「それで、わざわざルーク達を、ジェイドまで追い出してやりたい話ってのはなんだ? 別に俺としてはルーク達に全面協力することに否やは無いんだが」
ルーク達が部屋を後にしたのを確認してから、ピオニー陛下はそう切り出した。彼の明け透けな物言いは生来の気質もあるのだろうが、それを利用した強かなところがあるのも否定できない。事実、彼の眼は朗らかな口調とは裏腹にひどく醒めていた。
「私が口出しするまでもなかったものと思いますが、ここらで口を挟んでおかないと後々肩身が狭い思いをしそうですからね」
「イヒヒ、お気遣い感謝いたしますよ、モース殿」
私に続いて、今まで沈黙を保っていたアスターが口を開く。ルーク達の説明を聞いている間も、彼は相槌こそ打っていたものの何も意見を述べることはしなかった。ピオニー陛下やインゴベルト陛下のように質問をすることも無かった。ただ話が進むのに任せるばかりで、いつもの彼らしからぬ様子だったのだ。そしてルーク達の提案にピオニー陛下達が少し考えて沈黙したとき、私にチラリと視線を送ってきた。つまり、そういうことなのだろう。ここで口を挟んでおけと。このまま素直に話を終わらせるべきでは無く、そしてそれを言い出せるのは、言い出すべきであるのは私であると。
「キムラスカやマルクトはルーク達に協力するのを渋る理由など無いでしょう。彼らの貢献に報いる対価も出せるはずです。しかし、ダアトとケセドニアは別です」
ただの一都市でしかないダアトとケセドニアにはキムラスカやマルクトと張り合えるような戦力の供出も出来なければ、物資の大々的な支援も難しい。更に言えば、ルーク達がヴァンの計画を阻止した後の世界とはすなわち
「それを懸念していたからこそ、陛下達も返答を躊躇ったのではありませんか?」
「……ま、そんなところだな」
「流石はモース殿ですな」
私の説明に満足したかのようにピオニー陛下もアスターも頷いた。ピオニー陛下はともかくアスターまでこう言うということは……。この可能性も予想はしていたが、私は試されていたと言うことなのだろう。アスターを気遣ったつもりが、むしろアスターは私を気遣ってくれていた側ということらしい。
「意地が悪いですね。仲間外れは私だけということですか?」
「そう言ってくれるなモース。ダアトは今まで多かれ少なかれローレライ教団の、
インゴベルト陛下が弁明するも、私はそれにジト目を返す。力不足だったかもしれないが、ダアトは教団の権威だけでは無いことを示すために外交的に努力を重ねてきたつもりだったのだが。私の不満が伝わったのか、宥めるようにアスターが私の傍にやってきて肩に手を置いた。
「試すような真似をしたことは謝罪いたします。ですが必要なこととご承知いただきたいのです。ダアトもケセドニアも所詮は自治区。力では二大国に及びません。物流の要としての役割を担ってきたケセドニアと比較し、キムラスカとマルクトの不和によって役割を持ってきたこれまでのダアトはどうしても存在感が薄れる恐れがありました。その懸念は払拭できそうで何よりですが」
「……お眼鏡に適ったのなら何よりです」
私があのとき話が進むままに任せていたならばダアトは今後の世界の中でキムラスカやマルクトと対等に外交を続けていくに値しない。ピオニー陛下の言に従うばかりになるため、二大国とダアトの間に明確な上下関係が生まれてしまう。アスターの合図を受けて多少なりとも口を挟めたなら、今後のダアトの価値が落ちることを予測し、先んじて手を打ったと判断され、交渉のテーブルにつくことが出来るようになる。この会談のきっかけとなったのはあくまで私だが、それはすなわちダアトが両国と今後も対等な関係を築けていくことを意味しない。むしろこれが最後にダアトが軽んじられる未来もありえた。
世界を二分する大国の指導者や、それらと対等に商談を繰り広げようとする砂漠の主からすれば、私もまだまだ頼りない未熟者に映ったということなのだろう。
「いずれにせよ、これでルーク達に協力する懸念は無くなったと見てよろしいですね?」
「おう、こっからはどこが何をどれだけ負担するか」
「つまりは商談ですな」
ピオニー陛下とアスターはそう言ってニヤリと笑った。インゴベルト陛下も何を言うでもなかったが目を伏せて笑みを浮かべている。
ここまで試されてからようやくこの三人との交渉が始まるのかと思うとため息をつきたくなるばかりだったが、何とかそれを飲み下すと、笑みを顔に張り付けた。
「時間も少ないことですが、実りあるお話が出来るように努めましょう」
結論から言えば、エルドラントに突入するルーク達への援護として戦力を供出するのはキムラスカとマルクトの二国であることは変わりない。だが、それだけではケセドニアとダアトは何も貢献できないことになる。
「ケセドニアは此度の作戦にかかる戦費の4割を負担いただく。残りは我がキムラスカ、マルクト、ダアトにて2割ずつ。ダアトからは戦力として六神将であるシンク謡士、アリエッタ響手を供出。アリエッタ響手の擁する鳥型魔物を用いてルーク達に続いてエルドラントに突入する援護隊を担っていただく」
ケセドニアが負担するのは金。既に1万人のレプリカを受け入れているダアトは戦費を負担することは厳しい。更に言えば軍事力で言えばキムラスカとマルクトには及ばない。だが二国に出来ず、ダアトに出来ることもまたある。そのうちの一つが飛行できる魔物を用いたエルドラントへの突入だ。これでアルビオールで先行して突入するルーク達に追加戦力を届けることが出来る。とはいえ、それでも魔物の数に限りがある以上、誰でもとはいかない。そのため神託の盾騎士団の最高戦力であるシンクとアリエッタを持ち出す。エルドラント内にはオーレル達が作成したレプリカ兵達が待ち受けていることだろう。だがシンク達ならそれを切り抜けることも出来るだろう。二人を政治の道具にしてしまっていることに罪悪感は当然あるが、これでも両陛下とアスターには手心を加えてもらったのだと分かる。
話がひと段落し、使用人が注いでくれたグラスの水を飲み干す。短時間の交渉だったが、それでも普段以上に体力を使った。私はこれまで知らず知らずのうちに
「さて、他にも戦後のあれこれを話しておきたいが、あまり時間も無い。だが話しておかなくちゃならない案件はもう一つある」
私が人心地ついたのを見計らい、ピオニー陛下が再び口を開く。私も疲労はしているが、彼の話したい内容が予想出来る故にここで会談を終わりにしてしまってはいけないと理解出来る。
「セフィロトの扱い、ですね」
このオールドラントには
「アクゼリュスのセフィロトは最早使えない。そうするとラジエイトゲートとアブソーブゲート、ダアトがあるパダミヤ大陸のザレッホ火山を除けばキムラスカとマルクトで各々3つのセフィロトを領有することになる。アブソーブゲートとラジエイトゲートは完全中立地帯とした場合、世界はある意味拮抗した形になるわけだ」
だが、とピオニー陛下が言葉を続けた。
「一自治区であるダアトが一つのセフィロトを独占することに懸念があるのも確かだ」
「ダアトはキムラスカやマルクトと違って譜業や譜術による
「ケセドニアも管理に噛ませてもらえるという認識でよろしいので?」
ピオニー陛下に続いてインゴベルト陛下もアスターも各々の主張を展開する。要はダアト一都市の国力をケセドニアと同等以下にまでしておきたい。セフィロトの共同管理という形でダアトに首輪を着けたいという魂胆だ。だが、それを単純に認める訳にはいかない。
「これまでダアトは
「ダアトがそれを外交のカードとしたとき、キムラスカとマルクトの天秤が傾くのは変わりあるまい? キムラスカとしては承服しかねるな」
「マルクトも同意だ。そもそもダアトこそローレライ教団が
「キムラスカとマルクトがダアト領内に管理の為と称して軍を派遣する大義名分を与えてはそれこそ新たなセフィロト戦争が勃発するのでは? そしてそのとき戦火に見舞われるのはキムラスカでもマルクトでもなくダアトです」
10あるセフィロトのうちキムラスカとマルクトが3つずつ。アブソーブゲートとラジエイトゲートのどちらかでも一国が独占すればそれ以外の勢力が全て敵に回る。そうなるとダアトが所有するザレッホ火山のセフィロトが大きな意味を持つ。キムラスカとマルクトの溝は確実に埋まってきている。しかしどちらも自国の繁栄を第一に考えるのは変わらないのだから、どうにかしてザレッホ火山のセフィロトを利用出来るようにしておきたいと思うのは当然の話だ。そして私はそれを易々と許してはいけない。
「ダアトだけの管理で不安だと仰るのならばケセドニアにも噛んでいただきましょう。キムラスカとマルクトの介入があった場合、ケセドニアが中立の立場として事態の収拾に努めるというのは?」
「でしたらザレッホ火山のセフィロト利用をケセドニアに許可頂けるということですな? イヒヒ、私としては望むところですとも」
「おいおい、ケセドニアは自治区だがキムラスカ領内にあるんだぞ。マルクトにとって余りにも不利な内容だ」
私の提案にピオニー陛下が話にならないと鼻を鳴らす。
「両国の一方だけに肩入れすることは却ってケセドニアの首を絞めてしまうだけだと理解しておりますとも」
エネルギーに大きな制限がかかる今後の世界においては、これまでの物流は間違いなく維持出来ない。砂漠に面しており、交易で成り立つケセドニアこそキムラスカとマルクトが友好的であってい続けてくれなくては困窮してしまう。
「ケセドニアは両国が適度に仲良くいがみ合ってくれないと立ち行きませんからな、イッヒヒヒ」
アスターもそのことは重々承知しているため、楽しそうにピオニー陛下へと笑いかけた。それを受けてピオニー陛下も諦めたように笑った。彼とてここでこれ以上話を長引かせるのを望んでいるわけでは無い。そもそもインゴベルト陛下とピオニー陛下、そしてアスターの治世が続く中でセフィロトの所有を巡った戦争が起こる可能性は低いだろう。
「ま、これ以上は戦後に持ち越しだな。俺達の子孫が馬鹿なことをやらかさないことを祈るだけだ」
「少なくとも子の世代は安心だろう。ナタリアならば正しく導いてくれると儂は信じているからな」
つまりこの場の懸念は今両陛下が言ったことに尽きる。そして暫定措置は決まった。
「それじゃあ戦後すぐに互いに銃口を突き付け合わないようにお目付け役を頼むぞ、アスター」
「重大な役割を任されましたな。ええ、承りましたとも」
こうしてルーク達にあまり聞かせたくない類の話は無事に終わった。私の体力を根こそぎ奪っていったのと引き換えではあるが、少なくともヴァンを打倒してすぐに創生暦時代のような戦争が勃発という事態になることも、ローレライ教団が迫害されてしまうことも無いだろう。
「出来れば次からは抜き打ち試験のような真似は止めて頂きたいものですね」
「ハッハッハ、根に持つなよモース。これからも仲良く頼むぜ?」
「キムラスカとマルクトの共栄にはダアトが強く立ち続けてもらわねばならんからな。これもそなたの負うべき役目よ」
この戦いが終われば大詠師を辞して隠居でもしようと考えていた私の未来予想図が音を立てて崩れ去った瞬間であった。
申し訳ございませんが来週は投稿出来ない予定です。