大詠師の記憶   作:TATAL

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諦めない者、ローレライの声

 瞼を閉じているはずなのに、まるで目の前に太陽があるようにも感じられた。そんな目を灼く光がようやく収まったと感じ、目を開けたティアの視界には想像を絶する光景が広がっていた。

 

「取り込んだ第七音素(セブンスフォニム)を無秩序に放つだけでこれですか。なるほど、この力を持てば、かつての私ならば精神汚染が無くともいずれ狂っていたことでしょう」

 

 床は大きく円形に抉れ、天井は消失して陽の光がそこから差し込んでいる。自らの掌を見つめて呟くモースの周囲には、甚大なダメージを受けて床に倒れ伏す仲間たちの姿があった。

 

「ぐっ、あ……」

 

「無理はしない方が良いでしょう、アッシュ」

 

 呻き声をあげるアッシュの手に握られたローレライの剣を取り上げると、モースは呆然と立ち尽くすティア達へと視線を向けた。

 

「彼らのことはあなた達に任せて良いのでしょう? ティア、ジェイド、ナタリア。イオン様とディストもアルビオールに向かいなさい。ローレライの剣は事が済めば同位体であるアッシュの下に戻ることでしょうしね」

 

「モース……あなた、その身体で……!」

 

 ジェイドはモースの惨状に思わず目を鋭くする。彼の身体は、床に倒れ伏すルーク達を上回る夥しい傷に覆われていた。その上、譜陣が刻まれた右目からはとめどなく血涙が流れている。

 

「……資格の無い者が己が身に余る力を振るえばこうなるということですよ」

 

 既に傷は癒え始めているが、血に染まった詠師服と歩くたびに床に落ちる血が、いつも穏やかな表情を崩さないモースの顔が今は僅かに歪められていることが、その身体に刻まれたダメージの大きさを物語っていた。

 

「モース、僕は……!」

 

「イオン様、私はただ私の為だけにあなたを導いてきたに過ぎない。私の行いは徹頭徹尾、自分の為。そこにあなたが責任を感じる必要も、その資格もありはしない」

 

 何かを言おうとしたイオンを冷たく遮ると、モースはジェイド達に背を向ける。何も語ることは無いと言わんばかりに。そのままフォミクリー装置へと歩みを進めた。

 

「……エナジーブラスト!」

 

 だが、それを良しとしなかったのはジェイドの譜術だった。凝縮した音素(フォニム)の小さな塊がモースの目前に現れ、ダメージを与えることは無いものの、その足を止めることに成功した。

 

「……どういうつもりですか、ジェイド」

 

「生憎と、私はそう易々と諦めることが出来そうにありませんから」

 

 肩越しに振り向いたモースの右目が、鋭くジェイドを見据える。頬に一筋の冷や汗を流しながらも、ジェイドは構えを崩そうとはしなかった。

 

「あなたはそうした不合理なことはしないと思っていました」

 

「おや、もうあなたが勝ったとでもお思いですか?」

 

「まだ終わっていませんわよ!」

 

「私達だけでも、あなたを止めてみせます!」

 

「カイザーディストDXの恨みを晴らすまでは倒れてやりませんよぉ!」

 

 ジェイドに続いて、ナタリアとティアもそれぞれの武器を構え、ディストはその後ろからやいのやいのとヤジを飛ばす。それを見たモースの顔には、呆れたようにも、嬉しそうにも見える微笑みが浮かんでいた。

 

「どこまでも、あなた達は優しいのですね。こんな私にも手を差し伸べようとする。ですが、その優しさはもっと別の者を助けるために使うべきものだ」

 

 その言葉と共にモースは右手をティア達に向ける。それを見た彼らは攻撃を予期して身構えるが、その反応はモースを相手にしては余りにも遅い。

 言葉も無く行使された譜術は、モースとジェイド達との間に分厚い氷を生じ、彼らの間を隔てる壁となる。

 

「っ、しまった!」

 

 譜術の行使をする気配など微塵も感じられず、更に敵意も感じられなかった。それ故にジェイド達は氷の向こうに立つモースを歯痒く見つめることしか出来ない。

 

「早く去りなさい。この島は私と共に消失します。ダアト港が近いとは言え、海の真ん中に置き去りになってしまっては中々難儀するでしょう」

 

 そして今度こそモースはジェイド達に背を向ける。氷の向こうで壁に手をついて何かを叫んでいるティアも、涙を流すしかないイオンとナタリアも、それらを視界から消し去り、静かに唸りを上げるフォミクリー装置を見上げる。

 

「さあ、罪深い私への裁きがようやく下される」

 

──が声を聞け

 

「っ、また、ローレライの声が……」

 

 自らを装置に繋いでいると、またしてもモースの頭に響き始める声。

 

「ですが、その声ももう聴くことはなくなる」

 

――我がーーよ

 

「ようやく、私の罪に裁きが下される」

 

 モースはその言葉と共に目を閉じる。フォミクリー装置から生じる音は更に大きく、そして不規則になり、モースと装置を中心に嵐のように風が吹き荒れ始めた。

 

――響け、我が声よ

 

――我が預言の先を知る者よ

 

 かつては途切れ途切れにしか聞こえなかったはずのローレライの声。それが今やモースの頭にはっきりと響いている。だが、それは彼にとって最早気にするものでは無くなっていた。

 

「さあ、この身と引き換えに障気を消し去りたまえ!」

 

――我が片割れを持つ者よ!

 

 そしてモースの視界は再び光に包まれた。

 

 


 

 

 ルークは朦朧とした意識のまま、歩いて行くモースを見つめていた。

 

(一体、何が起こって……)

 

 視界が光に包まれたかと思えば、仲間達と共に床に倒れ伏し、全身に走る痛みに呻いていた。自分達は負けたのか、そう思う間もなく勝負は決していた。自身の力不足に歯噛みすることしか出来ない。

 

(くそぅ、結局モースを犠牲にするしか……)

 

――け、我が声よ

 

(この、声は!?)

 

 その時、ルークの頭に響いたのはアッシュの声とは違う、かつて悩まされていた幻聴。だが、それは今となっては誰からのメッセージなのか、ルークには分かる。

 

(ローレライの声!)

(ローレライの声!)

 

 そしてそれを聞いたのはルークだけではない。ルークのオリジナル、同じくローレライの完全同位体であるアッシュにもその声は届いていた。

 

(アッシュ! お前にも聞こえてるのか!)

 

(当たり前だ! 何故今聞こえているのかは分からねえが、だが奴を止めるならもう時間がねえぞ!)

 

 同時に響くアッシュの声に、ルークは身体が痛むのも忘れてアッシュへと顔を向けた。アッシュもルークの方に身体を引きずって近づこうとしている。

 

(ローレライの鍵をモースに奪われた。疑似超振動を起こされちまったらもう奴を止められねえ)

 

(なら、ここで寝てる場合じゃない!)

 

 互いに肩を貸し合いながら身体を床から引き起こす。見れば、既にモースは自身を装置に繋いでおり、装置との間に第七音素(セブンスフォニム)が暴風のような渦巻いている。既に事態は一刻を争う状態となっていた。

 

――の先を知る――よ

 

 未だに頭の中に直接響くようなローレライの声は、モースに近づくほどにその声の鮮明さを増していく。まるでモースの隣にローレライがいるかのように。ルークとアッシュの目にはモースの隣に立つ誰かの姿が映っていた。あの姿は、

 

(モースが、もう一人……?)

 

(遂に頭までやられちまったか? っ、クソ、ダメージがデカくてこんな足取りじゃ奴の所までは……!)

 

 ヨロヨロとたどたどしい足取りでしか進めないことに歯痒く感じるアッシュ。この速度ではとてもでは無いがモースが超振動を発生させるのに間に合わない。そう歯噛みしたアッシュの身体は、次の瞬間暖かな光に包まれた。

 

「ヒール!」

「ファーストエイド!」

 

 それは隣にいたルークも同じ。氷壁の向こう側にいたナタリアとティアが、モースへと向かう二人に気付いて治癒術を飛ばしたのだ。ルーク達の身体を苛んでいた痛みが和らぎ、足取りも軽くなる。

 

(これなら)

 

(行ける!)

 

 ルークとアッシュは互いに顔を見合わせると、頷いて走り出す。目指すは自分達に背を向けて暴力的なまでの第七音素(セブンスフォニム)を発しているモース。

 

――我が片割れを持つ者よ!

 

「「モォォォォォス!!」」

 

 二人が伸ばした手はついにモースを捉えた。それと同時に、モースと装置の間で目を開けていられないくらいの光が発生する。

 

「アッシュ!」

 

「チィッ! これで死んだら一生恨むからな、クズ!」

 

 ルークの声に応えるように、アッシュが手を伸ばし、モースの手に握られたローレライの剣を握りしめる。

 

「ルーク、アッシュ!? いけない、早く逃げなさい!」

 

「そうはいくか! こんな形で終わりだなんて認められない!」

 

「手助けくらいはしてやるが、そんなに死にたいならお前一人で死ね!」

 

 ルークとアッシュの二人が加わり、ローレライの剣に集まる第七音素(セブンスフォニム)が一層の輝きを放ち始めた。

 

「もちろんそのつもりですよ、アッシュ! ですからルークを連れて下がって……」

 

「俺もルークもテメェのガキじゃねえんだ! テメェに一から十まで指図を受けなきゃいけないような人間じゃねえんだよ!」

 

 モースの抗議の声は、それを上回るアッシュの怒声で掻き消される。

 

――響け、ローレライの声よ。我が預言を覆す者を守りたまえ

 

 三人の頭にその声が響くと共に、超振動による光が辺りに満ちた。

 

 


 

 

 ジェイド達が見守る前で、モース達三人は収束する第七音素(セブンスフォニム)に包まれ、直視出来なくなる。そしてそれと同時に始まった周囲の異変に目敏く気付いたのはティアだった。

 

「っ、大佐!」

 

「いけません、フェレス島の音素乖離が始まっています! ディスト、倒れている人を連れてアルビオールへ!」

 

「ええい! 人遣いの荒いのはあなたもモースも変わりませんね!」

 

 モース達がいる光の中心に近いところから、床や壁、天井が構成音素(フォニム)に解け、光の中心に向かって集まっていく。モースとフォミクリー装置の間に発生した疑似超振動によってレプリカフェレス島がその姿を構成していた第七音素(セブンスフォニム)へと解け、ローレライの剣に秘められた力、第七音素(セブンスフォニム)を収束させる力によってモース達へと集まっていく。その規模は徐々に膨らみ、ぼうっとしていてはティアやジェイド達まで巻き込まれてしまうだろう。

 

「ルーク! アッシュ! モース!」

 

「いけませんナタリア! 近づけばあなたも巻き込まれてしまいます!」

 

「ティアもナタリアを連れて行きなさい! 私は導師イオンを!」

 

 悲鳴を上げて光の中心に駆け寄ろうとするナタリアを、イオンとティアが羽交い絞めにして止める。そのままティアがナタリアの手を掴んで走り出し、ジェイドがイオンを担ぎ上げて後に続く。その後ろからは、倒れていたガイとアニス、シンクを回収したディストが追いかけてきた。

 

「ちょっとぉ! 私の負担だけ重すぎやしませんか!」

 

「良いから急ぎなさい! ルークとアッシュが加わったせいか予想以上の出力です! このままでは私達も巻き添えで音素乖離してしまいます!」

 

 ディストが情けなく声を上げるのを叱咤しながら、ジェイドは建物の出口を目指して走る。その後ろからは超振動の光が呑み込んだものを全て音素乖離によって分解しながら追いかけてきている。

 

「と言ってもこのままじゃ追い付かれますよぉ!」

 

「もうすぐ出口です! アルビオールに乗り込んで上空に逃げれば何とか!」

 

 そして目の前に見えた出口から飛び出した一行は、既に離陸体勢に入っていたアルビオール。そこに転がり込むように乗り込むと、息を整える間もなく操縦士であるノエルに離陸するように告げる。ノエルはそれを聞くとすぐさまアルビオールを浮上させた。

 

 アルビオールが上空へと逃れるとほぼ同時、光はフェレス島全体を包むように広がり、溜め込んだ力を解放する。

 

 超振動による障気の中和が始まったのだ。


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