砦へと帰還した魔王軍四天王『魔弾』フェリウスは、紅一点『緋剣』ヘレンに呼び出された。
不安に揺れる瞳、思い詰めた顔。
すわ告白かと構えた彼の前につきだされたのは解雇通知である。
あっさり放り出された彼が向かったのは貧民集う港町。
狙うは潜む魔王軍幹部である。

※「小説家になろう」でも投稿しています


1 / 1
第1話

「は? 『出てけ?』」

「えぇ……そういうことになってるのよ」

 

 目の前の女から唐突に切り出された話に、魔王軍四天王が一人『魔弾』フェリウスは聞き返すしかなかった。

 一仕事を終え、出先の砦に戻ってくるなり四天王紅一点『緋剣』のヘレンに呼び出され、彼女が思い詰めた顔で何を言うのかと期待すればこれである。

 まさかと期待していなかった訳ではないが、その浮わついた気分はそのまま地面に叩きつけられた。

 普段ならばいざ知らず、浮いた分だけ余計に痛い。

 

「話が急すぎる。どういうことなんだ」

「どうって言われても、上からそういう話が来ているの。『博士が討たれて忙しい時に、特別な事情もなしに長期休暇を計画とは』って」

「ありゃあ不死兵化薬の実験とかで、街一つ壊滅させて悪目立ちしただけだろ」

「全部自分の眼で見なきゃ気が済まないのがあの博士よ……気に入らないのは私もわかる」

 

 計画したの? と問われてもフェリウスは首を振るしかない。

 シフトも普段と変わりなし。プライベートにもそんな予定なぞあった覚えもない。

 

「どうせ椅子磨きたちの体のいいこじつけとは思うけど、実際どうなのかしらねぇ」

 

 ため息をつく彼女の顔は、たいそう不満げだ。

 

「ともあれもう決定事項。もう『偏在』が片付け進めちゃってるのよ。終わり次第”まとめて”連れて行ってくれるって」

「もうそこまで話が進んでちゃあ、抗議の時間もなさそうだ。こりゃ休暇を満喫するしかないかねぇ」

「いいわね気楽で。私もこれからまた出張よぉ……!」

 

 恨み節に、同情するしかない。

 彼女の疲れきった冴えない顔色には手伝いたくもなるのだが、あいにくながらクビときた。

 

「時間余るだろうし手を貸そうかい? 現地合流になるだろうが」

「いいですよーだ! 好きなだけ休んでらっしゃい!」 

「そうは言われても、長期休暇だのまったく覚えがないんだがなぁ」

「──まえ……」

「んん?」

「……おまえが、おまえが悪いんだ」

 

 我慢ならんとばかりに肩を震わせ、振り絞るように彼女は叫ぶ。

 

「おまえがバカンスなんて計画するからぁ……っ!」

「はい?」

「好き放題あるだのどうのみんなに自慢してたじゃないの! いいわよ、一人で勝手に好きなだけ休んでれば──」

 

 興奮冷めやらぬ彼女をよそに、ごう、とフェリウスを取り囲むように現れたのは魔方陣。

 

「え、あ、タイミング悪いなあの野郎!?」

 

 眩しく光って彼を包んだかと思えば、次の瞬間には周囲は森に変わっていた。

 夜の冷たい空気と土の臭いに包まれて、彼女に伸ばそうとした腕をさ迷わせる。

 

「”一人で”だの”バカンス”だのって言ったってなぁ……なんのことやら」

 

 『偏在』と呼ばれる四天王の瞬間転移術だ。非常に制御が難しいというのに、発動も範囲も対象も思いのまま。

 予備動作も見えないものだから不意をうたれるとどこに飛ばされるかわからないし、どこにでも出てくるようなってくる。

 フェリウスは何度も食らったが、発動の糸口はいまだにつかめない。

 

「──だからこそ、勇者どもにも効きそうなんだがなぁ」

 

 そんな考えも、もはや過去のこととなってしまったらしい。

 抜けるような青空を見上げて、やるせなくぼやくしかなかった。

 

 

 

 

 森を抜けた先の港町にフェリウスは潜入することにした。

 人類の暮らす地だが、領主の統治も行き届かず、貧民も流入して混沌とした地域が広がっている。

 

 どこかの街の貧民街──ハーレムだとか言うらしい──地域に根を張る者の一つに、魔王軍に通ずる幹部がいるという話を聴いたことがある。

 このハーレムこそ、その幹部が潜む街だと気づいたときは、思わずほくそ笑んだものだ。

 

 此度の狙いは、まさしくその幹部の首。

 私怨、逆恨みと言うなかれ。

 そもそもいま繰り広げられている魔王と人類の戦いとて、互いの逆恨みが原因なのだ。

 

 ──いきなりの首切りなんだ。これくらいやっても良いだろう?

 

 そう、思ったのだ。

 

 

 うらびれた街といえど港町なだけあって、漁が盛んだった。いくら人手があっても足りないのだから、混ざり込むのも簡単であった。

 漁師に混じって網を引き、ときには街や森、漁場に迷い込んだ魔物を愛銃をもって退治していれば、たちまち用心棒として街に受け入れられた。

 

 唐突に現れた余所者とて、フェリウスは魔人だ。側頭部から生える角や青みがかった肌は明らかに怪しいもの。

 それを隠すために目深に被った帽子やロングコートといった、肌も一切露にしない装いとあってはさすがに目立った。

 さすがに肌もまともに見せぬ輩とあっては多少訝しまれる。けれどもそこまで踏み込もうとする奴等はいない。

 

 ここはそういう場所。だれもかもが、何かしら脛に傷もつ者の場所なのだから。

 

 

 

 

 半月足らずでもすっかり馴染みになったバーに入れば、騒がしい声が今日も聴こえてくる

 ゲラゲラとわらいあい、酒を流しあい、獲れた魚や鳥やらをつつく。興が乗って、誰もが口を開いては思い思いにまくし立てる。

 世間話に愚痴話、みなの積もる話もよそにして、フェリウスはカウンターの片隅で酒を嗜んでいた。

 爽やかで口当たりの良い果実酒は、一体どこから仕入れたのか不思議なほど。

 舌鼓を打っていたのだが、唐突に背中をたたかれてむせてしまえば台無しだ。

 小言でも言わんかと下手人を見て、眉をひくつかせる。

 

「……なんだ、お前か」

「おうよ、銃士のダンナ、今日はありがてえぇな!」

「ならせめてやり方があっただろう」

「邪魔したか、すまねぇ!」

 

 漁師の大柄男がにかりと笑っていた。依頼された化け物退治で恩恵を預かった一人だ。

 

「あんなのはただのダブルヘッドシャークだ。オレの銃なら当然撃ち抜けるさ」

「いやほんとに助かる。あれには舟ごと食われたりでみんな苦労していたからな。お陰で大漁よ」

「なるほど、そんなに笑ってられるわけだ」

「──ええ。珍しく大物もありまして。喫水ぎりぎりまで舟が沈みましてね!」

 

 しみじみと語るのは、その相方の細身の男。二人は大層喜んでいたので、フェリウスもよく記憶に残っている。

 二人はカウンターにならんで座るとそろって酒を注文した。普段のかさ増し酒よりはよっぽど上等な酒だ。

 懐が暖まっているのは確からしい。そろって一息にあおっては、噛み締めるように息を漏らす。

 

「あぁ、旨い……」

「全てを忘れられそうです……」

「良い飲みっぷりだねえ」

「今日くらいは、ね」

 

 その言葉に、彼らは笑い合う。

 

「あれだけ獲れれば、今日も明日も生活できますねぇ」

「様々だよ……前ならもっとまともに暮らせたんだがな」

「今日を生きれるだけ、ありがたいですよ」

 

 酒に疲れは流れたはず。だというのに、大柄な男は沈みこむように浮かない顔をしていた。

 細身の相方はあまりにもお気楽に、大げさに、破れかぶれに笑っているのだから、その明暗がよけいにくっきりとしていた。

 

「でもよお、思っちまうぜ。マシだったころをさあ」

「あの薬が欲しいとか言わないでくださいよ」

「──”薬”?」

 

 尋ねるフェリウスに、二人が視線を向けてきた。細身の男の嫌気たっぷりな眼差しもよそに、面白がるように大柄が言う。

 

「なんでも”昔をちゃんと思い出せる”っていうんだよ。過去に戻ったみたいに。どこにあるんだかしらねぇけどさ」

「何だってそんなもの欲しがるんですか。触らないほうが良いでしょうよ」

「やっぱり、そうか?」

「どういう原理かもわかったもんじゃない。結局世の中はなるようになる。無闇にほじくりかえしても良いことないでしょう」

「まあ、そうだよなぁ……でもなぁ……」

 

 あまり、過去を語るものはこの町にいない。流れ者のほうが多い町だ。だれかしな、なにかしらはあるもの。

 けっきょく二人は浴びるように酒をのみ、フラつきながらも帰路についた。

 同じく席を立ったフェリウスも含め、”薬”の話は二度としなかった。

 

 

「まったく、辛気臭くていけない」

 

 帰り道、フェリウスは思わずぼやく。

 いい気分だったはずなのに、どうにも楽しみきれなかったのは前座の話か、それとも道行きに漂う臭いのせいか。

 港町とあってか、潮と魚の臭いは常にある。

 ヘドロや血の臭いも、腐ったような悪霊のにおいもそこら中に溢れている。

 

「──やっぱり、あるんだよなあ」

 

 その中でも、一際妙な臭いにフェリウスは興味をもった。

 立ち寄った裏路地をいくらか進めば、寝転がる一人の男に、フェリウスは目をつける。

 眠りこけている、というには目は見開き、どこを見ているのやら。目の前にいるというのにフェリウスに気づいてすらいない。

 無造作にその口に手を突っ込むが、抵抗はなかった。あっさりと引き出せたその舌の根は、真っ黒に染まっている。例の"薬"の使用の痕だ。

 

 魔王軍が繰り広げる作戦は多様だ。扇動から賄賂、誘惑から武力まで多岐にわたる。

 そのなかのひとつに、薬物を用いての浸透作戦があった。

 あいにく流通方法などはさっぱりだったが、この噂などを聞くに混沌の時代に人心を乱すにはピッタリらしい。

 

「『幸せだったときに戻れるやさしいお薬』……だったか?」

 

 かつて魔王軍回覧板で見かけた作戦概要ではそのように伝えられていた。

 そして酒場で大柄男が語った薬とやらの効能は”昔がちゃんと思い出せる”。

 

 なるほど、虚ろな眼をしている男のなんとも緩みきった顔は、幸せ真っ只中といった様子。よほどに良い夢でも見ているのだろう。

 汚れて古びて擦りきれた、良い仕立てであったと見える服をいまだに着るあたり、かつての栄光でも見てるのかもしれない。

 けれども憶測に過ぎず、それを知る術はない。

 

 夢を覗く能力があるものも魔王軍にはいるが、そんなものにもう頼めるはずもない。

 もう、ないのだ。

 

「敗れた者の集う街……ねぇ」

 

 そんな風に、町の誰かが言っていた。

 どうにか活路を見いだす人がいる。疲弊して立ち止まる人がいる。

 歩いても明日には転んで、そのまま沈むかもしれない。

 その明暗があっさりと分かれる、そんな危うい町であった。

 

 

 

 

 うらびれた街はよどんでいるが、それなりの賑わいもあった。

 フェリウスが住まいして決めたのは、夜風の吹き込む廃屋。補修も進まぬ一帯がためにあまり人も近寄らない、岬近くの一角だ。

 金を稼ぎ、飯を食い、屋根のある部屋で静かに眠る。それさえできれば十分。あまりよそを気にせず暮らすにもちょうどよかった。

 

 だから、誰かが近寄ってきてもわかりやすいのも、この廃屋の利点であった。

 

「──なあにやってるの?」

「……お前か」

 

 ひょっこりと、穴のひとつから覗き込んでくる小さな人影がひとつ。

 律儀に玄関に回ってから飛び込んできた少女は、面白そうにフェリウスの手元を覗き込んでいる。

 布でなにやら拭うのは、細かく小さな部品が一つ。足元いっぱいに広げられた布の上にも、そんな部品がズラリと並べられていた。

 

「ばらばらだ。おそうじしてるの?」

「そうそう。相棒の手入れだよ。……触るなよ、気ぃ失うぞ?」

「ひえっ」

 

 彼女が眺めるなか最後の部品を拭い終えたフェリウスは、持ち上げた鉄塊に次々と部品を取り付けていく。

 あまりにも手慣れた動きはなめらかで、静か。まるで彼の手のなかで長銃が生まれているかのよう。

 彼女の静かな歓声が息継ぎするよりも早く、多くの部品は一つとなった。

 

「ほら、完成」

「わぁーすごーい!」

 

 目を輝かせる少女から贈られる拍手に、フェリウスは静かに、それでもどこか自慢げに長銃を掲げた。

 

 彼女─ラッチャはどこにでもいるような少女であった。特徴といえば、猫の耳があるくらい。

 猫人のような獣人とのハーフなど、このハーレムにはよく居る。

 少女は元々この家を住まいにしていたらしい。

 たまたま開けていた隙にそれを知らずにフェリウスが転がり込んだのだが、一悶着あった末にここに居てもいいと言いはなったのは、彼の記憶に新しい。

 

「さあて、終わったわけなんだが」

「じゃあ、あそべ!」

「今日もか」

「きょうもだ!」

「……飯食ったか」

「くった!」

 

 満面の笑みを浮かべて迫るのだから、フェリウスとて断るにも断れない。

 

「何をするんだ? かけっこでもするのか」

「えーすぐおいつくからちょっとやだ。かくれんぼ!」

「せめて外にしてくれよ。隠し戸使うのは勘弁だかんな」

「やったー!」

 

 喜びの声も置き去りにするように飛び出していくのを、フェリウスもやれやれと追いかけた。

 

 そこらを駆け回ったこともある。昔の記憶をひっくり返して歌やら遊びやら教えたこともある。

 まさかそんなことになるとはフェリウスは思わなかったのだが、楽しくも思っていた。

 教えている間は夢中になって遊んでいた。そうしてどたばたと駆け回り、そうして日もどっぷりと沈んだころに、ようやく彼女は眠りにつくのだ。

 

「……むぅ……にゅぅ……」

「そろそろ寝るか?」

「……ま、だ……がく」

「……ようやく寝たか」

 

 彼女をベッドに放り込んでようやく、フェリウスも板の間で毛布にくるまって眠りにつくのである。

 ほかにも、空き家はいくらかある。

 どこかに移っても良かったのだが、あいにくここの板のようなベッドは寝心地が妙に性にあってしまった。

 寝心地のいい寝床など意外と見つからないものだ。

 

 だから、フェリウスはここにいることを選んだ。執着しやすい気質なのかもしれない。

 

(……そうじゃなゃ、嫌がらせの復讐なぞ考えんか)

 

 

 

 

 海に陣取った化けサメタコと格闘する羽目になった、ある日のこと。

 揚げられたその巨体が漁師たちによって捌かれていくのを眺めていると、声をかけてくる女が一人。

 顔馴染みのオバチャンだ。長年勤めているという壮年の女。じっとフェリウスを眺めて、一人納得いったように頷いている。

 怪訝に思っていると、どこか面白がるようににやにやと笑っていた。

 

「あんた、ラッチャの知り合いだったのかい」

「あいつを知ってるのか」

「知ってるもなにも、この間もたいそう楽しそうに一緒に走り回ってたろうさ。そもそもあんな元気小僧とくらぁ、よく目立つよ」

「女の子に小僧はひどくないか?」

「若いのはみんな小僧よ」

「……俺もか?」

「さぁて、ね」

 

 くつくつと笑って見つめる先は、荷揚げを終えた網の山。

 引っ掛かった小魚を外しては網をまとめ直す女子供に混じって、あの少女の姿もある。

 わいわいと騒ぎながらも網をまとめる手際は、遠目から見ていても見事であった。

 

「手慣れてるな、あいつ」

「昔からやってっからねぇ。ガキにしちゃあ上手いよ」

「昔から、ね」

 

 そういう子供も、このハーレムには多かった。領主の統治も満足になく、治安も怪しいとあっては明日をも知れぬこともある。

 

「あんた、ちょうどいいから気に入ったんなら引き取れないかい。半月足らずだがまだましさ」

「また急な」

「なあに、よく見てくれってだけさ。ここんとこ、誰かしら見かけなくなることが多くてね」

「言っちゃ悪いが、こういう街なんてそんなもんじゃないか?」

「そうさその通り。どっかに消えて、どっかからやってくる。誰も詳細なんてわからないのがこの街さ。だがね──最近は多すぎる」

 

 周囲の視線を伺って、ささやくようなオバチャンの言葉に、フェリウスの目も細まった。

 

「子供も、大人も、男も女も、どっかに消えるなんて茶飯事だが、それにしたって多い。知ってるかい? あんたの住む外区はもうちょい──そう、ここみたいに、騒がしかったんだよ?」

「そこまでか」

 

 常に賑わう港に等しかったと言われれば、フェリウスも驚くしかない。あのあたりはもはやゴーストタウンと言ってもいいほどだ。

 あの辺りに住まいがと知った者皆が正気を疑うように見てきたのも、納得がいく。

 

「そんだけだよ。それでもあの子はあの家を離れない。親も知らん仲じゃなかったし、放っておくのも胸が痛むんでね。だからあんたみたいなのでも頼んでしまいたいんだけどねぇ」

「こういうのは頼むときにはもう決まってるってんだろう?」

「わかってるじゃないのさ。飯と弾は弾んでもらわせるからさ、頼んだよ!」

 

 そう剛毅に笑ってバシリと肩を叩いてくる。うむを言わせぬ迫力があり、フェリウスとて押しきられるのだから、ため息をつくしかない。

 それでも弾やら融通を利かせてもらえるだから、非常にありがたいのだが。

 

「まったくなあ……」

 

 そんなことも知るはずもなく、ラッチャは遠くから手を振っている。

 仕方なしとばかりにフェリウスも手を振り返し──彼女が手を止め、不思議そうにこちらを見ていることに気づいた。

 はてと周囲を見やれば、町のほうから力なく歩いてくる男が目についた。

 視線を宙にさまよませ、足取りはおぼつかず、ふらふらと体が揺れている。

 周囲の人々も目を止めて怪訝そうに男を見つめて、静かなざわめきが、小漁港に広まっていく。

 

「お、おい……」

 

 見かねた一人が彼に手を伸ばそうとして。

 その手もすり抜けるようにして、注目を一身に集めた男はそのままふらりと倒れ付した。

 

 一番に飛び出したフェリウスは、集まる野次馬もよそに彼の容態を見ていった。

 男はぐったいと倒れたまま、うめきを上げるだけで動かない。目を見れば、焦点は合わず、うつろなまま。口を開けさせ、舌を引き出してみれば、舌の根は黒く染まっていた。

 ばか野郎、と野次馬のどこともしれず、誰かが毒づく。

 その言葉には、フェリウスも頷くしかない。倒れたのは、昨日のバーで細身の相方と騒いだあの大柄男であった。

 この町で知り合いが倒れるのは、初めてだった。

 

「”思い帰り”に違いないな。こいつも、飲んでたのか」

「たしかにこいつはよく昔を羨んでいた。奥さんも、赤ん坊もってな。でも、全部……」

 

 周囲の漁師が、堪えかねるように眼を伏せる。

 『幸せな記憶を呼び覚ます』なんて薬の危険性は、統治届かぬこの町でも自ずと周知されている。

 それでも、求めるものは多いのだ。なにかを失ったものが、ここには多い。

 けれども日中、多く人の集まる町中で倒れるのは珍しく、動揺が走っていた。

 

「舌が黒くなるのって、あの薬だろ。どこから手にいれたんだ」

「おいおい、まさか欲しいってんじゃないだろうな!?」

「それこそ、まさかさ。だが、聞かなきゃ遠ざけようもなさそうなんでな」

 

 誰かの言葉に、それもそうだがと周囲も複雑そうに唸る。

 

「──噂には、聞くんだ。どこからともなくやってくるって」

 

 ぽつりと、だれかがいった。

 集った視線の先には、びくびくと不安そうに周囲を窺う細身の男。倒れた大柄男の相方だった。

 どういうことかとフェリウスが近づけば、恐れるように後ずさる。

 以前からもどこかびくついて、やけっぱちなところすらあった。だが今日は朝からずっと、とくに酷かった。

 大柄男が倒れてからは、なおさらだ。

 

「どこから、ともなくだと?」

「欲っすれば、やってくる。喉が渇いたら水を欲しがるように。腹がへったら、何か食いたいように。そう……言ってたんだ」

「誰がだ」

「カ、カランだよ」

 

 ずい、と迫ったフェリウスに、細身男はしぼりだすように答えた。

 倒れた大柄男の名であった。

 

「昨日、夜、帰り道で会って、そう言ってたんだ。お前も、もっと幸せになろうって」

 

 視線に堪えかねるように、細身の男は後ずさり。

 震えるようなか細い声に、気づけば野次馬もみんな、神妙に聞き入っていた。

 

「あいつは、本当に楽しそうだった。あんな薄暗くて臭くて嫌な裏道を、まるで帰る家路のように楽しそうに歩いてたんだ」

 

 羨んで気落ちばかりのあいつが?

 酒びたり、呪ってばかりのカランが?

 みんなに戸惑いが広がっていく。倒れて、幸せそうなカランの姿に視線が集まってく。

 

「だ、だから、あいつは」

「ああなった、か」

「そ、そうなんだよ。あんな、あんな薬なんて飲むから──」

 

 細身の男は、すがるように己の懐を掴んでいる。

 怪訝に思ったフェリウスが彼に手を伸ばしてみれば、びくついて後ずさる。

 隠すように懐を抱え込むものだから、怪しんでその腕を無理やり引き出せば、転がり出てきたのは瓶が一つ。

 そのなかには、錠剤がいくらか。

 

「じゃあ、こいつもか」

「おれだってわかんねぇよ! 気づいたらあったんだ! あいつを見てから、いつの間にか!」

「”思い帰り”だとは言ってないがな」

「──え、あ」

 

 細身男が言葉を詰まらせたその隙を見て、フェリウスは彼を取り押さえた。

 無理やり舌を引き出すが、その根は血色が悪くともしっかりと血の色が通っていた。

 

「ぇふぁ、つかって、ねぇよ。そのはずだよ」

 

 解放された細身男はえずきながらも、その目はずっと、握る薬瓶を見つめていた。

 

「……ぁ、あんなの見ちまってから、怖くて仕方ねぇんだ」

「怖い? そんなふうに見えなくもないが」

「いまこそが夢なんじゃないかって、そう思っちまう。この薬が、目覚めの鍵なんだ……!」

「やめておけ」

 

 彼は震える手で錠剤を取り出して、口に運ぼうとする。

 取り押さえられても、首を伸ばして飲もうとする。

 フェリウスが薬を取り上げれば、取り返さんと必死にもがいていた。

 

「あぁ、あぁっ、か、かえせ、返せよぉ!」

「おとなしくして欲しいんだがな」

 

 そんな言葉など、彼には聞こえるはずもない。じたばたと滑稽なまでにもがく姿を他所に、フェリウスは薬瓶を高く放り投げた。

 そして、長銃を構え、狙う。

 

「あっ、まっ──」

「待たんよ。酒か水に溺れるほうがずっといいさ」

 

 そのまま、撃った。

 薬瓶が弾け飛ぶのもよそにそのまま何度も撃ち放ち、周囲に薬莢をばらまいていく。

 

 薬瓶は最初の一発でとうに弾けとんだ。それ以降で狙うのは、ちらばった錠剤だ。

 宙に舞う錠剤を、落ちる間もなく射抜き砕いていく。

 

 精度も、弾丸装填も、あまりに見事。あまりに異常。

 それでも、人々は何もいえず、呆然と眺めるだけ。それは押さえられたままの細身男とて同じ。

 

 彼は空に消えた薬を、唖然とするように見上げていた。

 

 

 

 

 ──健康で。家族とともに暮らせた、暖かな時に。

 そんな触れ込みで静かに広がっている『幸せだったときに帰れる』薬。それが”思い帰り”。

 過酷でもある、それこそ”落ちぶれた”町民にはとくに魅力的だった。

 路端かどこかで倒れ、あんな無様をさらしていたとしても、だ。

 だからこそ、すがってしまいそうで。あまりにも、恐ろしいのだと。

 

 そんな話を、大柄男が担ぎ込まれた教会のシスターから聞いた。

 

 

「こうして改めて見ると、よっぽど強力らしいな……」

 

 家のベッドで、フェリウスは一人愚痴る。

 魔王軍で見かけた話は、ほんの断片に過ぎなかったらしい。

 取り押さえられた細身男は、薬が砕けてから嘘のようにおとなしくなっていた。

 ひとまず休めと追い返されたからいいものの、いつものように漁に戻ろうとしていた彼は、夢から覚めたかのように平静としていた。

 

 薬とともに、あの執着も消えていた。

 薬そのものにも非常に強力な誘惑がかかっていると見える。

 そんな状況で飲んでいないあたり、よほどに臆病だったのだろうか。

 彼自身にもわからないだろう。ひとまず目を覚ました大柄男のカランも、たいして覚えていなかったのだから。

 

「わからず仕舞いか……」

「なにが?」

 

 またひょっこりとラッチャが顔を見せる。

 ひょいとベッドに飛び乗ろうとするのを、フェリウスは担ぎ上げて止めた。

 どこを走り回ってきたのか泥だらけ。さすがにそれでベッドに乗るのは許容できない。

 

「まったくなぁ、せめてちゃんと拭けと言ってるだろう」

「ごめんなさーい」

「このっ」

「ひゃあ!」 

 

 タオルで拭かれれば、わぁきゃあと楽しげな声をあげてじたばたと悶えている。

 ラッチャはどうにもこうして触れ合うのを、楽しんでいる節がある。

 あの女が言っていたように、親が亡くなったことも関係してあるのだろうか。

 ──まあ、詮なきこと。

 フェリウスは思考を振り払う。さんざん四天王として似たような存在を作ったりしたのだ。

 そんなことでどうこう言える立場ではない。

 

「わかんなかったのはなぁ、昼間の騒ぎのやつだよ」

「フェリがバンバンってやってたやつ」

「そうそう」

「みんな、おかしかった。そわそわしてた」

「気が気でないだろうからなあ」

「やっぱり、おくすりなのかな」

 

 つまらなそうに、彼女は呟く。

 ラッチャもあの騒ぎはよく見えていただろう。

 

「ああいうの、きらい」

 

 ぶうたれる彼女の頭を、フェリウスはとりあえずとばかりに撫でてやる。

 慰めにもなるか怪しかったのだが、幸いなことにラッチャは心地良さそうにその手を受け入れている。

 なあ、と撫でながらの言葉にラッチャが耳を傾けてくれることを確かめて、続けた。

 

「まあ、ああいうのは怪しいのから貰ったりしたみたいだからな。お前も、怪しいのにはついてったりしちゃダメだからな」

「んー……」

「そこは『わかったー』とでも言ってくれよ」

 

 さあ? とばかりに首を傾げるその顔は、いたずらじみた笑みを浮かべている。

 

「フェリ、さいしょはあやしかった」

「オーケー訂正しよう。おれがいないときに、知らない…いや、おかしい人に近づかないように」

「はーい! どこにいますかー?」

「こんな町だからなぁ。まあ──そこーらじゅうにいるさ」

「わかった!」

「ほんとか?」

「うん!」

 

 まっすぐ見据えて、元気のいい返事をするものだからフェリウスも思わず頭を抱えてしまう。

 ラッチャのようなのは、どうにも調子が掴めない。

 ともあれそう答えたのだからと納得して、フェリウスは席を立った。

 

「ちょいとやり残しを思い出してな。出掛けてくるから、約束守ってろよ?」

「ん!」

「いい子だ」

 

 元気に手を上げる姿を尻目に、彼は夜の街へ駆け出した。

 

 

「──なるほど、気を抜きすぎたか?」

 

 家々の屋根の上、駆ける影はフェリウスだ。そのまま周囲を見渡して、舌打ちひとつ。

 夜の街、ぽつりぽつりと明かりが灯る。その中にあって、紛れるように怪しげな魔力もまた、まばらに光って見えていた。

 

 この手の街につきものの悪霊(ゴースト)や隠れ魔法使いとばかり思っていたが、所々気色が違う。

 試しに一つに近づいてみれば、一目瞭然。明らかに意思を持つ手の動きが、紛れていた。

 

「人避けの結界か……」

 

 只の人には見えぬ魔力の膜も、魔人ならばまる見えだ。手をかざし、そっとほぐせばカーテンかのようにあっさりと開いく。なかを、こっそりと潜りこんでいった。

 

 

 当然のように誰もいない静かな町並みが続くなか、その中心でふらりふらりと歩く男が一人いた。昼に一騒ぎの一角となった、細身の男だ。

 

「おい……」

 

 周囲に潜むものがないことを確認。彼を呼び止めようと肩に手を置くと、細身男は力無く倒れた。

 痛がる様子はない。それどころか、夢見心地といったようににこやかに微笑んでいる。

 引き出した舌の根は、うっすらと黒くなっていた。

 

「ふ、ふふ……ぼく、の……けんきゅ……」

 

 昼頃の大柄男に比べればずいぶんとおだやかで、良い夢でも見ているかのようであった。

 そっと置いてやり、結界を飛び出したフェリウスは再び屋根へとかけあがる。

 そのまま誰がいつ作ったのかも判別つかぬ古びた櫓にかけ上り、町を一望した。

 改めて見つかる魔力の痕跡の数々に、思わずうめく。

 

「まっさかこれほとんどそうじゃないだろうなぁ」

 

 あの建物には生霊が。あの角には地縛霊。

 見覚えのある箇所を除いても、怪しげな魔力跡は両手で数えきれないほど。 

 それにしても、今日はやけに数が多い。港で、町中で。このような結界が点在しているのだろうか。

 どうしたものかと見回して──目を見開く。

 

「ん──これは!」

 

 ある一点を目指して、フェリウスは飛び出した。それは、岬近くに一角。

 ラッチャの家のあるあたりだった。

 

 

 

 ぼんやりとした、どこか浮わついた感覚が、ラッチャを包み込む。

 最初、これは夢なのかと思っていた。

 

 ──だれか、いる……?

 

 家の前で、誰かがじっと立っているのに気がついた。

 訪ねてくるような人はいないはずだし、誰かもわからない。

 ラッチャも、出ていって確かめようとはしない。

 ベッドの裏、棚板の裏に身を潜めて、そっと外を窺っていた。

 知らない人についてっちゃダメだと言われたばかりだ。

 こういう時は隠れるようにとも、前に教えられた。

 けれども、聴こえてきた。自分の名前を呼ぶ、その声が。

 

「──おかあ……さん?」

 

 思わず聞き耳をたてる。いまのは、おかあさんの声なのでは。

 もう聞こえるはずのなかった、あの声。

 隠れるようにと教えてくれた、あのやさしい声が。

 そう思ってじっと耳をすませ──

 

「──え? あれ……そと?」

 

 気づけば、外に立っていた。

 振り返れば、開け放たれた家の扉と、ベッドの戸板。

 ──自分も忘れて飛び出した?

 そう思うには、あまりにも突然。抜け出した覚えもない。

 母の声も、外に出たことも。そのどちらもが戸惑いとなって頭をめぐる。

 

「────やぁ、ぼうや」

 

 そんな思いも知らないように、目の前でしゃがんだ誰かが、声をかけてきた。

 夜に溶け込むような、黒ずくめの男。

 けれども年頃はよくわからない。老いてるのか、若いのか。ぼんやりとして曖昧な、そんな妙な男だった。

 いつの間にいたのだろう。これが、扉の前の気配なのだろうか。

 

「だれなの?」

「ちょっとおせっかいな通りがかりだよ。──お母さんが、好きなのかな」

「すきだよ。だいすきだった。でも、どうして?」

「なに、そんな言葉を振り絞りながら、そこの家から飛び出してきたのでね」

「そうだったの」

「よっぽど慌てた様子だったからね。そんなに会いたかったのかい?」

 

 恥じたように、ラッチャは顔を赤らめる。

 それでも、そんな顔が悲しそうに伏せられるのを見て、彼は察した。

 

「……そうだったか。ごめんね、いやなことを思いださせてしまったようだ」

 

 ふさぐ少女をいたわるように、そっと手が伸びる。肩に触れそうになって、ラッシャは思わず払いのけた。

 

「あぁ、ごめんよ。そんな君にね、いいものをお裾分けしよう」

「……なに」

 

 彼が懐に手を入れまさぐっているのを見て、ラッチャはやっと思い出した。

 ──そういえば、知らない人には近づくなって。

 じりじりと後ずさって、そのまま逃げようと踵を返したその時であった。

 

 ──ねぇ、ラッチャ

 声が、聞こえた。

 

「──え」

 

 ──どうしたの、ラッチャ

 

 たしかに、聞こえた。もうずいぶんと聞いてない、あの声が。

 そっと背中に寄り添って、腕を回してくるのは─

 

「──おかあさん!?」

 

 何度も聞いた、おかあさんのあの声だ。

 振り向けば、くすりと笑う明るい顔が目の前にある。あった。けど、もやのようにぼやけて、消えた。

 

「……え?」

 

 捕まえていたはずの大きな腕も、背中の小さな重みも、くすぐったい吐息も、太陽のような暖かみも。

 いま、確かにあった。おかあさんがそこにいた。

 一瞬のことに戸惑っていると、怪しく笑う彼の声が耳をつく。

 

「お母さんに、会えたのかい?」

 

 彼はうずくまったまま顔を伏せて、くつくつと”嗤っている”。

 再会を喜んでいるのではないのだと、ラッチャにはなんとなくわかった。

 

「そんなに、おかしい!?」

「ごめん、そうじゃない。会えたのなら、とっても喜ばしいことさ」

 

 これは、無邪気に喜んでいる。楽しんでいる。戸惑って目を白黒させているのを、いじめて面白がっている。

 あまりにも卑しい目の前の”それ”は、懐から取り出した小袋を、ラッチャに見せつける。

 

「いまのは、これだよ」

「そんなの──」

「また、会えるよ」

「──ッ!」

 

 ──イヤ。コワイ、オカシイ、ワカラナイ。

 

 いますぐここから、逃げ出したくなる。どこかに行ってしまいたい。

 おかあさんのところにでも行って、抱きしめてもらいたい。

 ──おかあさんの、ところに。

 ──おかあさんに、また、会える。

 

 ──逃げたい。

 そう思うからこそ、ラッチャは動けなかった。

 ”それ”は微笑ましげにして、小袋を開ける。ジャラジャラと詰まった粒を、大事そうにつまみ上げる。

 ずっと、ずっと目が離せなかった。

 

「──う、あ」

 

 どうにかしたいのに、どうにもできない。

 遠ざけたい”それ”こそが、一番の逃げ道に見えてしまう。

 ──どうすれば、いいのだろう。

 ”それ”のささやく声も、遠くきこえる。

 

『──だいじょうぶ、きみのお父さんも使ってたよ』

 

『──これを、飲むだけ』 

 

「あ、う……あぁ」

 

『また、会えるんだ』

 

「──あぁぁぁぁっ!?」

 

 けれども声ははっきり届く。はっきりわかる。戸惑いも知らぬとばかりに、教えてくれる。

 後ずさっても、”それ”は静かにぴったりついてくる。

 もう、わけもわからず、泣きわめくしかなくて。

 

『──ォ…ォ?』

 

 パン、と。小さな破裂音が聴こえた。

 ”それ”のどこかまぬけな声に思わず顔を上げてみれば、差し出された”それ”の手が消えていた。

 

 小袋もつまんだ粒もどこにもない。”それ”は不思議そうに消えた両手を眺めていたが、その顔が後ろから撃ち抜かれて砕けたことが、疑問の答えとなった。

 ”それ”は胴も、体も、足も次々に撃たれて穴だらけになっていく。両手も小袋も、こうして銃撃が砕いたのだろう。

 ”それ”はゆらゆらと煙のように揺れながらも立ち尽くす。そのまま崩れ落ちるかと思えば、穴だらけのまま、ゆっくり──なめらかに後ろを振り向いた。

 

「────ぉぉぉぉぉおおおっ!」

 

 けれども、なにかを振りかぶる人影を、”それ”が見れたかどうか。

 鈍くも光瞬く銃が棍棒のように振り抜かれるのと同時に、”それ”は煙のようにかき消えた。

 断末魔も、痕跡も残らないのを確認して、人影─フェリウスはほっと息をつく。

 

「大丈夫……か」

 

 ぎゅっと、その足にラッチャは抱きつく。

 体を縛るような怖さも、どこかに消えていた。わっと沸いて溢れる想いのまま、ラッチャは泣き叫んでいた。

 

 涙と鼻水で濡れようとも、フェリウスは彼女をそのままにしてやった。

 ただ静かに、その頭をそっと撫でていた。

 

 

 

 

 泣き疲れて眠ったラッチャを、フェリウスはそっとベッドに横たえる。

 ぎゅっと服を握る手をどうにかほどいて、毛布をかけてやり、外に出た。

 今は、静かに寝かせてやろう。

 

 ──おかあさんに、あえるって、いってた。

 

 泣きながらも、しどろもどろに彼女は語っていた。

 唐突に現れた”それ”。現れては消える"おかあさん"。それを叶える方法も──

 

「参るねぇ……」

 

 ぼやきながらも、指先で弄ぶのは、小さな粒の欠片。

 フェリウスが撃ち砕いた小袋からこぼれたものだ。それは間違いなく、先日に砕いたあの薬と同じもの。”思い帰り”に間違いない。

 

「子供にまでくるかぁ」

 

 銭稼ぎも難しい子ども相手に売り付けるのだ。どうも相手はずいぶんと見境ないらしい。

 売り子に千変万化、卑しく”臭う”変装名人の幽鬼までも使うあたり、混乱狙いの魔王軍の手先らしいやり口だと感心する。

 

「仕方ない。行くか」

「──どこにだい?」

 

 立ち上がったフェリウスへとかけられた声。見れば、家前の丘に"オバチャン"がいた。

 

「こんばんは。夜のお散歩で?」

「あたしゃ早寝するたちだがね。近所でドンパチやるならともかく、覚えのある泣き声まで聴いちゃ、様子を見ないわけにはいかんだろうて」

「わざわざどうも。それなら静かにしてやってくれ。さんざんっぱら泣いて、いまは寝てるからな」

「それはあんたもだろうさ」

「すまない」

 

 尋ねる視線に、フェリウスはただ手を差し出した。そこに転がる破片に、オバチャンは眉を吊り上げる。

 

「”思い帰り”か。あの子にも来たのか」

「おっかさんに会っちまったみたいでね」

「ようやく忘れられたかと思ってたんだがねぇ。不憫なこって」

「そういやあいつは一人だったね」

「親父さんが頑張ってたんだがね。それでも母親がポックリ逝って……」

 

 そこからは、分かりやすい。その親父もまた”思い帰り”に引っ掛かり、みるみる衰弱。かすかな貯えも消費して──

 

「親父もまたあっさり逝っちまったってわけか」

「直後に転がり込んできたのがアンタでねぇ。何か企んでるのかと思ったよ」

「間違いないな。おれでも疑う」

 

 振り返ってみれば怪しいことこの上ない。さしものフェリウスも自省するしかない。

 

「それとさ、オバチャンよ。せっかくだし、ちょいとラッチャを見ててくれないか」

「んん? べつにそりゃあ構わないが……あんたは……」

「ちょいと洗濯に行ってくるだけさ。コートがべちゃべちゃなままなのはさすがに、な」

 

 コートを見せれば、さすがに彼女も苦笑い。

 月明かりを照り返す布地のごわつきと来たら、ひどいことこの上ない。

 潮に泥にと汚ればかりの港町でも、これはちょいと見かねるもの。

 

 ならばと笑って送り出され──呼び止められた。

 

「あんた、井戸はそっちじゃないだろう?」

「騒いじゃぁ起こしちまうからな。離れたほうでやるさ」

 

 フェリウスはさっと手を振り、町へと降りていってしまった。

 

 

 町を見やれば、まばらな結界はまた場所を変えていた。一瞥していると、ふいに気づく。

 

「これが結界だとすると……動いている?」

 

 結界を覗けば、またもふらふらと歩く人がいる。男も、女も。寝ぼけたように、幸せそうに、歩いている。

 

「同じほうに向かっているな……目的地はあそこか?」

 

 見つめる先は、町外れ。

 丘の上、森を背に街を見下ろすようにそびえる屋敷があった。

 

 

 

 

 

 

 貧民街を見下ろす丘にそびえる大きな屋敷の、その最奥。

 その男は下卑た笑みを浮かべながら、目の前のベッドですやすや寝息を立てる女を見下ろしていた。

 噂を聞き付けてか、新しく薬を求めてきた女だ。

 とりあえずと渡した薬に早速浸り、夢うつつとなり無防備に寝転がっている。

 

 そう、この男こそ、薬”思い帰り”の元締め。

 手にしたこの薬を使って、夢のように稼いできた。多くの金が手に入り、手下も、屋敷も手に入った。

 唯一不満だったのは良い女だが、それもとうとう目の前まで来た。 

 

 細身のわりに肉付きのいい体、きめ細やかな肌。艶めく赤髪。凛々しい顔立ち。

 そのどれもが、男を昂らせる。

 それが目の前で無防備な姿をさらしているのだから、男は舌なめずりをせずにはいられない。

 

「いやぁ、こいつはずいぶんと美味しそうだなぁ──」

 

 夢に浸る女をいざこれから思うがままに遊ぼうかと、楽しみにしていたところだというのに。

 

「──失礼します、ボス!!」

「なんだ」

 

 無粋な部下を睨み付ける。

 苛立ちはあったが、それでもボスは彼の用件に耳を傾けようとした。

 この部下はそこらの機微はわかるのだ。だからこそ、それでも持ち込む案件ともなれば。

 けれどもその内容は、部下が口を開くよりも先にズン、と重く響く振動が教えてくれた。

 大きな屋敷のその最奥まで響くというのなら。

 

 はらはらと降ってきた埃を払いのけて、部下を睨む。

 

「──襲撃か?」

「え、えぇ! いきなり乗り込んできた男が長銃撃ちまくってそこら中穴だらけです。他の奴らが応戦してますが……」

「芳しくない、か」

 

 青ざめた顔で部下がまくし立てるのを聞きながら、ボスもまた銃を手にし、部屋をでた。

 またも振動が響き、廊下も揺れる。いまも聞こえる悲鳴といい、いまだ難航している様子。

 

「そんなに手こずってるのか?」

「相手は一人ですが、手練れのようで。魔法使いの面々もでています」

 

 水晶の大燭台が照らす大広間に出るのと、正面の大扉が破壊されるのはほぼ同時であった。

 立ち込める煙の中、ゆらりと静かに歩く男の姿は、中央の大階段の上からでもよく見える。

 右手に大迎な銃を携えるその男。だが目深に被った鍔広帽から、その顔はうかがえない。

 

 男は何気なく持ち上げた銃を、背後に向けて一発放つ。わずかな悲鳴とにわかに瞬く炎が見えた。

 誰か魔法使いが背後に一発食らわせようとしたのだろう。あいにくその前に撃たれたのだが。

 

(いいねぇ……)

 

 思わず、ボスは心中でほくそ笑む。なんとも見事な早打ちだ。

 思わず、拍手を贈っていた。

 ゆっくりと顔が上げられて、目深に被る帽子からのぞく眼光が、男を貫く。

 その視線に恐れと、奇妙な喜びを感じていた。

 

「見事。いやはや、よほどの手練れと見える」

「誰だ、お前は」

「ここの主だ。何度も呼んでいたようだが、すまないね。所用をすませていてね」

「いいってことさ。アポ無しだってのに素晴らしい歓迎だったからな」

「満足いただけたようで幸いだよ」

 

 呆れた眼差しにも構わず、ボスは彼へと向き直る。

 

「さあ、お客人。いかなる用であろうかな? 求人なら絶賛募集中だ。人手不足であるからな。とくに用心棒はらぜひともお願いしたいのだが、いかがかね?」

「いんや、あいにく断らせてもらうよ。こんな具合じゃあ俺が耐えられそうにない」

「そうか、それは残念」

 

 あっけらかんと首を振る。さすがにボスとて、ここでスカウトできるとは思っていない。

 なんにせよ、求めるものは一つだろう。

 そら、彼が口を開く。

 

「ここだろう、”思い帰り”の出所は」

 

 ──ほら、やっぱり。

 ボスはほくそ笑む。

 

「あぁ、最近ごろ噂に聞く妙薬だな? それがこことは、何をおっしゃるか」

「違うのか? 夢見てる連中バンバン呼び込んでたじゃない。ご丁寧に人避けの結界まで張ってさ。ありゃあ人売りか生贄かい?」

「パーティをすることもあるのでね。楽しい気配に引かれたのかね」

「そんでそれを導くように幽鬼が出入りしてるようだから、けったいな案内人だなあって」

「ふうむ、それは勘違いだ。それは業者ではないかね?──そこにいるやつじゃあないのか?」

 

 ボスが示す先には、ぼんやりと立ち尽くす人影がある。

 ボロボロの外套をまとうその姿は、男か女が、老いも若きも判別つかぬもの。

 ただそれは、不気味に─にこやかに笑みを浮かべて、そっと手招きをしていた。

 

『──ほ、ら』

『──ここに、あるから』

『──なくした、大切な──』

「いやあ、お誘いはありがたいんだがね」

 

 その言葉は、銃弾に撃ち抜かれて消えた。霧散する幽鬼に、フェリウスは一瞥もしない。

 

「それにはもう用は無いんだよ」

「ほう。幽鬼を一発で消し去るとはな。銀弾か? 祈りの聖弾か? ともあれ"対策ずみ"とはよくわかってるじゃないか。だが、数は追い付きまい──!」

 

 ボスが指し示すなり、幽鬼たちが飛びかかる。

 ボロボロの裾をたなびかせ、腕を伸ばして、フェリウスに迫る。

 地の底から響いてくるような、底冷えする奇怪な叫びをが、耳をうつ。

 

「おぉ、選り取り見取りとは、俺もまだまだ捨てたものじゃないってか?」

 

 それも、たやすく撃ち抜かれるのだが。重い長大な銃とは思えない見事な取り回しとともに銃声が鳴る。

 二つ、四つ、六つ──その音が響くたびに幽鬼はかき消えていく。

 その鮮やかな手捌きに目を見張っていたボスだったが、ふと気づいた。薬莢が、明らかに少ない。

 

 撃った一発が、幽鬼を撃ち貫き、勢いそのままボスの頬を掠めた。

 

 頬を裂く熱さと臭いに、目を見開く。

 背後、壁に穿たれた弾痕を見つめて、思わず声を上げていた。

 そこにあるのは、小さな穴。裂けるでもなく、抉りとり、消し去るような”きれいすぎる”穴。

 

 ──これは、ただの銃弾ではない?

 

 見覚えは、あった。

 

「魔力弾……だと?」

「別に銀だの祈りだのは変な工夫はいらんのよ。力でねじ伏せるだけさ」

 

 ──何を言っているのだ?

 ボスはその言葉を理解できなかった。銃というものは近年開発されたもの。

 火の秘薬を詰め込んだ弾丸を放てば、弓の心得がなくとも矢の如く相手を射抜ける優れものだ。

 魔力をまとわせれば、威力をあげたりすることも出来る。

 だが”魔力で弾を作る”など、よほどの魔力がなければ出来ようものか。

 それこそ勇者一味の魔銃姫か、魔王軍の連中ような──

 

「ばかな、銃弾一発で幽鬼を消せる魔力……まさか、てめぇ!?」

 

 そこまで考えたときには、ボスは手にしていた銃で男を撃っていた。

 見事な抜き射ちとともに放たれた銃弾は、首を動かすだけで容易くかわされる。

 だが、わずかに帽子をかすめて、宙へと弾いていた。

 

「不意打ちを狙うなら、最初から銃を撃つほうがまだ効いただろうさ。幽鬼使いなら、気をつけた方がいい。──おれらみたいなのには臭うんだよ、あいつらは」

「臭いなぞ──貴様、やはり!?」

 

 弾かれた帽子の下には、銀の髪、そのこめかみから覗くのは、峰打つ白角。

 顔に巻かれた布から覗くのは生気の怪しい青灰色の肌。

 これが只人にあるものか。こんな特徴を持つ生物など、一つだけ。 

 

「お前、魔族か!?」

ご名答(ジャック・ポッド)!」

 

 男の─フェリウスの放つ銃弾が嵐となってボスを襲った。

 銃弾は肩や足を掠めて、ボスはもんどりうって倒れこむ。

 かばうように走った部下も、あえなく銃弾に倒れた。

 

「ボス!──うわぁっ!?」

「応援はご遠慮いただくよ。ともかく、お前さんには用があるんだ。薬の処分までしっかりしなきゃならんのでな」

「な……なろう……」

 

 迫るフェリウスに、ボスは悪態をつくしかない。素早い動きは出来ず、起き上がるのにも一苦労の有り様だ。起きるときにはもう目の前にあの男がくるだろう。

 

 ──ならば。

 ボスは倒れても、銃は離さなかった。震える腕で身を起こしながら、もがくように銃を撃つ。

 けれども、その先は天井だ。あらぬ方へと飛ぶものだから、フェリウスは悪あがきとしか思わなかった。

 その異音に気づいたときには、遅かった。

 

 銃弾が撃ち抜いたのは天井の大燭台、その止め金だ。落ち行く大質量に、さしものフェリウスも慌てて避けた。

 大きな音を立てて大燭台は砕けて、破片をあたりに撒き散らす。フェリウスが身を伏せているその間に、ボスはぎこちなくも逃げ出した。

 廊下を戻り、隅の扉へ転がり込む。水晶屑をはね除けたフェリウスが起き上がり様に放った銃弾は、開けっぱなしの扉を撃つだけだった。

 

 

 

 

「ったくよう、パーティーはこれからだろう」

 

 フェリウスは肩の塵を払いのける。ボスを追いかけんと階段に昇ろうとした、そのときであった。

 屋敷をまるごと揺らす大きな振動に、足を止めた。ガタガタと揺れて塵が舞い落ち、大広間の調度品も壺やら額やらが落ちていく。

 あまりの振動にか、階段の先の壁もひび割れていく。建て付けが悪かったのか、そのまま崩れて──

 

 いや、違う。

 崩れた中から突き出てきたのは、大きな岩でできた腕だった。

 大きく切り揃えられた柱のようなその腕に走るのは、魔力を帯びた呪文の数々。

 そのまま壁を砕いて姿を現したのは、鎧のような姿の巨岩像(ゴーレム)だ。

 太い手足に、岩山のように大きな腹。頭が大広間の天井に着かんほどのその威容には、思わずフェリウスも息をつく。

 

「ずいぶんとけったいなモノを持ち出してきたな」

『それは見る目がないようだなあ、魔族よ!』

 

 少しだけくぐもったようなボスの声が響く。見れば首元に穿たれたスペースに埋もれるようにして、ボスが叫んでいた。

 

「しかも搭乗式ときたか。まぁ魔力がたいして無いとそうなるか」 

『わざわざ貴様のために持ち出したんだ。盛大に味わっていけぇ!』

 

 振り上げた腕は天井も破り、盛大に埃を撒き散らす。そして天井もろともに、巨岩の拳が振り下ろされた。

 天井の残骸降りしきるなか、床に深く刺さった拳を横目にフェリウスは駆けていく。

 

『避けたか!』

 

 舞い上がる粉塵のなか、フェリウスが狙い定めるは、ゴーレムの喉。一息に狙うは操縦者。

 走りながらも放った魔力弾は寸分違わず、狙い通りに喉元へ。

 そしてバチリと音を立てて、弾けて消えた。

 

「ぁにぃ!?」

 

 フェリウスも思わず声をあげた。さすがに真っ向から弾かれるとは予想外。

 非常に強力な魔力障壁が展開されているらしい。

 

「だからって、俺の銃を弾くとかどうなってるんだよ、おい!?」

 

 自慢するつもりもないが、特別製の長銃だ。魔王軍の技術を使いながら、フェリウス自身がカスタマイズした特製品。

 これならば、貫けないものなどそうは無いという自負はある。あるのだが。

 

(さすがにこれは、予想外だな……!)

 

 ぎこちない動きをする巨岩像に、次々と弾丸を放つ。ボスを直接と言わず、巨岩像も撃っていく。

 魔力弾。魔力付与弾。徹鋼弾。

 首、胴、背、手足。

 多様な弾丸はしかしどれもが障壁に弾かれ、宙に波紋を浮かべるばかりだ。

 それを眺めるボスが、たいそう自慢げに意地が悪い笑みを浮かべているのがまた腹立たしい。

 

『良い眺めだ。おれにも風情ってものがわかるようになったのかな?』

「ほざけ!」

 

 ならばと、瓦礫の影に隠れて放ったのはとっておきの凝縮弾。

 炸裂すれば魔力が渦となり、屋敷を揺るがすほどの大爆発が起きる。

 しかし爆風が収まってもなお、巨岩像は健在。一際大きな波紋を作るだけだった。

 

「おいおい、せっかくの凝縮弾だぞ。城壁もくり貫けたこともあるってのに……」

『ブェックショイ! さっさよ終わらせてくれよ。煙たくてしょうがない』

「ならさっさとその包装を剥いてくれ。飾り立てるだけであんたにゃ似合わない」

『そいつはそうだ。こいつは魔王軍が開発した特殊な巨岩像(ゴーレム)、名前はたしか魔導鎧(マジック・アーマー)だったかな。これなら、おまえなんて! 怖くはねぇ!』

 

 またも振り下ろされた腕を、間一髪かわす。

 それでもあまりの風圧に吹き飛ばされて、フェリウスは床を転がった。

 

「あんなもん作ってるとか聞いてないんだがな」

 

 散らばる天井の残骸に隠れながらも、ぼやく。

 手持ちの弾種はほぼ出尽くした。通るのはもう、一つだけ。

 ──切り札でも切るしかないか。

 

 そう考えた、その時。

 ひゅう、と赤い風が吹いた。

 誰かがフェリウスの横を通りすぎたかと思えば、巨岩像の腕を駆け上がり、操縦席へ。

 そのまま呆けたボスへ迫り、燃えさかる炎の剣を叩きつけた。

 

 ボスは思わず腕で己をかばうが、剣は障壁に阻まれ腕にも届かない。

 けれども一際大きな波紋を作り続けていら。その剣の担い手は、赤い髪の女。

 フェリウスは、思わず叫ぶ。

 

「ヘレン!?」

「さっさとやれ!」

 

 緋剣のヘレン。

 四天王の紅一点がなぜこの場にいるのか。その驚きは、ボスとて同じようなもの。

 その内容は、いささか違うのだが。

 

『お、女……おまえ、薬に耽っていただろう!?』

 

 なにせ、じっくりと味わうはずだったあの”良い女”だったのだから。

 わめくボスを、ヘレンは侮蔑の眼差しで見下ろしていた。

 

「ごめんなさいね、あれはずっと寝たフリなの。解毒薬はとうに飲んでいるわ」

『ふざけんな、そんなもん知らねぇぞおれぁ!?』

「あまり喋らないでちょうだい。腹立たしいのよ、盗人が」

『なにを、女が──あぁ?』

 

 四天王が一人、ヘレンが叫ぶ。巨岩像の動きが、止まっていた。

 これには操縦するボスも驚いて、ガチャガチャとなにやら操作を続けている。それでも、びくともしない。

 相も変わらず剣を押し付け、障壁に波紋を作る女を睨む。

 

『な、何やったんだ女!』

「この障壁は確かに強力、無尽蔵。だけど強力すぎて魔力が足りないそうでね。効果を発揮するには、鎧の稼働の分も使ってやっとだそうよ」

『なにぃ、そんな話は聞いてねぇぞ!?』

「あんたは勝手に盗んだだけでしょうが!」

 

 なるほどと、こうして離れて見ていれば、その理由も窺い知ることが出来る。

 巨岩像─魔導鎧の全身に走る、操作用とおぼしき呪文の文字列。

 先ほどまでは魔力を受けて怪しく光っていたのだが、今は消えかかっている。

 先ほどもチカチカと瞬いていたことからも考えるに、操縦席の障壁の魔力となにかしら干渉を起こしているのだろう。 

 

 なにかしら攻撃を受け続けいれば動けなくなる。今まで使ってこなかったから気づかなかったのだろう。

 ならば──今ここで壊すに限る。

 

「さっさと、やっちゃいなさい!」

「ようし、ヘレン。そのまま頼む。──銃が貫くか、鎧が耐えるか。根比べと行こうじゃあないか!」

 

 ──さっさと済ますには、これに限る。

 振り上げ、狙い定めた長銃に魔力が集まり、そのあまりの濃度に銃身そのものが鈍く光りだす。

 その光は腕ともろともに形を変えて、右腕と一体の砲と化した。

 魔王軍謹製の生体魔鋼と魔族の体だからできる、魔力の直結だ。

 その膨大な力を注がれて、銃口は軋みをあげ、ひび割れた銃口と砲身はまるで、竜のよう。

 周囲の光をも歪ませるほどの唸りには、ヘレンも振り向き目を見開く。

 

「へぇ……すっごい魔力、それが切り札ってやつ!?」

「本邦初公開だ。避けてくれよ?──おれの”ラストリゾート(切り札)”!」

「──え?──わぁっ!?」

 

 ヘレンが飛び退いたのと合わせるように、光が弾けた。

 

 溢れた光の奔流は、巨岩像を呑み込んで屋敷すらも貫いていく。

 まぶしい光が収まるまでは、ほんの数秒。

 すり減り熱をもった靴の感触と、絨毯に刻まれた引き摺り跡に気づいてにわかにフェリウスは驚いた。

 その驚きも、目の前の光景に気づくまでだったが。 

 

「……おぉ、こいつは……」

「ちょっと……これやりすぎじゃなくて…?」

 

 視界に屋敷は無く、抉れた森と青空が広がっていた。

 巨岩像があったであろう空間から屋敷の後ろ半分をまとめて吹き飛ばし、外へと筒抜けとなるどころかその先の森すらいくらか消し飛ばしていたらしい。

 淀んだ空気と埃も吹き飛ばすさわやかな潮風が、唖然と眺める二人の頬を撫でていく。

 

「こんなに強いとはなあ。さすがに驚いた」

「お……おい、お前が威力を知らなくてどうするんだ。被害を抑えるにも把握しておくものだろう!?」

「初公開と言った──俺にとっても初公開だ」

「試射くらいはしなさいよ」

「”コイツ”にしてからは初めてだしな。クッソ魔力を食うから疲れるのよ、これ。相棒を元に戻せないほどだしさ」

 

 そういいながら、銃と一体になった右腕を持ち上げる。馴染んだ重さであるのには違いないが、どうにも違和感は拭えない。

 無ければいいものでもないのだろうが。

 

「ったく、ここだけはどうにも面倒だな、あの技は」

「そんなことを私に言ってもなぁ……あっ。あの男は!?」

 

 露と消えた巨岩像。ならばあの中央に居座ったあのボスは?。

 

 ヘレンが焦って周囲を見渡せば、大広間の端にボスはいた。

 身動きも取れなかったのか、操縦席と思わしき椅子に座ったまま、白目を剥いて気を失っていた。

 いくらか焦げてはいるもの五体満足、息もしっかりあるらしい。椅子も完全に形を保っているあたり、障壁はたしかに非常に強力だったと見える。

 

「操縦席に障壁を集中させたのね。研究所は自分事には人命重視なんだからなぁもう……」

 

 ボスを手早く拘束しながらも、ヘレンはほっと安堵の息をついていた。

 

「ヘレンもそいつが目的だったのか?」

「ええ。今回の任務の標的よ。利益のピンはねとか色々やってたらしいのよねぇ。たぶん尻尾切りでしょうけど」

 

 この男は元々魔王軍の手下だったことには違いなかったらしい。

 王国で働いた数々の悪事を見込んで魔王軍に雇われて色々と作戦を担ったようだが、悪どいだけならまだしも、近頃は王国への撹乱作戦よりも私腹を肥やすことばかりであった。

 あげく廃棄品の薬物や巨岩像まで”勝手に”持ち出してたものだから、さしもの魔王軍でも目に余ったというところ。

 そう語るヘレンは非常に苛立たしげ、吐き出す言葉は淀みない。滲む怒りは炎となって、周囲を焼いていく。

 そっと距離を取るフェリウスにも気づかない。

 

「えぇ、えぇ、わかってますとも。こういうやつでもなきゃ薬物広めるなんてできるわけないでしょうとも!  だからって同じ人でなしでもクズに任せたのが失策よあのクソ虫博士がぁーっ!」

「まあまあ、落ち着け。こうして捕らえられたんだろうが」

「だいたい私は薬なんて反対なのよ!」

「それがヘレンだとも、よくわかってる。だが、今は良いだろうさ」

「でもさぁっ!」

「……ずいぶんとな、焦げ臭いと思わんか?」

「……え……あー…………」

 

 噴き上がる彼女は周囲を見てようやく、平静を取り戻した。

 怒りとともに沸き上がった炎は屋敷にも燃え移って、焼いていく。

 

「…………やっちゃった?」

「構わんよ。俺もするつもりだったから」

「そ、そう?」

 

 フェリウスは、静かに首肯する。

 さっさとボスを拘束して、引き摺るようにして二人は燃える屋敷を後にした。

 

 

 

 

 町への道すがら、フェリウスとヘレンは連れたって歩いていた。

 さっさと組織のボスを連れて帰れば良いものを、ヘレンは一向に帰らない。

 ねぇ、と。ヘレンがどこかぎこちなく口を開く。

 あぁ、えっとと口をまごつかせ、視線はあらぬ方へ。やがて、自分の背の荷物を示した。

 

「あ、あなたも、これがお目当てだったの?」

「ちょいと懲らしめるだけのだけのつもりだったんだがな、余計だったかな?」

「あー……十分やったと思うんだけどね。わざわざお疲れ様」

 

 簀巻きにされたまま、ぐったりと呻くだけのその姿には、フェリウスも同情すら湧かない。

 これから魂までも陵辱されるようなお仕置きが待っているだろうが、これでもお灸にはなっただろう。

 聞くも恐ろしいその行為の数々は、フェリウスすらも恐ろしく、思わず震えてしまうほど。

 まあそれだけのことをこのボスはやったのだから、当然の帰結だ。

 そう納得していると、怪訝そうに首を傾げるヘレンに気づいた。

 

「なんだ、かわいそうとでも思ったか?」

「冗談。……ねぇ、この前どこかバカンスに行くとかどうとか言ってたけど、これもバカンスなのかしら?」

 

 懐かしい言葉だった。思い返せば、四天王を追われたときにそのようなことを言われた覚えがある。

 

「たしかに楽しい休暇を過ごしているが、そんなこと言ったか、おれ?」

「あれ、だって、バカンスだかリゾートがあるとか、どう、とか……」

 

 はたとヘレンは立ち止まり、宙に視線をさ迷わせた。

 リゾート、リゾート…と何度か呟いて、その度に顔を歪めていく。

 何事かとフェリウスが見守るなか、大きく、非常に深い深呼吸を一つ。

 彼女は意を決して、口を開いた。

 

「……ねぇ、ラストリゾートって言ってたけど? ビームじゃないほう、意味の方……」

「あぁ……ラストリゾート──それは言わば切り札、ジョーカーだ」

「あぁぁぁ────っ!?」

 

 その言葉を聞くなり、彼女は崩れ落ちた。

 魔族一千年に一人の女傑、「緋」を名に抱く彼女が膝を着くことなど、はたして何十年ぶりだろうか。それも肘まで着いて、うずくまって頭を抱えている。

 どうしたものかと見下ろすフェリウスもよそに、彼女はただただ悲鳴をあげていた。 

 

「なに、そういうこと!? あれってそういう意味だったわけ!?」

「なあに、気にするな。別に覚えなくてもいい」

 

 じろりと、睨むような眼で見られては、フェリウスも居心地悪く頬をかく。

 

「あー、もうちょい、わかりやすくしておくか?」

「まぎわらしいったらありゃしない! 勘違いさせないでちょうだい!」

「そんなこと言われてもなあ」

 

 こればかりは趣味嗜好の問題だったから、フェリウスも気にしてない。

 それを言うならヘレンとて似た問題を抱えることに言及することになるのだが、それを指摘するにはフェリウスも命は惜しい。

 

「じゃあなに? あんたリゾートじゃない……バカンスじゃない? え?」

「長い、ながーい休暇だ」

「だけど、クビになった、とわたし聞いて……」

「なんか、そんな感じだな」

「ぉ、ぉぉ……バカンスじゃ、なかった、のに……」

「逸ったのは上だから気にすんない」

「はやらせたのわたしじゃないのぉぉぉ……」

 

 息を絞り出されるように、彼女は再び崩れ落ちた。

 

 

 

 

 無事に朝を迎えた町は、相も変わらずみすぼらしくて陰気臭く、相変わらずの賑やかさと活気に溢れている。

 裏で薬が広まっていてもめげずに吹き飛ばすかのようなその光景には、ヘレンも感嘆の声をあげていた。

 フェリウスの案内で町を巡ったヘレンは、丘から町を一望して、納得したように頷いた。

 

「本当のバカンスになってまで、なんで悪党退治なのかと思っていたが……なるほど、ちょっとわかった気がする」

「そうも言ってくれるのかい?」

「あぁ。恥じることなどないさ」

「なんのことやら」

 

 なんともあけすけで正直なその言葉に、フェリウスはおどけて肩をすくめるだけ。

 魔王軍に一泡吹かせるだけのはずだったのだが、思いもよらぬ大捕物だった。さすがに疲れもしたのだが、収穫もあったのは確かだ。

 それを言うつもりは、これっぽっちもないのだが。

 

「気に入ってもらえたなら、それも十分叶ったと思うがねぇ」

「……? なんの話だ?」

「こっちの話さ。なあ、せっかくならヘレンも来るかい? ここの連中、陰気臭そうにみえて存外明るいぞ?」

「──っなっ!? な、なにをいってるんだお前は──!?」

「すまんすまん、おまえさん四天王だもんな」

「……な、なぁ、フェリウス、四天王に戻る気はないか。わたしもちゃんと言うから、謝るから……!」

 

 真摯な、それでもどこかすがるような。

 緋の瞳に見つめられて。それでもはっきりと、言った。

 

「もう少し、待っててくれ」

「──っ!」

「いやなに、勇者がくるまでには戻るからさ」

「そ、そうか……なら、いいんだ。勇者たちは気楽に寄り道をしているみたいだしな、まだ余裕はある」

「そいつはいいことを聴いたな」

「か、勘違いするなよ、あいつらだからな、どうせすぐに終わらせてまたやってくるに決まってる!」

「それだけでも十分だよ」

 

 その笑顔と強い眼差しには、ヘレンもあまり言えなかった。

 わかるのは一つ。あの眼は、なにかしら思いを抱くものを見つけた眼ということだ。

 それを気にしないでいられるヘレンではなかった。

 

「それなら、どうするんだ?」

「もうちょい、ここにいるさ。まだやることがある」

「……そうか。気にいったんだな、ここのスラ──」

「ここのハーレムにはまだ用が残っててな」

「──ん? ”ハーレム”?」

「───あ、フィリー!」

 

 その声にフェリウスが振り向けば、飛びついてくる小柄な影。無邪気な笑顔のラッチャをフェリウスはなんなく受け止め、持ち上げた。

 服は生臭い上に泥だらけの草だらけ。網繰りの仕事終わりに遊んでいたと見える。

 

「また汚しやがってなぁ」

「どこいってたのー」

「すまんな、ちょいとヤボ用があってな──とまあ、こういうわけだ」

「……? おねーさん、だれ?」

「俺の友達」

「フィリのともだち!? いたの!?」

「俺だって友達の一人やふた─いやもっとたくさんいるぞお!?」

 

 わいわいと騒ぐ二人の姿を、ヘレンは呆然と見ていた。

 二人の顔はとても楽しそうで、あまりに気心知れているとしか思えない。

 その笑顔があまりに衝撃で、余計に心を囚わせる。

 

「──はーれ、む……はーれむ? こんな、こども、まで……?……!?」

「んん?」

「どうしたの?」

 

 ──スラムの気になる"何か"。

 ──笑い合える子ども。

 ──”ハーレム”。

 疲弊しきった思考に勢い良く直結された情報は、少ないながらもあまりに強力で。

 その答えに行き着くのは、彼女にとって当然の帰結であった。

 

「──…さ─」

「え?」

「──キサマ、ハレンチなぁ!!!」

「はい?」

「なにぃ!?」

 

 唐突に始まった論争にもならぬ醜い言い争いを、ラッチャは一人面白そうに眺めていた。

 勘違いが正されるころには、夜もとっぷりと更けていたという。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。