大詠師の記憶   作:TATAL

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殉ずる者と子ども達

 フェレス島はホドが消滅したときに発生した津波に呑まれた島だ。海底に沈んでしまったそれの情報を抜き取って作成されたそこは、津波に浚われたオリジナルの崩壊具合をそのまま反映している。

 島の中心に遺った大きな屋敷。当時の島を治める領主一族が住んでいたと思われる建物の地下には、ヴァン達によって作り上げられたレプリカ作成施設が眠っている。

 

 二度目の探索となるそこには、一度目には居なかった人物がフォミクリー装置を見上げて佇んでいた。

 

「……もしかすると、来るかもしれないとは思っていました」

 

 優しいですからね、あなた達は。

 

 纏う雰囲気は相変わらずどこまでも柔らかく、口調は優しい。まるでいつもの執務室でルーク達を出迎えるときのような調子だった。

 階段を駆け下りてきたルークにゆっくりと振り返ったその男は、仕方ない子達だと困ったような笑みを浮かべていた。

 

「ディスト、あなたにはルーク達のことをお願いしたはずなのですが」

 

「ええ、私の教育方針は放任主義なもので、やりたいことをやらせるべきだと思っただけですよ」

 

 モースの言葉にディストがニヤニヤとした笑みを浮かべて返す。ただ、その目は全く笑っていない。何なら眼鏡の奥からモースを射抜かんばかりの眼光を放っていた。

 

「モース、俺達の話を聞いてくれ! 一人で勝手に突き進むんじゃなくて、皆で話し合って未来を選びたいんだ!」

 

 ルークが一歩前に進んでモースへと訴えかける。それに合わせるように隣にいたティアも進み出た。

 

「モース様! 誰かが犠牲になるような手段を採る前に、もう一度皆で何か手は無いのか考えてくれませんか!」

 

 ルークも、ティアも、他の面々も、どこか信じ切っていた節がある。モースならばルーク達の訴えを無下にすることは無いと。この出来過ぎる程に人格者である男は、誰に対しても誠実で、短絡的な手段を採ることは無い。誰の話にも耳を傾け、話し合うことを厭うような男では無いと。

 

「……申し訳ないですが、それは出来ません」

 

 だからこそ、モースの口から発された言葉を認識こそすれ、理解するのに少しの時間を要した。

 

「もはや話し合いでどうにかなる段階は過ぎています。障気は人々を蝕み、この場にはそれを解決できる手段が用意されている。そしてそれを実行するのはルークでもアッシュでもなく、この私。私でなければならない。そうなるように今こうして用意を整えたのですから」

 

 淡々と話し、モースはフォミクリー装置を起動する。ブゥン、という起動音と共に装置から音素(フォニム)が収束する仄かな光が生じる。

 

「勝手な理屈で勝手に犠牲になろうとするなんて正しくない! 障気のことは、モースだけじゃなくて俺達や、他の皆とも話し合って決めなきゃいけないことじゃないか!」

 

「そうですね、勝手な屁理屈で、身勝手な大人そのものです。でもね、私はルークやアッシュのどちらかが死ぬということを容認できません。大人というのは子どもを守るために先に生まれてくるのです。子どもに守られるだけの大人になることは私には耐えられない」

 

「そうやって()()()()()()なんて思いながら勝手に死んでいくのですか。それで死ぬよりも辛い気持ちになる人がいることを無視して!」

 

 イオンの言葉に、隣に立つシンクは拳を固く握りしめる。イオンの言葉はシンクの言葉でもある。自分の心をどう表現すれば良いか分からないシンクに代わり、イオンが言葉を紡ぐ。同じレプリカでありながら担う役割も考え方も違う二人は、ことモースに限っては意見を一致させる。

 

「導師イオン、それにシンクも、私のような人間のことは忘れてしまうべきなのです。フローリアン達も、アリエッタも、心の傷は時間が癒してくれる」

 

 そう言うとモースはフォミクリー装置に向き直り、ルーク達に背を向けた。話は終わりだと言わんばかりに。その様子にティアはどうしようと隣のルークを見上げた。

 このままいくら言葉を重ねようともモースは聞く耳を持たないだろう。自分達の言葉がモースの耳に届くことは無い。それだけの力が無いからだ。だとすれば、話し合いの場に立たせるための力が必要だ。

 

(超振動、第七音素(セブンスフォニム)を集める……。だったら……!)

 

 ルークは何かを捧げ持つように両手を身体の前に持ってくると目を閉じる。今まで一度として成功したことは無い。屋敷にいたとき、ティアと共に挑戦したが何も感触を掴めなかった。その後、旅の道中でも事あるごとに試していたが、終ぞうまくいくことは無かった。

 

(だけど、今成功させなくちゃいけないんだ!)

 

 自分の身体の奥底に意識を向ける。吸う息と共に意識が身体の中に集中し、血の巡りと共に身体の隅々まで行き渡る。自分の身体に混ざりこんだ何かを見つけるために、全神経を集中させる。周囲の音は消え、自分が立っているかどうかも分からないくらいに外界からの情報は遮断される。そして遂に、

 

「見つけた……!」

 

 ルークの身体を微かに光が包む。励起した第七音素(セブンスフォニム)が全身のフォンスロットを通じて少しずつ放出されていることによるものだ。後は吐く息と共に、それを自身の掌に具現化するだけ。

 

「ルーク、その手にあるのは……!」

 

「ローレライの宝珠!? まさか取り出すことに成功したのですか!」

 

 ルークの手に現れた手のひら大の赤い宝珠。半透明のそれは中に白い音叉様のものが埋め込まれており、それ自体が第七音素(セブンスフォニム)に反応するように僅かに光を放っていた。

 それを見てティアとジェイドが驚きに声を上げ、他の面々も目を瞠った。ジェイドの声に、モースも歩みを止めて振り向いた。

 

「モースなら、ローレライの宝珠の力は知っているよな?」

 

第七音素(セブンスフォニム)を拡散させる力……」

 

 ルークの問い掛けに、モースが僅かに表情を歪ませて答えた。モースにとって今最も脅威となるものこそがローレライの宝珠だ。

 

「それを使われてしまえば、私とフォミクリー装置によって放たれる疑似超振動に十分な第七音素(セブンスフォニム)を集められない可能性がある」

 

「なら、俺達の話を聞く気になったか?」

 

 苦々しく呟いたモースにガイが声を掛ける。

 

「……話したところで結論は変わらないですよ。どうやっても誰かが傷つく選択になることは変わらない」

 

「どうしてそう言い切れる? まさか預言(スコア)に詠まれているからだなんて言わないよな?」

 

「唯一絶対の未来など無い。預言(スコア)からの脱却を目指すモースだからこそ変わらないなどと言うべきではないのではなくて?」

 

「……そうですね、これも良い機会なのでしょう。ジェイドとディストに話したことを、あなた達にも伝えておくべきなのかもしれません。本来であれば、私がいなくなってから導師イオンやジェイド達から伝えられるはずのものでしたが」

 

 ガイやナタリアの言葉に答えるというよりも、自問自答の結果を呟くように、モースは話す。

 

「モース? 一体何を……?」

 

「かつてあなたが地核でローレライと接触したときに聞いたであろうこと。その意味を明かそうということですよ」

 

 そう言ってモースは語り始める。忌まわしき己の記憶を。

 

「私にはこの世界の未来が分かる。ユリアの預言(スコア)ではなく、あなた達が辿ってしまう未来が。この先ヴァン達とどのように対峙し、どう決着するかが私には分かるのです」

 

「何だと……? いきなり何を言って」

 

「アッシュ、今は、話を、聞きなさい」

 

 怪訝な顔で口を挟もうとするアッシュを、言葉を一節一節区切るようにしてディストが制した。何か言いたげにしていたが、ディストの顔を見たアッシュは一つ舌打ちを挟むだけで口を閉ざした。

 

「私の見た未来ではアクゼリュスからの市民の避難は間に合わず、崩落と共に大勢の犠牲が出ました。ルークは過剰な自己犠牲を自らに強いるようになり、アリエッタやシンクとも対立を深めていきます。アニスは両親の借金を盾に私のスパイとして働き、導師イオンを私の下に連れてくるように動きます。そして私によってザレッホ火山の奥深くで発見された第七譜石の預言(スコア)を詠まされ、導師イオンはその負担に耐えられず死んでしまう。私は第七音素(セブンスフォニム)を取り込んで身も心も化け物となり、最期にはルーク達に討たれて死にました。

そして障気の問題はアッシュが一万人のレプリカと共に超振動で中和しようとします。ルークは代わりにそれを果たそうとしてレムの塔の頂上で超振動を使います。そうして甚大なダメージを受けたルークの身体は音素乖離によっていつ消失してもおかしくない状態となり、ヴァンとの最終決戦の後、あなたを先に行かせるために犠牲となったアッシュと共に地核へと消える」

 

 淡々と語られるのはこの世界が辿るかもしれなかった道筋。預言(スコア)からの脱却、ローレライの解放を成し遂げた先に待っていたのはルークとアッシュが一つとなり、ルークの記憶を引き継いだアッシュが帰ってくるという結末。

 

「あまりにも救われない。そんな未来を許してはならないと私は動いてきました。その結果、導師イオンは今も尚生きており、アリエッタもシンクもルーク達と対立すること無く、それどころか互いに並び立って戦ってくれている」

 

 ほんの少し、ボタンの掛け違えが起こらないように。そう思った結果がモースの目の前に広がっている。

 

「ルーク、私は既に私の目的を殆ど達成している。直接手助け出来ることはもうありません。懸念事項であったローレライの宝珠の具現化も出来た。であれば私に出来る最後の手助けはこうしてあなた達の礎となること」

 

 だから行かせてくれ。

 

 モースは笑ってそう言った。それはどこか晴れやかで、今から死んでしまうという悲壮感をまるで感じさせない笑顔だった。

 

「かつてオールドラントの滅亡を詠んだユリアもこんな気持ちだったのでしょうか。自分だけで抱えきれないものを背負い、けれどその中で少しでも人々が笑って暮らせるようにと尽力したのでしょうか。ただの人として時には苦悩しながら」

 

 モースから語られる話にルークは頭がついていかない。あまりにも突拍子もない話だったからだ。自らがアッシュのレプリカだと知らされたとき以上の混乱が彼を襲っていた。それは他のメンバーも同じだったようで、見ればティアやガイ、アニス、ナタリアにアッシュ達も呆気にとられた表情で何も言えないでいた。

 

「ふふ、信じられないでしょう? 頭がおかしくなったと思うでしょう? ですがそれで良いのです。頭がおかしくなった私が勝手に死んでいくと思えば良いのです」

 

「な……、そんなこと、思えるわけ無いだろ!」

 

 自嘲するように笑うモースにルークは頭を振って否定する。例えモースの語るそれが妄想だとしても、モースの成してきたことが無くなるわけではない。モースを見殺しにして良い理由にはならない。

 

「私は化け物です。未来を知り、他者を助けることに狂った人間です。自分を自分として愛することが出来なくなった異常者なのです。だから、私を無駄死にさせないでください。あなた達を守って死なせてください」

 

「ッ! させない、させてやるもんか! モース、あんたの言ってることは正しいのかもしれない。だけど、だからってあんたがそんなことをしてどうするんだ! 預言(スコア)から世界を解放するんだろ? 今のモースは自分だけの記憶(スコア)に縛られてる! だったら俺達が解放してやる!」

 

 ルークはそう言って剣を抜く。このまま話していてもモースの決意を翻すことは出来ない。ならば多少強引にでも止める必要がある。ティア達も同じ考えのようだ。

 

「モース様、記憶(スコア)に囚われたあなたを私達が止める!」

 

「今までずぅっと素直だったアニスちゃんだけど、これからは反抗期だよ!」

 

 ティアはメイスを構え、アニスは巨大化したトクナガの頭に乗る。

 

「俺もジェイドの旦那みたくあんたと酒を飲んでみたいんでね!」

 

「私の恩人を見殺しにするなんて、キムラスカ王家の名に懸けてお断りですわ!」

 

 腰に佩いた剣を抜き放ち、肩に担ぐガイと弓に矢を番えてモースを鋭く睨みつけるナタリア。

 

「頑固だとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ。あなたとはまだ話していないことが山のようにあるのですよ?」

 

 目に刻んだ音素(フォニム)吸収用の譜陣、その効果を抑制する眼鏡を外したジェイド。

 

「モース、ボクは生まれて初めて激怒っていう感情を知ったよ……!」

 

「こんな話をして俺を混乱させて、勝手に一人で死ねると思うなよ」

 

 シンクは両拳を合わせて、アッシュも剣を抜き放っていつも以上の剣幕で構える。

 

「さあ、こちらは準備万端ですよ、モース? 私も久しぶりに、童心に帰って喧嘩というものをしてみたくなってきましたよ」

 

 ディストが譜業椅子に腰かけ、肘掛けに頬杖をついてモースを見据える、その顔にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「……そうですか、そうですね。話し合いで解決が見込めない以上、最初からこうなることを考えるべきだったのでしょう」

 

 ルーク達を見渡したモースは、ため息をつくと左手を顔に翳し、眼帯に手をかける。

 

「戦いは得手ではありませんが、第七音素(セブンスフォニム)を取り込んだ今の私なら一人でもあなた達と渡り合えることでしょう」

 

 眼帯の下から覗くのは譜陣によって紅く光る目。それは譜陣が起動してモースの身体に第七音素(セブンスフォニム)が取り込まれていることを示唆している。

 

「結局、この世界でも記憶の中でも、あなた達と戦うことは避けられないことらしい。それもまた、この忌まわしい記憶がユリアの預言(スコア)に等しい束縛力を持っているということなのかもしれません」

 

 そしてローブの中に隠し持っていたメイスを取り出し、姿勢を低くして構える。

 

「ならば今ここで私は私の記憶を超えて見せましょう!」

 

 

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