社会に適合してない俺と少女と幼馴染はサークルを作った   作:金木桂

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PS.一話を分割しました


3話 麻婆豆腐は中辛でも意外と染みる

 さて、料理を作るとは言ったものの料理は外では作れない。レンタルキッチンなんて洒落たものはこの街には無く、当たり前だが飲食店のキッチンを借りることも出来ない。よって俺か麒麟ちゃんの家の二択だった。

 料理を作るだけならばどちらでもいい。しかし女子小学生の家に招かれるか、女子小学生を家に招くか。その二つのどちらがよりリスクが少ないかと比較検討すれば、間違いなく後者だ。前者の場合麒麟ちゃんの近所の人に目撃されたら何かと勘違いされる可能性もある。その上滅多に帰宅しないとは言えもし麒麟ちゃんの両親が帰ってきたら俺はベッドの下に隠れると隙を見て窓から逃げる、なんて昔のラブコメみたいなことをせざるを得ない状況に追い込まれる可能性が多分に存在する。ならばまだ自分の家に招いた方がマシだ。

 

 ただそうなると今度は麒麟ちゃんの負担が重くなる。年上の見知らぬ男の家に行くなんてどう考えてもストレスが溜まるシチュエーションだろう。

 そう思って聞いてみれば「別に構わないわよ。料理を作るだけじゃない。何をそんなに警戒してるのかしら。やっぱりロリコン?」と表情一つ変えずに男らしいことを言ってきた。俺は了承の意を首を縦に振ることで示して、取り合えずロリコンではないということを改めて念入りに説明しておいた。メスガキと言う概念があるらしいが、麒麟ちゃんはある面ではその一側面を持っているのかもしれない。面と向かって言うことは出来ないが。

 

 俺の家は一軒家だ。建売住宅だったために、敢えて説明するような家としての特徴は持っていない。2階建てで、部屋数は6つ。一人で暮らすには十分すぎる広さを保持している。

 

 喫茶店から大体15分。俺の家までの所要時間である。

 麒麟ちゃんは俺の家を見て、まあまあね、とか呟いた。まあお前の家よりはしょぼいだろうな。恐らく。

 

「じゃあ早く入りましょう。五月だというのに熱くて敵わないもの」

「何でお前が率先してんだよ……」

「いいじゃない。それより鍵開けてくれない? 私、他人の家に入るの初めてだからドキドキしてるの」

「ドキドキしている人間はそんなに急かさないからな」

 

 早まった判断をしたかもしれない。麒麟ちゃんが俺の家で悪行を働くとは思えないが、何と言うか、普通に不安だ。

 軽く息を吐きながら俺はドアを開錠する。

 

「ふーん。綺麗じゃない。お父さんは男の一人暮らしなんてゴミ屋敷だぞし……とか言っていたから期待してなかったけど見直したわ。やるじゃない」

「見直されるほど俺の評価値は低かったのか……」

 

 麒麟ちゃんは何かを言いかけて、誤魔化すように早口で喋った。し……って何なんだか。

 てかそこまで俺は女子小学生に見下されたのか。自信失うな、全く。

 

 パタパタと早足で廊下を進むと、麒麟ちゃんはリビングのドアをスルーして階段を上ろうとした。

 

「おい待て。何処に行くんだ」

「貴方の部屋よ」

「いや何でだ」

「だって気になるじゃない。仏頂面を続ける義明のプライベートがどんなのか」

「仏頂面って……。別に良いが何も無いぞ」

 

 まるで初めて友人の家に来たみたいな反応だな。しょうがない。特に物珍しいものも無い、やらせたいようにやらせておくか。

 俺も学生バックを部屋に置くために階段を上る。上がり切ると、部屋の扉を次々に開け放つ麒麟ちゃんの姿があった。

 

「今の麒麟ちゃん、窃盗犯に見えるぞ」

「それってつまり峰不二子ってことよね。なら良いわよ。美人だし、私も可愛いから通じるものがあるわ」

「俺が良くない。具体的なデメリットは無くとも俺の心情的に良くない」

 

 相変わらず太々しいナルシズムだ。芸能界でもやっていけるぞ麒麟ちゃん。

 

「ほら。俺の部屋はこっちだ」

「この部屋? なんか、つまらないわね」

 

 本当に歯にもを着せない女子小学生だ。

 確かに俺の部屋は簡素だろう。基本的な家具を除けば本やパソコンがあるくらいで、大して目に付くものもないはずだ。だからと言って一目で分かるくらいガッカリされるのも癪だ。

 

「つまらないってお前な……勝手に覗いといて勝手に失望される俺の気持ちを考慮してくれ」

「考慮したけど私、正直者だもの。それに嘘はダメって両親からも口酸っぱく言われたわ。嘘はいけないわよね嘘は」

「噓も方便って言葉、知ってるか?」

「嘘つきは死刑囚の始まりって言葉知ってる?」

「そんな言葉はこの世界に無い。始まりどころか終わってるだろうが色々と」

「ま、飽きたからさくっと料理の方行きましょ」

「……ああ」

 

 言いたいことは星の数ほどあったが、全て口内で抑え込んで俺は階段を下りる。一体全体何だったんだ今のは。

 

「料理って何を作るの?」

「そうだな。作りやすい麻婆豆腐にするか」

「良いわね。やるからには四川省麻婆豆腐が食べたいわ」

「作りやすいって言ってるだろ。もっと俺に遠慮をしろ」

「何よ……言ってみただけよ」

 

 の割には残念そうな表情が隠せてないぞ麒麟ちゃん。それに四川省麻婆なんか食べれるのか? 別に小学生だからどうとか言うつもりは無いが、本格派は普通に大人が食べても辛いと思うんだが。まあいいか。今日はたれは出来合いのやつを使うから何一つ問題ない。

 

「……あれ。一人暮らしなのに二つあるのね、歯ブラシ」

 

 洗面所で手を洗おうとして、麒麟ちゃんは面倒臭いことに洗面台に据え付けられた台に目を付けた。

 これは俺の友人である七崖灯音のものだ。名前の通り女子。同年代なので女子高生である。灯音は俺が一人暮らしであることを良いことに度々訪問してきて、泊まっていくことも珍しくない。その際にちゃっかり自分のものを俺の家に置いていく、さながら彼女みたいな行為をするのだ。本人はどうせまた泊まるからノー問題という姿勢を貫いているが、俺としては要らぬ誤解を招くキッカケになりそうなので是非止めていただきたい。

 とまあ、事情としてはこれだけなのだが。正直にゲロってしまうとスイーツ脳な麒麟ちゃんに何を言われるか分かったもんじゃない。誤魔化すのが吉だろう。

 

「ただの予備だ。あまり歯先も広がってないだろ」

「そうね。それにコップも二つあるのね」

「何を疑ってるんだ、麒麟ちゃん」

「別に」

「おい。何故顔を背ける」

「見たくないものから目を逸らすのは動物の本能だと思うんだけど」

 

 俺は醜いアヒルの子か何かかよ……。

 手を洗い終えると、そのままキッチンへと向かう。

 

「っておい。どうしてソファーで寛ごうとする」

「あら。作ってくれるんでしょ、麻婆豆腐」

「麒麟ちゃんも手伝ってくれ。その方が早く終わるだろ」

「はぁ……分かったわよもう。でも調理は出来ないから私ね」

 

 そう言いつつも何故麒麟ちゃんが胸を張るのか、俺には理解が出来ない。出来ないことに対してはもっとしおらしくするものだと俺は思う。

 

「それで、何をすればいいの」

「取り合えず俺の横に立っててくれ」

「はいはい」

 

 1から作るわけじゃないので、麻婆豆腐の材料はそんなに多くは無い。ひき肉と綿豆腐と麻婆豆腐のタレの入ったパックだけだ。

 包丁を引き出しから取り出してサイコロ上に切って、キッチン台に置かれたサラダ油を手に取る。

 

「まずはフライパンに油を敷いて、温まったら中火でこのひき肉を炒める」

「はあ」

 

 言葉通りに俺は手際良くひき肉を炒めていく。料理は毎日やっているからこのくらい造作もない。

 

「でだ。このように、全体的に色が付いてきたらたれを入れて混ぜる。その後に豆腐を入れてまたかき混ぜる。ここで重要なのは豆腐を潰さないように、柔らかく混ぜることだ」

「何で説明しながら料理してるのよ……」

 

 豆腐を入れたら三分程度煮立たせればオーケーだ。豆腐はそこまで火を入れる必要も無いからな。

 

「最後にとろみ液を徐々に入れながら弱火でかき混ぜる。ポイントは徐々にという部分。粘りを付けるためにゆっくりとやるのがコツだ」

「だから料理番組でもやってるわけ?」

 

 麒麟ちゃんの言葉を無視してせっせとかき混ぜる。そうしてすぐに麻婆豆腐は出来上がった。流石、簡単な料理代表である。

 

「じゃあこれを皿によそってテーブルに持って行ってくれ。俺は卵スープ作ってる」

「良いけど……」

 

 麒麟ちゃんに頼むと、不承不承といった風に頷いた。インスタントの卵スープを作りながらその様子を見守る。手付きを見る限りはそこまで不器用には見えない。然るに、料理を不得手としているのは手先が原因ではないのだろう。

 

「終わったわよ。これで良い?」

「ああ。スープと飲み物は俺がやるから先にテーブルにいて良いぞ」

「そう」

 

 淡白な返事をして麒麟ちゃんはテーブルに並んだ椅子の一つに座った。俺もさっさと終わらせてそちらに行くことにする。

 卵スープと飲み物として麦茶をコップに入れて運び、食卓に並べる。麒麟ちゃんの表情は特に変化はない。

 

「じゃあ食べるか」

「ええ。お手並み拝見と行きましょうか」

「殆ど既製品みたいなもんだけどな」

 

 麒麟ちゃんはレンゲを握ると。麻婆豆腐を掬って口に含んだ。含んだ瞬間、大きな目を勢いよく瞑り、その状態のままコップを手に取ると飲み物を喉に通す。

 

「……か、辛いじゃない。ねえ。辛いわよ。義明」

「そりゃ麻婆豆腐だからな。中辛と言えど、そこそこ唐辛子は入ってるだろ」

「ううっ……お代わり」

「麻婆豆腐をか?」

「お茶をよ!!」

 

 軽く涙目になりながらコップを突き出してきたので仕方なく俺はお代わりを注ぐ。全く、本格四川省麻婆を注文してきた子の言葉とは思えないな。年齢並みに辛いの駄目なんじゃないか。

 両手でコップを掴み、麦茶をごくごく飲むと喉を鳴らした。

 

「とんだトラップよ……意地汚さが出てるわね……」

「辛いのが食べれないのを俺の責任にしようとするな」

「は、はあ? 誰が食べれないと言ったのよ。食べるわよ。このくらい完食するのは訳無いんだから……!」

 

 麒麟ちゃんは意地を張って再び麻婆豆腐を口に入れて、また悶絶した。無理をするからそうなる。辛いのが駄目なら事前にそう言ってくれれば俺だって考えたのに。具体的にはハチミツとか入れて多少はマシに出来たはずだ。

 別に残しても俺としては追及する気も無かったのだが、麒麟ちゃんは本当にそのまま食べきるつもりらしい。物凄い根性だ。何がそこまで麒麟ちゃんを駆り立てるのだろうか。謎である。

 

 一連の流れも見たことだし、俺も食べてみるか。

 レンゲで掬って一口。まあ、いつもの味だなという感想がいの一番に浮かんだ。辛いことは辛いが、顔を顰めたり水を求めるほどじゃない。俺も特段辛さに強い体質でもない、だからこれは無理のない辛さと言える。言うなればスーパーで売ってる徳用キムチにも似ている。辛いことは辛いが、発汗作用が働くほどでもない。

 

 互いに無言で、時折辛さに耐えかねた麒麟ちゃんお茶の代わりを注いだりして、俺は数分で完食する。麒麟ちゃんの方はまだ三割程度の量が残っている。

 

「ねえ義明、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「どうかしたのか?」

 

 残りあと少しといった段階になって、突然麒麟ちゃんはこつんとレンゲを皿に持たれ掛けさせるように置くと目を糸みたいに細めた。

 

「まさかと思うけど、さっき麻婆豆腐の作り方を解説していたの。アレって私に料理を覚えさせようとしてやった……訳じゃないわよね?」

 

 その言葉と同時にコップに入っていた氷が溶け崩れて、キン、と音を鳴らした。

 探るような瞳なのはそれを質問するためだったのか。ただ、麒麟ちゃんとしても確信を持って言っているわけではなさそうだ。

 嘘と吐くのは簡単だが、まあ、真意を知られて困ることもないだろう。そう考えて俺は率直に言うことに決める。

 

「ああ、良く分かったな。確かにアレは、麒麟ちゃんが自分で料理を作れるよう分かりやすく言ってみた」

「何でそんなことしたの?」

「小学生から栄養バランスの悪い食事をするのは良くないと思ったからだ」

 

 本当の理由はその容姿を曇らせたくない、という我ながら少し変態染みた理由だったりするが並行しておく。流石に面と向かって言って、結果嫌われるのは俺としてもやり切れない。

 

「そんな……余計なことを……」

 

 麒麟ちゃんは俺の発言を聞くと、そう小さく漏らした。ギリッ。歯嚙みする音がした。

 彼女がどんな小学生なのか俺は知らない。てんで知らない。性格に似合わずお節介をしてしまったという感覚も存在している。

 俺は失敗したのだろうか。まだ見ぬ地雷を踏んで、不機嫌にさせてしまったのだろうか。

 

 俺はコミュニケーション能力を欠いていると自認している。だからこそこういう時に掛ける言葉を持てない。言葉にしようとして、やはり違うと思い、思考をリセットしてしまう。

 俺よりも何歳も小さな子相手にこういう状態なのである。非常に情けない。

 

「私は……私はっ! 誰にも教わらなくても出来る、麒麟児なのよ! そんなこと二度としようと考えないで!」

 

 麒麟ちゃんはついには立ち上がって、来た時と同じように早足でリビングから出て行ってしまう。

 と、一旦はドアを出て廊下へと姿を消したのだが、数秒したら戻ってきた。

 

「連絡先っ!」

「……え?」

「連絡先教えて! また明日来るから!」

「お、おう」

 

 圧に押されて反射的にスマホを取り出してしまう。女子小学生に気圧されるとか、俺という人物は本当に押しに弱い。

 QRコードリーダーを使って連絡先を交換すると今度こそ麒麟ちゃんは姿を消した。

 

 ……嵐のような小学生だった。

 麒麟ちゃんは俺の周囲には居なかった人物だ。俺のように傍から見ても根暗で会話を不得手としているわけではなさそうなのに、学校では浮いている様子だった。

 在り方が凡人とは違う。そんな空気を漂わせて、高嶺の花として山陵に咲き誇ろうとしていた。実際に、容姿や出で立ちはそこらで屯って下校している小学生とは一線を画す。良い意味でも悪い意味でも。

 

「また明日、な」

 

 麒麟ちゃんが最後に言った言葉を反芻する。

 その言葉に俺は若干の嬉しさを感じていた。きっと俺は麒麟ちゃんと話すのがそこそこ楽しいのだろうと推測してみる。同時に、麒麟ちゃんの事情に介入したいとも俺は思い始めていた。

 


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