兵士の姿は神託の盾兵だったらしい。

 

「それも厄介なことに襲ってきた奴らは口を揃えてある言葉を言っていた」

 

「モース様の為に……。ヴァンの奴も面倒な手を使ってきやがる」

 

 ガイの言葉をアッシュが引き継いだ。二人の表情も険しく、その顔を見るだけで今の私を取り巻く状況が芳しくないことが分かってしまった。

 

「どうやらキムラスカとマルクトでの私の立場はよろしくないようですね」

 

「お父様もピオニー陛下もこれがヴァンの策略と言うことは理解していますわ! ですが、末端の兵士や実際に被害を受けている人々は……」

 

「神託の盾兵の姿をした人間が自分達を襲い、あまつさえローレライ教団の実質的なトップの名を声高に叫ぶ。まあそれを目の当たりにした人からすればそうなってしまうのも致し方ありませんね。細部は異なれど似たような方法を取ってくることを予測出来ていたため我々はすぐにヴァン達の策だと分かりましたが」

 

「まだ噂は兵士達の一部で収まっちゃいるが、このままいくとキムラスカとマルクト内で正規の神託の盾兵が動き辛くなるだろうな。ッチ、忌々しい」

 

 どうやら敵はキムラスカとマルクトの不和を煽るよりも、今のダアトを二国から切り離す方向にシフトしたらしい。そして実際その手は私の記憶にあるものよりも有効に働くだろう。今のキムラスカとマルクトは私が知るものよりも強固な結びつきを形成している。だがそれはダアトが積極的に介入することによって成り立っているものだ。二国間を取り持つ裁定者としての立場をダアトが担っていることで、何らかの問題が発生した場合はダアトが最終的な裁定を下すことになっている。裏を返せば、キムラスカとマルクトからのダアトへの信頼によってこの関係は成立する。ダアトの信頼が失墜すれば、二国間の裁定者としての立場は失われ、再び二国は歯止めの効かない緊張状態に逆戻りする可能性がある。

 

「私が大きく動き過ぎてしまいましたね……」

 

 私は小さく零して椅子に身を沈める。そう、私は積極的に動き過ぎた。記憶の中の私よりも、私はキムラスカとマルクトに頻繁に出入りし、なまじ導師イオンよりも顔が売れている状態だ。各地の教団支部にも何度だって足を運んでいる。ヴァンに協力するフリをしていたとき、表向きは導師派閥と対立姿勢を見せていたために、導師は形だけのトップであり、実質的なダアトの指導者は私であるという認識が人々の間に定着してしまっている。そして今回の騒動である。ダアトから離れているほど、こう思うことだろう、「遂に大詠師モースが教団の更なる支配地域拡大を画策しているのか」と。

 

「モースのせいではありません。僕がもっとしっかりしていれば」

 

「それこそ導師イオンの責任ではありませんよ。私がお願いしたことです。むしろ私が狙いならば望むところですよ」

 

 それだけルーク達に迫る危機が減るということなのだから。

 

「ハァ……、そういうとこだぜモースの旦那」

 

 ガイが呆れたようにため息をつく。そう言われてもこの性分は早々何とかなるものではない。

 

「ダアトの孤立工作はこれからも続くでしょう。ですがそれに怯えてこちらの動きが消極的になってしまってはいけません。私は引き続きダアトの運営とベルケンドにいるディストとの情報共有を行います。ルーク達には今回の工作の要となるヴァン達のレプリカ作成拠点を探し出して頂きたい」

 

「ああ、任せてくれ!」

 

 そう言ってルークが拳を掌に打ち付けて気合を露わにする。それを面白くなさそうな表情で眺めていたアッシュが、鼻を鳴らすと席を立った。

 

「お、おい、アッシュ! どこに行くんだよ?」

 

「お前達はヴァンの拠点を探すんだろ。俺は各地のセフィロトをもう一度確認する。ヴァン達が細工していないとも限らないからな」

 

「アッシュ、まさか一人で行くつもりですの?」

 

「ゾロゾロと群れるのは性に合わないからな」

 

 心配そうに胸に手を当てるナタリアを肩越しに振り返ると、アッシュは扉に向かう。皆アッシュを引き留めたいとは思っているが、彼の後ろ姿はそれを明確に拒絶していた。しかしこのまま一人でアッシュを行かせることは私としても承服しかねる。もしセフィロトを巡っているときにリグレット達、あまつさえヴァンと出くわしてしまったらアッシュ一人では死なないまでも大きな手傷を負うことは想像に難くない。

 だが扉に向かうアッシュを引き留める言葉が出てこない。何を言おうとアッシュがルーク達と行動を共にすることは無いだろう。私の記憶の中のアッシュほど今の彼がルーク達に隔意があるとは思わない。それでも未だにルークに対してどこか割り切れない感情を抱いているのは間違いないのだから。それにアッシュと同行するならばある程度以上の戦闘能力が必須になる。適当な人間がついて行ったところでアッシュの負担が増えるだけなのだから。私がそうして歯噛みをしていると、執務室の扉が外から開かれた。現れたのは緑髪に仮面が特徴的な導師イオンの兄弟の一人。

 

「おっと、もしかしてお取込み中だったかな?」

 

 シンクは書類を手に持っていつもと変わらない軽い口調、歩調で部屋に入ってくる。ちょうど部屋を出ようとしていたアッシュの道を塞ぐ形で。

 

「話は終わったところだ、退け」

 

「相変わらず無愛想だよね、キミはさ。もうちょっと頼み方ってものを考えたらどうなのさ?」

 

 顔を顰めるアッシュと対照的に揶揄うような態度のシンク。私は彼らの姿を見て、一つ閃いた。アッシュを一人で行動させることなく、尚且つ負担にもならない戦闘能力を持った人間がいるではないか。

 

「そうです! シンク、アッシュと一緒にセフィロトの調査お願いできませんか?」

 

「「はぁ?」」

 

 いつもは全く反りが合わない二人の声が綺麗に重なった瞬間だった。





スキット「懲りない男」

「そういえばモース」

「どうしました、導師イオン?」

「これはここに来るまでにアリエッタから聞いたのですが、リグレットと戦闘になって負傷したらしいですね?」

「…………」

「どうして黙っているのですか? どうして後退っているのですか?」

「あの、違うのです」

「あなたが単独行動をしなければならない非常に重要で切迫した事態があったのですか?」

「いえ、その、ですね……」

「以前に僕は言いましたよね? 今度あなたが傷つくようなことがあれば、と」

「導師イオン、近いです。ちょ!? どうして私を拘束するのですか! ティア、アニス!」

「モース様、ごめんなさい」

「でもでも、今のイオン様には逆らえませんよぅ」

「それに私達もモース様のことを心配したんですよ?」

「ティア……。ええ、確かに迂闊過ぎたと反省しています。私はどうにも自分のことを軽んじてしまうようで」

「ならやっぱりイオン様にちゃんと叱ってもらわなきゃいけないですよねぇ」

「えぇ!?」

「モース、そこに正座してください」

「え、えっと」

「正座」

「はい!」

「凄いな、あの大詠師様がタジタジだ」

「今のイオンは誰にも止められないくらい怖いな……。あんなに迫力あるイオン見たのは初めてだ」

「イオンさん、怖いですの……。ライガクイーンよりも怖いですの」

「ところで、大佐はどちらに?」

「そういや姿が見えないな……」

「ジェイドの奴、手に負えないと悟って逃げやがったな」

「賢明な判断だと思いますわ。私達も先に休みましょう」

「……そうだな。ま、モースの旦那もたまにはこうやって叱られないと無茶ばっかりするしな」

「モースはいつもそうやって自分を顧みないのですから。どれほど周りが心配しているか……」

「はい、はい……、ご心配おかけして本当にすみませんでした」

「……なんで正座してるモースの膝をアニスが枕にしてるの?」

「モース様が逃げないようにするためだから~♪」

「……く、羨ましくなんてないわ」

「その顔じゃ説得力無いよ、ティア?」

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