大詠師の記憶   作:TATAL

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不穏の足音と私

 互いに顔を突き合わせ、散々文句を垂れるシンクとアッシュに理と利を説き、最後は情に訴えて説得を終える頃には、外はすっかりと暗くなってしまっていた。ルーク達はもうダアトの宿屋に戻って身体を休めている頃だろう。

 私はと言えば、ルーク達と話していた間に進められずにいた残務を処理していた。来客の予定も無いこの時間は一人で黙々と仕事を進めるにはもってこいの時間である。

 

「……さて、このくらいにしておきましょうか」

 

 私は紙束を持って決裁済みの棚に入れると、背伸びをして身体の凝りを解す。副官にも釘を刺されてしまったことなので、今日は私室に戻って横になるべきだろう、と思っていたのだが、部屋の外に感じた気配にそういうわけにもいかなさそうだと察する。

 

「仕事ならひと段落ついたので、入って頂いて構いませんよ」

 

 私が声を掛けると、扉が小さく軋む音と共に開かれ、来客が姿を現す。それは昼間にも見た顔だ。もっとも、昼間よりも浮かぶ表情には陰りが見られるが。

 

「気付いていたのか」

 

「こんな時間ですからね、物音も少ない。ちょっとした足音なんかも耳に入ってきてしまいますから。お茶でも?」

 

「……貰おう」

 

 彼はぶっきらぼうに言い放つと、ソファに腰を下ろす。私の申し出を素直に受けるくらいには弱っているらしい。こんな時間に来たことも併せて考えると愉快な相談になることは無いだろう。私は自分の分も含めた二つのティーカップと小さな砂糖菓子を盛った皿を机に置くと、彼の対面に腰かける。

 

「ルーク達の前では出来なかった話ですか、アッシュ?」

 

「ナタリアには聞かせる訳にはいかなかった」

 

 膝に肘をつき、両手を組んだ彼の姿はこれまで見てきた中で最も弱々しく見えた。いや、どこまで強く見せていても、彼もまだ17歳だ。背負ったものの重さに負けないように強くあらねばならないと己に言い聞かせているだけの。

 

「私には話していただけるのですね」

 

「お前は俺に贖うと言った。その言葉に嘘は無いんだろう?」

 

「もちろん。私はかつてヴァンと共にあなたの居場所を奪った人間です。その罪を償うために出来ることなら何でもします」

 

「なら、今の俺を何とか出来るか……?」

 

 アッシュのその言葉に、私は彼の抱えている悩みに思い至った。この頃から彼は自身の身体について自覚し始めていたのか。あるいはディストと話す中でその可能性に辿り着いたのかもしれない。

 レプリカ情報の抜き取りはオリジナルにとっても大きな負担になる。元より第七音譜術士(セブンスフォニマー)の才があったアッシュであればその程度はまだ軽いのかもしれないが、生体に特殊な方法で第七音素(セブンスフォニム)を注入し、その音素構成情報をフォニミンと呼ばれる薬剤で抜き取る。その過程で被験者の構成音素が不安定化し、音素乖離を起こすのだ。フォニミンの原料採掘地であると共にレプリカ作成研究施設でもあったワイヨン鏡窟でのレプリカ作成実験のレポートは私も目を通していた。

 

「……症状が出始めたのはいつからですか?」

 

「一か月前からだ。身体の動作に違和感がある。前よりも譜術の精度と威力も落ちた。まだ本人しか分からない程度じゃあるがな」

 

「音素乖離による劣化ですね。フォミクリー被験者に見られる副作用です。生物、無生物に限らず見られる劣化現象です」

 

「治す手立てはあるのか?」

 

「下手な嘘をつく方が不誠実でしょうから正直に言います。今のところ確立した方法はありません。ディストとジェイドが主導で研究を進めていますが」

 

 フォミクリー被験者の音素乖離問題についてはディストも頭を悩ませていた。そもそも、フォミクリーはその発想からして被験者を生かしておく動機が無い。そのため、被験者にかかる負担は始めから度外視されている。そしてベルケンドでの研究も生体レプリカの作成を禁じているためサンプル数が足りず、足踏み状態が続いていた。

 その事実を聞かされたアッシュは、怒りを顕にするでもなく、ただため息をつくばかりだった。

 

「見込みはあるのか? 俺も易々と死んでやるつもりはない」

 

「今のところはまだ何とも。ですが必ず方法を見つけます」

 

 こちらを力なく見つめるアッシュと視線を合わせながら私は言い切る。彼が死ぬ未来など来ない。でなければ、私が今もこの立場にしがみついている意味が無い。アッシュも、ルークも、子ども達が皆笑える未来のために私はこの記憶を持って生まれたのだから。

 

「……その言葉、信じるぞ」

 

「あなたの信頼を裏切ることはしません。何があろうと」

 

 組んだ両手が微かに震えているのに気が付かないフリをした。

 

 


 

 

 翌日、私はダアトを出て少し歩いた草原までアリエッタと出かけていた。用件はルーク達の見送りだ。アッシュとシンクは日が昇り切らない内に私に一言出立を告げると、早々にダアトを発ってしまった。アルビオール参号機の操縦士であるギンジ青年も朝早くから大変なことだが、アッシュにこうして引っ張りまわされるのは慣れっこなのか、力無く笑いながら肩を竦めるだけであった。

 

「大変な事ばかり頼んでしまいますが、よろしく頼みましたよ」

 

「モースにはいつも教団のことを任せてばかりですみません、ダアトをお願いしますね」

 

「私達よりモース様の方こそ気を付けてくださいよぉ」

 

「アニスの言う通りです。ご自分のこともきちんと大事にしてください」

 

 私の言葉にアニスがやれやれとため息をつきながら返し、それにティアが同調する。実際迂闊なことをやらかしてしまったので何も言えないが、それでも私よりも危険が大きいのはルーク達だ。

 

「ご心配なく。アリエッタもついていてくれます。あなた達はラルゴやリグレット、ヴァンと直接対峙する可能性が高いのですから。くれぐれも怪我などしないようにしてくださいね」

 

「アリエッタ、モース様をちゃんと守るから!」

 

 私の横に立つアリエッタが拳をグッと握って可愛らしく力んでいる。微笑ましいその様子に私だけでなくルーク達も顔を緩めた。

 

「ああ、アリエッタがついててくれるなら安心だ」

 

「モースのこと、頼みましたわよ」

 

 ルークとナタリアがしゃがんでアリエッタと視線を合わせる。ナタリアだけでなく、ルークもアリエッタと距離が近くなったらしい。これは押しの強いナタリアがアリエッタをルーク達の輪の中に強引に引っ張りこんだからなのだろうか。

 

「そっちも、イオン様のことちゃんと守ってね」

 

「おう、任せときな!」

 

 ガイがそう言ってアリエッタに親指を立てて見せる。無論、彼とアリエッタの間には距離がある。改善傾向にあると言ってもまだ女性恐怖症が完治したわけではないから仕方ないのだが、彼も中々難儀な性分をしている。

 

「ジェイド、あなたには旅の道中も手紙を通して色々と知恵をお借りしますよ?」

 

「ええ、分かっていますよ。サフィールだけに任せておくわけにもいきませんからね。バックアップはお任せしましたよ?」

 

「中々ダアトから動くことも難しい身ですが、出来る限りのことをしましょう」

 

 私とジェイドは互いに握手を交わす。手袋越しの彼の手は死霊使い(ネクロマンサー)という二つ名がそぐわない温かさを私に伝えてくる。

 手を離すと、ルーク達は振り返ってアルビオールへと乗り込んでいく。そして白い機体から音機関が始動する低い唸り声が響き、両翼から勢いよく音素が噴き出してその機体を中空へ浮かべていく。その姿が遥か遠くの小さな点になってしまうまで見送ってから、私はアリエッタに視線を向けた。

 

「ダアトに帰りましょうか。ディストも首を長くして待っていることでしょう」

 

「うん! ディストがフローリアン達を連れてきてくれたから、またお話しするの楽しみ!」

 

 私の右手を取りながら、アリエッタはそう言って顔を綻ばせる。そう言えばベルケンドで検査入院をしていたツヴァイやフローリアン達兄弟をディストが送ってきてくれたのだったか。以前教団本部から彼らを連れ出してくれたアリエッタはあれ以来フローリアン達とも友好を順調に深めてくれているらしい。人との交流経験が少なかった彼女にとってフローリアン達との交流は互いにいい刺激になるだろう。

 

「それで、私がベルケンドにフローリアン達を迎えに戻っている間にアッシュもルーク達も出立してしまったと?」

 

「そういうことになりますね」

 

「まったく、タイミングが良いのか悪いのか分からないことですね!」

 

「痛い! 傷口を叩くのは止めてください!」

 

 執務室に戻った私を出迎えたのは、我が物顔で茶器を取り出してお茶を楽しむディストだった。一緒に戻ってきてディストのヒラヒラした襟で遊んでいたフローリアン達はアリエッタを見ると顔を輝かせて彼女と連れ立って行ってしまった。護衛としてはフェムが残ってくれているので不足はないし、むしろ戦闘能力に乏しいツヴァイやフィオ、フローリアンをアリエッタとライガ達が守ってくれるのでこちらとしては願ったりだ。

 そして話し始めたかと思えば情緒不安定に私の足をペシペシと叩くディストに私は抗議の声を上げる。

 

「それで、タイミングが良い、悪いとは一体何のことですか?」

 

 ディストの手を押し留め、足を庇いながら私は問う。研究の進捗報告はこの間の治療の際に受けているし、今回はフローリアン達を送りに来てくれただけだと思っていたのだが。

 

「いえね、障気問題に関してですよ」

 

「……何か良い方法が?」

 

「いいえ。あなたが言った超振動による障気の分解くらいしか現状方法はありませんがね。それにしたって第七音素(セブンスフォニム)を収束させるローレライの剣だなんていう伝説の代物頼りの美しくない策」

 

 ただ、とディストは言葉を続ける。

 

「オールドラント全土を覆う障気を超振動で消し去るのに必要な第七音素(セブンスフォニム)について、おおよその試算が出来ましたよ。あなたのお望み通りにローレライの剣の使用有無の場合分けをした上でのね」

 

「おお、それは良い報告ですね。暗い話題ばかりでしたから、多少は気分が上向きそうです」

 

「これを聞いてそう思えるかは分かりませんがね。ローレライの剣有りならあなたが以前言った通りレプリカ一万人分程度の第七音素(セブンスフォニム)があれば何とかなるでしょう。しかし、ローレライの剣が無ければその数はもっと膨れ上がり、レプリカ十万人分は必要になります。ここまでくると島サイズの超巨大レプリカを作ってそれを素材にした方がマシなレベルになるでしょうね」

 

 ディストの報告は、私にとっては文字通りの福音と呼べるものだった。つまり彼はこう言っているのだ。障気を消すのにローレライの剣(アッシュ)に頼らなくても良い方法があると。

 

「なるほど。逆に言えばそれだけの第七音素(セブンスフォニム)を用意しさえすればローレライの剣による収束効果無しでも超振動による障気の分解は可能なのですね?」

 

「あくまで理論上の話に過ぎませんよ? それに超振動を起こす第七音譜術士(セブンスフォニマー)に莫大な負荷がかかるのは変わりません。結局、実行してしまえば音素乖離が起こるのは免れないですよ。現実的じゃありません。ルークやアッシュに死ねと命じられるような人間では無いでしょう、あなたは」

 

 ディストの指摘はご尤もだ。しかし、私の頭の中にあるのはルークやアッシュではない。それはかつてホドを滅ぼしたときのマルクトが行った凶行。

 

「ですが超振動を起こせるのはルークやアッシュに限らないでしょう。例えば、フォミクリー装置を意図的に暴走させるとか」

 

「疑似超振動のことですか? あれはルークやアッシュの超振動よりも威力が大幅に落ちます。出力が足りるかは賭けになりますよ? その方法にしたって誰かがフォミクリー装置に繋がって装置と被験者の間で干渉を起こす必要があります」

 

 私が一言述べるだけでディストはすぐに意図を察し、そして問題点を挙げる。

 

「何より装置があるのはワイヨン鏡窟です。そこに島サイズのレプリカか生体レプリカ十万人分をどうやって運び込むというのですか」

 

「……やはり中々うまい方法というのは見つからないものですか」

 

 ヴァン達が用意した移動式レプリカ作成拠点であるフェレス島のことを口に出そうとして止めた。もしそれを言ってしまえば、この天才は私の考えをたちどころに見抜いてしまうに違いないからだ。

 

「……何か隠していますか?」

 

 まさか先ほどの僅かな間で察したとでもいうのだろうか。眼鏡の奥の目が細められ、私を鋭く射抜く。とはいえ、それでボロを出すようでは大詠師としてやっていけない。

 

「いいえ、何か抜け道が無いかと頭を巡らせているのですよ。と言っても専門家であるあなたで思いつかないことを私が思いつけるわけもありませんが」

 

「……ま、そういうことにしておきましょうか。何を考えているかは知りませんが、滅多なことはするもんじゃありませんよ? あなたも護衛の筈である人間が看守になるような事態にはなって欲しくないでしょう?」

 

「はい?」

 

「おや、鈍感もここまで来れば最早末恐ろしい。おっとフェム、睨むなら私じゃなくてモースですよ、モース。何か怪しい動きをしようものなら骨の一本くらいなら良いんじゃないですか?」

 

「……そうだね、その心づもりはしておくことにするよ」

 

 ……何やら恐ろしい会話がディストとフェムの間で交わされているが、聞こえないフリを貫いて私はお茶を啜った。

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