大詠師の記憶   作:TATAL

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障気中和への道と子ども達

 ──今こそ知るが良い……預言(スコア)を蔑ろにした者の末路を……

 

 ルークの頭にその声が木霊する。

 

 アリエッタからの知らせでフェレス島の位置を突き止め、乗り込んだルーク達はそこで詠師オーレルと対峙した。

 アリエッタのかつての故郷であり、ホド島がかつてのキムラスカとマルクトとの戦争時、フォミクリー装置に繋がれた若きヴァンによって引き起こされた超振動で滅びたとき、その余波によって生じた津波に呑まれた島。それをレプリカとして再現した島である。ヴァン達はそこをレプリカ作成の新たな拠点とし、ダアトから連れ出されたオーレルもそこに身を隠していた。

 夥しい数のレプリカに自身の身を守らせながら、ギラギラと欲望に燃える瞳でルーク達を見つめながら放った一言は、彼らの脳裏にべったりと張り付いていた。

 

「なあ、ジェイド。預言(スコア)ってそんなに必死に守るべきものなのかな。イオンとかモースを見てたから、俺にはよく分からないんだ」

 

 オーレルがレプリカ達を盾にフェレス島を脱した後、島の最深部にズラリと並んだフォミクリー装置を眺めながら、ルークは傍らに立つジェイドに問う。初めから預言(スコア)に無かった自分。それによって世界は本来辿るべき道筋を踏み外した。それを許さないと文字通り必死になる人間がいる。預言(スコア)が無いことに不安を覚え、預言(スコア)を求める人もいる。ルークにとって、オーレルやその他の預言(スコア)を頑なに求める人々の考えこそが上手く呑み込めない。

 

「あなたにとって預言(スコア)は嫌なものでしかないですからね。大多数の人にとって、預言(スコア)とは正解の道なのですよ」

 

 ルークの隣に立つジェイドは、苦々しい顔でフォミクリー装置を並べながら答える。

 

「例えば将来の道に悩んでいる人がいるとしましょう。小説家になるか、研究者となるか。どちらも自分のやりたい道に違いは無い。そんなときに預言(スコア)を読み解いてみれば、小説家としての成功が詠まれている。明らかに明るい未来があると分かっている選択肢を敢えて捨てる人はいないでしょう? それで成功してしまえば、次も迷ったときに預言(スコア)に選択を委ねる。そうやって少しずつ選択することよりも預言(スコア)に頼るようになります。遂には毎日の献立すら預言(スコア)にお伺いを立てるようになる人間の完成というわけですね」

 

 特にユリアの預言(スコア)は今まで外れたことが無い唯一絶対のものとされています。それ故により一層、ユリアの預言(スコア)を遵守することは重要視されるわけですね。

 

 ジェイドの言葉に、ルークは何とも言い難い表情になって唸る。外れたことの無い預言(スコア)。だが自分という存在そのものが預言(スコア)から逸脱している。レプリカとはそもそも預言(スコア)に存在していないものなのだ。そんなレプリカを使ってまで預言(スコア)の成就を目論むのは、ある種矛盾しているようにも思えた。

 

預言(スコア)を守ることの為に俺みたいなレプリカを使い捨てても構わないっていうのはおかしいと思うんだ」

 

「……そうですね。あなたの言う通りです。時に賢しい大人の意見よりも、無垢な子どもの言葉が本質を突くこともあります」

 

「何かそれ、俺が子どもだって言ってないか?」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ?」

 

 ルークはジト目で睨みつけたが、ジェイドは相も変わらない微笑みを浮かべてとぼけて見せる。そこに周辺の調査を終えたアニス達が合流する。

 

「レプリカ以外はもぬけの殻だな。奥に操舵室のようなものがあったからそこでこの島の進路をコントロールできるかもしれない」

 

 ガイが親指で奥を示しながら言う。ガイの言葉で、この島が決められた航路で動いている可能性が高まった。恐らくそれによって今までキムラスカとマルクトの追跡を躱していたのだろう。

 

「オーレルが居なくなったらレプリカの人たちもみ~んな何もしなくなっちゃいましたね」

 

「きっと彼の命令が無ければ何も出来ないんだわ。自発的に何かするということを教えられていないから」

 

 辺りでぼんやりと立っているだけのレプリカを見渡しながらアニスとティアは呟く。生気を感じられないレプリカの目は、まさしく人形と言っていい。ヴァンに完全に洗脳されていれば、ルークもこうなっていたのかもしれないと考えてしまい、ティアは背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「ここにいる人々をそのままにしておくわけにはいきませんわ。何処かで保護してあげませんと。このままでは食べることも飲むこともしないまま死んでしまいます」

 

 ナタリアが心配そうに頬に手を当てて言う。だが、それに対する答えは既に用意されていると、ジェイドは懐から簡素な便箋を取り出して見せた。

 

「そのことならば既にかの大詠師殿が指示をくれていますね。可能ならばダアト港の近くに寄せてくれと、アリエッタが使役する魔物が持っていた手紙に書いてありました。キムラスカとマルクトに送るよりもダアトで受け入れた方が混乱が少ないとのこと。どうやら凶作に備えた食料の備蓄を放出する用意があるらしいです」

 

「おっと、そこまでお見通しなのか。相変わらず準備が良すぎていっそ怪しく見えてくるくらいだな、あの大詠師様は」

 

 ジェイドの言葉にガイが苦笑しながら返す。まさかフェレス島の位置を突き止めるだけでなく、そこに大量のレプリカがいることも見抜いているとは。こうなることを知っていたかのようにずっと以前から用意していたのではないか、この事態を全て裏で画策しているのではないかと疑ってしまいたくなるガイだが、実際のモースの姿を知っているだけにそんな考えはどうにも現実味を帯びてくれない。むしろ、未来を知っていたとして、人知れず苦心しながらそれに備えて悪戦苦闘している姿が容易く思い浮かぶのだから、あの大詠師にすっかり誑かされてしまっているのだと彼は思わず笑ってしまう。

 

「それじゃ、俺は進路を変更できないか試してくる。フォミクリー装置はどうする? 破壊するのか?」

 

「いえ、既に稼働させる人間もいませんし、わざわざ破壊することも無いでしょう。何ならレプリカ達の食料が足りなければこの装置を使って一時的に水増しが可能です。あまり使いたくない手ですが、取れる手段を減らすのはあまりしたくありません」

 

「……そうか、レプリカ技術があれば食料も増やし放題だな。何なら金だって」

 

 ジェイドから出た案にガイは目から鱗が落ちる思いだった。これまでレプリカと言えばどうしても悪い面ばかりに目が行きがちだったが、言われてみればこれほど便利な技術も無いものだ。これがあれば第七音素(セブンスフォニム)がある限り、食料も、物も、金も思いのままだ。使い方を誤れば世界を混乱させるが、こうした事態で当座を凌ぎたいときにはこれほど有用な技術は無い。

 

「ま、使い過ぎると経済の混乱を招くうえ、我々は最終的に障気の根本解決のためにプラネットストームを停止させます。そうすると第七音素(セブンスフォニム)の無尽蔵な供給は無くなり、フォミクリーの命脈も尽きるでしょう。第七音素(セブンスフォニム)以外の音素(フォニム)を利用したレプリカ作成は不安定過ぎる上、私の頭の中にしか技術体系が存在しませんしね」

 

「あくまでも一時凌ぎってことだな。そういうことならこいつ等はそっとしておくか。じゃあ俺は行ってくる」

 

 ジェイドの言葉に納得したガイはそう言うと片手を上げて奥の部屋へと向かう。

 それを見送りながら、ジェイドの脳裏に蘇るのはかつてケテルブルクにてモースから話されたこの世界の行く末。

 

「……急がなくてはいけませんね」

 

 このまま進めば、ルークは一万人のレプリカを引き連れ、自らを犠牲にして超振動を用いて障気を中和する。それによってすぐに音素乖離を起こすことは無かったものの、ルークはその存在の維持に必要な音素(フォニム)を殆ど失い、いつ消失してもおかしくない状態になってしまう。そうならない為に、アブソーブゲートでヴァンを討った後はディストと共に障気の中和に関しても研究をしてきたが、進捗は芳しくない。

 

「誰一人、死なせてなるものですか」

 

 先に進むルーク達の背を見ながらジェイドは一人呟く。ともすれば代わりに全てを背負って行ってしまいそうな彼も含めて。自分が成すべきことはそれなのだと。

 

 


 

 

 ダアト港が見える位置まで移動したレプリカフェレス島は、そこで進行を停止した。命令を下す存在を失い、ただ何をすることも無く立ち続けるレプリカ達に、すぐに戻ると言ってダアトへ降り立ったルーク達はそこで衝撃的なものを目にする。

 

「その目はどうしたんだモース!」

 

「おや、お久しぶりですね、ルーク」

 

 ルークの焦った声とは真逆の、いつも通り落ち着いた調子で彼らを出迎えたモースの顔には、右目を覆うように黒い眼帯が装着されていた。声を上げたルークとは反対に、イオン、アニス、ティアは何も言わずに駆け寄る。

 

「あ、あの、皆さん……?」

 

「一体今度はどんな無茶をしたのですか」

 

 常の穏和な姿からは想像も出来ない迫力が籠められた言葉がイオンの口から発せられた。それは後ろで聞いているルークとガイが思わず背筋を正してしまうくらいの。

 

「……違うのですよ。見た目は物々しいですが、実際は大した事は」

 

「モース様、嘘はいけませんよぅ」

 

 否定しようとしたモースを、下からアニスがにんまりと笑みを浮かべながら遮る。人は心底から怒っているときはむしろ笑顔になるのかもしれない。だがアニスの小さなツインテールはピンと逆立って彼女の感情を雄弁に物語っていた。

 

「これには深い事情が」

 

「でしたらその事情を聞かせて下さいますよね、モース様?」

 

 背中に冷たい氷を入れられたと錯覚するくらいに冷え切ったティアの声。遂にナタリアまでもピンと背筋を伸ばし、ジェイドが常に浮かべている微笑を引っ込めた。

 

「……お話ししますので、まずは部屋に案内させてください」

 

 その言葉と共に項垂れたモースを、ティアとアニスが左右からがっちりとホールドした。

 

 

 大詠師の執務室に通された面々は、そこでモースからフェレス島発見までの経緯を語られる。モースが今眼帯をしている理由も。イオン達三人の表情は話が進むほどに険しくなっていき、それに比例してモースの顔に流れる冷や汗は増えていったのは言うまでもない。ただ、話はそこで終わらず、今オールドラントを覆っている障気の問題にまで及んだ。

 

「私の怪我はともかく、遂にダアト内でも障気に侵されて倒れる人が出始めました」

 

 その言葉にルークやガイ、ジェイド、ナタリアの表情も厳しいものになる。障気の被害が目に見えて出始めた。彼らの脳裏に浮かぶのはかつてのアクゼリュスの住民の姿。障気に身体を内部から侵され、苦しむ姿は忘れようと思っても忘れられない。

 

「障気の中和を考えなくてはなりません」

 

「モース、ですがそれは……!」

 

「分かっています、ジェイド。これは本当は言うべきではないということも」

 

「何か方法があるのか!」

 

 モースとジェイドの様子から障気の中和方法に見当がついていると感じたルークは、暗かった表情を一転して明るくさせて二人を見つめる。だが、それを見返す二人の表情は依然として暗く、険しい。

 

「……現状の障気の中和方法は超振動を用いるものしか当てがありません」

 

「超振動なら俺が……」

 

 ジェイドに対し、ルークがそう言いかけるも、途中でモースによって遮られる。

 

「そう簡単な話ではないのですよ、ルーク。一人の超振動でこの星を覆う障気を中和しきることは出来ません。ディストが試算してくれましたが、第七音素(セブンスフォニム)を収束させるローレライの剣を使ってもレプリカ一万人分程度の第七音素(セブンスフォニム)を集める必要があります。それだけでなく、超振動を使用した人間は反動に耐えられず音素乖離によって死に至るでしょう」

 

 死に至る。モースが発したその言葉にルークは何も言えなくなる。

 

「……ですがご安心ください。障気蝕害(インテルナルオーガン)の治療方法についてはディストが着手しています。今しばらく時間を稼ぐことが出来るでしょう」

 

「でもそれじゃあ根本的な解決にならないのではなくて?」

 

「ええ、そうです。なので皆さんにはベルケンドに行ってディストと合流し、障気中和方法の模索に協力して欲しいのですよ」

 

 既にアッシュにも話を通しています、とモースは続けた。

 

「アッシュの持つローレライの剣、お二人の超振動のデータがあれば新たな障気中和方法も編み出せるかもしれません」

 

「これまた可能性の薄そうな話だな。聞いてるだけでもかなり綱渡りになりそうだぜ?」

 

「非才な我が身ではこれ以上の案を出すことが出来ませんでした。ですが、誰も犠牲を出さずに障気を中和するにはこれに賭けるしかありません」

 

 ガイに鋭い目を向けながらモースは語る。これが現状取り得る最善の手段だと。

 

「……確かに今はディストと合流して一刻も早く障気中和方法を考案するしかないですか」

 

 ジェイドも納得したとは言えないが、他に代案も無いのか渋々と頷く。確実に障気を消せるとは言え、ルークを犠牲にする方法を採ることは今のジェイドには出来ない。それをするくらいならばモースの言う通りギリギリまで足掻くだろう。

 

「……ま、他の手も無いしな。ベルケンドに行ってディストの知恵を借りるか」

 

 ジェイドも賛同したのを見てガイも同調する。しかし、彼の心の中には口には出さないものの疑問が渦巻いていた。

 これまで未来を知っているかのように事前に手を打ってきたモースがこの局面に来てこのような不確かな手段に頼るものだろうか。今までの用意周到さに比べて今のモースの案には穴が多すぎる。まるでこの場凌ぎの策のように。

 

(フェレス島には大量のレプリカが乗っている。それがダアト近くにあって俺達がベルケンドに行けば、それを一番利用できるのはモースになるわけだが……まさかな)

 

 一瞬頭に過った考えを、ガイは頭を振って振り払おうとする。そもそもモースに第七音素(セブンスフォニム)を操る才は無い。超振動を起こしようが無いのだから、ルークの代わりに犠牲になることなど不可能なのだ。

 だが、ガイの頭の中に一度芽生えてしまったその可能性を、彼は最後まで否定しきれなかった。


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