大詠師の記憶   作:TATAL

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残されるものと私

 この場にいるのは世界を二分する大国の主とそれらと口先で対等に渡り合う傑物だ。私を試す場でなくなり、今後の方針が決まってしまえばそこからは驚くほどスムーズに話が進んだ。

 詳しい内容はキムラスカとマルクトの外交官同士で詰めることになるのだろうが、キムラスカが得手とする譜業、マルクトが長ずる譜術、それぞれが互いの持つ技術を交換し、今後枯渇に向かう第七音素(セブンスフォニム)の問題について協力していくことがこの場で決まる。

 そして大人同士の面倒な話が終わったならば、その結論をルーク達に伝えなければいけない。私達がお茶のお代わりを飲み終えたところで、アスターの使用人に連れられてルーク達が会議室に戻ってきた。

 

「待たせて悪かったな、ルーク」

 

「儂らはオーレルの率いる真正ローレライ教団に対抗し、キムラスカ・マルクト連合軍を以て対峙することに決定した」

 

「本当ですか!」

 

 両陛下から告げられた言葉に、ルークの顔が明るくなる。後ろに控えるティア達もホッとしたような表情を浮かべていた。もちろん彼らとて陛下達が敵対するとまでは思っていなかっただろうが、積極的に協力してくれるということも予想外だったのだろう。

 

「本当だから安心しろ。とはいえ相手は空に浮かんだ要塞だ。俺達じゃ援護はしてやれても乗り込むことは出来ない。突入は空を飛べるお前達任せだ」

 

「だから儂らは連合軍にて海上からお主達の突入を支援する」

 

「ありがとうございます!」

 

「頭を下げることはない。むしろヴァン達と対峙するという一番重要な役割をお前達に任せるんだ。せめてこれくらいはしておかないとな」

 

 腰を折るルークに対して手を振って気にするなと言うピオニー陛下。そもそもピオニー陛下は最初からルーク達に協力する気を隠そうともしていなかった。ペットのブウサギにルークと名付けるくらいにルークのことを気に入っている陛下のことだ。彼の言葉は間違いなく本心からのものだろう。そしてその気持ちはインゴベルト陛下も同じだ。

 

「ルークもそうだが、ナタリア、お主はエルドラントに乗り込むのか? 儂としてはお主にはバチカルに残っておいて欲しいのだが」

 

 と、インゴベルト陛下が王の顔から父親の顔に戻ってナタリアに話しかける。彼の心配は尤もだ。自分の後継者でもある上に、目に入れても痛くない娘が最も危険な最前線に行こうとしていることを良しとする父などいない。

 

「いいえ、お父様。私はキムラスカの王女として、何よりも仲間として、見届ける義務がありますわ」

 

 とはいえ、それで引き下がるような子ではないのが困ったところだ。ナタリアはインゴベルト陛下の眼をしっかと見据えて言い切った。その目に秘められた意志の強さは父であるインゴベルト陛下であるからこそよく理解出来ていることだろう。彼は諦めたようにため息をつくと、椅子に身体を沈めた。

 

「安心して下さい、伯父上。ナタリアは必ず無事に帰しますから」

 

「ルーク、そなたも無事に帰ってくるのだぞ。でなくては儂はクリムゾンに顔向けが出来なくなってしまう」

 

「おっと、確かに旦那様がお怒りになったら怖そうだ。ルーク、こりゃちゃんと生きて帰らないと後が怖いぞ?」

 

 陛下の言葉にガイが軽い口調で乗っかり、場の雰囲気を和ませる。

 

「大丈夫だよ、ガイ。俺も、アッシュも、皆も絶対に生きて戻るさ」

 

 ルークはそう言って私の顔をまっすぐ見つめた。かつてあった世間知らずな子どもの顔はもうそこには無く、決意の籠もった一人の男として、彼は今ここに立っている。彼も、彼の仲間達も、何とか手を尽くして守ろうとしているうちに大人になっていく。

 

「おっと、言い忘れていましたが導師イオンはダアトで待機して頂きますよ?」

 

「モース!? ですが……」

 

「何を言われてもダメです。今までルーク達と同行して頂いていたのはヴァン達の動きが読めなかったから。ですがエルドラントという彼奴らの拠点が明かされた以上、あなたは安全なダアトで守られていただかなくては困ります。たとえ預言(スコア)が無くなろうと、ローレライ教団は導師イオンの下に結束しているのですから」

 

 何か言いたげな導師イオンを制して私は言葉を紡ぐ。彼にとっては辛いことかもしれないが、ここだけは譲れない。彼はこの後の世界でも要となる人物だ。これ以上危険に曝させるわけにはいかなかった。

 それに、彼をダアトに留めておきたいのにはもう一つ理由がある。

 

「心苦しいですが、導師イオンには私がいない間のダアトの取り纏めをお願いしたいのです」

 

「モース? どういうことですか」

 

 私が発した言葉に、にわかに導師イオンの纏う雰囲気が変わる。先ほどまでの柔らかな空気は霧散し、私を鋭い目で睨みつけている。

 

「導師イオンに代わり、私がルーク達に同行します」

 

「ちょ、何を言い出すんだよモース!?」

 

「冗談にしてはあまり面白くないですよ?」

 

 ルークが素っ頓狂な声を上げ、ジェイドも厳しい表情に変わるが、伊達や酔狂でこんなことを言っているわけでは無い。

 

「冗談などではありません。私はルーク達と共にエルドラントに乗り込むつもりです」

 

「いけません!」

 

 導師イオンが常からは考えられない強い口調で言い放つ。そして私につかつかと歩み寄ってきたかと思えば、私の服の裾を力一杯握りしめ、私を見上げた。

 

「何故そうやって自分を危険に曝そうとするのですか! これ以上あなたが戦わなければいけない理由は無いはずです!」

 

「俺も導師イオンに賛成だぞ、モース」

 

 導師イオンの言葉に真っ先に賛同の意を示したのはピオニー陛下だった。先ほどまでの朗らかな表情は鳴りを潜め、今は一人の為政者としての顔で私を見据えていた。

 

「お前は実質的にダアトの王だ。王自らが出陣して兵の士気を上げるってことも考えられなくは無いが、お前はそんなタイプじゃないだろう。たとえお前が戦う力を持っているとしても、お前の立場を考えれば前線に出ることが正しくないのは明白だ」

 

「陛下の言う通りです。しかし、そんなことはあなたも分かっているはずでしょう、モース? それを理解しながらも、どうしても我々に同行しなければならない理由があるのですか?」

 

「私の右目に起こったこの事象ですよ」

 

 ジェイドの問いに答えるため、私は右目を封じていた眼帯を外す。私の右目を初めて見た両陛下が驚きに息を呑んだ。視界がおかしなことになっているわけではないが、私の右目は既に尋常な人のものではなくなってしまっている。ともすれば化け物と言って差し支えない様相だ。私にしがみついている導師イオンも、まだ見慣れていないのか身体を固くしていた。

 

「私はフェレス島でフォミクリー装置との間に起こった疑似超振動に耐えられず、音素乖離を起こして死んでしまうはずでした。しかし、奇妙なことに私の右目を何か別のものに作り変えてしまった以外、私は五体満足で今ここに立っています。これが一体何によってもたらされたものなのか、私には一つだけ心当たりがあるのです」

 

 その心当たりとはローレライだ。疑似超振動を起こしたあの時、ルークとアッシュが私の持つローレライの剣を握った際、私にはローレライの声が殊更にはっきりと聞こえた。彼は言っていたのだ、『我が片割れ』と。それがルークを指すのか、アッシュを指すのかは分からない。もしかすると、私を指して言った言葉なのかもしれない。

 

「いずれにせよ、あのとき私が音素乖離せずに今ここに立っていられるのは、ローレライが何かしら関わっているためと考えています。であるならば、私に課せられた役目があるのかもしれません。そしてその役目は恐らくルークと共にヴァンに対峙することになる何かだと、私は思うのです」

 

 私はそう言って右手を頭上に掲げ、異形となった自身の右目に意識を集中させる。すると私の右目を通して第七音素(セブンスフォニム)が体内に取り込まれ、右手へと集まって淡い光を放った。譜術に造詣の深いジェイドや第七音譜術士(セブンスフォニマー)であるティアとナタリア、ルークは私が今していることを理解したのか、驚きの余り口を開けた。

 

第七音素(セブンスフォニム)の才を持たない私が、この右目を通せば第七音素(セブンスフォニム)を行使することが出来るのです。私はこれが無意味な偶然だとは思いません。ローレライは間違いなく、私に何かをさせたがっている。それが何かは、いくらかの記憶を失ってしまった今の私には分かりませんが。ですがただ後方でじっとしていることが私の役割だとは思えないのです。だからあなた達について行かせて欲しい。私に言えるのはそれだけです」

 

 私が話し終わってしばらくは会議室内に沈黙が満ちる。皆何かを言おうとしては言葉が出ないのか、そのまま口を閉じることを繰り返していた。その沈黙を破ったのは、やはりというべきか、この男だった。

 

「……なるほど、あなたの言うことにも頷けるところはあります」

 

「納得いただけましたか、ジェイド?」

 

「納得まではいきませんが。少なくともあなたの右目に起こった異変にローレライが関わっているとするなら、我々と行動を共にすることでその右目を元に戻す方法が見つかるかもしれませんしね」

 

「ジェイド、だからと言ってモースを連れて行くってのは……」

 

「ここで拒否したところで、モースが単独行動をする可能性を考えれば我々と一緒にいた方が安心ではないですか? それに、彼の戦闘能力は我々にとっても非常に大きな助けになります。フェレス島では総出でかかっても敵わなかったんですから」

 

 ジェイドに反論され、ガイは何も言えなくなって口を閉じる。ルーク達も何か言いたげではあったが、言葉が見つからないのか口をパクパクとさせるだけで言葉を発することはなかった。

 

「導師イオンも、ご納得頂けましたか?」

 

 私はそう言って胸元に顔を埋めている導師イオンに視線を落とす。導師イオンだけに心配を掛けているわけでは無いと理解しているが、特に彼には一際心配を掛けていることは自覚している。服を掴んで震わせている彼の手に自分の右手を重ねた。導師イオンは服から手を離すと、私の手をぎゅっと握る。

 

「……必ず無事で帰ってくると約束してくれますか?」

 

「ええ、私はもう自分を躊躇なく差し出すことは出来なくなってしまいましたからね」

 

「シンクも、他の兄弟達も絶対に怒ります」

 

「そうですね、帰ったら許してもらえるまで謝り続けますよ」

 

「大怪我なんてしたら僕は他の皆よりももっと怒るかもしれません」

 

「それは怖いですね。許してもらえるように怪我無く帰ってきます」

 

「絶対に無事で帰ってきてください。僕はあなたとまだまだこの世界で生きていたいんです」

 

「もちろん。私もあなた達と一緒に生きていたいと思えました。死んでなんてやりませんよ」

 

 何かを、誰かを残して戦いに赴くというのはその当人よりも残された人々を苦しめる。私は周りの人を苦しめてばかりだ。だがそれもこれで終わる。これで終わらせるために、私はルーク達と共に戦うのだから。


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