社会に適合してない俺と少女と幼馴染はサークルを作った   作:金木桂

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更新通知から来た方はすみません。
こちらは長かった一話を分割した後半の話となっております。内容は同じです。


2話 甘いモンブランと世知辛い社会

 

 

 この街で喫茶店へ行くとなると選択肢は幾つかある。その中で選択するとなると、やたらと個性的で単価の高い個人店よりも安価な駅前のチェーンで済ませようと思うのは順当な判断だった。高校生の懐事情はそう暖かいものではなく、年中亜寒帯なのもこの選択を後押ししていた。

 

 四人掛けのテーブルを取って、その上に勉強道具を並べる。脇には俺のコーヒー、それから麒麟ちゃんのリンゴジュースとモンブランがセットされている。

 

「料金アイスだけじゃなかったのか? いつ値上げされたんだよ」

「し、仕方ないじゃない。美味しそうだったからつい……ごめんなさい」

「あ〜何だ。こうは言ったが買ったものは仕方がないからな、あんまり気にすんな」

 

 罪悪感が胸中にあるのか、麒麟ちゃんは頬を林檎のように染めながらしおらしく首を下に垂らした。

 まだ出会って間もない関係値だが、麒麟ちゃんがこうして素直に謝るのは珍しいことだけは分かる。普段はプライドがそこそこ高く、自信家だ。しかし年相応の未熟さもある、そう考えると微かに微笑ましく思える。それはともかくモンブラン660円は財布に痛烈なダメージだった。

 

「ふーん。高校一年生なんだ」

 

 麒麟ちゃんは俺の教材を見て、納得したように小さく呟いた。

 

「まあな」

「微積分とかはまだやらないのかしら」

「そりゃ高校二年の区分だろ。中高一貫とかならともかく普通の高校は一年生じゃやらないぞ」

「なーんだ。詰まらないわね……大学の入試問題とか解いたりもしないの?」

「だから高一だっつの。高校入ったばっかで大学受験の問題なんて解いてるわけないだろ」

「これじゃ私の出る幕も無さそうね。ちぇ」

 

 何が「ちぇ」なのか。勝手に着いてきただけだろうに。

 麒麟ちゃんはモンブランをフォークで割きながら、俺がひたすら問題演習を繰り返す様を眺める。時折退屈そうに目を細めては使ってない参考書を手に取り「なーんだ。こんな問題、簡単ね。随分とレベルの低い高校に通ってるのかしら」と呟く。天然煽り……それとも意図的に言葉に出しているのか? どちらにせよあんまり褒められた言動じゃない。ただ俺から注意をするのも気が引けるので問題に取り組んでいる体で聞こえていないフリをしておく。

 

「義明~。暇なんだけど」

 

 30分ほどするとモンブランも食べ終え、リンゴジュースも飲み終えた麒麟ちゃんが暇そうに足をパタパタさせる。その仕草は年齢相応に幼い。

 

「暇って言われてもだな。俺は見ての通り忙しいから相手をしてやれない」

「何よ。見てる限りだと全然問題なさそうじゃない。問題も解けてそうだし。ちょっとくらい会話に付き合いなさいよ」

「勉学に関しては継続が命だからな。支障にならない程度には毎日続けてるから一定の学力はあるという自負はある。だが一度でも止めれば直ぐに錆びつく。だからまあ、何だ。このページが終わるまでは待っててくれ」

「むぅ。仕方ないわね……」

 

 仕方ないという感想を抱くべきは寧ろ俺の方だと思うのだが、小学生に論理を求めるのも酷な話だろう。……問題も解けてそう、か。

 麒麟ちゃんは俺の言葉をしっかり受け止めたようだ。それからは文句を言うこともせずに黙って俺の参考書を読んでいた。怜悧な視線で日本史の参考書を眺めるその様子は中学受験をする子供みたいな雰囲気すら醸し出している。我ながら言い方が不器用だな。何を俺が言いたいと言えば、麒麟ちゃんの参考書を読むその様子は非常に真面目だった。興味本位に浅く文言を眺めているというよりも、一つ一つ文章を頭に入れて咀嚼し、海馬に刻み付けようとしている。そんな人間のする表情だ。高校の学習領域だというのに。

 

 少しして、問題演習を終えてノートを閉じると麒麟ちゃんも同じくして顔を上げる。

 

「やっと終わったの?」

「ああ。まあな」

「じゃあ暇潰しに付き合ってよ」

「はいはい。お嬢様は我儘でございますね」

「茶化さないでよ」

 

 俺の言葉が癪に障ったのか顔を若干斜めに逸らした。

 

「そうだ。麒麟ちゃん。麒麟ちゃんは何で学校サボったんだ?」

「麒麟ちゃん麒麟ちゃん五月蠅いわね。全く、私はその呼び名を認めた訳じゃないんだからね」

「だが俺はお前の名前を知らない。もしかして教えてくれる気になったか?」

「冗談は程々にして。私、隠蔽体質だから」

「自分で自分のことを隠蔽体質とか言う人間、初めて見たが……。それで、どうなんだ。勿論興味本位で聞いただけだから教えたくないっていうなら無理に聞こうとは思わない」

「別に良いわよ。個人情報でもないし」

 

 個人情報に対するリテラシー高すぎるだろこの子。

 俺がコーヒーを傾けている間に麒麟ちゃんはそっと前髪に触れ、前後に動かしていた足を止めた。

 

「私、告白されたの」

 

 そう切り出した声のトーンは、先程までの声より数段低かった。

 

「相手は同じクラスの男子よ。いつもクラスの真ん中にいるような人で、告白される前から何となく私を見る視線が変になってたのは自覚してた。まあ、私って可愛いし」

「それを自分で言うのか……それで返事はしたのか?」

「勿論。面倒事を引っ張る性分でもないしね。サクッと断ったわよ」

 

 麒麟ちゃんは淡々と言い切る。本当にその男子生徒に興味が無かったのだろう。確かに麒麟ちゃんはそういうところはサバサバしているように見えた。ぼっちだし。解釈一致だ。

 

「でもそれからはもっと面倒なことになったわ。具体的にはやっかみね。主に女子からの圧力が強まったの」

「それでクラスでの居場所が無くなった、ということか」

「認めるのは癪だけど全くその通りよ。上手く女子集団に取り入って解決するのも考えたけど、元来人間関係って面倒じゃない? だから今日だって戦略的撤退をしてきた、それだけなの」

 

 なるほど、事のあらましは大方理解できた。麒麟ちゃんみたいにドライな小学生ならば現状を放置してもおかしくない。

 

 麒麟ちゃんの境遇を聞いた俺の感想はといえば、ありそうな話だなという他人事なものだった。

 面白くない話だ。クラスの人気者から好かれ、自由意志の下に断ったら女子のクラスメイトから邪険にされる。俺にはそういう経験は無いが、そうなった場合、対応に苦慮するのは想像に易い。これから一年間同じ空間で過ごさなくてはならないのに、こんなことになれば俺だって怠いし逃げる。人間関係の拗れを解消する一番簡単な方法は社会から身を引くことだ。そうすれば他からの干渉は最低限で済むし、自分も動かなくいい。省エネだ。

 当然、褒められた方法ではないのは俺と言えど理解している。社会不適合者と言われるだろう。それでも俺や麒麟ちゃんのような、不器用で対人能力に難があれど社会で生きていくしか選択肢のない人間はこうするしかない。

 だから俺は麒麟ちゃんのその逃避を肯定する。人に人の生き方を否定する権利なんて無いのだ。

 

「一応悩み相談の体裁になってしまったから聞いておくが、麒麟ちゃんはどうしたいんだ」

「どうも。これでいいわよ。面倒臭いことにはノータッチ、これが私の座右の銘だから」

「その年齢でとんでもない座右の銘だな……」

「悟っていると言ってくれない?」

「何と言うか。小学生の社会も大変なんだな」

 

 諦めるという決断は酸いも甘いも嚙み分け始めた中学生くらいから身に付く能力のはずだが、目の前のこの少女は幼くして既に身に着けているらしい。身に着けてしまっていると言った方が正しいか。そのくらいの年齢ならば感情に流されるがまま様々な挑戦にひた走る真っ盛りの頃合いだ。元々麒麟ちゃんは大人びているとは思っていたが、これはその認識を更に強める必要があるな。

 

「それで、そっちはどうなのよ」

 

 麒麟ちゃんは俺の言葉を無視して口を開いた。

 

「どうって言われてもだな」

「サボってる理由、あるんでしょ? 私は答えたのよ。そっちの事情も聞かせなさいよ」

「事情なんて1ナノも無いんだがな……」

 

 サボっている理由か。無いとは思うが、一応自分の頭の中を整理してみる。

 別に俺は学校が嫌いなわけではない。虐められているわけでもなく、勉学を苦手としているわけでもなく。通っている学校のクラス内でも俺は至って普通の学生である。

 学校には友人だっている。友人、という単語を用いるには少々普遍性の枠から逸脱した特殊な関係性ではあるものの、じゃあ別の言葉で換言できるかと言えば否となる。まどろっこしい言い回しをしてしまったが、ともかく彼女は友人には違いない。それも小学生以来、既に9年来の交友関係すらある。よって学校生活が孤独で辛いからサボった、といった事情も存在しない。

 

 周囲の環境を並べれば外的要因ではないことは明らかだ。つまり俺の感情がこの行動を牽引しているはずだ。だがどれもしっくりこない。厳密性をかなぐり捨てて、最も近似値を取った表現を述べるならば俺は空を見たかった。それも不意に視界に入る空ではなく、視界一面が青く白く染まった大空が見たかった。論理性が皆無なのは自覚しているが、思いつく限りだとそれしか出て来ない。

 

 まあ。

 そんなことを言っても麒麟ちゃんに呆れられて終わるだろうから適当に誤魔化すことに決めた。

 

「麒麟ちゃんに一つ良いことを教えよう。高校生は案外無責任で適当で子供だ」

「は、はあ……それとサボりに何の関係が?」

「そういうことだ。これ以上は言わないぞ」

「私は教えたのに……ケチ。ケチ野郎。カスゴミ。年中頻尿パッパラパー」

「おい。どんな罵詈雑言のセンスしてるんだ。特に一番最後」

 

 小学生にしては豊かすぎる罵倒センスに一瞬思考が停止しかけた。その現実的に使うには気が引けるほど下品な語彙力はどこから吸収したのだろうか。見た目瀟洒な美少女で、言動も理知的に見えるのに。

 

「もういいわ。教えたくないんなら私は聞かない」

「教えたくないって訳じゃないんだが……自分でも理由は分からないんだ。悪いな」

「自分のことなのに?」

「高校生って言うのはそういう生き物だ。思春期に入った生命体は大抵自分のことを客観視出来なくなる病気を患う。俺もその患者の一人なんだ」

「中二病? 女の子に足蹴りされるのはご褒美です、みたいな」

「断じて違うしそれは中二病とは少し違う」

「それとも、我が漆黒たる豪華の焔に刮目せよ下々共、みたいな」

「正確な表現に修正されたがそれはともかく俺は違う」

 

 度々思ってはいたが、どこからそんな言葉を覚えいるのかソースが気になるところである。可能性として最もあるのはネットだろうか。昨今、適当なウェブサイトを開けばすぐにR18広告が流れる時代だ。つまりそういう知識の集積場だ。麒麟ちゃんが何となくでクリックして覚えてしまった確率は低くない。ただ、だからと言ってここまで言動に影響されてしまったら最早ミーム汚染の領域な気がしてならないが。他人事ながら将来が心配である。

 

「麒麟ちゃん、あんまりそういう語彙を使うのは良くないと俺は思う。そういう言葉を教えてくれた人とは縁を切るべきだ」

「お父さんと……? 難しい話ね……」

 

 そう言って悩まし気に顎に手を置いた。なるほど。元凶は父親らしい。根本から原因を断つのは中々難しそうだ。

 

「でも距離感で言えば遠いわよ。お父さんはあまり帰って来ないし、お母さんも学会で忙しいから二か月に一回しか帰って来ないもの」

「じゃあ基本的には一人で生活しているのか?」

「ええ。私賢いからそのくらいは出来るわよ」

 

 何の気なしに言う麒麟ちゃんに、俺は思わず目を一度瞑った。

 それは、世間的にネグレクトというやつじゃないだろうか。ちょっと聞いただけでも複雑な家庭状況なのが伺える。小学生になる娘を一人で放置とか倫理的にどうかしているとしか思えない。

 だが麒麟ちゃんはその現状を苦とも思っていないように見える。少なくとも家族に悪い感情を抱いていない。いや、考えてみればそれは当然のことだろう。相当な何かが無い限り、人が自分の家族を嫌うことは中々無い。書籍からの情報だ。俺は分からないから、そう言った場所でインプットした情報がこういう時に役に立つ。

 然るに、下手に正義感に駆られて他所の家庭内事情に踏み入れるのは得策ではない。麒麟ちゃんに一般論を諭したところで、どうでもいいとばかりに会ったばかりの俺の言葉なんて容易に切り捨てるだろう。ここはスルーするのが定石だ。

 

「そうか。だが料理には気を付けろよ。火と包丁は危ないからな」

「大丈夫よ。ご飯はいつもカップ麺だもの」

「……それは」

 

 女子小学生には相応しくない発言が飛び出してきて、言葉が詰まった。

 確かに家事が出来るとは言ってなかったが……それでもカップ麺はあんまりじゃないだろうか。

 

「毎食そうなのか?」

「給食以外はそうよ。味のバリエーションは結構あって飽きないし、手軽だから」

「だが健康に悪い」

「若いから大丈夫よ。こう見えてもまだ10歳なんだから」

 

 いや、麒麟ちゃんはどう見ても10歳にしか見えないぞ。とか返答するのは止めておく。話が拗れたり麒麟ちゃんの機嫌を損ねさせるのは本望じゃない。面倒臭い。

 

「せめて納豆を食べた方が良い。今の不健康は将来の身体的成長に影響するぞ?」

「やだ、セクハラ?」

「今のは純粋に心配しただけなんだが……」

 

 だから自分の身体を抱きしめるのは止めろ。俺が凄い目で他の客に見られてるだろ。そんなに俺をロリコン以上性癖者に仕立て上げたいのか?

 

「義明はどうなのよ。一人暮らし?」

「そうだな。今はそうだ」

「へー。炊事できなそう」

「簡単な料理くらいなら作れる。焼く、煮る、炒める。それさえ出来れば大抵の料理は出来るからな」

「嘘だー。そんな私が凄い凄い可愛い女の子だからってホラ吹かなくてもいいのよ」

「吹いてない。可愛いのは否定しないが」

「え、ホント? でもごめんなさい……私会ったばかりの人と付き合うほど尻は軽くないから」

「何故告白したと思ったんだよ」

 

 そもそもお前は尻軽いだろ、小学生なんだから。と言ったら本物のセクハラになってしまうのが明確に分かるので出かけた言葉を喉の奥底に押し込めた。言葉の取捨選択は社会的生物としての基本だ。

 改めて見るが、麒麟ちゃんの容姿は浮世離れしている。日曜日朝にやってるアニメから飛び出してきたような、整った目鼻立ち。小川のようにさらりと流れる金色の長髪。沖縄の海を連想させるコバルトブルーの瞳。アイドルとしても最前線でやっていけるだろうと思う。モテるのも当然だ。

 

 しかし、食生活がそんなんじゃその輝きも燻ってしまう。そんな気がする。

 

「小学生だから無理にとは言わないが、簡単な料理くらい覚えた方が良いと俺は思う」

「簡単な料理って何よ。カップ麺以上に簡単な料理はこの世界に存在しないわ」

「一旦カップ麺からは離れろ。野菜炒めとか、カレーとか、パスタとか。そういうものから始めればいいんだ」

「私、料理出来ないからパスよ。天才にも不得意はあるわ」

「早々に諦めんな」

 

 麒麟ちゃんは仏頂面でひらひらと右手を左右に振った。麒麟児を自称する癖にそこだけは諦めが速いなおい。

 

「だったら義明が私の料理作りなさいよ。それだけ宣うんなら自信あるんでしょ? どうせ不味いんでしょうけど毒見くらいはしてあげる。まあ首を縦に振らないのは」

「いいぞ」

「わかってるけど……ってえ? え?」

 

 俺が了承の意を示すと麒麟ちゃんは幽霊でも見たかの如く目を丸くして驚いたような顔をした。

 

「いいの?」

「勿論毎日じゃなくて、今日だけだ。それに順当に考えたらその言葉はこっちのセリフだと思うが……。俺みたいな知らない人間と二人きりになるのは親御さん的にも良くないんじゃないか?」

「二人とも滅多に帰って来ないし、何より私、お父さんに『性欲の薄そうな人間と仲良くしなさい。キノコヘアーとかは駄目だからな。絶対に駄目だからな?』って言われてるもの。義明なら大丈夫よ、お父さんも認めてくれるわ」

「非常に複雑な気分だ」

 

 男として見られていないのは別に構わないが、女子小学生から性欲が薄そうと思われるのは何だか嫌だ。性欲が強いと思われるのも嫌だが。何よりこの子の父親はよくこんな純粋な少女に汚い世俗の知識を吹き込めるな。本当に自分の娘と思って接しているのか疑問だ。

 

 溜息を吐くと、麒麟ちゃんは猫みたいに目を細めて笑った。

 

 

 


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