大詠師の記憶   作:TATAL

97 / 137
偽りの大地と私

 あれから何日かの検査を挟み、特に大きな不調が無いことをディストに確認してもらった私は、ルーク達に半ば閉じ込められるようにダアトに押し込まれ、大詠師としての仕事をするように言いつけられてしまっていた。そして彼らの監視の下に仕事を行い、リグレット達の捜索を一通り終えたアッシュが来るのと入れ替わるようにルーク達が旅立って数日後のこと。

 

――預言(スコア)を蔑ろにする愚民共よ! 今こそひれ伏すが良い、この栄光の大地に!

 

 その宣言が為されたのは私が大量のレプリカを受け入れたことで混乱する教団の建て直しに奔走していた時だった。

 

「この声は、オーレルですか」

 

 どのような仕組みなのか、室内にいても響き渡って来る。恐らく全世界の人間が聞いていることだろう。証拠に執務室で一緒に仕事をしていたハイマン君もキョロキョロと辺りを見回している。そしてオーレルの声に遅れて地鳴りと地揺れが襲い掛かってくる。

 

「これは、一体何が……!?」

 

「モース様! 外を見てください!」

 

 焦ったような声でハイマン君が窓を指差すものだから、そちらへと目を向ける。そして目に飛び込んできた光景に私は思わず口が開いてしまった。

 

「何ですか、あれは……?」

 

 そこにあったのは洋上に浮かぶ影。相当な距離があるというのにその形がハッキリと分かるくらいであるということは、相当な大きさだ。それがどういった仕組みか空に浮かび上がっている。それも水を滝のように溢れさせながら。まさか海中にあんなものが沈んでいたのだろうか。

 

――見よ! これこそが世界を正しくユリアの預言(スコア)通りに導くための新たな大地、エルドラントである!

 

 威厳たっぷりに響くオーレルの声に、あそこに奴がいるのだと分かる。フェレス島から逃げたとルーク達から聞いたが、あのような所に隠れていたらしい。だがこうして姿を見せたということは。

 

「宣戦布告……」

 

 釣鐘を逆さにしたような本体。上下に白い柱状のものがその本体を覆っている。柱は最上部で外側に向かって開き、さながら羽根が生えた逆さ釣鐘といった様相だ。全体として白を基調とした外観のためか、遠目にも目立つ。

 

――預言(スコア)を信ずる正しき者達よ、このエルドラントに集え! 真なるローレライ教団、すなわち真正ローレライ教団は正しき者達を受け入れ、共に繁栄を享受することを許そう。そして預言(スコア)を蔑ろにする者達に裁きを下す!

 

 その言葉を最後にオーレルの声は止んだ。私は振り返ったハイマン君と視線を合わせる。

 

「モース様、これは」

 

「今すぐキムラスカとマルクトに書簡を。一刻も早く対応せねばならないでしょう。これは宣戦布告です。あんなものを持ち出してこんな宣言をするということは向こうはあれだけで我々全員を圧倒できると確信している。どんな秘密があるのか分かりませんが、軽率に手を出すことは避けなくては」

 

「承知しました。すぐに書面の準備をいたします。会合の場所は如何なさいますか? 物流にも影響することを考えるとケセドニアのアスター様も加えるべきかと思いますが」

 

「そうですね、でしたらケセドニア……いえ、ユリアシティにしましょう。今回の会合はローレライ教団が頭になっているということを内外に示しておいた方が良い。オーレルの言う真正ローレライ教団とやらを我々が認めていないことを見せつけておかなくては。両陛下とアスター殿はルーク達かアッシュにお連れしてもらうのが良いでしょう」

 

「ではそのように。アッシュ特務師団長にもお伝えしておきます」

 

 そこまで言ってからハイマン君がずずい、と私の前に詰め寄ってきて、私の肩に両手を置いた。その顔があまりにも真剣かつ醸し出す雰囲気が恐ろしく、私の背筋にドッと冷や汗が浮かぶ。

 

「く・れ・ぐ・れ・も! お一人でどこかに行ったりしないよう、良いですね?」

 

 とうとう私は副官であるハイマン君からも欠片も信用されなくなってしまったのだ。私がダアトに戻ってからの彼の動揺っぷりは流石に予想外だった。フェレス島に赴く前に、私の執務室に彼宛ての手紙を残しておいたのだが、何と彼はその手紙を胸に抱えたままずっと私の執務室で崩れ落ちていたのだ。帰ってきて薄暗い執務室の中に虚ろな目で手紙を何度も読み返している男がいたときに感じた恐怖はヴァンを前にしたときに匹敵するかもしれない。そしてそれ以降、彼は仕事中は私から離れることは無くなり、離れるときは必ず誰か見張りをつけ、更に執務室の扉に鍵を掛けて内外を遮断する徹底ぶりを発揮し始めた。私は何故子どものように扱われているのだろう。

 

「は、はい……」

 

「まあ外から鍵を掛けておきますし、そろそろカンタビレ主席総長もいらっしゃいますから見張りをお願いしますが」

 

「私はそこまで信用ならないのですね……」

 

「ご自分の所業をよく振り返られた方がよろしいかと。特に真正ローレライ教団などとふざけたことを抜かす輩が出たのです。教団の柱であるモース様が今いなくなってしまえばダアトの結束も危うくなります。ただでさえレプリカの受け入れで混乱しているのに」

 

 私をグイグイと押して椅子に座らせると、くれぐれも勝手に動かないようにと念押しするように言い含めて執務室を後にした。自業自得であるし、ハイマン君の言うことに何一つ反論出来ることも無かったため、私は諦めて椅子に身体を沈めると、未だに残っている書類を片付けようと手を伸ばした。

 

 それからしばらくして、いつもの黒い細剣を携えたカンタビレが鍵のかかった扉を開いて部屋へと入って来る。

 

「やあモース。さっきの宣言はちゃんと聞いてたようだね」

 

 部屋に入ったカンタビレは勝手知ったるとばかりに戸棚を漁り、ティーセットと茶菓子を取り出すとテキパキとお茶の準備を進める。私はそれを横目に目を通していた書類にサインをすると決裁済みの束へと積んだ。

 

「ええ、聞いていましたよ。ハイマン君から話は聞いているのでしょう?」

 

「まあね、それで次はどんな無茶をするつもりだい?」

 

「無茶をするのは確定しているのですか……」

 

「しないのかい?」

 

「……いえ、否定は出来ませんね」

 

 カンタビレに聞き返されて私は何も反論できず肩を落とす。今私が考えていることを話してしまえばハイマン君ならカンカンに怒り狂って止めるだろう。

 

「レプリカ達の受け入れによる混乱はもうすぐ収束します、収束させてみせます。後はキムラスカとマルクト、ケセドニアとの協力体制を構築し、あの空に浮かぶ要塞をどうにかするだけです」

 

「まさかルーク達について行くだなんて話かい?」

 

「そのまさかですよ」

 

 眉をひそめたカンタビレの問いを私はあっさりと肯定した。カンタビレはそんな私に対して驚くほど長い時間ため息を吐くと、ジトっとした目でこちらを睨みつけてくる。

 

「そんなことをあのハイマンや導師イオンが許すとでも思うのかい?」

 

「許さないでしょう。ですが、私にはまだ何か役目があるのではないか、そう思えてならないのです」

 

 私はそう言いながら右目を覆う眼帯に手を触れる。ディストとジェイドがどう手を尽くしても私の右目が元に戻ることは無かった。視界がおかしくなったわけでもなく、むしろ身体から力が湧き出てくるほどだったので私としてはどうにかしようという気は無かった。とはいえ、見た目に奇妙であることには変わりないため、こうしてディストお手製の眼帯によって普段は隠している。

 

「この目はローレライの声と共にもたらされたと思っています。確実に死ぬといわれた疑似超振動を起こしても私は死なず、ルークもアッシュも身体に何の問題も無かった。変わったのは私のこの目だけ。あれ以来時折聞こえていたローレライの声は聞こえなくなりました。彼が最後に私に授けたコレの役割は、このままダアトに座したままで果たせるものでは無いと思っているのです」

 

「……ま、どうしても動かなくちゃならないってならちゃんと説得することだね。騙し討ちみたいにするのは無しだよ」

 

「止めないのですか?」

 

「一人くらいはあんたの後押しをしても良いだろうさ。それに、もう自分から死にに行くような真似はしないんだろう?」

 

「そうですね。私はもう我が身を投げ出すことが出来なくなってしまいましたよ」

 

「その方がよっぽど健全さ。さて、モースの見張りっていう口実も出来たことだし、私はちょいとサボらせてもらうよ」

 

「カンタビレ……、一応大詠師である私の前で堂々とサボり宣言は止めていただけませんか?」

 

 結局、カンタビレに押し切られて私も仕事を中断することになるのだった。

 

 


 

 

「あの空に浮かぶ面妖な要塞。真正ローレライ教団とやらはあすこを本拠地としていると?」

 

「ええ、アスター殿。まず間違いないでしょう」

 

「といっても空に浮かばれてるんじゃな、こっちからじゃ手の出しようもない」

 

「海上に艦隊を並べて上空に向けて撃つくらいか」

 

 ケセドニアに集まったのは砂漠の主アスター、マルクト皇帝ピオニー、キムラスカ王インゴベルト、そしてユリアシティ市長のテオドーロとローレライ教団大詠師である私の5人。アスターの屋敷に備えられた豪勢な会議室内で行われているこの会談は、まさに世界を動かす会議といって過言では無いだろう。もちろんこの会議に参加しているのはこの5人だけではない。

 

「手を出せるとすればアルビオールを有するルーク達とアッシュだけになりますね」

 

「そう思ってあの要塞、エルドラントに向かいましたが音素(フォニム)の嵐で守られていまして近づけそうもありませんでした」

 

 私の言葉に続けてジェイドが情報を補足してくれる。やはり易々と乗り込ませてくれるものでは無いらしい。でなくてはあのような目立つものを浮かべたりはしない。

 

「プラネットストームの力を転用しているんでしょう。あれをどうにかするにはそもそもの供給を絶つ必要があります」

 

「供給を絶つっていうと、プラネットストームを停止させるってことか。そうなると今までの譜業技術が基盤から崩壊しちまうな」

 

 ジェイドの言葉にピオニー陛下が顎に手をやって考え込む。同じことをインゴベルト陛下も思ったようで、難しい顔をして押し黙っていた。彼らの懸念は正しい。ジェイドの言う通りにプラネットストームを制止させてしまえば、我々は無尽蔵の第七音素(セブンスフォニム)を失ってしまう。創生暦時代の技術が失われてから、今日の譜業技術はプラネットストームによる無尽蔵のエネルギー供給をベースとして発展してきた。プラネットストームの停止はエルドラントの防御機構の喪失と引き換えに私達の文明基盤の喪失をもたらす。

 

「ですが迷っている時間はありません。それに、プラネットストームはいずれ停止しなくては地核の振動によって障気が再び発生してしまいます」

 

 導師イオンがそう言って決断を促すが、両陛下の表情は重たい。もちろんオーレル、ひいてはヴァンの計画を阻止することは重要だ。だがそれ以上に、自国民の生活を守ることも考えなければならないのだ。

 

「導師イオン、そうは言っても我らには自国民を守る義務がある。そう易々と決断は出来ぬ」

 

「ですが伯父上、このまま放っておいたら!」

 

「ルーク、抑えなさい」

 

 インゴベルト陛下の言葉にルークが思わず席を立つが、ジェイドの鋭い声に制される。誰もが口を閉ざし、会議室内に沈黙が横たわる。私はそれを見計らって口を開いた。

 

「今までは出来るだけ何も知らない民衆に影響が出ないように、今までと変わらない毎日が送れるようにとしてきました。ですが今回は我々の努力だけではどうにも出来ないことです。両陛下の腰が重くなるのも当然でしょう」

 

「ですがモース、それで相手に時間を与えるのは……」

 

「ええ、その通りです導師イオン」

 

 ですので、と言葉を続ける。

 

「ここからはルーク達は席を外していただけませんか?」

 

「え?」

 

 私の言葉にきょとんとした顔を向けるルークに私は微笑みかける。

 

「ズルい大人達の話し合いの時間ですから」

 

 場所を整え。情報はルーク達がもたらしてくれた。ならばここからは大人が頑張らねばならないだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。