謎の
「よくついて来てくれました。これから求める皆さま全員に
そう言って仮面の
「では、私の前に居るあなたから、参りましょうか」
「おお、感謝いたします!」
「……どうする? このままじゃ見す見す生体情報だけ抜かれてレプリカを作られる羽目になるよ」
「とはいえ易々と動くことは出来ないでしょう。何か混乱でも起これば別ですが」
隣に立つフェムが私に囁く。視線をそちらに向けないように意識しながら私もそれに声を潜めて返した。
「言っておくけど、僕に囮になれって言うのは無しだからね? 囮になるならモースだ。それで僕が潜む」
「ですがそれでは……」
「モースが敵地に一人残されるのはあり得ない。今のダアトの状況分かってる? ここでこんな事してるのだって本当はダメなんだよ」
ヒソヒソ声なのにドスを利かせるという器用な芸当を披露するフェムに、私は言葉に詰まる。私が居なくともダアトは何とかなる、と言いたいところだが、現実はそうもいかない。着実にダアトの経営陣に掛かる負担は増えているし、そこで最終決定権を持つ私が消えてしまえば完全にダアト中枢が麻痺してしまう。少なくとも今の偽装神託の盾兵による問題を解決し、両国からの圧力を解消しなくては私が動き回るのは難しい。だからこそ彼の言う案が現実的な妥協点であることは理解出来る。それでも彼を一人敵地に、それも絶海の孤島に残してしまうことに感情的に納得できないことには変わりない。
「……その時はアリエッタに頼んで彼女の魔物に偵察してもらうだけに留めましょう。それでもフェレス島の位置は掴めます」
「了解。それが落としどころだね。ま、だったらどこかでさっさと抜け出すのが吉だね」
そう言うとフェムは両手を頭の後ろで組んで周囲で目を光らせている人々の観察に戻った。私も集まった人々と甲板で作業に勤しむ船員たちを観察する。船員達は一見すると皆何かの作業に従事しているように見えるが、その中に数人、虚ろな目で私達を眺めている者がいる。生気を感じない目、何の感情も窺い知れない能面のような表情。彼らは恐らく。
「レプリカも交じってるね」
「各地でレプリカ情報を抜き取っているのです。単純労働力として打ってつけでしょう」
最初に刷り込みで決まった作業を教えてしまえば、後は文句を言うことも無く働くだけ。アスターの言う通りこれほど便利で、そして悍ましい技術は無い。彼らは自らの置かれた環境に疑問を抱くことを知らないのだから。自分が苦しいことを主張することを知らず、ただ限界が来るまで黙々と働くだけの血肉で出来た機械を生み出せることの何と恐ろしいことか。
今すぐこの船で暴れ、先ほどの
「……あんまり強く握ると手を傷つけるよ」
私の様子を見かねたフェムが、そう言って自身の右手を私の右手に重ねた。その暖かさに、私は自分の手から少しずつ力が抜けていくのを感じる。いけない、どうしてもレプリカ達を前にすると、感情のコントロールが上手くいかない。それは私の中に彼らレプリカを良いように扱い、最後には捨て駒とした忌まわしい記憶が根付いているからだろうか。
「すみません。冷静さを欠いていました」
「いいよ。それだけ怒ってくれること、僕は嬉しく思うから」
表情は変えず、それでも口調はどこまでも優しく、フェムは私の手を労わるように撫でてくれた。
その後も順番に呼び出され、甲板から少しずつ人が減っていく。私達は甲板の隅の方に立っていたお陰で、呼び出されることも無いまま時間が過ぎていく。私はそっと視線を空に向けた。船の上空、目を凝らせば、ガルーダが旋回しているのが映る。どうやらアリエッタが伝言を終え、船に偵察を飛ばしてくれたらしい。これで最低限の情報収集を行う手筈は整った。後は上手くいくか分からないが、私とフェムが二人揃って潜入できるかを試すだけだ。
私は隣のフェムと視線を合わせ、頷き合うと、これ見よがしに胸を手で押さえて咳き込みながら甲板に蹲った。
「おい、どうした!」
「ああ、大変だ。伯父はこのところの障気で身体を壊していたんだ。どこかで休ませてあげないと!」
私の様子を訝しんで近づいてきた船員に、フェムが焦ったような声と表情で縋りつく。もちろん演技だ。だが、これならば私が鼻から下を布で覆っていることの言い訳もつくし、どこかの船室で休ませて貰えればそのまま船内のどこかに身を潜めてしまえばいい。
「ねえ、どこかの船室を借りられないか? 横になって休ませてあげたいんだ。障気で身体を壊して医者も匙を投げちゃって、もう
「む……、そうは言うがな」
フェムの懇願にも船員はどこか渋い顔で首を易々と縦には振らない。その表情には、私を船内に留めることで他の船員に感染しないかを疑う気持ちがありありと現れていた。
「それは大変ですね、すぐに部屋に連れて行って差し上げて」
これ以上粘っても無理か、大人しく船を降りるしかないと考えていた私達を救ったのは、人々を扇動していた仮面の
「し、しかしですね……」
「構いません。
何か言いたげな船員を優しく、されど有無を言わせぬ口調で黙らせると、
「少しここで休んでいらしてくださいね」
「ああ、親切にありがとうね」
「構いませんよ。我々は
微かに見える口元は柔和な笑みを浮かべており、口調はどこまでも気遣わしげだ。心の底から私の体調を心配しているように見える。どこまでが演技で、どこまでが本心なのか読み取ることが出来ない。それはフェムも同じようで、警戒をしているが、どこか困惑を隠せていない。それほどまでに仮面の
「
「おや、不安ですか?」
「どこの医者に聞いても皆首を横に振ったんだ。不安にもなるさ」
「そう……、それはお辛いことでしたね。ですが安心して下さい。
フェムの疑問に
「障気のこともユリアの
私の前に立った
「でも、あなたのことをユリアはお救いにはならないかもしれませんね?」
「は……?」
「マズい!? モース!」
だがそれ故に反応が遅れた。身体が反応するより、
「ぐっ、あぁぁぁぁ!!」
「モース!? くそっ、僕が付いていながら!」
切られた、と認識すると同時、フェムが私を肩に担ぎ、船室の窓を勢いよく蹴破って外に飛び出していた。その後ろから、
「アハハハハハ!
辛うじて左目を開け、フェムの肩越しに笑い声の主を見る。血の滴るナイフを片手に、