君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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明智くんの話です。


明智吾郎のはなし

「吾郎、今日からここがオマエん家な」

 

そう言って、親戚の前では猫を被っていたのか、目つきの悪くなった医者の男が僕の頭を軽く撫でた。

その手つきは、どこまでも優しいと普通の子供なら思うものだろう。けれど、自分には気持ち悪く思えて跳ねのけ、睨みつける。

 

「触るな」

 

この男相手に、取り繕う必要はない。親戚のように媚びも売らなくていい。

けれど、味方ではないし敵でもない。

どんな手を使ったかは知らないが、()()親戚から僕を引き取ったこの男の意図が読めない。

どうせ、すぐに僕を放り出すに決まってる。それならさっさと放り出された方がマシだ。

次は流石に児童養護施設だろうか。

 

「あー…悪い。あんま触れられるのは嫌いか」

「……」

 

答えない。答えてやる義理もない。

この男に絆されてなるものか。どうせ、大人はすぐに裏切る。どれだけ優しいそぶりを見せても、すぐに酷いことをするに決まっている。

母だけだ。母だけは、最後まで僕のことを放り出すことはしなかった。酷いこともしなかった。

必死に、守ってくれた。

結局、過労というやつで死んでしまったけど。

可哀想な(ひと)。男に捨てられ、一人で僕を育てるしかなかった。

 

「ま、とりあえず中に入ろうぜ。疲れただろ」

 

一応、いうことは聞いておく。

頷きもせずに、“朝倉医院”と書かれた看板の立っている建物に入る。

玄関を抜け、人の居ない受付を通り過ぎ、廊下に出た。休みではないはずなのに客も看護師も事務員もいない。

その異常さに気づかないほど馬鹿じゃない。

この病院、大丈夫なのだろうかと僅かに不安になる。

いや、そもそもここの医院長であり医者のこの男が自分を迎えに来たのだから、臨時で休みにしている可能性だってある。

そんな価値が僕にあるかは甚だ疑問だが。

 

「オマエの部屋はここな。荷物置いとけ」

 

また物置にでも押し込まれるのか。

そんな考え事をしていた僕の目の前で開かれた扉の先は、普通の部屋だった。

飾り気のない、けれどこの年頃の普通の家庭の子供なら、持っているかもしれないもの。

 

「なんか欲しいもんがあったら言えよ。適当に用意しただけだかんな」

 

この男、本気で言っているのだろうか。

ますます、意図が読めない。

どうして、親の居ない子供にここまでするのか。否、もしかしたらあげて落とすタイプかもしれない。

見てくれだけ取り繕って、それだけ。

とりあえず、言われるがまま、きんちゃく袋のついたランドセルを置く。

今日まで住んでいた親戚の家から持ってきた自分のものはこれで全部だ。

最低限の着替えと筆箱と教科書。あとノート。それだけが、自分に残ったものだった。

服は、サイズが合わなくてパツパツになっているけれど。

体操服だけは、生前の母が大きめのサイズを買ってくれた。大きくなっても着れるように、と。

 

「服とかも買わなきゃな。昼飯食ったら買いもの行くか…?」

 

ぽりぽりと、頭を掻きながら医者の男──朝倉と名乗っていた──がぼやく。

 

「じゃ、昼飯食うか。あー…ここに居るのはオマエだけじゃねえ。ソイツらに自己紹介もしとけな」

 

他にも人が居るのか。

当たり前か。この男だけでこの医院を切り盛りしているわけではなさそうだし。

ほら、と言われて入った部屋は、おおよそ病院にふさわしくない面子で構成されていた。

ふんぞり返る様にソファに座る刺青の入った白い男。黙々とノートパソコンのキーボードを叩いているメガネの男。さらに何かをスケッチしているすごい服の女。あとは、小さな女の子とその保護者らしき前髪の長い男だ。

なんだこれ。

思わず、無表情が崩れる。口が開く。

想像していたものと、違う。

思わず、朝倉を見やる。僕が、この中に入れと? 正気か?

 

「まあ、コイツらは悪いやつじゃねえ。おい、今日からここに住むことになった吾郎だ。虐めるなよ」

「興味ありません」

「ワシも」

「私も」

「へー、吾郎って言うのか! 俺はイズミ。よろしくな!」

「えと…紗耶です。よろしくお願いします!」

 

まともな返事が返ってきたのは前髪の長い男と紗耶という年下の少女だけだ。

他の三人はこちらに視線を合わせようともしない。

 

「……明智吾郎です。短い間ですがよろしくお願いします」

 

こちらに見向きもしない三人を無視して、挨拶をしてくれた二人だけに返す。

 

「オマエ……いや、いい。まずは昼飯だな。出前とるぞ出前! 好きなの選べよ!」

 

何か言葉を飲み込んだ朝倉がそう言った瞬間、わっ! と空気が変わった。

メガネの男がさっと机の上に乱雑に置かれていたファイルを取り、それをすごい服の女が紗耶と名乗った女の子とともに横から覗き込む。

 

「やっぱ寿司やて。寿司」

「そうね、お寿司がいい」

「紗耶もーっ!」

「ほな寿司やな。新入り! お前は何か食いたいもんあるん?」

 

すさまじい速さで頼む物が決まっていく。

一応、ついでのようにメガネの男がこちらの意見を伺ってくるが、寿司なんてもの、あまり食べたことがない。スーパーの半額品でも、僕と母さんの家では高級品だったのだから。

だから、好きなものも頼みたいものもない。

咄嗟に思いつかずに黙っていると、メガネの男の視線は再びファイリングされたチラシらしきものに移ってしまう。

 

「紗耶と同じお子様セットでいいのでは?」

「せやな」

 

こちらをちらりと見るだけ見て、視線を逸らし興味無さげに答えた白い男の一言で決まってしまう。

答えなかった自分が悪いとはいえ、さっさと決められてしまうことに不満を持った。

次は別に欲しくないものでもさっさと答えてしまおう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

明智吾郎という子供を朝倉が保護したのは、()()()()だった。

本来なら、児相かヤタガラスが保護すべき案件だと朝倉は思ったのだが、案外、外面の良い吾郎の親戚に児相は無力だったらしい。

ヤタガラスとしても、ことを荒立てたくないという謎の理由で吾郎の保護を朝倉に押し付けた。

別に、朝倉としても拒否する理由はなかったのでそこは問題なかった。

問題は、吾郎が何の因果か、悪魔にとてもよく狙われているということだった。

親戚の家の中や学校といった場所では、なぜか狙われない。だが、深夜、親戚から家を追い出された吾郎は本人が知覚していないままに悪魔に狙われていた。

それを()()()()見つけた善良なサマナーが、吾郎を守り、ヤタガラスを通じて朝倉へと話が繋がったという訳だ。

吾郎自身は、それを覚えているかも定かではないが。

 

「困ったな…」

 

目下のところ、朝倉を悩ませているのは吾郎の態度だった。

べつに、問題行動を起こすわけではない。むしろ、品行方正な方だ。

親戚の家では虐待を受けていたらしく、服で隠れるところに痣がいくつもあった。

けれども吾郎は怯えることなく──逆に朝倉達大人に対する敵対心を隠すことなく──過ごしている。

まあ、敵対心を持っていてもそれをあからさまな暴力行為などにつなげていないので、朝倉としてもそこはどうでもいい。

問題なのは、吾郎自身がすぐにここからでていくだろうと思っているところだった。

もしくは、捨てられるか。

朝倉はそんなことをするつもりはない。吾郎が独り立ちするまで──大学を卒業するまでは面倒を見てもいいと思っている。

はっきり言って、金の問題もない。

吾郎を捨てる──追い出す理由がない。

 

だから、困っているのだ。

どうやって大人を信用してもらうか。まずはそこから始めなければならない。

焦っても駄目だろう。こういうのは、日々の積み重ね。こちらが無害であると吾郎に示さなくてはならない。

それくらいのことは、朝倉にもわかっていた。

 

 

「別に、絆される必要はどこにもない。大人など、利用してやればいいのです」

 

そう言った白い男──タカヤの言葉に、僕は眉をひそめた。

ここで暮らすようになってから、一カ月がたった。

そして、分かったことがある。

タカヤ達は僕よりも年上だけれど、大人ではない。まだ子供だった。

この場合の”子供”は未成年という意味で。

打ち解けてはいないけど、少し話をする仲にはなった。タカヤ達は別に僕のことを否定しない。

朝倉に対する態度も、なにも。むしろもっとやれと焚きつけてくる時もある。

僕が思うのも変かもしれないが、朝倉とこいつらは仲良くないのだろうか。

それにしては、気楽に話をする仲であるように見えるし、遠慮もない。それなのに、タカヤの口から出た言葉はそんなもので。

 

「利用する…」

「ええ、私たちもあの男を利用している。あの男は、それを分かっていて、利用されている。それでいいのですよ」

「そんなの……」

 

とんでもないお人好しじゃないか。

 

「世の中には、想像を絶するお人好しがいる。それこそ、誘蛾灯のように我々の様なものを引き寄せる“お人好し”が」

 

僕の思考を読んだのか、それとも。

タカヤはどこか遠くを見ていた。朝倉の他にもいるのだろうか。

ド級のお人好しが。

会いたくないな、と思った。お人好しは、朝倉だけで十分だ。

 

 

1月31日の夜。

目が覚めた。

目をこすり、僕は電気をつけようとして、電気のスイッチを何度もカチカチと鳴らした。

けれど、電気がつくことはなく、停電かと思って部屋をそっと出た。

院内は暗い。けれど歩けないほどではない。なにか、変な感じがした。

どの部屋を回っても、誰もいない。

朝倉も、タカヤ達も。

 

外にいるのだろうか。

朝倉は、煙草を吸いたくなったら外に出る。

だから、何も疑うこと無く僕は外に出た。どうせ庭の方にいるだろう。

そう思って。

 

それが間違いだったと気が付いたのは空から迫る大きな黒い塊が、落ちてこようとしている時だった。

怖い。

初めて、身体が震えた。

怖い。

ガチガチと、歯が鳴った。

その場にへたり込む。夢でも見ているんだろうか。震える手で頬を抓る。痛い。夢じゃない。

とにかく、朝倉を探さないと。

部屋に戻るという選択肢はなかった。よろよろと立ち上がり、駆けだす。

パジャマのままだったけれど、そんなの、関係ない。

商店街の方まで来ると、多くの人が上を見上げたり逃げ惑ったりしていた。

何から逃げているのか。あの黒くてでかくて、今にもここに落ちてこようとしている怖いものからか。

 

違うと気が付いたときには、それはもう目の前に迫ってきていた。

黒い、仮面をつけた化け物。

それは人々をまるで塵芥のようになぎ倒し、僕の目の前まで来て前足を振りかぶっていた。

──死ぬ。

なんとなく、そう思った。

目をきつくつぶる。痛いのは、短い方がいい。

 

「……?」

 

けれど、痛みはいつまで経っても来ない。

 

「……大丈夫か、吾郎」

 

代わりに耳に届いたのは、探していた朝倉の声。

目を開けば、朝倉が目の前にいた。

でも、その白衣は血まみれで血が滴っている。いつも堂々と立っているのに膝をついていて。

その調子に乗っているはずの顔は苦痛に歪んでいて。

──化け物から僕を庇ったなんて、言われなくてもわかった。

 

「……ぁ」

 

なんで庇ったんだ、とか。お前の方が大丈夫か、とか。

言いたいことはたくさんあった。なのに、喉は張り付いて声が出なかった。

けれど。

 

「後ろ!」

 

それだけは、叫ぶことができた。

 

「チッ、しつけえんだよッ!!!」

 

朝倉が後ろに振り向いて吼える。

大口を開けた黒い化け物が鉄球を引きずりながら、朝倉に飛び掛かる。

僕は、それをただ見ているだけ。

本当に? それでいいんだろうか。

ずきりと頭が痛んだ。

 

──無力なままでいいのか?

 

良くない。

 

──このまま、"母を捨てた男”に復讐できず、死を迎えるのか?

 

そんなの、嫌だ。

 

──ならば、反逆しろ。己の力で運命を変えてみせろ。

 

自分の、力で。

 

──そうだ。契約を。()()()()()()()()()、己の足で歩み、運命に反逆をするという契約を。

 

なんでもいい。力が欲しかった。

誰にも負けない、誰にも脅かされない。そんな力が。

悪魔のささやきでもいい。幻聴でもいい。今を変えられるのなら。

 

──よかろう。その決意、違えること無かれ。そして、()()()()()()()()()()()

──我は汝。汝は我。我が名は……

 

「ああああああ!!!! “ロキ”ッッッ!!」

 

 

目を開ける。朝倉医院にあてがわれた、僕の部屋。

昨日は、何をしていたんだっけ。

よく覚えてない。

身体がひどくだるい。そう朝食の時に言えば朝倉に学校を休めと言われた。

朝食は、僕と朝倉のふたりだけだった。タカヤ達は来ないのだろうか。

そう思ったけれど、口には出さなかった。だって、それじゃあ、僕が寂しがってるみたいじゃないか。

だから、何も言わなかった。

 

なんだか、変な感じがして、それだけだった。

 

 

三月の初め。

タカヤ達が一カ月ぶりくらいに顔を出した。

どこ行ってたんだよ、とか言いたいことはたくさんあったけれど、なんだかみんなすっきりとした顔をしていたので言わないでおいた。

朝倉が、久しぶりに寿司を注文するって言って、どんちゃん騒ぎ。チラシの取り合い。

僕も、今なら言える。

 

「寿司は玉子で決まるっていうから。あとマグロとサーモンも」

 

玉子の話は、仲良くなった天田くんの受け売りだ。

でも、すこし大人ぶりたかった。タカヤ達がいない間に、成長したところをみせつけてやりたかった。

そう告げずに得意げな顔をしてやれば、ジンが意外そうな顔でこっちを見ていた。

 

「ゴローも、やっと好きなもん見つけられたんやなあ」

「……うっせえ」

「うわ。この一カ月くらいで、あのヤブ医者に似たんとちゃう?」

 

言葉遣いまで似なくてもええんやで。

そう言って笑ったジンのデコに、僕は無言で輪ゴムを飛ばした。

みんな、穏やかに笑っている。それがなんだか悪くなくて、ちょっぴり満足だった。

 

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