社会に適合してない俺と少女と幼馴染はサークルを作った   作:金木桂

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性懲りも無く新しいの書きました。



1話 サボった先でエンカウント

 俺は額に手を当てながら小さくバレないように溜息を吐く。

 とても、とても困った。

 

 視線を二人の人間に巡らせて、どう対処するか考える。

 

 一方は女子小学生。最近知り合ったばかりで、金髪碧眼の日本人離れした本物の小学五年生だ。今日もゴスロリドレスを纏っている。名前は知らないが俺は麒麟ちゃんと呼んでいる。

 もう一人は俺と同じ高校に通う女子高生。小学校から友達として活動を共にし続け数年、何だかんだと長い付き合いだ。一度も染髪したことない黒い髪を肩まで垂らし、細くシンプルな眼鏡を耳に掛けている。名前は七崖灯音(なながけともね)と言う。

 

 面倒臭い。ただ、俺は面倒臭かった。

 

 と、こんな意味不明かつ投げやりな独白から始めることを許してほしい。

 だが自己弁護だけはさせて頂きたい。

 

 この日、俺は麒麟ちゃんと料理をしていた。その場面に俺の家の合鍵を持った灯音がアポなしで突入してきて、現時点に至る。一連の出来事で確証を持って言えることは確実に俺は悪くないということだ。寧ろ麒麟ちゃんに料理を教えていたこともあるから善行のはずだ。

 なのに、この二人が険悪なムードを漂わせているのはどういうことだろうか。絶対に俺は悪くないはずなのに、俺の家のリビングは非常に居づらい雰囲気が充満していた。

 

「誰ですかこの子……もしかして誘拐しちゃいましたか?」

「してない。俺は無実だ」

 

 灯音は胡乱な目つきをしながら俺の目を見据える。数年来の友人、何なら幼馴染と言ってもおかしくない関係性なのに疑われるとは心外だ。

 麒麟ちゃんは灯音を見ると、忽ち視線をナイフのように鋭くして睨みつけた。

 

「誘拐されてないわよ。何よ貴方。不法侵入者?」

「私は非常に仲の良い友達です。なので鍵だって持ってます」

「……義明、友達は選んだ方がいいわよ」

 

 チャリン、と灯音が俺の家の合鍵を提示する。それを見た麒麟ちゃんは眉をひそめた。

 俺だって別に鍵を渡したくて渡したわけじゃない。だが灯音とは友達契約を結んでおり、その関係上渡さなくてはならない状況が過去にあった。だから仕方なく、頭を項垂れさせながら鍵屋で複製してそれを灯音にあげた経緯が存在する。友達は選んだ方がいいのは同感だが。

 悪い奴ではないのは確かだ。でも灯音はたまに行き過ぎることがある。見た目通り、基本的に物大人しい友人ではあるが、この友人の根幹は自己中心的な思想の持ち主である。自分の世界を大事にしていてそれ以外にはあまり興味を示さず、小中高と学校でも俺以外の友人はいない。だからこそ自分の世界を害する人間の存在を認めると、敵対的行動を起こすこともあったりするのだ。それが正に今でなければ、どれだけ俺の心中に安寧が齎されたことか。

 

「義明? それは誰のことでしょうか」

「そこの愚昧な男のことよ」

「なるほど。名前すら教えられないほど信用されていないと」

 

 女子小学生から愚昧と言われるほど俺は耄碌した覚えは無いのだが、そんな訂正をする間もなく麒麟ちゃんは口を開いた。

 

「う、五月蠅いわね。そんなことはどうでも良いじゃない。今は私、義明から料理教えてもらっているの。邪魔しないでちょうだい」

「断ります。私も勉強を教わる予定があるので」

「……予定、あったの?」

 

 珍しく細い声で麒麟ちゃんは問うてきた。

 いつも通りのことだが灯音は俺と約束をするのは一緒にお出かけをする時だけで、それ以外は勝手にやってくる。酷いときには私室でイヤホンをつけて勉強していて、気付いたら灯音が隣で同じく立ちながら勉強していたこともあったくらいだ。

 つまり、今日だって約束なんてしてなかった。

 

「いつも言ってるが予定の捏造は止めろ。大抵暇なのは否定しないが、今日みたいに万一先約があったらこうしてブッキングしちゃうだろ」

「じゃあ私の方を優先してください。友達ですよね」

 

 言い返してみるが、十中八九こう返答されることは分かり切っていた。七崖灯音は基本的には他の人物に対して無害な存在だが、契約上友人である俺に対しては一切合切の遠慮がない。平気でメンヘラ女みたいなことを宣ってくる変り者だった。

 当然、麒麟ちゃんはその言葉を聞いて不快そうな顔に歪めると「は?」と鋭利な氷柱のような悪態をついた。

 

「聞いてて思ったんだけど友達だからなに? 貴方のそれは自己中じゃない。義明と友人と言っていたけど嘘なんじゃないかしら。そんな人間性で友人なんて出来るわけないもの」

「人生経験の少ないお子様には分かりませんよ。それに、貴方も友人少なそうですよね。剣山みたいにとげとげしい言葉を使っていたら敵しか出来ませんよ」

「心配感謝するわ。でも貴方にしかこの態度は貫かないから問題無いわ」

「そうですか。それは良かったです」

 

 互いに互いの目を凝視して、一ミリもずらさない。ヤンキーだってこんなにガンを付けることは無いだろうと思う。

 それはもうバチバチである。か弱い俺じゃどうにもできない。何と言うか妻に不倫を見られた夫の気持ちだ。俺は未婚だし年齢も15歳なのに、謎のシンパシーを受信してしまっている。不倫した夫もこういう修羅場を経験して、男として一回り大きくなるのだろう。それはとても良いことのような気がしたが、不倫は文化じゃなく現代日本において普通に悪行なので論外だった。とかまあ、どうでも良いこと考えてしまうこれは現実逃避と言うやつだ。別のことを考えて現状を考えないようにしている、それが今の俺の出来る最大限のストレス解消法だったのだ。

 

 何でこうなってしまったのか。

 そんなテンプレ的回想シーンを語るには、数日前に遡らなくてはならない。

 

 

 

────── ☆ ──────

 

 

 

 その女の子との初めての出会いは春だった。

 具体的に五月の上旬で、昼下がり。

 

 その公園では青い風が吹いていた。手持ち無沙汰だった俺は公園の中へと足を進めると特に理由も無くベンチに座る。

 暖かい、下手をすれば暑いほどの日差しを背に受けながらも俺はコンビニで買った棒アイスを齧る。上を見れば雲がどんどんと右から左に流れていた。空を見たのにも理由は無い。ただ眩いばかりの光に、目に若干のダメージを負った気がする。今ので視力が0.01くらい落ちたかもしれない。俺は後悔した。

 

 この日、学校をサボった。

 それはどうでも良い。いつものことだ。

 高校に行くふりをしてサボるのは入学してから既に癖になっている。行く場所はその日によってまちまちだ。図書館だったり喫茶店だったりゲーセンだったり。偶々今日は公園の気分だった。

 

 視線を公園の中へと彷徨わせる。

 一応子供の遊び場のはずだが、遊具はブランコ一つしかない。公園自体の面積を考えればシーソーだったり滑り台だったり、少なく見積もってもあと3つくらいは遊具が設置できそうな広さがあるのに、その空いた場所はただの地面。座板が二つ並んだ何の特徴もないブランコだけが風に微かに揺らされて前後に動いている。

 

 公園の中にいるのは俺一人のみ。

 時間帯的に午後一時前。小学校も幼稚園も終わってないというのもあるが、この公園が裏路地に存在しているというのもあるだろう。目に付きにくい目立たない場所にあるため、元々人気がないのかもしれない。あと最近の子供はインドア気味だ。何かと口を開けばゲーム、アニメ、ユーチューブの話題。公園に来るようなアウトドアな子供の人口自体が減っている可能性も否定できない。

 

 まあつまり、何が言いたいと言えばこうだ。

 この過疎化の進んだ真昼間の公園に入ってくる女子小学生は、あまりにも目立っていた。

 

 その女子小学生の髪型は長い金髪をそのまま背中までストレートに伸ばしていた。髪色はともかく髪型自体はシンプルで好印象が持てるが、ただ服装は輪に掛けて奇抜だった。なんたってモノクロなゴスロリドレスである。アニメキャラならまだしも、ここは現実である。俺もコスプレ衣装としてなら百歩譲って小学生がゴスロリ服を着ていても違和感を覚えないと思う。しかし、何でもない午後一時の緩やかな時の流れる簡素な公園でゴスロリドレスを着用している女子小学生はいたく目立っていた。俺も思わずこの10秒間に8回ほど瞬きをしてしまったほどに。そのゴスロリドレスの上に赤いランドセルを背負っている。

 

 最初は理解不能な現象を目の当たりにした衝撃によって脳の処理が現実に追い付いていなかったが、次第に余裕が出てくると女子小学生の事情を推測する暇つぶしが俺の中で始まった。

 

 今日は平日で、小学生ならまだ授業中の時間だ。それなのにこんな場末の公園に来るということ、即ちきっとサボりなのだろう。だがそれじゃ答えとしてはつまらない。これじゃ暇つぶし甲斐が無い。

 ならば家出、という線はどうだろう。きっと実家は金持ちで、ドレッサーにはドレスが並ぶような環境。だが長女としての厳しい英才教育が両親から課されて、プレッシャーから家出をしてしまった。そうして目的も無く歩いていたらこのブランコとベンチのほかには何もない公園に辿り着いたと。

 

 こうして二つ答えが出た訳だが、答えを知る由は俺には無い。この世の中、年上が小学生に声を掛けるのは冤罪と犯罪の隙間に割って入るような恐ろしい行為だと俺はテレビやネットを見て知っている。そこまでのリスクを背負ってまでその正答を知ろうとするほど俺は愚かじゃない。俺とその小学生は、属性的には同じ西暦日時に同じ場所に存在するたった二人の人間ではあるが、俺が公園から出ていけばその関係性は容易に崩れる。いわば砂上の楼閣という訳だ。そんなポテチより浅薄な関係値に推測以上の興味を持つことは現実問題、非常に厳しい。

 

 と。そうであるはずだったのだが、その女子小学生は何故か俺の方を見ると歩み寄ってきた。心の中で首を傾げる。当然見知らぬ顔だ。

 その時に初めて正面から相貌を確認したが、珍しいことに碧眼である。更に牛乳でコーティングされているかの如く純白な肌。顔には感情を浮かべておらず、無機質な表情を張り付けている。

 

 そのまま俺の前まで来ると立ち止まった。

 最初は自意識過剰かと思ったが、女子小学生の様子を見るに俺に興味があるのは確かみたいだ。多分。俺は謙虚だから俺に惚れたとかそういう勘違いは決してしない。とはいえ何かしら話をしたい意思はそこはかとなく感じる。

 

「何か用か? 因みに俺は身体を天日干ししている。天気が良いからな」

 

 気まずい雰囲気に包まれ、せっつかれるように俺は口を開いた。絶好のお天気なのに、このまま女子小学生を目の前に置いて座っていたら喉に魚の小骨がつっかえたような違和感を覚え続けることになる。それは俺としても遺憾を表明する。

 女子小学生は俺の言葉に頭の天辺からつま先まで、問題がないことを確認するみたいに業務的に眺めると、俺のブレザーを指差して口を開いた。

 

「学生服。中学生?」

「違う。確かに身長は168㎝と控えめな高さに留まっているが、とはいえ俺は高校生だ。間違えないでくれ」

「そ。どっちでも変わらないけど」

「いいや変わる。一つ言っておこう。まだお前は小学生だから分からないだろうけど、中学の勉強と高校の勉強は全く違う。小学生のお前でも分かりやすい例えで言えば10段の跳び箱と18段の跳び箱くらい勉強の難易度が違う。お前も苦労するだろうから覚悟しておくように」

 

 と、年上っぽいことを言ってみたが俺は別に勉強が出来ない訳じゃない。中高通じて普通に出来る。得意と言うには模試の順位が超上位という訳でもないから少し恥ずかしいが、それでも苦手と言うと嘘になる。だからここまで釘を刺すのは我ながら変な話だな、と言ってから思考を巡らせてみたが誠に残念なことに俺は口下手だ。よってフォローや訂正は諦めた。

 

「話がずれた。ともかく中学生と高校生を混同するのは勘弁してくれ」

「ふーん。ま、大丈夫。私、勉強は自信あるの。これでも麒麟児ってよく言われるし自己紹介でも言ってるから」

「他称はまだしも自己紹介でも言うのか」

「言うわよ。事実は事実としてちゃんと発信するべきじゃない」

 

 女子小学生は興味無さそうに前髪をねじねじと弄り始めた。

 どうやら相当、大人びていると同時に変わり者のようだった。いやそれも当然と言える。この義務教育真っ只中な真昼間の公園に足を踏み入れ、見知らぬ男子高校生の前で立ち尽くす。これを変人と言わずに何と言う。ただ女子小学生に対する評価、印象として変人という言葉は何か間違っているような気がしてならない。そうだな。一番適した言葉としては変わった子という単語が相応しいかもしれない、のでこれからはそう呼称することとする。ついでに名前は麒麟ちゃんで決定だ。麒麟児だから。

 

「じゃあ麒麟ちゃん。小学校はどうしたんだ」

「誰が麒麟ちゃんよ。ふざけないで。私には苗字と名前がしっかりとあるの」

「でも俺は知らない」

「私も教えないわよ。何で知らない陰気な年上の男に自分の個人情報を渡さなきゃならないのよ」

「なるほど。情報リテラシーが高いようで感心だ。でも会話を円滑に進めるためにここは一つ、自分の名前くらい教えてくれても良いと俺は思うんだが? じゃないとこれからも、少なくとも今日この場においては麒麟ちゃんと呼ぶことになる」

「何でよ……もー」

 

 麒麟ちゃんは悩まし気に眉を曲げると、顎に手を当てる。少しして観念したような面持ちで手を腰元に添えて溜息を吐いた。

 

「ああもう分かったわ」

「分かってくれたか」

「ええ。私って賢いもの。麒麟ちゃんで良いわよ」

「そちらの方向で分かってくれたか……」

 

 取捨選択の結果、何が何でも俺には個人情報を渡したくないみたいだ。将来有望である。この様子なら飴で釣られて誘拐されることもきっとないだろう。流石麒麟ちゃん、頭が良い。勿論これは皮肉で言っている。否。思っている。

 

「で、貴方の名前は?」

「そうだな。俺は是葉義明(これはぎめい)という。年上だが敬称に拘りなんて1ミリも無いから気軽に義明と呼んでくれ」

「敬称以前に偽名じゃない。これは偽名って舐めてるの?」

「いいや、違う。誠意に誠意で返すのが俺のポリシーだからな。そっちが氏名を隠すんなら俺も吝かじゃない。いや、間違えた。俺は是葉義明だ。本当だ」

「面倒臭いわね。本当に高校生? こっちが赤面しそうになるくらいコミュニケーションの拙さが伝わってくるんだけど」

「高校生といっても俺はまだ高校一年生だからな。卒業まではまだ三年ある。三年後の俺は学校で経験を積んでもっと流暢な話術を身に着けているはずだ」

「貴方の高校、コミュニケーションの授業でもあるの?」

「英語なら話す授業あるぞ」

「駄目じゃない。三年後も貴方のコミュ障はこのままであることが容易に想像がつくわ」

 

 酷い発言だ。まだ小学生だからオブラートに包むという概念を知らないのかもしれない。知らない女子小学生相手に説教するというのも気が引ける、ここは一旦大目に見ようじゃないか。俺は寛大なる男子高校生なのだ。一応、決して通報されるのが怖くて説教を辞めるという訳じゃないことを後付けで述べておく。

 

「俺の社交性は置いておこう。それでどうなんだ、小学校はまだ授業中だろ」

「ええ。でも詰まらないからサボった。これでも4時間目まではちゃんと出席したんだからね?」

「なるほど。つまり給食の時間帯に抜け出してきたと」

「察しが良いじゃない。もしかして貴方も小学生?」

「高校生って言ってるだろ。何で更に学年が下がるんだよ。本当は頭悪いんじゃないのか?」

「皮肉よ」

 

 知ってる。知ってて言ったんだ俺は。麒麟ちゃんも分かってるだろうから敢えて指摘するようなことはしないが。

 

「貴方こそ学校はどうしたの。それとも高校に入れなかった? 馬鹿すぎて」

「残念だが高校受験は成功してるんだ。制服だって着てるだろ。ただ今日は気分が乗らないからサボっただけで、他には理由は無い」

「な~んだ。何処にでもいる社会不適合者って奴ね。初めて見た」

「おい麒麟ちゃん。新種の動植物を発見したみたいな目の色で身体の各部をマジマジ見るのは止めろ。照れるだろ」

「小学生相手に照れるんじゃないわよ、って私が言うのもアレだけど」

 

 麒麟ちゃんは今は俺の胴体をツンツンと触りながら触診している。どんだけ社会不適合者に興味津々なんだこの子。やっぱり変わっている。それと俺は別に社会不適合者じゃないし。

 

「と、そうだ。どうして俺の前に立ってたんだ。しかも無言で。もしかして忘れてただけで面識とかあったか? それなら俺の不手際を謝るが」

「無いわよ。でもシンパシーは感じた。私と同じような雰囲気……というか服装を見て思ったから」

「麒麟ちゃん、それは本来危ない行為だぞ。こんな時間に学校をサボるような人間は九割方不良で、残りの一割は不登校だ。二度とやらない方が身のためだと俺は思う」

「大丈夫よ。私、ちゃんと人を見てから判断してるから。貴方の場合はヤンチャしてなさそうで、顔に覇気が無くて、衝動的に犯罪を起こそうという気概も無い。だから近寄って観察してたの」

「だから俺は動植物かよ……。まあ、一応忠告はしといたからな」

 

 基本的に好奇心が強いらしい。何せ俺みたいなただの男子高校生をじっと眺めるくらいだ。冗談半分で聞いていたが麒麟児という言葉は案外と嘘ではないのかもしれない。

 

「サボり同士、通ずるものがあったんだな。ならばこれをやろう。飲みかけのコーラだ」

「いらないわよ。何で貴方と間接キスしなきゃならないの。ロリコン?」

「違う。俺はノーマルだ。それと飲みかけと言うのは嘘だから安心して受け取っていいぞ。キャップを捻れば分かる、新品だ」

「そうならそう言いなさいよ、この面倒臭いコミュ障め」

「止めてくれ。罵声を飛ばされると興奮するだろ」

「……逃げていいかしら」

「別に構わないし俺の許可を求める必要も無いしあとこれも嘘だ」

「……はあ。逃げないわ。冗談よ。だからこれも遠慮なく貰うわね」

 

 そう言ってコーラを手に取ると、確かめるように小さな手でキャップに力を込めた。ホント、女子小学生としては変わっている。良い意味でも悪い意味でも理知的で、感情の発露に乏しい。よく言えば年齢以上に精神的が熟していると言えるが、逆説的に早熟とも言える。子供の成長は自身の性格や能力以上に環境に左右されるらしい。麒麟ちゃんはこういう言動を求められてしまうような環境で生きているのだろう。しかし俺に出来ることは無いし、何かをするつもりもない。所詮は暇潰しの会話を楽しむ他人同士だしな。

 

「サボりは初めてか?」

「ん。そうね。人生では二度目ね」

「一度目はどうだったんだ」

「先週ね。ゲームセンターという場所に行った。でもお金が無かったからすぐ引き返したわ。退屈な場所だったわね」

 

 口ぶり的に行ったことが無かったのか……? 普通、家族やら友達同士で一度は行ってその騒音に顔を顰める経験をしそうなものなのに。

 

「で、これが二度目と。感想はどうだ?」

「今のところは10段階評価なら7ね。退屈ではないし、愚かだけど似た境遇の男とも知り合えたし」

「光栄だな」

「でしょ」

 

 でしょって。

 ドヤ顔で返されても反応に困る。お世辞だって。

 

 そこで会話が途切れる。元々小学生と高校生、しかも男子と女児。趣味嗜好が違えば、本来会話が捗るべくもないペアなのだ。

 知らぬ間に隣に座っている麒麟ちゃんに目をやる。

 麒麟ちゃんは何食わぬ顔でコーラを飲みながら空を見ていた。横顔はさながら西洋の絵画。金髪だし、ゴスロリドレスだし、全身を見ても精巧な西欧人形みたいだった。現時点でも美少女、将来的には更なる美少女として名を馳せてもおかしくない。さぞクラスでも人気だろうと推察される。

 

「友達とかいないのか?」

「突然なに。ブーメランでも投げたかった?」

「いや俺には友達はいるぞ」

「ダウト。友達いるんならそんな陰気な顔しないでしょ」

「見解の相違だな。これは生まれつきだ」

「顔つきって言うのはこれまで生きてきた経験が染みついて出来るらしいわよ。つまり貴方の人生は友達もおらず、クラスメイトからはハブられ、成績もドベで運動も出来ない。同情に値するわね……」

「勝手に慮って勝手に同情するな。女子小学生に憐憫の眼差しで見られると流石に凹む」

「ご褒美?」

「違う」

 

 麒麟ちゃんは年齢相応に細い枝みたいな首を傾げた。

 というか何でそんな知識があるんだよ。男子ならともかく女子小学生がそういう知識に触れる機会なんて早々ないだろうに。

 

「全く。何故そんな俺に当たりが強いんだか」

「別に。理由なんて無いわ。これがデフォルトよ」

 

 麒麟ちゃんはコーラを一度口に含むと、変わらない無表情でそんなことを宣う。強気な性格なのは分かっていたが、どうもドSの兆候すらあるらしい。赤の他人とはいえ、この年からそんな性格傾向なのは若干心配だ。

 

「それはどうかと俺は思うぞ。学生生活は人間関係とは切って離せないから友達は大事にな」

「友達というのは対等という条件があって初めて成り立つ関係性よ。それでそこらの小学生が私と対等? ふん、笑わせてくれるじゃない」

「笑っちゃうのかよ……俺が言うのは身不相応だが人間関係はちゃんと考えた方が良いぞ」

「要らないわよあの程度のコネクション」

「もしかしたら将来的には高名な学者になるかもしれないだろうに。可能性を無意味に唾棄する方が愚かなんじゃないのか?」

「言ってくれるじゃない、ぼっちの癖に」

「だから俺はぼっちじゃない」

 

 何で麒麟ちゃんは俺の社交性が絶望的であること前提に交友関係が絶無であることを信じて疑わないんだろう。初対面のはずだよな?

 時間を確認すると、既に午後二時。この公園で屯し始めて一時間も経っていたみたいだ。そろそろ暑くなってきたし、公園にずっといるのも飽きてきた。サボってた分の勉強だってしなきゃならない。

 

「まあ、いい。俺はそろそろ行く。あんまりサボりすぎないようにな」

「ちょっと、行くって何処に?」

「喫茶店とかどっか、室内に。俺は凡人だからな、サボった分の勉強はやらないと成績に影響する」

 

 俺は腰を上げる。図書館、或いは喫茶店が次の目的地だ。ひんやりと空調の効いた空間でコーヒーでも啜りながら参考書を開くか、と思いながら歩を進めようとすると麒麟ちゃんが「待ってよ」と声を上げた。何かと思えば、麒麟ちゃんも同じように立ち上がって、ゴスロリドレスのベンチに付いていた部分を手で払う。

 

「じゃあ私も行くわ」

「……なんで?」

 

 当然のように着いて来ようという意思を見せつける麒麟ちゃんに俺は思わず疑問符を頭上に浮かべる。

 

「暇だもの。いいでしょ、ねえ。勉強教えるわよ?」

「教えるって言われてもだな」

「勉強には自信あるもの。理数と英語なら学部レベルはあるから高校レベルの勉強くらい、余裕で教えられるわ」

「あのな。女子小学生に勉強を教えられる男子高校生の気持ちとか考えたことはあるか?」

「無いわ」

「だろうな……」

 

 麒麟ちゃんは自信満々を体で表すみたいに腰に手を当てた。別に個別指導されるほど勉強が出来ないわけじゃないけどな……。ただ当人は赤いランドセルを背負って凄いやる気になっているから、年上として安易に断るのもどうかと思ってしまう。

 

「取り敢えず料金はアイスでいいわよ」

「しかも対価求めてくるのかよ……」

「何事も対価は必要よ? そうしないと私も貴方の成績に対する責任を持てないわ」

「持たなくていい。小学生に俺の成績の責任とか負わせたくないし負われたくもない」

「つれないわね。まあいいわ、行くわよ義明」

「結局来るのかよ……しかも名前呼び捨てってお前な」

「偽名を名乗るような人間なんて呼び捨てで十分だわ」

 

 ふん、と生意気に息を吐いた。俺は一応年上なんだけどな。

 斯くして早熟女子小学生と凡人男子高校生によるサボりパーティーが結成された。

 

 

 




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